夏祭り当日
晴れ渡る空、屋台から香るおいしそうな匂い、子供たちのはしゃぐ笑い声、遠くから聞こえる祭囃子。
今日は実に祭り日和だった。
「ふ~ん。半年ぶりに本家の天才児とあの後会ってたのか」
俺は冬児に、昨日のことを話していた。いや、しゃべらされていた。
待ち合わせ場所で冬児と会ったときは、昨日の事は言うつもり無かったのだが、目ざとく俺の様子がおかしいのに気付いた冬児が、聞き出してきた。
気づけば、昨日の事だけではなく夏目との関係まで全部話してしまった。
「ああ、ほんとに久しぶりでよ」
「まあ、お前にしては上出来だな」
「…何がだよ?」
「「あなたとは違う」なんて言われてもムキになって言い返さなかったところだよ」
「…俺と
「なのに嫉妬した…か?」
「うっ…情けないと思うか?」
「ああ、情けないね」
「そんなハッキリと言葉にされると流石にへこむな…」
普通ここは慰めの言葉だろ…。
まあ、コイツが慰めるような言葉をかけるとは想像もできないがな。
「だが自覚してるんだろ?そこだけが救いだな」
「冬児…」
…コイツが人に慰めの言葉をかけるなんて、…熱でもあるんだろうか?
「失礼なことを考えるな。…にしてもさすが旧家。分家と言ってもそれらしい習慣はあったんだな。本家の人間の式神になる、ね」
だからなんでこいつ等は俺の心の声が聞こえるんだよ…
現在でも陰陽師の間では式神というのは広く用いられているが、主に『人造式』という式神だ。
人造式は
土御門家の『しきたり』とは、そういったのと同じように本家に仕えることだった。
「ん?ということは夜光にも、そういった式神がいたのか」
「まあ、居たんじゃね?知らないけどな」
「夜光の式神と言えば筆頭は、
「いや、だから知らないって」
冬児は陰陽術が絡むと途端に好奇心旺盛になるな。興味のないコッチとしては面倒くさいぜ。
「だいたい。一昔前ならまだしもいまどき、人間を式神にするなんて
「お、良く時代錯誤なんて言葉知ってたな」
「茶化すなよ!…とにかく現代じゃ流行らないって。親父が気にすんなっていうのも頷けるぜ」
「そうか?」
「そうだよ。式神だぞ、人権とかどうすんだよ。てか、人間扱いじゃ無いし」
式神とは使い魔とも呼ばれ、良く言えば術者の護衛でパートナーとも言えるが、悪く言えば奴隷や下僕もしくは道具と言っても過言では無い存在だ。
そんなのに成りたがるバカがいるとは思えねえよ。
「人間を式神にするなんて、良くあることだ」
「はあ?適当言うなよ」
「広義的な意味で言えばってことだよ。式神ってのは、主の言いなりに働く対象物のことだろ?」
「よく分らねえけど、そうなんじゃねえの?」
「ということは、王様と騎士とか日本で言えば、戦国大名に仕えてた忍者もそう言えるだろ」
「…どっちにしろ昔の話じゃねえか」
「現代で言えば、スポーツチームの監督と選手もその関係だな。…絶対服従ってとこが違うが」
「そこ一番重要だろ!」
やっぱり仕えるなら異世界の貴族とかに仕えたい。
「てか、もし俺が見鬼だったらそうなる可能性も大いにあったのか」
昨日の口ぶりから考えると夏目は本気で家の再興を志している。
そして夏目の性格なら昔のしきたりも必ず実行しようとするに違いない。そう考えると背筋に悪寒が走った。
「…アイツ無益な友人だの家の義務だの肩肘張って疲れねえかな?」
「素直な女じゃねえか」
「どこがだよ?」
「自分で「私は孤独です」って言ってるんだろ。次期当主様は?」
「……」
