落ちこぼれ兵士は殺人鬼!?   作:ゆーぼーさん

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26話 優しい悪魔

「それで、任務完了した訳だが、報酬の方は…」

図々しいと思いつつも、俺は自分から話を切りだした。まあ、その報酬自体払えるか心配なことではあるが。

「報酬ですか…。ほ、宝物庫はあっちです」

ペンタスは宝物庫があるらしい方角を指さした。

──へえ…。あるんだな、実際に。今の今まで、ずっと疑ってたよ。君の態度が怪しすぎたからね。依頼人を疑うなんて…、俺もまだまだだな…。

「じゃあ、付いてきてください」

そう言うとペンタスは、俺の前を歩き始めた。俺もその後を追おうとする。しかし、俺にはまだやり残したことがあった。そいつを済まさねばな。

「すまないペンタス。少し待っててくれ」

俺はそう言うと、ペンタスの返事を聞きもせずに、ブルベに近づいた。

「ブルベ…」

俺はうつ伏せに倒れているブルベの前髪を掴み、それを引き上げて顔を合わせた。

「ヒイッ!」

彼は短く悲鳴をあげると、ブルブルと震え始めた。…殺さねえよ。と言っても、説得力はないな。殺し屋だもん。

「…安心しな、少し忠告するだけさ」

「忠告…?」

「ああ、その忠告ってのは、もうこれ以上、奴隷を道具扱いするなってことだぜ」

俺がそう言うと、彼はペンタスの方を見た。するとペンタスは、ブルベから向けられた眼差しを避けるような仕草をした。

「俺はいつだってお前を見てる。お前があと1回でも道具扱いしたら…そのときは、俺のストレス発散を手伝ってもらう。…最近溜まってんのさ」

俺は指をゴキゴキ鳴らしながら言った。

「は、はい…」

ブルベは唇を震わしながら返事をした。…ブルベの震え方がおかしい?まさか!

俺はブルベの下半身の方を見た。

…失禁してやがる。少し驚かし過ぎたかな…?でもまあ、これで奴隷が苦しむこともなくなったってことだな。

宝物庫もあったことだし。俺は奴隷を殺さなくていい。

「行こうか、ペンタス」

俺はそう言うと、ペンタスを先頭にしてその宝物庫とやらに向かった。

 

ブルベの敷地は、そのまま森と繋がっており、森の中の道をしばらく進むと、ブルベの宝物が飾られている宝物庫があるらしい。

歩き始めてしばらく経つと、ペンタスが突然急停止したので俺は彼女の後頭部に鼻をぶつけた。

「ガッ!痛ってぇ…!」

俺は鼻を撫ることで、苦しい気持ちを堪えた。

「ハンターさん、ここです」

「え?」

俺がふと隣を向くと、そこには小屋があった。しかし気になったのが、宝物庫と呼ぶにしてはあまりにも地味で、木の香りが鼻をつき、お世辞にも綺麗とは言えないのである。

「これが…、宝物庫?」

「ま、まあ…!中身はちゃんと宝物庫ですよ!ほ、ホラ、人は外見だけでは判断できないって言うじゃないですか!それと同じですよ」

…ペンタスはこう言ってるが、あまり信じられたものではないな。殺し屋として依頼人を疑うのはよくないと、さっき自分に言い聞かせたばかりだが…。人じゃないしな、倉庫って。

 

さて、どうかな?言動も怪しすぎる。…当然確認はするがね。

ペンタスは「宝物庫?」の扉の前に立つと、どこから持ち出して来たのか、南京錠の鍵をポケットから取り出すと、南京錠を取り外した。すると、

「うわっ!」

扉を開けた途端、とてつもない量の埃が、俺の顔目掛けて飛んできた。

「ゲホッ、ゲホッ!ぅおい!ペンタス」

「は、はい!」

ペンタスは返事をすると、一旦扉を閉めた。

「…こんな埃まみれの小屋が、宝物庫な訳ないだろう?!」

「ま、まあ、中身も1度覗いてみてくださいよ」

ペンタスはそう言うと、もう一度扉を開けようとした。

「待てっ!」

「はい?」

「まだ開けるな!俺が少し離れてからだ!」

俺は全力疾走で小屋から離れると、身体に付着した埃を払った。

──最悪だよ、全く。

 

俺は地べたに座りながら、ペンタスが埃を除去し終えるのを待っていた。

──不幸だな、俺って。

しばらくして、ペンタスは咳をしながら、全身埃まみれの姿で俺の方に向かってきた。

「ハンターさん。もう大丈夫ですよ…多分」

「…本当だろうな?俺は周囲には黙っちゃあいるが、少し汚れや塵などそういう類の物は苦手でね」

俺はトボトボとした歩き方で、「宝物庫?」に向かった。

 

