コードギアス 黒百合の姫   作:電源式

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第19話

 ……目を覚ます。

 

 微睡みの中、緩やかに覚醒する意識。

 深層意識の底から浮かび上がる感覚は、どことなく水の中から水面に浮上する感覚に似て無くもない。

 意識と肉体のリンクが僅かなタイムラグを経て同期する。

 焦点の合っていなかった瞳が正常な視覚機能を取り戻し、鮮明となった視界には見慣れた天蓋が映り込んだ。

 暗い室内に差し込む月明かりが、大まかな現在時刻を知らせてくれる。

 さてどうしたものだろう。

 身体の状態を確認するために、伸ばした手を閉じたり開いたりしながら思考する。

 

 私がこうして表層意識に上がってきたということは、ルルーシュくんが肉体の支配権を手放すほどの深い眠りに落ちている事を示している。

 何があったのか、その理由は考えるまでもないね。

 例えシミュレーターだとしても、相応の負荷が掛かることぐらい理解していると思っていたんだけど、それ忘れてしまうほどに気分が高揚してしまったのだろうか。ルルーシュくんにしては珍しいことだ。余程KMFの操縦に関して、前世(?)では鬱憤が溜まっていたのかも知れないね。彼、無駄にプライドが高い上に負けず嫌いだから。

 

 まあ、その気持ちは分からなくもない。日頃のストレス発散を兼ねて挑んだ前回のシミュレーター騎乗に関しては、我ながら熱くなって遊びすぎたと少々反省している。

 これではルルーシュくんの事は強く言えないけど、ここは敢えて自重しろと言いたい。色々と羽目を外しすぎじゃないかな。ランスロットクラスの機体の操縦技術は、間違いなく未来技術なんだよ?

 それにこの身体が本来私のものだってことを忘れているのかな。別にそれが悪いとは言わないし、マリアンヌ様の仕打ちを思えばこの程度で目くじらを立てることもないけど、私も女の子なんだからその辺はちゃんと考えて欲しいところだ。

 いくら年不相応に身体能力が高いといっても、まだ二次性徴前の子供であることには変わりなく、子をなせる身体であることも武器の一つになるんだから。これは何れ責任を取ってもらわなくちゃいけないね、ふふっ。

 

 とは言うものの、残念ながら実は私にも責任の一端がないわけじゃない。ロイドへの対応もある事だし、少しだけ肉体の制御に手を貸す予定だったんだけど、どうも少しサービスし過ぎたようだ。

 次は気をつける必要があるね。

 ただ参考にはなったよ。ああやって操縦すれば効率の良い戦いが出来るらしい。やはり実体験の有無の差は大きいということか。

 しかしながら少々やり過ぎた感は否めない。シミュレーターを降りた際、出迎えたロイドは獲物を前にした肉食獣のような瞳をしていたよ。暴走して悪い方向へと向かわなければいいが。

 さっそく男を虜にしてしまうなんて、本当にさすがだよ、ルルーシュくん。魔性の女もとい魔性の幼女、略して魔女。響きは悪くないね。引き続きこの調子で頑張って欲しいところだ。

 

 けれど私が目覚めた理由は、何もルルーシュくんが深い眠りに落ちたから、という理由だけではない。

 肉体疲労を理由に、何もわざわざ私が肉体の支配権を取り戻す必要性を感じない。それこそルルーシュくんには朝までぐっすり眠ってもらえれば済むだけの話だ。この身体の疲労回復速度はなかなかに優れているからね。

 だとすれば別の理由、別の何かが私の眠りを妨げたことになる。そう、深層意識に引き籠もった私の眠りを。

 さて、それは果たして……。

 

 僅かに緊張感を持ちながら意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ませる。

 そしてその存在に気付いた。

 

「……っ」

 

 細胞の一つ一つが沸き立つような感覚。

 嫌悪するほどに不快であり、性的興奮を催すほどに心地良い。

 この気配は……まさか。いや、まだその刻ではないはずだ。

 なら残る答えは────

 