確かに、陰陽塾に通っているのは皆陰陽術のエリートだ。そんな人たちが夜光の事を知らないとは思えない。しかも夏目はそこで天才とまで呼ばれている。
嫉妬や妬みなど、日常的に受けているだろう。もしかすると夏目は東京じゃ、針のむしろなのかもしれない。
黙って深く考え始めた俺の肩に手を置き、
「…ま、一度の失恋でくよくよするなよ」
冬児はこういう時にわざとらしく茶化してくる。
これがコイツなりの気の使い方ってことを知っている俺は、心の中で感謝しつつ、冬児の言葉に乗っかる。
「誰が失恋したって?」
「お前だろ?昨日その夏目って子を今日の祭りに誘ったのに来てないんだろ?立派な失恋さ」
「う…」
そう昨日誘ったのに夏目は来ていない。やっぱり無理だったか。
俺がうなだれていると、
「…誰が失恋したの?」
背後から殺気の混じった声がした。
北斗だ。間違いない。
なんでかは知らんがかなりご立腹の様子だ。
こんな場合は、
バッ(俺が素早く振り返る音)
ズサッ(俺が地面に頭をつけ土下座する音)
「すいませんでした!!」
謝るに限る。
「情けねえ~」
冬児から非難の声が飛ぶが気にしない。プライド?俺は命が惜しい。
俺が頭を下げ続けていると
「は、春虎!良いから頭あげてよ。みんな見てるでしょ!恥ずかしい!」
頭を地面につけてるから見えはしないが確かに幾つかの視線を感じる。
「もう怒ってないから早く立ち上がってよ、バカ虎!」
そう言われ俺はようやく立ち上がって北斗を見た瞬間、
「……」
思考が停止した。
「な、何よ。文句ある?」
北斗は浴衣を着ていた。黒い下地に白い
ゴホンッ
冬児の咳払いでハッとして北斗を見ると、顔を真っ赤にさせ瞳は潤んでいた。
マズイ!そう思ったがうまく頭が回らずかける言葉がうまくまとまらない。
「あ…えと、その今日は、珍しい格好してるな」
ああ!こんなことが言いたいんじゃないのに!
北斗をちらりと見ると怒りが爆発寸前といった所だったが、
「いや、なんと言うか見間違えたと言うか、驚いたと言うか、とにかく似合ってるぞ」
は、恥ずかしすぎる!
頭がうまく回ってないから思ったことを口に出しちまった!
おそるおそる北斗を見ると、しばらくポカンとしていたが俺の言葉の意味を理解したのかだんだんと笑顔になって、
「えへへ、ありがと!」
花の咲くような笑顔とはこういう事を言うんだろうか。思わず見惚れてしまった。
「「……」」
「さて、じゃあ出店でも冷やかしに行くか」
お互いに何かを喋ろうとするのだがタイミングを掴めずにいると、冬児が切り出してくれた。
俺と北斗はホッとしたように頷いた。
「春虎!次あれ!綿菓子食べる!」
あれ~?さっきまでの良い雰囲気は何処に行った?
残念ながらと言うべきか、やはりと言うべきか少ししたら北斗はいつもの調子に戻っていた。
「あ!金魚すくいだ!ヒャッホー!」
「はあ、結局はこうなるのか…」
「去年もこんな感じだったのか」
「今の方が大分ましだな」
「ハハハ…」
あの冬児すら引きつった笑みを浮かべた。
本当に去年は凄まじく、近所の小学生すら引いていたほどのはしゃぎっぷりだった。
元々子供っぽい一面を持つ北斗だが、こういうイベントになった時のテンションはすごく高くなる。
だが俺は北斗の楽しそうな姿を見るのが嫌いでは無かった。
なんとなく昔の夏目にかぶって見えるからだ。
「春虎!はーるーとーらー!」
「ええい!大声で呼ぶな、恥ずかしい!」
人がかっこよくしんみりと物思いにふけていたっていうのに、空気読めよ!
