コードギアス 黒百合の姫   作:電源式

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第15話

 ロイドと並んで通路を進む。

 セシルは用意があるからと言って先に行ってしまった。

 先程起こった衝撃的な出来事の余波が、まだ収まっていないため不安が残る。

 だが注意深く様子を窺っても、あれ以降ロイドの態度に一切の変化はなく、リリーシャに宿る俺の存在に気付いた風でもない。

 試しにもう一度、恐る恐る触れてみたりもしたが、同様の現象は起こらなかった。

 本当にあれは何だったんだ……。

 考えても到底答えが出る問題ではないだろう。それこそ俺がリリーシャの身体に宿った理由と同じように。

 故に思考を切り替える。

 ロイドと二人きりの現状、探りを入れるにはまさに好機。

 今後どうなるにしろ情報は必要不可欠であり、入手して損をすることはない。

 

 その結果、ロイドとリリーシャの関係について、いくつかの情報を得る事が出来た。

 推論を加えて要約するとこうなる。

 二人の出会いはリリーシャが母マリアンヌに付き添い、アッシュフォード財団が運営する研究施設を訪れた時のこと。

 医療用サイバネティクス技術の軍事転用。つまりはKMFへの導入を考え、見学に訪れていたロイドと偶然遭遇。

 予てよりロイドの論文を読み、興味を抱いていたらしいリリーシャから接触を図る。

 対するロイドも彼女が持つ膨大な知識と、『一般的な』子供というカテゴリーから逸脱した異常性に気付き、シンパシーを感じたのか意気投合。

 以降、頻繁に意見交換をする仲になったようだが、単純にメル友レベルとは思えない。

 そもそも学術論文を読む幼女の姿を思い浮かべ、やや懐疑的になったが、リリーシャの自室の書棚に有名な科学雑誌が多数収められていたことを思い出す。

 もう、リリーシャだからの一言で納得してしまいそうだ。

 

 ロイドに視線を向けると、楽しそうに鼻歌を歌いながらスキップまでしていた。

 感情表現が豊かなのは悪いことではないが、子供っぽいというか何というか……。いや、ロイドらしいというべきだろう。

 次いで視線を通路の左右へと移す。ガラス越しにいくつかの研究室内部を見ることが出来た。

 普通なら皇族であっても、おいそれと立ち入ることの出来ない軍の機密施設。

 そこで扱われているのはもちろん次世代──第四世代──KMFの構成パーツや武装といった品々。

 現代の最新技術の粋を集めた軍の最高機密とは言え、俺の感覚ではどうも古めかしく見えてしまう。

 もし今ここで俺が介入し、保有する情報や技術を使えば、KMF開発は飛躍的に発展する。

 それこそランスロットの完成を機にKMF開発が二度目の黎明期を迎え、多様な進歩を遂げ、世代を飛び越えて急激に加速した比ではないだろう。

 条件が揃い、状況が許せば第九世代相当の機体を創り出すことも不可能ではない。

 いや、それは明らかなオーバースペック。

 そこまでの性能を求める必要は現時点ではない。

 フロートユニットの開発時期を早めるだけでも、絶対の制空権を手にすることが可能だ。

 そうなれば神聖ブリタニア帝国による世界統治も現実味を帯びてくる。

 

 単一国家による世界統治。

 かつて多くの帝国や独裁者が夢見みて敗れ去った野望。

 被害や犠牲を考慮しなければ、最も単純に世界を変えられる方法。例え変えられなくても最悪足掛かりにはなるはずだ。

 けれどそこに至る過程で必ず、危機感を募らせたEUと中華連邦、その他の国が対ブリタニアを掲げ、軍事同盟を結ぶ事が予測できる。

 脅威の前でしか人は一つになれないが、現に同様の理由で超合集国を成立させることが可能だったのだから。

 それを凌駕し、早期に戦争を終結できるだけの力がブリタニアにあれば問題ない。

 だが相手の戦力次第では戦争は長期化し、泥沼に陥る危険性を孕むため現実的とは言えなかった。

 

