北斗が去ってから、俺はしばらく立ち尽くしていた。
北斗が本当にこの日常を嫌ってないのは頭ではわかっていたのに、心を抑えられなかった。
「…何やってんだよ。俺は」
「いやはや、青春してるな~」
草むらの陰から茶化すような声が聞こえてきた。
「…冬児か。いつから居た?」
「最初からだよ」
「やっぱりな」
「なんだ?気づいてたのか?」
「なんとなく気配でな」
「お前、本当に人間離れしてるな」
「…うるせー」
冬児の茶化しにもツッコミを入れる気にもならない。
「これでめでたく二夜連続で失恋だな。考えようでは色男だぜ」
「やめてくれ、実を言うとマジでへこんでるんだ」
「まあ、人を呪わば穴二つってのは呪術だけとは限らないからな」
「…どういうことだよ?」
「北斗も同じだけへこんでるってことさ」
「……」
そう、さっき北斗は泣いていた。北斗を傷つけてしまった。
そんなつもりは無かった……とは言い切れない。
「追いかけないのか?踏ん切りが付かないなら、俺が殴ってやるぜ?」
「なんで殴られなきゃならないんだよ」
「こういう時、俺のポジションの役目だろ」
「…ありがとな」
「お前から礼なんて聞くとは思わ無かったぜ」
冬児がニヤリと笑って言う。
「じゃあ、追いかけてくるぜ」
「ああ、行ってこい」
冬児に背を向け北斗を追いかけようとした瞬間、
「…お待ちください」
突然横から話しかけられた。
声をかけたのは全身黒スーツでサングラスをかけた男だった。
なんだコイツ?いつから居やがった。人間の気配はしなかったぞ。
俺が戸惑っていると、冬児も驚いているのか困惑した顔をしていた。
「失礼ですが、お二人の会話が耳に入りました。土御門家の方とお見受けします」
そんな俺たちの様子を気にもせず男は慇懃に頭を下げた。
「実は、主の命により土御門家の方を探しておりました。わが主がお呼びですので、少々お時間いただけますでしょうか」
男が俺達を連れてきた場所は、さっき遊んでいた射的屋の近くだった。
男に聞かれないように俺と冬児は小声で会話をしている。
「お前が自分から面倒事に突っ込むなんて珍しいな」
「コイツは土御門の人間に用があるみたいだから100%陰陽師絡みだろ。ここで断って後でもつけられたら、北斗も巻き込まれるかもしれんしな」
「…なるほど。でもお前だったら尾行を撒くなんて簡単だろ?」
「…もしかしたらだけど、コイツ人間じゃないぞ」
「ほう?どうしてそう思った?」
「普通の人間とは気配が違うんだよ。なんつうか機械や人形みたいに生きてる気配がしないんだよ」
「なるほどな。…お前の予想、当たってると思うぜ」
「お前が『視て』そう言うなら間違いないんだろうな」
しばらく歩いて到着したのは人気の少ない屋台の裏だった。
「…お連れしました」
その声に振り返った人物を見て俺と冬児は驚いた。
少女だったからだ。
「…ふーん。そいつらが」
むかつくガキだな。
それが第一印象だった。
声も顔つきもまだ幼い少女なのだが、態度や口ぶりは他人を見下す傲慢さが張り付いている。
容姿はというと、髪はプラチナブロンドに染めたツインテール。
服装はいわゆるゴスロリで、赤と黒のチェックのキャミソールにフリルとチェーンが大量に付いたスカートをはいている。
両手には祭りの出店で買ったのか大量の食べ物が袋一杯に詰まっていた。
「…おい冬児。俺ゴスロリって良いものだと思ってたけど、実際に見ると痛々しいこの上ないな」
「春虎、本人に聞こえるだろ。これだから女心がわかってないと言われるんだよ」
「全部聞こえてるわよ!!」
ゴスロリ少女が髪を逆立て顔を真っ赤にして怒鳴る。
…自分でも気にしてるんだろうか?