「そんなことよりあれ!あれなに?」
北斗の指差す方向には、
「ああ、射的だろ。知らないのか?」
「む~、悪い?」
「悪いとは言って無いだろ。ほらああやって銃で景品を狙って落としたらその景品が貰えるんだよ」
出店の先でやっている子供たちを指して教えてやる。
「ふむふむ。なるほど!私もやる!」
「よし、良いか北斗?高いとこにあるでかいのは重いから狙わずに下にある小物「あ、はずれた」聞けよ!人の話!」
人のアドバイスを余所にどんどん弾を撃つが景品には一向に当たらない。ざまぁみろ。
「じゃあ、春虎やってみてよ!」
「…だからなんで俺の心の声が聞こえんだよ」
俺のプライバシーは?
「そんなことより春虎やってみてよ!」
俺のプライバシーそんなの呼ばわりかよ…
「やだよ。めんどくせー」
「そんなこと言って自信ないんでしょ?」
安い挑発だとわかっていてもカチンと来てしまった。
「射的界の
俺は店の親父に二回分の金を渡し弾をもらう。
「なんで二回分なの?」
「俺のもう一つのあだ名を教えてやろう・・・
俺はそういうと両手に銃を構え同時に引き金を引く。
すると、二つの弾は一つの大きな景品へ同時に命中し、落下。
途中、落ちる景品が他の景品を巻き込んで落ちる。
さらに景品に当たって跳弾した弾が、ほかの景品に当たり、それを落とす。これで計六つの景品をゲット。
さらに跳弾した弾に、新しく打ち込んだ弾を当て、異なる二つの景品を同時に打ち落とす。
その後も同じ調子でどんどん景品を落としていく。
最後の弾を撃った時にはほとんど景品は残って無かった。
「ふっ。どんなもんよ」
得意顔で振り返るとそこにはすごい人だかりが出来ていた。
「まったくお前は、少し考えろ。ほら、面倒なことになる前に行くぜ」
冬児が人だかりから抜け出そうとする。
「お、おい。待てよ。行くぞ北斗」
俺は親父に景品を詰めてもらって北斗の手を取り冬児の後を追った。
「ふう。ここまでくれば一安心だな」
「お前が人前であんな技見せるからだ」
「そーだよ!バカ虎!」
お前がやれって言ったんだろうが!
なんだよあんな技普通「すごーい」とか「かっこいい」とか褒めるだろ。
ぶつぶつ文句を言いながら戦利品を確かめていると横から北斗が
「良いなー。少しちょうだい」
「はあ?やだよ」
「えー。おねがい!」
「だからなんで俺がっ!?」
「ねえ、お・ね・が・い」
「……!」
「ねえ。こんなにお願いしてもだめなの?」
「……!…!…っ……」
「北斗。そろそろ春虎の首を絞めるのやめてやれ。顔が土色になってきてるぞ」
「はーい」
ぶはぁ!ゴホッゴホッ!し、死ぬかと思った!コイツいきなり首に腕を絡めてきたかと思ったら渾身の力で絞めてきやがった!