 疲労の残る身体に鞭を打ち、ベッドから降りると防寒用にケープを羽織り、月明かりに誘われるかのようにバルコニーへと歩みを進めた。

 せっかくのお誘いを受けないわけにはいかない。

 吹きつける夜風が少し肌寒いが、過熱しそうになる思考を冷ますにはちょうど良いだろう。

 

 

 

 今、私の目の前にはみんなの知っているあの人が居る。

 艶やかな長い緑髪、冷たさを感じさせるどこか人形めいた整った顔立ちの少女。白い肌を包むのは、いかにもな黒衣。

 月明かりを背に立つその姿は闇に溶け込むことなく、ひどく神秘的であり幻想的だった。

 彼女はその外見年齢とは裏腹に周囲を威圧するような重圧を放ちながら、私に鋭い眼光を向けてくる。

 怖い怖い、さすがに本物の『魔女』には敵わないね、ふふっ。

 

 魔女C.C.。

 個を固定化するコード保持者であり、権力者の悲願である不老不死となった存在。

 また契約者に超常の力=ギアスと呼ばれる異能を授ける能力を保持しているギアスの源。

 ルルーシュくんにギアス能力を与えた授与者にして共犯者。

 その本名は────いや、止めておこう。二人だけの思い出を穢すほど私は無粋じゃない。はい、そこ、疑わないように。

 

 しかし何故今になって彼女は私の前に現れたのだろうか?

 現段階で彼女が自ら人前に姿を現すなんて予期できない展開だ。こんなイベントはルルーシュくんの記憶には存在しなかったはず。

 ああ、でも思い当たる節がないわけじゃない。昼間ロイドとの会話でルルーシュくんが彼女の存在を思い出していたね。そして早期に接触を持ちたいとも望んだはずだ。

 嗚呼、これが前世からの運命の赤い糸なのだろうか。あまりにロマンチック過ぎて笑いそうになってしまう。もちろん冗談だけど。

 

 だが偶然にしては出来過ぎている。だとすれば、この展開はルルーシュくんの願いに世界が応えた結果とでもいうのかな?

 それが事実なら何と優しい世界だろう。

 世界に愛されるなんて、さすがはルルーシュくんだ。こうもあからさまだと少しだけ嫉妬心が首をもたげてしまうよ。依怙贔屓はよくないと思うけど、基本的に世界は理不尽だから、文句を言ったって仕方のない事は理解しているつもりだ。

 それに全ては好意や善意ではなく、何らかの思惑の上で動く世界の意志に利用されている可能性もある為、一概に羨ましいとは思わないけど。

 

 さて話を戻そう。彼女が接触してきた理由についてだったね。

 まあ、その理由にある程度は予想が付いている。

 ただ何れにしろ彼女との接触は私にとってもメリットがないわけじゃない。少し予定よりも早いが、近い内に会っておきたかったのは事実だ。

 

 私だって魔女が齎す超常の力=ギアスには──その存在を知った時から──興味があった。

 発現する能力は契約者の潜在的願望が影響すると考えられているようだけど、果たして私の潜在的願望は何なんだろうね?

 しかし彼女から向けられる視線に微塵の好意も感じない事から考えて、残念ながら契約を結んで貰えそうもない。

 どうにも授与契約を結ぶための好感度が足りていないようだ。好感度を上げるためにピザでも貢ぐべきだろうか? 私個人としてはピザよりもパイの方が好きだ。というか貢ぐよりも貢がせたいね。

 尤も問題は授与者の好感度だけではなかったりもするんだけど……。

 

 

 ──ちがう……わたしはわるくない。

 

 ──やめて……いたいのはもういや……。

 

 ──なんでわたしだけ……。

 

 

「ッ」

 

 刹那、僅かな胸の痛みと共に、記憶の奥底から不快感が込み上げてくる。

 強い特定の感情によって沸き立つ思考が脳を加熱し、揺れる視界が気分の悪さを加速させた。

 

 そう……まだ……、よりもよってこんな時に……。

 

 瞳を閉じ、軽率だった自分の過ちを反省しつつ思考を最適化。

 内に溜まった負の感情を吐き出すかのように大きく息を吐く。

 

 うん、もう大丈夫だ。私は完全無欠のリリーシャさんだからね。

 まったく、魔女と対峙してるって言うのに失敗したよ。この失態も予期せぬ彼女の接触による動揺が生んだ結果だろう。

 まさか狙っていた?