「ゴホンッ。あなたたちを呼んだのは用があったからよ」
「まあ、そうじゃないと呼ばないだろうしな」
「人の揚げ足を取らずに話を聞きなさい!」
やれやれ、これが最近のすぐ切れる若者か。
「こいつを使って呼びたしたのは用ってのは他でもないわ」
少女はそう言い指をパチンと鳴らす。すると隣に控えてた黒スーツの男が小さな紙片いわゆる形代になった。
「やっぱり式神だったか」
「あら、気づいてたんだ。ほとんど人間と変わらないってのにやるじゃない。さすが土御門の人間ね」
「気配が人のものとは思えなかったからな」
「へ~。気配ね、興味深いけどそんなのは後回しにして本題に入るわ」
「ちょっと待て」
「…なによ?」
会話を中断したからかすごく不機嫌そうになった。
「お前の目的を知る前にお前は何者だ?」
「…あんた、あたしを知らないの?」
「ああ、まったくわからん。誰だお前?」
「それが人に聞く態度!?」
やれやれ我儘なガキだな。
「是非お名前をお聞かせください。美しい
美しいと言われ気分がよくなったのか胸(ほとんどない)を張り自信満々に答えた。
「あたしの名前は
「……だれ?」
「はあ?あんたマジであたしの事知らないの?ほんとに土御門の人間?」
「冬児は知ってるか?」
「ああ、顔を見てもしかしたらと、思っていたがやっぱりな。…コイツは最年少十二神将で『
このガキが十二神将だ?そんな実力者には見えんが…
「へえ、あんたはなかなか詳しいわね。もしかしてあんたが土御門?」
「いや、俺は一般人だよ」
「じゃあ、やっぱりこっちか。…しかしあたし以来の天才児だって聞いた噂はデマだったのかしら?」
はて?天才児?何のこと…もしかしてコイツ。
俺は目は真っ直ぐ向けたまま小声で隣の冬児に話しかけた。
「おい、冬児」
「…なんだ」
冬児も同じく目線は前を向いたまま小声で返答してくる。
「あいつ、もしかして夏目と俺を?」
「ああ、完全に勘違いしてるな」
「だよな。どうする、誤解解くか?」
「…いや、しばらくこのままでいよう」
「どうしてだよ?」
「間違えたのは向こうだし、それに」
「…それに?」
「黙ってた方が面白いことになりそうだしな」
「…はあ、本当にお前はトラブルが好きだな」
「日常に刺激があるに越したことは無いだろ?」
「十二神将相手に刺激を求めるなよ…」
例によってこの悪友は話をややこしくしようとしてるようだ。
そんな俺たちの様子に気づいたのか、鈴鹿が疑わしそうな眼差しを向けてきた。
「何してんのよ?」
「いや、それでお前は夏――俺に何の用があるんだ?」
「簡単よ。あたしの実験に付き合ってほしいの」
「…実験?」
鈴鹿の口調に怪しげな雰囲気が混じる。
「そう。あたしさ~。呪術も天才なんだけど、未成年だからって理由で研究部門に回されてるのよ。まあ、あたしの希望でもあったんだけどね」
「…それで俺に何を協力しろと?」
「あたしの研究テーマ、ズバリ、土御門夜光が用いた陰陽術の研究って訳」
夜光の陰陽術か…たしか今の霊災もその夜光の術が原因だって聞いたな。
きな臭い話になってきやがったぜ。
隣では冬児も顔を曇らせていた。しかしそんな俺たちの様子に気づかず、いや、元からこちらの反応など見ていないかのように話し続ける。
「
…わかるはずがない。
どう答えようか迷っているとあっちが勝手に話し出した。
「それはね、『呪術』っていう技術から宗教色を極力排除してることよ」
俺は話の意味がまったく解らなかったが代わりに冬児が意外そうな顔をした。
「宗教色?術式の普遍化や簡易化じゃなくてか?」
「あんた中々に知ってるわね。でも残念、それも大きな特徴の一つだけど、そうした特徴を生み出すことになった一番の原因が『宗教色の排除』よ」
さすが十二神将と言うべきか実に自信に満ちた口ぶりだ。
けど、と鈴鹿は説明を続ける。
「けど、そのせいでそれまで呪術の主な目的の一つだった、『ある系統』の技術や方法論を除外する結果になった。…それが何だかわかる?」
「……」
今度のは冬児もわからないらしく黙って答えを待っている。