開けっ放しの扉からも臭う内部の異臭。俺は不安になりながらもランタンに火をともした。

「…ゲッ。やっぱりヒドい埃だ」

俺は鼻をつく臭いを必死に堪えながら、僅かな灯りを頼りに前へ進んだ。

──畜生、なんでこんなことしなくちゃいけないんだ、全く…。

しばらく進むと、俺は足もとにあった何かを、あるとは知らず蹴ってしまった。

……?これは…。

俺は汚い床にランタンを置き、その物体を拾いあげた。

「…汚ねえ」

手で軽くパッパッと汚れを払うと、出てきたのは、なんと大量の金が使われた小さな置物であった。

「…!?あった!」

探していた物を見つけ、俺は後ろにいるペンタスに向かって歓喜に満ちた声で言った。しかし、ペンタスの表情は、周りが薄暗かったからか、それとも何かよくないことでも考えているのか、妙にしんみりしていた。

「どうしたんだペンタス?そんな顔して!」

「いやぁー、そのー…」

ペンタスは、視線を徐々に俺が持っている置物にずらしていった。

「……?」

俺は不思議に思ってもう一度、置物をじっくりと見た。

「!」

 

──なるほどね…。

 

その瞬間、俺の絶頂まで達していた高揚感は、一気にどん底まで叩き落とされた。その原因とは、この置物である。

別に置物が宝物というのに値しない訳ではなかった。…いや、どうだろう?

この置物に使用された金は、間違いなく本物の金であった。

しかし!

 

この倉庫の埃や湿気など、不衛生な環境に長年閉じ込められていた宝物は、既にカビやサビだらけで、非常に汚かった。

 

「ペンタス…!」

俺は泣きたい気持ちを抑えながら言った。しかし、涙までは堪えることができなかった。

 

 

 

「…ハッ!」

オレが目を覚ました頃には、豪邸はすっかり静けさを取り戻していた。

…あれ?なんでオレはこんなところにいるんだ。何故…!

オレは妙に頭痛のする頭で、ここにいる理由や、さっきまで眠っていた理由を思い出そうとした。

「……?あっ!」

そうだ!オレはハンターと戦って、そして負け…

ちゃあいない!まだオレは負けてない!どこか近くにいるはずだ。オレの意識が失われていた時間が、長くなかった場合…。

オレは立ち上がって周囲をキョロキョロと見回した。するとベッドの近くに、ブルベさんが倒れているのが見えた。

「しまった…!ブルベさん!」

オレは素早く彼の側に駆け寄り、息があるかどうかを確認した。

………。よかった、失神してるだけだ。って、え?

 

ハンターが、標的を殺していない!?

 

どうしたことだ!奴は依頼人からの絶対的信頼を誇る冷酷な殺し屋の筈だ!一体何故…。

 

 

 

そこは確かに宝物庫だった。まあ、今となっては物置小屋と言われてもおかしくないような状態だが。でも、宝物庫と呼ばれるだけあって宝物の数は、俺が目にしてきた中でも1番であった。問題1つ除けば最高な場所である。除けば、ね。

宝物は既にカビや埃まみれ。飛躍的保存状態の良いものほど、大したことなさそうな品物で、高く売れそうな芸術的な品物ほど保存状態が悪かった。

保存状態が悪いとなると、例え売れたとしても大した額にはなるまい。…辛すぎる。

この辛さは、依頼人に対する苦労の割りに合わない報酬で働かせられたことへの怒りからではない。さんざん期待をさせておいて、いざ中身を確認すると、こんな状態であったというガッカリからである。

…俺は彼女が、依頼を確定する直前に報酬金のことについて悩んでいた理由がわかった。

「ハァ…」

──溜息しかつけないよ、全く。

 

「あの…ハンターさん?」

放心状態の俺に必死に話しかけようとするペンタスの声で、俺は我にかえった。

「ん…?あ、ああ。なんだ?」

「…正直言って、これらの宝物はどうですか?」

「…保存状態が悪くて全部売れたとしても2万ドルいくかどうかすら怪しい。君の言ってた大金もなかったし、ぶっちゃけ足りないよ」

俺がそう言うとペンタスは何かを悟ったように、顔を真っ青にしてフラフラと倒れそうになった。

「…ごめんなさい。でも、他の皆は殺さないであげてください!私が…」

「まあ、確かに宝物庫はあったし、多分1万ドル稼げるから、今日のところはこれで満足しよう」

俺はペンタスの言葉を遮るようにして言った。

「え?」

「ペンタス…」

「…はい」

「俺はね、こんなでも無益な殺生は好まんのよ。余計な手間がかかるからね」

ペンタスの表情が、徐々に柔らかくなっていく。それに連れて俺もニコりと笑った。

「優しい表情…。あなたって本当は優しいんじゃないですか?」

「さあね。俺自身に聞いても、そんなことはわからない。…でも殺人が好きでもないと同時に嫌いでもないってことが、いけないことじゃない場合、俺はきっと優しいんだろうな」

「人の死に関心が持てない、人を殺すことになんの躊躇いもない。俺はそういうところを除けば、もしかしたら善人なのではないか?」と、自分自身に問いかけながら、俺は彼女に向かって言った。が、自分の中に眠るダークフォースがそうではないと否定した。ダークフォースは邪悪な証拠であるからだ。