「何しやがる!」
「だって春虎が景品くれないんだもん」
「そんなんで殺されかけてたまるか!」
「じゃあちょうだいよ」
何て理屈だ。新手のジャイアンか貴様は。
「そんなにあるんだから一個くらいやれよ春虎」
冬児まで北斗の弁護につきやがった。
「
「それ、どこのトモさんの事?」
…もう、泣いていいかな。
「分ったよ。ほら、好きなの取りな」
諦めて北斗に景品の入った袋を渡す。
「わーい。ありがと!春虎」
射的の景品ひとつでここまで喜ぶなんて、と呆れていたが北斗の笑顔を見たらどうでも良くなった。
「じゃあ、これ!これちょうだい!」
「また大きいの選んだな」
「違うもん。欲しかったのはこっちだもん」
すると北斗は景品に巻き付いていたピンクのリボンをほどき自分の髪に結んだ。
帯と同じ色のリボンは、元からセットだったかのようにとても似合っていた。
「どう?可愛い?」
「……」
「可愛いでしょ?」
「……」
「可愛いって言え!」
「カワイーヨ」
「……ッ」
「ごめんなさい!すごく似合っていて可愛いです!ですから無言でアイアンクローはやめて!」
「まったく。最初からそう言えば良いんだよ」
無理やり言わせたくせに!と心では思ったが口に出すと痛い思いをするのが目に見えているので自重する。
「でもそれでいいのか?原価とかすごく安いぞそれ」
「いいもん。だって春虎が――」
「なんだよ?」
「何でもない!」
すると北斗は景品の詰まった袋の中からシャボン玉キットを取り出すとそれで遊び始めた。
その様子を俺と冬児は並んで微笑みながら見ていた。
「どうする?そろそろ移動するか?」
しばらくして冬児がそう言ってきた。
祭りで上がる花火はここからでも見えるが河川敷に移動した方が良く見えるのだ。
「そうだな。そろそろ時間か」
「あ、ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
そう言うと北斗は急に走って行ってしまった。
「どうしたんだ。あいつ?」
「さあ?」
お互いに顔を見合わせ怪訝な顔をするが待っていても仕方ないので北斗の後を追っかけた。
北斗が向かったのは神社の境内の奥、
「これで良しと」
「何やってんだお前?」
「は、春虎?待っててって言ったじゃん」
北斗の後ろに灯篭の明かりでぼんやりとだが絵馬が見える。
「ん?なんだ絵馬書いてたのか?」
北斗は慌てて絵馬を隠そうとするが灯篭の明かりでも書いてある文字がはっきりと見えた。
『春虎が陰陽師になれますように』
「…北斗」
絵馬を見た瞬間心がひどくざわついた。
北斗に今の日常を否定されている気がして、多少の怒りと大きな悲しみが心を占めた。
かつて夏目は自分を責めた。『うそつき』と。
そしてそれは、事実なのだ。自分は約束を破った。守ると言った約束を破り、のうのうと普通の生活をしてる。
そんな俺は責められて当たり前だった。
しかし北斗には、今や自分の日常の一部となった北斗にはその日常を否定してほしくなかった。
「北斗。俺は今の生活が好きだ。確かにくだらないし、無意味な日々を過ごしてるだけかもしれないが、俺はお前らと一緒に笑い合えるそんな日常が好きなんだよ。いまさら、陰陽師や御門家に関わって今の好きな日常を壊されたく無いんだよ。…お前は違うのか、北斗?」
「……」
北斗は長い沈黙の末、目をそらした。
俺は自分でも思わぬほどショックを受けた。裏切られた様な気さえした。
「…俺今日はもう帰るわ。冬児には言っといてくれ」
「ま、待って春虎!違うの!」
「…何が違うんだよ。お前は俺達といる日常が嫌いなんだろ?」
分ってる。北斗が俺達との日常を嫌ってるはずがないってことは分ってるのに、自分でもゾッとするほど冷たい声が出た。
「違う…違うもん!春虎のバカ!」
北斗が叫び俺の横を駆けてゆく。その背中はあっという間に小さくなり消えた。
すれ違った時に見えた北斗の顔は涙に濡れていた。
突然ですが、今度新しい二次創作を書こうと思ったんですが、何の二次創作を書こうかで長考中になっています。
候補としては
『すもももももも~地上最強の嫁~』(主人公が最初から強いver)
『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』(内容は模索中)
『Fate/stay night 』(一部を除き性転換)
があります。
その他の候補も考えておりますが、自分はオリ主が、書く方も読むほうも苦手なので、書くとしても主人公の性格改変かIFストーリーもしくは、パロディになると思います。
何かこれをやってほしい、上の候補のこれが良い、などありましたら、感想に一報ください。
ネタ案・ダメだし・誤字脱字修正・常時募集中です。