 いや、それはあまりに穿ち過ぎか。

 

 再び視界に捉えた魔女は表情を変えることなく、こちらに鋭く冷たい視線を向けてくる。

 どうだろう、果たしてこれからより良い関係は築けるかな?

 

「お前は何者だ?」

 

 おもむろに口を開いた魔女が被虐心を刺激する高圧的な声音で問うが、生憎とそれで快楽を感じる嗜好は持ち合わせていない。う~ん、これを機に目覚めるのも悪くはないね。

 

「私はリリーシャ・ヴィ・ブリタニアだよ。こんばんは、魔女さん」

 

 ネグリジェの裾を僅かに摘み上げ、優雅に一礼してみせる。

 もちろん名前を聞きたかったわけでないことは重々理解している。名前なんて所詮は個を特定するための記号、文字の羅列に過ぎないのだから、この場で聞き出す意味があるとは思えない。

 それに母マリアンヌと友人関係にあった彼女なら、それこそ産まれる前から私の素性を知っていることだろう。

 

「初めまして、とは言わなくていいよね? 憶えていないかな、赤子の時、貴女の腕に抱かれたはずだよ」

 

「……憶えているのか?」

 

 私の反応が予想外のものだった為か、魔女は驚きの表情を隠せない様子だった。

 

「私が? あり得ないよ。赤子の時の記憶を明確に記憶している人間が、この世界にどれほど存在しているのか知らないけど、普通はまず憶えていないと思うんだ。

 でもその反応を見る限り、どうやら私の勘は当たっていたようだね、ふふっ」

 

「っ、嘘は嫌いだ」

 

 再び鋭くなる魔女からの視線。いや、より剣呑さを増している。ちょっとした冗談のつもりだったんだけどね。

 ま、それでも閃光のマリアンヌ様の眼光と比べたら可愛いものだ。

 

 しかし、嘘は嫌いか。

 そう言えば彼女も私の両親や伯父が進める極秘計画、神殺し=ラグナレクの接続の賛同者だったね。

 ラグナレクの接続の果てに訪れる世界では人類意志は統合され、共通意識が確立され、思考が共有化される。

 心を隠すことの出来ない世界の構築。

 個という概念の破壊。

 精神の単一化。

 私が君で君が俺、俺がお前でお前が僕、僕が貴方で貴方が私?

 想像するだけでも気持ち悪い。

 そんな世界私なら迷わず死を選ぶよ。いや、そうなれば人類意志の多数決によって、選ぶことすら出来なくなるんだったか。

 自らの生殺与奪権さえ強制的に放棄させられる世界。

 どこまでも最悪だ。

 

 ただ彼女の根底に存在するのは他の共犯者──主に立案者兄弟だが──と違い、純粋に嘘のない世界を望む想いではない。

 不死者故の孤独。

 愛される事を望んだ寂しがり屋の魔女は、他者と強制的に繋がりを持つことによって、自身の空虚を埋めようとでも考えたのだろう。

 如何に不死の魔女といえど所詮は元人間であることに変わりない。

 

「奇遇だね、私もだよ」

 

 嘘を吐いて良いのは吐かれる覚悟のある奴だけだ、なんてね。

 

 私はまだ嘘は吐いていないよ。

 赤子の時の記憶がないのは事実だ。

 彼女の腕に抱かれた云々はルルーシュくんの記憶から得た情報と、母マリアンヌの性格から推測した結果に過ぎない。あの人のことだ、魔女をベビーシッター代わりに使っていても何らおかしくない。彼女の反応を見る限り、強ち間違ってはいないのだろう。

 

「もう一度問う、お前は一体何者だ?」

 

 おっと話が振り出しに戻ったよ。どうやら仕切り直すつもりのようだ。せっかくこっちのペースに巻き込もうとしたのに面倒だね。

 眠いから部屋に戻って良いかな?