 仮に大量破壊兵器であるフレイヤの威力を見せ付ければ話は変わるが、この世界でフレイヤを造るつもりも造らせるつもりもない。

 あれはこの世に存在してはいけない兵器だ。

 故に今、世界の軍事バランスを悪戯に崩壊させ、戦火を広げるような行為を起こすことは得策ではない。

 第二皇子シュナイゼルが配下に収めたトロモ機関や、インヴォーグのような研究開発機関を保有できる程度の権力。

 同時にフレイヤや天空要塞ダモクレスを造れるだけの資金が俺にあれば、また違う動きが取れたかも知れないが、そこまで辿り着くのは恐ろしく難しく、一朝一夕でどうにかなるものではなかった。

 だから俺はこれから起こる戦いを知りながら、一人でも犠牲者を救える可能性を持っているというのに、指を咥えて見ているしかできないのだろう。

 未来を知っているからといって、行動を起こせるかどうかは別問題だ。

 

 どうする事も出来ない現状が酷くもどかしく、ままならない世界が煩わしい。

 早く……早く権力を、存分に力を振るえる立場を手に入れなくては。

 焦っても意味はないと理解しつつも、それでも気ばかりが焦る。

 権力を手に入れる為には武勲を上げるのが手っ取り早い。

 軍に入って他国の人間を虐殺する?

 それとも未来の技術を提供する?

 駄目だ、それでは本末転倒にしかならない。

 

 

「見て下さい、殿下。あれがこの円卓で製造された新型の試作KMFですよ」

 

 ロイドに声を掛けられ思考を中断する。

 八つ当たりでしかないが、テンションの下がった俺の心とは対称に、テンションが高くこの苦悩を知らないロイドが恨めしい。

 

 ロイドが指し示した先、そこには多数のケーブルに繋がれ、格納ハンガーに固定された鈍色の巨人の姿があった。

 その機体こそ、正式採用の時が近付くRPI-11=グラスゴーの試作実験機。

 ブリタニア軍初の正式採用KMFとなったグラスゴーは、以降のKMF開発の基準となった機体だ。

 サバイバルコックピット、マニピュレータ、ランドスピナー、ファクトスフィア、スラッシュハーケンといった各種装備を、高い次元で纏め上げた傑作機といっても差し障りないだろう。

 事実、極東事変──日本占領作戦──に本格投入されたグラスゴーは、軍上層部の予想を上回る戦果を上げ、早期制圧の立役者となった。

 

「アレに私を乗せるつもりなのかい?」

 

 パイロットスーツを着させられた事実を考えれば、何らかの乗り物、少なくともシミュレーターに乗せられる可能性が高いと、誰もが想像できることだろう。

 限りなく低い可能性として、何に使うのか分からないが撮影──軍の広報用ポスター?──の線も考えられたが、それならわざわざ軍の最重要施設まで来る必要は無い。

 故に円卓でなければならない理由で最初に思い浮かんだのが、やはりグラスゴーの存在だった。

 

「やだな~、違いますよ。あんなガラクタに殿下を乗せようなんて思うはずがないじゃないですか」

 

 ナチュラルに毒を吐きつつ、ロイドは俺の考えを否定。

 ブリタニア軍の粋を集めて造り上げた最新鋭の兵器をガラクタと一蹴する。

 彼をよく知らない者が聞けば怒りを抱き、また呆れる発言であることは間違いない。

 だからこそ俺は納得する。

 それは目指している高み、求めているレベルがあまりに違いすぎるが故の発言だと。

 

「円卓の努力の結晶をガラクタと言い切るなんて、さすがはロイドだ」

 

「アハ、褒めても何も出ませんよ。あ、でもセシル君が張り切って作っていた特製のお茶菓子ぐらいなら…………大丈夫かな?