俺?解るわけないだろ。
鈴鹿の口調が急に冷たいものに変わり目は剣呑な雰囲気が宿っていた。
「それはね、魂と言う存在の認知。死後の世界。つまり、あの世へのアプローチよ」
「魂…だと?」
俺は息をのんだ。冬児の目にも鋭い光が走る。
「お前…いったい俺に何をさせ『ドンッ』」
俺の言葉を遮るように遠くから小さな爆発音が聞こえた。
さらに、ドンッと連続で聞こえてくる爆発音。
次いで、きれいな光の花が夜空に咲く。
花火だ。
鈴鹿は最初ポカンとしていたが急に取り繕うように
「は、ハハン。結構派手じゃない…」
口ではそう言っていても目は花火から離れない。
コイツの様子からすると花火は初めてなのか?そういえば、さっき両手の袋一杯に食べ物が入ってたな。
たぶんだが祭りも初めてなのだろう。
俺は、妙な胸騒ぎがしていた。
それは鈴鹿の印象だった。
口ぶりや態度はひどく不遜なのに先程見せた凄味のある表情。
しかし、今見せている年相応、いや、年齢よりも幼く見えるこの姿。
いったいどれが本当のコイツなのか。
そして話の内容。いきなり死後の世界や、霊魂の話をされてもいまいちピンとこない。
そのくせ、不吉な予感だけはひしひしと感じる。
俺はとりあえず、花火に夢中になっている鈴鹿の意識をこちらに戻すためコホンッと空咳をした。
すると鈴鹿は慌てて視線を戻しすぐに太々しい態度に戻った。
「た、ただしあたしは、さっき『現代の呪術』って言ったけどそれはつまり『汎式』っていうこと。現在の陰陽術の代名詞でもある『汎式陰陽術』の系統には、魂や死後の世界に作用する呪術は存在しないって事よ」
「……それが?」
「はあ?あんたまだ気づかないの?要するに土御門夜光が作り上げた陰陽術はそうじゃないってこと」
「…夜光が作り上げたのが今の『汎式』じゃないのか?」
たしか冬児がそう言ってたはずだが…。
「『汎式』は夜光が死んだ後に残された人たちが、夜光の術を自分たちでも使えるように簡易化した術式のことよ」
「じゃあ、夜光が使った呪術ってのはなんなんだよ?」
「考えてもみなさい。夜光は軍の要請を受けて新たな陰陽術を作り出したのよ?それはつまり、軍事目的で創造された呪術って事。『汎式』とは比べ物にならないくらいに、複雑で、強力で、危険な呪術なのよ。夜光の造った『
俺の全身に言い表せない悪寒が走る。
コイツは危険だ。と俺の本能が警告を鳴らすが体は動いてくれない。
最後に鈴鹿は、何を考えてるか読めない目で言った。
「当然その中には、魂と言う存在に関する呪術もあるわ。今は失われてしまった『秘術』もね」
俺は確信した。
コイツは見た目や年齢はどうあれ、確かな『力』を持っていると。
伊達に十二神将やってないって訳か…。
「お前の研究テーマは分かった。今の話からするとお前は俺に、『秘術』とやらの実験に協力して欲しい訳だ」
「話が早いわね。そうよ、あたしが復活させたのは魂の呪術。でも、ビビる事は無いわ。別に命を取ろうって訳じゃ無いから」
そこで新たな疑問が浮かぶ。なぜコイツは俺――いや、夏目に実験の協力なんか頼む?
いくら土御門家の次期当主で天才と呼ばれようとも夏目はまだ学生だ。
プロの資格すら取ってない。
十二神将の行う実験ならば、他に優秀な陰陽術師が自分から協力を申し込むだろう。
他の十二神将に頼んだって良い。なのになぜ夏目なんだ?
「…話は分かったがなぜその実験を夏――俺に協力して欲しいんだ?」
「…あんたまだとぼけるつもり?」
「…何のことだ?」
「あたしがあんたを選ぶ理由なんて、決まってるでしょ。あんたが、この呪術の生きた『実例』だからよ」
「な………」
コイツが何を言ってるのか全く分からない。しかし体を走る悪寒は全く治まらない。
冬児もめったに見せない厳しい面持ちで何かを考えてる。
「土御門家次期当主、土御門夏目。噂通り、前世の記憶はないみたいね。それともあの噂はデマだったのかしら?でも試してみる価値はある。何しろあんたはこの呪術――『
そう言うと鈴鹿は一歩へ出た。
マズイッ!