 はぁ……そんなに睨まないで欲しい。

 まったく子供相手に何を期待しているんだろうね。第一私じゃなかったら間違いなく泣かれていただろう大人げない態度だよ。もっと友好的に話を進めようじゃないか。まずは手土産を持参するのが良いと思うんだ。その場合、苺のスイーツなら尚のこと良し。

 

「だから言ってるじゃないか。私はリリーシャ・ヴィ・ブリタニア、それ以上でも以下でもないつもりだよ。

 そもそも質問が曖昧すぎると思うんだ。自分が何者かなんて哲学を語り合いたいというなら、残念だけど時間を改めて欲しい。私が齢十にも満たない子供であることを考慮してもらえると助かるね。睡眠不足はお肌の敵だし、成長にも悪影響になる。いや、そもそも一般常識的に考えて、こんな夜分遅くに訪問されてはハッキリ言って迷惑だよ」

 

 まあ彼女に一般常識が通用するかは微妙だね。

 ルルーシュくん曰く唯我独尊ピザ暴食ニート魔女だし、神殺しに賛同するほど耄碌しているんだから。

 老害は困る。本当に歳は取りたくないね。

 

「もし本気で言葉通りの意味で問い掛けているのだとしたら、私に何て答えて欲しいのかな?

 自分が何者か、その問いに答えられる人間はいないと私は考えているよ。人は他者と関わりを持ち、認識されることで規定され、個を確立する生き物だ。個が個である為に重要なのは己の意志ではなく、観測者=他者の視点と感情だね。故に私が何者か、それは私が決めることじゃない。

 そう言った意味でも、貴女の方が私の事を理解しているんじゃないのかな?」

 

 ────尤も私の出自には貴女も深く関わっているんだから。

 おっと危ない危ない、危うく口を滑らせるところだった。

 確か彼女は直接関与していないんだったか。

 

「何を言っている?」

 

 私の持論に魔女は怪訝な表情を浮かべる。

 どうにも上手く伝わっていないようだ。回りくどかった事は素直に認めよう。

 

「つまりだよ、貴女にとって私は何者かな?」

 

「異常者だ」

 

 即答。予想できなかった訳じゃないけど酷い言われ方だね、こうもハッキリと言われるとは……。もう少しオブラートに包んだ方が良いと思うんだ。

 でもそう言えばルルーシュくん相手にも童貞坊やと一蹴していたっけ。

 

「私はお前たち兄妹を見てきた、それこそお前が言うように赤子の時からな。だからこそ気付いた、リリーシャ・ヴィ・ブリタニアという人間の変質に。

 ある時よりお前は、いやリリーシャは変質を始めた。大人しかった性格は攻撃的なものへと変わり、それはそのまま他者に対する態度へ如実に表れる。特にそれまでは一定の距離を保っていた兄妹との関係を、自らの意志で険悪なものへと変えた。

 そしてここ最近、さらに急激な変質を遂げ、その行動からは人格にさえ影響を及ぼしていると考えられる。思い当たる外的要因もなく、ここまで短期間による変質は異常としか言いようがない。

 笑えない冗談だが、まるで別の人間が憑依でもしたかのようだ」

 

 さすがは魔女だね。本質がよく見えている、と褒めたいところだけど、果たして貴女が見ていたのは本当の私だったのかな?

 しかしその言い方だと私のことを監視していたようだね。魔女だと思っていたが、どうやらストーカーにクラスチェンジしていたらしい。正直どっちもどっちだけど。

 

「ほら、答えなら既に出ているじゃないか。異常、それこそが貴女の規定した私だよ」

 

「口の減らない小娘だ」

 

「今さら気付いたのかい、老婆」

 

 刹那、空気が凍り付く。魔女から向けられる視線に痛いほどの殺意が込められているようだけど気にしない。どうせ彼女が、ここで私を殺すことは出来ないのだから。

 我が両親と共犯関係にある以上、私を殺せば関係に支障を来すことぐらい理解しているはずだ。ふふっ、本当に便利だね、未来知識という力は。

 ただまた一つ勉強にはなったね。女は幾つになっても自分の年齢を気にする生き物だけど、それは齢数百歳の魔女にも適用されるらしい。これは女の性なのかな。

 

「質問を変える」

 

「どうぞ」

 