 いや、でもさすがに殿下に出すんだし今回は大丈夫のはずだよね……多分」

 

「うん、お構いなく」

 

 段々と小さくなっていくロイドの声に背筋が寒くなる。

 思い出すのは言い表す事の出来ないあの味。

 あれは駄目だ。下手をすれば致死率の低い化学兵器に匹敵するだろう。

 

「まあ、そんなこと言わずに」

 

「全力で遠慮するよ」

 

「まあ、そんなこと言わずに」

 

「いやだから……」

 

「まあ、そんなこと言わずに」

 

 何故会話がループする!? お前は村人Bなのか!?

 と、危うく突っ込みそうになった。

 落ち着け、俺。

 

「母様に言いつけるよ?」

 

「どうかお許しください」

 

 冗談交じりの脅し文句だったのだが、物凄く真剣な顔で謝られた。

 

 そんな他愛ない会話を続けていたら────

 

「と~ちゃ~く。着きましたよ、殿下ぁ」

 

 いつの間にか目的地と思われる研究棟の入口前に立っていた。

 

 

 

 案内された研究棟の内部。研究室と格納庫を足したような空間に置かれた、不釣り合いな高級ソファに腰を下ろす。

 きっと今回の訪問の為に用意したのだろう。ホスト側の誠意を見せているようだが、正直リリーシャならパイプ椅子でも気にしないと思う。

 いや、相手が皇族である事を考えれば形だけでも必要か。

 

 用意された紅茶で喉を潤して一息つく。

 周囲の目を気にして緊張していなかったと言えば嘘になる。

 リリーシャとして目覚めて初めてとなるアリエス離宮敷地外への外出──しかも拉致紛い──であり、不特定多数の視線に晒されたことも含めて精神的に疲れた。

 想定していたよりも、まだこの環境に慣れては居ないらしい。

 甘い物は疲れに効くというが、だからといって紅茶と共に出されたお茶菓子には決して手を出してはいけない。

 それを一目見たロイドも、すぐに視線を逸らしていた。

 ショッキングピンクとヴァイオレットのマーブル模様が、目に鮮やかなクッキー……らしき物体(セシル特製)。

 まるで母マリアンヌと対峙したが如く、生存本能が身の危険を叫ぶ。

 一体どうやったらこんな合成着色料の塊みたいな物が作れるのか甚だ疑問だ。食べ物を粗末にするなと言いたいが、今は奇跡的に紅茶だけはまともだったことに感謝しよう。

 

「あ、良かったら僕の分まで────」

 

「さて、早速だけど本題に入ろうか。

 そうだね、まずは今回私を呼んだ理由を教えてくれないかな?」

 

 ロイド、その手に持った皿は何だ?

 まさか本当に皇族を毒殺(誇張表現)する気か?

 ティーカップをソーサーの上に戻し、俺は一睨みして切り出した。

 

「もう、せっかちさんですねぇ。まあ、世間話をするためにお呼びしたわけじゃないから良いんですけど」

 

 対面に座るロイドは苦笑で自らの行動を誤魔化しながら、横目でセシルに合図を送る。

 

「殿下、こちらを」

 

 そう言って彼女が手渡してきたのは、書類の束が収められた一冊のファイル。

 表紙にマル秘の判子が押されている。逆にあからさま過ぎだと思ったが口には出さない。

 相手が相手だけに、ここまで来て冗談の類ではないと思いたい。

 

「これは?」

 

「前に殿下が仰っていた案を僕なりにアレンジした物ですよ。是非とも発案者である殿下のご意見をと思いまして」

 

 ロイドの言葉に耳を傾けながら書類に目を通す。

 あのKMF馬鹿(褒め言葉)のロイドに提案するぐらいだから、僕の考えたスーパーKMF(笑)でも描かれているのだろうと軽い気持ちだったのだが、そこに記されていた内容は俺の想像の斜め上を行っていた。

 