俺は
隣で冬児も苦い顔をしている。
その時、
「ソコマデダ!大連寺鈴鹿。陰陽法ニ基ヅキ、貴様ノ身柄ヲ拘束スル」
ツバメだ。
青いツバメからスピーカーを通したような男の声が聞こえ喋ったかと思うと、ツバメの羽が弾け伸び鈴鹿を包むように拘束しようとする。
「な、なんだ!?」
「…捕縛式か!」
驚く俺の横で冬児が叫んだ。
一方でツバメに襲われてる鈴鹿は「ふん」と余裕の笑みを浮かべていた。
鈴鹿は両手に持っていた袋を投げ捨てる。直後、今まさに鈴鹿を捕えようとしていたツバメが動きを止めた。
鈴鹿の背後から突然いびつな人影が現れる。その姿は三面六手の二メートルはあろうかという怪物。
阿修羅だ。
阿修羅はツバメを掴むと簡単に引き裂いた。ツバメの輪郭がブレ、一枚の紙に戻る。
騒ぎに気付いた客が悲鳴を上げ、一斉に逃げ始める。
「はは、見ろ!人がゴミのようだ!」
「こんな時までお前はバカやってんじゃねえよ!」
お決まりのボケなのに…
俺達もその混乱に乗じて距離を取り近くの屋台の陰に隠れる。
こんな緊急時にもかかわらず(俺のさっきのボケは棚の向こう側に投げ捨てている)、冬児は楽しげな口調で、
「あれ、陰陽庁製の人造式の汎用式『モデルM3・阿修羅』だぜ」
「ツバメの方は!?」
「あれは確か、『モデルWAI・スワローウィップ』。ウィッチクラフト社製の捕縛式だ」
「そうじゃなくて!術者の方だよ!」
その術者はすぐに表れた。
「そこまでだ!すでに周囲は封鎖した。投降しろ」
「あれは…
「…たぶんな」
呪捜官なら俺も知ってる。呪術犯罪捜査官――略して呪捜官。
その名の通り呪術を使った犯罪、つまり対人呪術のエキスパートだ。
「でも、なんで呪捜官が?十二神将とは仲間みたいなものだろ?」
俺の疑問をよそに事態は進展していく。
「…マジウザいんですけど。また懲りもせず雑魚を寄越して、バカな連中」
阿修羅を背後に立たせ鈴鹿が挑発的に笑う。しかし呪捜官達も黙っていない。
「大連寺鈴鹿っ!いかに国家一級陰陽術師と言えど実戦経験の無いお前が、呪捜官二チームを相手に逃げ切れると思うか?無駄な抵抗はやめろ。場合によっては射殺するぞ!」
呪捜官たちの顔は全員本気で今の言葉もハッタリではないだろう。
「おいおい。穏やかじゃねえな」
「ああ、あれはマジだな」
冬児も空気を感じ取ったのか慎重に事を見守る。
「はあ、逃げる?ふざけたこと言ってんじゃ無いわよ」
鈴鹿はそう言うとポシェットに手を入れ一冊の本を取り出す。
呪捜官たちもその動きに反応し、動き出す。呪文を叫び、一斉に呪符を投じる。
投げるは五行符の一つ、木行符。
投じられた呪符は呪力を受け茨の網に変化した。
咄嗟に阿修羅が主を庇うも全身を茨に拘束される。
これで鈴鹿は無防備になった。が阿修羅が稼いだわずかな時間は鈴鹿が準備を終えるのに十分だった。
「量産品の人造式じゃあんた達も物足りないでしょ?十二神将のオリジナルを見せてあげる」
鈴鹿は凄絶な笑みを浮かべ両手で持ったハードカバーの本を頭上に掲げた。
その瞬間ものすごい光が鈴鹿の持つ本の中から発せられた。
本のページが勝手に破れ、張り付き、重なってゆく。
そうして出来たのは、獅子、蛇、鷹、豹と数々の動物だった。もちろん紙で、できた偽物なのだが、まるで本物のように躍動していた。
「…これが十二神将の実力かよ…」
出来た動物の式神は数にして五十体はいるだろう。
「…すごいな」
冬児も唖然として息をのんでいる。
俺達が呆然としてると、
「――やっちゃえ」
どこぞのホムンクルスを彷彿させるセリフを鈴鹿が発すると、一斉に式神が駆ける。
おそらく次の投稿は早ければ16日中にでも出来ると思います。
出来るだけ早く、書いてあった分を投稿していきたいと思います。
早くオリジナル回が書きたい…