 私は軽い調子で応えた。

 心のどこかで、どんな質問でもあしらえると考えていたのかも知れない。

 だが結果、それは魔女相手に、あまりに軽率だと言えた。

 

 私を鋭く見つめる金の瞳から感情の色が消え、どこまでも澄んだ透明な瞳に呑まれそうになる。

 まるで私の内側を覗かれているかのような不快感……いや恐怖を抱く。

 

 

「リリーシャ・ヴィ・ブリタニア、お前はルルーシュの敵なのか?」

 

 

「っ」

 

 その問いを、その名前を魔女が告げた瞬間、私は強い衝撃を受けて息を呑んだ。

 どうして今ここで彼単体の名前が彼女の口から出てくる?

 平行宇宙だか多次元世界だか知らないが、二人の関係を認識している私にとって、その言葉はあまりにも致命的だった。

 

 何故だ、と自問する必要はない。それを認めることは本能が拒んでいるが、既に私の中で答えは導き出されていた。

 彼女もまた未来知識を保有する逆行者、もしくは次元転移者である可能性を。

 当然確証はない。

 普通なら荒唐無稽だと一笑できるのだが、私は現在進行形でルルーシュくんというイレギュラーな存在を内に宿し、それをこの世界は容認している事実を知っている。

 

 友人であるマリアンヌではなく、彼と同母妹のナナリーでもなく、あくまでルルーシュくん──いやこの世界の我が兄の可能性も高いか──だけを気に掛けているように感じてしまうのは気のせいではないだろう。

 本来なら彼女がルルーシュという存在に強く興味を抱くのは、少なくとも母マリアンヌの暗殺事件以降だ。

 母マリアンヌの暗殺を機に彼女は神殺しから距離を置き、ブリタニアから離れる事となる。

 嘘のない世界を目指している共犯者の中に嘘吐きが居るんだから、本末転倒というか何というか。醒めてしまうのは当然の帰結だろう。

 そんな彼女の関心を得るための供物となったのが、何を隠そうルルーシュくんだ。王の器として調整された彼は高いギアス適性を有し、コードの継承権利を得る達成人となり得る可能性を秘めていた。

 コードの継承による個の固定化からの解放=死を強く望んでいた彼女が、目の前に吊るされた餌に興味を抱かないはずがない。

 

 彼女がルルーシュくんと同じ世界群、つまりリリーシャ・ヴィ・ブリタニアが存在しない世界からの逆行者だと想定すれば、記憶に存在しない私を警戒し、その動向を監視するのも頷ける。私はルルーシュくんに最も近い存在であり、存在しないはずのイレギュラーとなるのだから。

 

 だけどさすがにこの展開は私としてもイレギュラーだ。

 もし事実だとするなら拙いね、本当に。

 少なくとも現時点で彼女と敵対するなんて予定はなかったんだけど。

 

 嫌な汗が滲む。

 

 落ち着け、リリーシャ。

 その程度どうしたと言うんだ、例え魔女が逆行者でも次元転移者でも戦略目的は変わらない。

 第一まだ彼女が想像した通りの存在と決まったわけじゃない。

 ロイドとの間に起こった現象が起こり、一部因果や記憶などが流入したという可能性も考えられる。が、非接触でも起こりえる現象だというのなら、その現象の方が余程脅威になるだろう。

 いや、そもそも不思議空間Cの世界や人の根源=集合無意識といった超存在と関わりを持つ彼女なら、常識の範疇外の方法で情報を手に入れた可能性を完全に否定することは絶対に出来ない。

 さらに言えば耄碌した結果、ショタに目覚めて兄ルルーシュラヴになり、険悪な関係にある私に釘を刺しに来た可能性もないわけでは……うん、想像してみたけどない方が良いね。もし実際にそうだったらどん引きだよ。まあ趣味嗜好は個人の自由だから、私を巻き込まない限りは何も言わないけど。その場合、兄ルルーシュの童貞坊や卒業が早まったと祝福しよう。

 

 何れにしろ彼女は私を知らないが、私は彼女の詳細な情報を得ている。差異はあるだろうけど、情報の上ではこちらに分があると考えていい。不幸中の幸いだね、まだ私にもチャンスが残されているようだ。