 KMF及び人型機動兵器の世界的普及に伴う新型戦闘機開発案。

 開発コード:ゼフュロス。

 ギリシャ神話に登場する風神の名を冠する対KMF戦闘機。

 第五世代戦闘機にKMF技術を流用し、サクラダイトの使用量を増やした新型エンジン搭載による出力強化。それに伴い飛行速度と継続飛行距離を両立。

 また索敵能力向上にファクトスフィア、地上攻撃性能強化の為に武装腕部を導入している。

 これに変形機構を加えれば、まさにトリスタンのプロトタイプと成り得る代物だった。

 

 有用性をまざまざと見せ付けた極東事変を機に、KMF及びロボット兵器開発は世界的に加速する。

 そしてブリタニア軍内部では騎士至上主義が蔓延し、既存の兵器が軽んじられる風潮へと変わり、フロートシステムの実用化が進むに連れて、次第に戦場から戦闘機や爆撃機などの姿は消えていった。

 制空権の速やかなる確保は戦場の定石であり、KMFの運用にも大きく関わっている。だというのに空戦特化兵器を切り捨て、汎用性を追い求めた。

 それを象徴する実例としてフロートシステムが確立される以前、本来地上兵器であったKMFに空中戦闘能力を求め、無理矢理戦闘機用の電熱ジェットエンジンを取り付けた結果、空中分解を起こした事例もある。

 それに比べれば、この機体のスペックデータやコストパフォーマンスを見る限り、その流れに一石を投じるだけの性能を有し、遙かに現実的だと思える。

 現状まだ荒削りではあるが、荒唐無稽だとは言えなかった。

 

 Q、発案者は誰だ?

 A、リリーシャ・ヴィ・ブリタニア。

 

 そう、ただの子供じゃない。

 子供の戯れ言だと一蹴できない。

 だからこそロイドが興味を抱き、こうして実現への道筋を示したのだろう。

 リリーシャとロイドが化学反応を起こせば、予想を遙かに超えた結果を生んでも何もおかしく感じないあたり、既に感覚が麻痺しているのだろう。

 

「どうですか、殿下?」

 

「なかなか興味深いね」

 

 引き攣りそうになる顔をどうにか耐え、ロイドの問い掛けに平静を装って応える。

 ロイドとの接触時期から考え、このファイルの内容が纏められたのは、俺がリリーシャに宿る前だろう。

 俺の記憶=未来情報を得る前から、ここまで世界の行く末を予測していたのだとすれば本当に末恐ろしい。

 何かしらの異能の力を保持している、または彼女も俺と同じ未来からの逆行者だと言われても納得してしまう。

 

「いや~、そう言ってもらえると僕も頑張った甲斐がありましたよ。あ、あと僕としてはこっちも面白い仕上がりになってると思いますけど」

 

 そう言いながら、またもマル秘の判が押された新たなファイルを差し出してくるロイド。

 前例がある以上、軽い気持ちで受け取らなかったが、その内容は今度こそある意味で僕の考えたスーパーKMF(笑)だった。

 対KMFを想定した新型機動兵器開発案、と銘打たれたそこには前の世界にも存在しなかった未知の兵器が記されている。

 

 開発コード:ナイトメアビースト。

 その名の通り、大型の肉食獣を模したしなやかな体躯の機動兵器。

 開発コード:ナイトメアドラグーン。

 天空を舞う巨大な竜の姿を模した大型機動兵器。

 

 それはまるで創作物に登場する鋼の獣。

 何も知らない者が一見すればただの妄想だと吐き捨てる内容だった。

 だが俺の立場では戦慄を覚えるしかない。

 先に見せられたゼフュロスが現在の技術力で製造可能な現実路線だとするなら、特に後者──ナイトギガフォートレスに近い運用方法を目的としているらしい──ナイトメアドラグーンに関して言えば、現時点では過剰技術(オーバーテクノロジー)とも思える未来技術の導入を想定している。といっても大出力動力炉、フロートシステム、ハドロン重砲、電磁シールドなど使用されている技術の一つ一つは、数年以内に実現可能な技術ではあるが。