眉間にシワを寄せながら考えていると、ペンタスは微妙な笑顔を浮かべながら言った。

「どんな人間でも、他人に優しくすることは出来ますよ。その証拠にさっきあなたでも出来たじゃないですか」

彼女の言葉を聞いて、俺は笑いをこらえきれず、大きく笑った。

「ハハハッ!確かにな…」

「ほら、今だって、私が失礼なことを言ったにも関わらず、怒らなかったじゃないですか」

「…気分にもよるさ。今日は、機嫌がいい!」

「気分がいい時は天使みたいな人ですね」

「……その例え、違うな。俺は金のために何人も殺してる殺人鬼なんだよ。殺人鬼が息をしても、幸せを感じても、生きていても、優しくしても、何をしても罪なんだ。罪人は例えであっても清い存在にはなれんよ」

俺は無理矢理笑顔をつくりながら、彼女に向かって言った。

「じゃあ、優しい、悪魔…?」

「それだ。ぴったりじゃないか、俺に」

 

その後、俺はしばらくペンタスと話すと、彼女と別れ、ハンターの変身をとくのに適した場所を探し始めた。自宅に帰ってといてちゃ、帰路をつけられて見つかったときマズイからね。

 

 

 

ハンターを探す!まだ近くにいるはずだ!いや、いなくてもさがし出す。

やっと今日見つけたんだ!今日までずっと、血眼になってさがしてきたんだ。そう簡単に逃してたまるか!

オレは急いでブルベさんの豪邸から飛び出すと、とめていた馬に跨った。

ハンター!ハンター!

跨りながら奴のことを考えていると、次第に落ちつきを失い、呼吸も肩でするようになった。

1秒1秒が緊張感との戦い…。目は大きく開かれ熱くなり、聴覚は異常なまでに研ぎ澄まされた。

「フゥー、フゥー」

…自分の荒い呼吸の音しか聞こえない。なんとなくだが、オレは1人で戦うことに少しずつ恐怖を感じてきた。オレはこれほどまでに静寂を嫌ったことはない。

 

…奴は一向に現れない。やはりハンターは…。

と、諦めかけたその時、

 

ズザザザザ

 

地面と足を擦り付けながら移動するような足音…。これは!

「ハンター…!」

オレの顔が歓喜の表情に満ちたと同時に、とてつもない不安がのしかかった。だが、今はそんなことに気を使ってる場合ではないのだ。

己の使命を果たしてみせる。何がなんでも!

 

息を殺して気配を無くしていると、ハンターはオレに気づくことなく目の前を横切っていった。バカな奴だ。

意外と抜けてるところが、ジーマに似ているな…。まあ、ジーマはこんなことしないけどな。

彼のスピードは確かに速かったが、さっきのように目にも留まらぬ速さではなかった。だから馬でも追えないことはなかった。

見うしなわないように、そしてバレないように近づく…!全速力で逃げられたら敵わんからな。

「よし、追うぞ!」

オレは1度馬首をあげると、ハンターとの距離を離し過ぎず、近過ぎずの距離を保ちながら奴を追った。

「頼むからバレないでくれよ…」

神様に祈るように、オレはハンターに願った。

 

…しばらくして、ハンターは森の奥で足をとめた。

──よし!このまま気づかせないまま近づき、必ず当たるような距離でピストルの引き金を引く。そうすれば奴を殺せる!

1発だ…1発で殺せないと、奴は逃げるか、オレを今度こそ殺す。だから、近づかなければならない。まあ、ほんとは不意打ちとかそういうのは嫌いなんだが。相手は化け物、まともに戦って勝てないなら、まともに戦わないのが勝負である。

オレは背を木に張り付けると、ピストルを抜きとり、ハンターをいつでも覗けるようにした。

 

もっとだ…もっと近づくんだ!

 

オレは張り付いていた木から背中を離した。そして、他の木に移るために奴の動きを確認しようとしたそのときだった。

ハンターの身体はするすると、絡まった糸がほどけるように、より人間に近いものに変形していき、小柄な人間の後ろ姿となった。

 

あれが、あれが奴の正体…!?子供なのか?しかも…あの後ろ姿、どこかで…。

 

まあいい。奴は正面を向いていて、オレのことが見えないはずだから、今のうちに移動しておこう。

オレは張り付いていた木から飛び出すと、ハンターとの距離を縮め、もう1度木に張り付いた。

──この距離なら!

オレは小さく息を吐くと、彼の頭に向かってピストルを向けた。よし!この距離、この角度なら確実に奴の脳天をぶち抜ける!

殺せる!

 

──撃ッ!

 

その瞬間だった。奴の横顔が目に映ったのは。

「ッ!!??」

オレは1度、目を疑った。そうだよ!ただの見間違いだ!

奴がこんなとこにいる訳…。

オレはもう1度、ハンターの横顔の確認をした。するとハンターは、何か視線を感じてここの居心地が悪くなったと感じたからか、すぐにどこかへ走り去った。

オレは奴を追おうとした。が、足がすくんで動けなかった。

「嘘だろ…!?」

使命とかそんなことを頭から一瞬にして消し飛ばすような大きなショック。これが、どれだけ運命が腐っているのかという証拠である。

「嘘だと言ってくれ…ジーマ!」

彼のいなくなったこの静かな森に、オレの大きな悲鳴が響きわたった。


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