 それこそ幾ら不死者といえど無敵ではない。場合によっては身体をバラバラに切断した上で高圧力ケースに保存するという対応策も残されている。もちろん身体能力自体は人の範疇から逸脱していないようだから、特別な装置を用いず地下室に拉致監禁するぐらいでも事足りるのかもしれないが。

 もっとも私が目指している舞台では、彼女にも重要な役を演じてもらう必要があるため、手荒な扱いをするわけにはいかないんだけどね。

 

「これはまた難しい質問だね」

 

 動揺を押し殺し、平静を装いながら私は応える。

 

 私の知る中でルルーシュの名を持つ人間は二人。

 私の中に宿った未来の悪逆皇帝と、共にこの世に生まれた双子の兄。

 しかし彼女が私の中に宿ったルルーシュくんの存在に言及する素振りはなく、また気付いている様子でもない。十分な確証を得ていない為、態と気付いていない振りをしている可能性もあるにはあるが、監視発言にあった通り、変質の要因には辿り着いていないとも考えられる。だからこそ、こうして探りを入れているのだろう。

 読心のギアス能力者──確かルルーシュくんの記憶に存在したマオだっけ?──でも居れば話は別だけど。ただ彼、使い方次第ではかなり便利だと思うんだ。何も敵対せず、懐柔して利用する術もあったはず。それをルルーシュくんが考えなかったのは嫉妬故かな? 男の嫉妬は醜いよ。って今その話は置いておこう。

 ここは取り敢えず彼女の言うルルーシュが、兄ルルーシュと仮定して話を進めることにしよう。

 う~ん、少し困ったね。私の中のルルーシュくんとの関係を聞かれているのなら、味方であり敵であり協力者であり邪魔者であり傍観者でありそして共犯者であり、互いを利用し利用される相思相愛な関係などと惚気た答えを返したところなんだけど……。

 

「少なくとも敵ではないよ」

 

 というか残念ながら現時点では、私の敵となり得るほど彼の事を評価してはいない。そもそも興味すら薄い。

 ただの子供と対峙したところで一方的な展開になることは目に見えている。少なくとも母親が暗殺され、祖国に捨てられ、復讐を決意した後でないと話にならないだろう。

 もちろん無謀にも牙を剥くというのなら、それこそ敬意と嘲笑を以て、二度と這い上がれないように完膚無きまでに全力で叩き潰してあげるけど。そうだね、目の前で最愛の母と妹を解体すれば……いや、さすがに閃光のマリアンヌ様は難しいか。

 

「どうかな、これで満足したかい?」

 

 私の言葉に何やら考え込んでいるためか、残念ながらその問いに魔女から答えは返って来ない。

 まあ最初から答えは期待していない、というか意味はないんだけどね。

 どんな答えが返ってきても、例え敵対することになったとしても、私が考えを改めることはないから。

 

「ところで、どうしてそんな問いを私に投げ掛けようと思い至ったのか、お教え願いたいんだけどね」

 

「ふん、教えると思うか? 少しはその良く回る頭で考えたらどうだ?」

 

 嘲笑を浮かべた魔女の小馬鹿にしたような態度に、私の安いプライドが刺激される。

 

「結構、貴女がどんな動きを取るにしろ、私にはそれをどうこう言う資格はない。というか現状では出来ないと言った方が正しいかな。

 でもね、これだけは言っておくよ」

 

 例え相手が幾百年生きる魔女と言えど、イニシアチブを握られっぱなしと言うのは性に合わない。私ばかりが狼狽するのは不公平だと思うんだ。

 だから私は尊大な態度で、挑発的な笑みを浮かべて告げてやる。

 

「私の前に敵として立ち塞がるなら、必ずこの手で殺してあげる。

 邪魔をしないならこの命を賭して愛してあげる、身も心も全てをね」

 

 ふふっ、魔女もなかなか良い表情をするじゃないか。

 勿体ないね、カメラを用意しておくんだった。

 

 死への渇望と愛への執着。

 そのどちらにしろ、貴女の願いを私が叶えてあげるよ。

 さて、どうする?

 愛される事を望んだ寂しがり屋の魔女様。ふふっ。

 


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