 これが10年後に作られた内容であったなら何も問題はなかった。そう、10年後なら……。

 

「こっちはまだまだ実現への道は遠そうだね。目処は付いているのかい?」

 

 もしこの問いにロイドが肯定的な答えたなら、発案者=リリーシャの逆行者説が現実味を帯びてくる。

 冗談のつもりだったが、それが事実なら拙い。数年というアドバンテージにより、俺が知る未来から大きく世界は変質している可能性が高い。

 ユフィとの関係なんてまだ序の口だろう。

 そうなれば俺が持つ未来情報という最大の力は、その多くが無意味な物となってしまう。出来れば冗談のままにしておいて欲しい。

 

「それがぜ~んぜんなんですよぉ。資金も人材もサクラダイトも不足してますし、最も開発が進んでいるエネルギー装甲システムの完成も早くて5~6年先じゃないかと。

 どうにかなりませんか、殿下?」

 

「期待しすぎだよ、ロイド」

 

「あ、やっぱり……」

 

 うなだれるロイドの姿を眺めながら──リリーシャの関与が完全に否定された訳ではないが──俺は胸を撫で下ろす。

 エネルギー装甲システム。つまりランスロットへ搭載され、初めて実戦使用されたブレイズ・ルミナスの完成時期に変化はない。

 やはりこれらの技術は他者から与えられた物ではなく、ロイド本人が予てより温めていた技術のようだ。彼の功罪を知るからこそ、その異常性を改めて実感する。敵に回したくはないな。

 

「如何に皇女と言えど、私も所詮はただの小娘に過ぎないんだからね。出来る事は限られているよ」

 

 そう、自由に動けない現状、皇族という立場ではあるが、結果的にただの子供と変わらない。

 どうにかして現状を打破できないものか……。

 

『え!?』

 

 何故かロイドとセシルが二人して信じられないといった表情を浮かべる。

 

「ねえ、聞いたセシル君? あの殿下が自分のことをただの小娘だって」

 

「はい、信じられません……」

 

「僕達の会話に普通についてこれるし、専門分野を学び続けてきた研究者に匹敵する知識量を保有しながら、年相応の発想の柔軟さを持つあの殿下がだよ?

 もしかして嫌味、それとも冗談のつもりかな?」

 

「でもそんな風には聞こえませんでしたよ」

 

「だよね、実は殿下ってこう見えて天然なんじゃ」

 

「つまりギャップ萌ですね!」

 

「え、ちょっとセシル君? 外見に騙されちゃ駄目だよ? 分かってるよね? 殿下は殿下だよ?」

 

 何やら小声で話す二人から不穏な空気を感じるのは気のせいだろうか?

 そしてセシル、何故いきなり愛らしいモノを見るような視線を向けてくる?

 

「もう殿下の言葉にはいつも驚かされますよ」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ。最初にお会いした時もそうでしたけど、この件だって元を辿れば殿下の「所詮は兵器、何も人型に拘る必要は無い。勝てば正義だよ、勝てば」っていうKMF開発の流れを完全に否定する発言が発端ですし。

 まあ僕としては殿下の意見に賛成ですけど」

 

 騎士道を体現する上で人型である意味は重要であり、軍上層部も強い拘りを持っている。その為、KMF開発の現場にも強い圧力があったとされ、KMF開発初期に、要求された性能を実現して見せた非人型多脚戦車を圧殺したとする逸話もあった。

 元々二足歩行装置も脱出機構の一部として開発された物だが、いつしか当初の目的が忘れ去られたのかも知れない。

 騎士道を掲げる軍人が多いこの国では、ことKMF開発においてはリリーシャのような現実主義や結果主義は少数派となっている。

 俺としてもこの点においてはリリーシャと同意見だ。特に極東事変以降、軍事力の世界的なKMFへの傾倒、依存には疑問を抱いている。ロマンチシズムを戦場に持ち込む軍人や、それを容認する世界に対してもだが。

 

「ふふ、そうだったね。

 でも良いのかい、ここまで私に肩入れしても?

 ここに記されている内容だけでも途方もない価値があり、相応の利益を生み出せると思うんだ。それを見す見すヴィ家の私に提供する行為は、エル家の後援貴族という立場を明確に示しているアスプルンド家の者として問題があると思うんだけど」

 

 もしこのファイルの内容や検証データを軍、もしくは既に立場を確立しつつあるシュナイゼルに提出すれば、どれ程の功績を挙げる事になるか予測できない。

 まだ既存の兵器が軽んじられる風潮が起きていない極東事変前の今なら、騎士至上主義の弊害を取り除き、ブリタニア軍の戦力を大きく向上させる事が可能だと考えられる。

 それによりアスプルンド家の地位は向上、延いては擁立するシュナイゼルが次期皇帝の座へと近付くことになっただろう。

 

「殿下、僕がそんなことに拘るような人間だと思います?」

 

「いや、あまりそうは見えないね」

 

「でしょ? 何よりシュナイゼル殿下を擁立しているのは、あくまでアスプルンド家の方針であって僕個人の意思とは完全に無関係なんですよ。

 確かにシュナイゼル殿下はアスプルンド家と懇意にして下さってますし、僕も研究に援助してもらってます。

 それに次期皇帝最有力候補だなんて言われてますけど、でもそれだけじゃないですか?」

 

「ロイドさん、誰かに聞かれたらどうするんですか!?」

 

 再びロイドが口にした問題発言にセシルは顔を青くする。

 如何にもロイドらしい発言だが、今の彼女にはまだ受け流す器量が備わっていないらしい。そこに至るまでに彼女はどれだけ胃を痛めたのだろう。

 よく効く胃薬を紹介してくれないか、一度相談するのも良いかもしれない。

 

「落ち着いてよ、セシル君。ここの諜報対策がばっちりなのは君も知ってるでしょ? アハ、それとも君が告げ口するつもりなのかな?」

 

「そ、そんなことしません」

 

 さすがロイド、自分の性格を理解して先に手を打っているようだ。

 ただ自身の態度や発言を改める方が簡単だと思うが……。

 

「前にも言ったと思いますけど、僕にとってはシュナイゼル殿下よりも、リリーシャ殿下の方が価値のある存在なんですよ?」

 

 名の知れた未来の宰相閣下よりも、社交性皆無の引き籠もり幼女に価値を見出したというロイド。

 ここまでの流れ、会話内容から考えても二人の関係の深さを推し量ることは容易い。

 利用するにはこれ以上ないと言えるが、先の現象が二の足を踏ませる。

 

「面と向かって言われると照れるね」

 

「それに────」

 

 正面のロイドがぐっと身を乗り出し、俺の耳元に顔を近付ける。

 

「もう僕たちは『共犯者』じゃないですか。それこそ今さらですよ」

 

「ッ!?」

 

 ロイドの口から告げられる二人の関係。

 その口ぶりからして既に何らかの罪を犯している。

 最初に思い浮かぶのは、やはりリリーシャ所有の戦略ノート件だ。その情報量と詳細さは専門家であるロイドの関与を疑うには十分であり、状況証拠が後押ししている。

 例え相手が皇族でも機密漏洩は重罪に変わりはない。また広い意味では帝国の利益になる技術の隠匿も含まれる恐れもある。

 さらにもしリリーシャの目的が、本当にブリタニアに武力を持って挑む事であり、それを知った上で手を貸しているとすれば、現在進行形で反逆罪や内乱罪、もしくは国家転覆罪に関与している事になる。

 

 ブリタニアを相手にするための情報。

 その為の対KMF兵器の開発。

 共犯者と呼ぶには十分過ぎる理由だろう。

 

 だが一方で、共犯者という言葉を耳にしたその瞬間、最初に俺の脳裏を過ぎったのはあの魔女の姿だった。

 現皇帝シャルルとその兄=V.V.と面識があり、少なくとも暗殺事件が起こるまでは友人関係であった母マリアンヌと行動を共にしていたことは確実。ならば意外と近く、それこそペンドラゴン皇宮やアリエスの離宮に潜伏している事も考えられる。

 探してみるか? 罠にピザを使えば案外簡単に捕獲できるのではないだろうか?

 あの男達の計画──ラグナレクの接続──を阻止する上でも鍵となる存在。出来れば早期に接触を持ちたい一人だ。

 ただロイドのこともあり、既にリリーシャと接触している可能性がないか不安に思う。

 性格的に考えて二人の相性は絶対に最悪だ。場合によっては敵対を避けられない恐れもある。出来れば今度こそ彼女の願いを叶えたいと思っているんだが……。

 

 いや、まずは目の前の問題をどうにかする方が先か。

 

「アハ♪」

 

 動揺を押し殺し平静を装う俺に対して、ロイドは満足げな笑みを浮かべていた。

 この男は……、俺の気も知らないで何を笑っている。

 

「本当に良い性格をしているね、ロイド」

 

「お褒めいただき光栄です」

 

 はぁ~、と心の中で溜息を吐く。

 真面目に相手にするのが面倒になるな。

 うん、もう現状維持で良いんじゃないか?

 ロイド達に接触し、あわよくば味方に引き込むという目的は達した。というか既に達成されていたわけだし。

 共犯者という微妙な関係ではあるが、悪い話ばかりでもない。ここで敢えて事を荒立てて、話を複雑化する必要もないのかも知れない。

 

「セシル、紅茶のお代わり貰えるかな?」

 

「はい、すぐにご用意します」

 

 場の空気を変える為にも一度話題を変えよう。

 

「でも本当にこれが本題で良かったのかな?」

 

 手にしたファイルを机の上に置いて問い掛ける。

 ファイルの内容を思えば、呼びつける理由としては十分だろう。出来るだけ人目に触れさせず、直接相手に手渡すのが最も安全だ。

 だがロイドの性格からして、わざわざこの為だけに呼びはしないだろう。流石に郵送で送り付けはしないだろうが、母マリアンヌ経由で回ってくる可能性だってあったはず。

 そもそもファイルに目を通すだけなら、わざわざパイロットスーツに着替える必要は無い。

 母マリアンヌが娘にコスプレをさせたかっただけという理由も無きにしも非ずだが、場所柄を考えてもコートだけで十分だったはずだ。

 そして何より、この部屋に入った時から常に視界の端に、自らの存在を誇示している物体が映り込んでいた。

 

「あれ、やっぱり気付いちゃいました? さすがは殿下」

 

 いや、気付かない方がおかしいだろ?

 部屋の中央に置かれているのは、KMFの胸部とサバイバルコックピットが組み込まれた装置。そこから伸びた無数の配線ケーブルが大型のコンソールへと接続されている。

 そう、それは前の世界でも皇族時代に何度か触れた事のある簡易的な物ではなく、旧式だが軍用の本格的なシミュレーターだった。

 

「殿下には僕たちが作ったプログラムで、データ収集に協力してもらいたいんですよ。

 是非ともお願いできますかぁ?」

 

 何故それを俺に──いや、リリーシャに頼むのか、その理由は分からない。

 円卓には優れたテストパイロット達が居るだろうし、何よりあの閃光のマリアンヌ様が生存しているんだ。むしろそっちに頼むべきだと思う。

 だけど折角用意してここまで来たんだ。特に断る理由も選択肢もなかった。

 

「ああ、もちろん。私で良いなら協力しよう」

 

 俺はあまり深く考えず、快く了承の意を返した。

 


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