特に時系列などは考えずに、原作二巻後くらいを目安に書いてます。
※注意※
この番外編には『性転換』の要素が含まれます。
そういった類が苦手な方はお気を付けください。
外伝第一幕 逆転!
なんてことの無い、放課後の陰陽塾から、
「なんじゃこりゃあああああああああああああ!!!」
その大きな悲鳴は聞こえた。
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時は少し遡り、放課後の日も落ちてきた時間帯。
俺、夏目、冬児の三人は陰陽塾の倉庫にいた。
「ふぅ。あらかた片付いたか?」
「ああ、そうだな」
「意外と時間がかかっちゃったね」
こんなところで何をしているかと言うと、俺たち三人は大友先生に頼まれ、地下倉庫の掃除をしていた。
たまたま放課後に教室で喋っていたらそこに大友先生が現れ、学食の食券と引き換えに頼まれたのである。
「じゃあ、さっさと先生に報告してもどろ、おぉ!?」
足元に落ちていた雑巾に気づかず、それに足を取られ体勢を崩して豪快に転んでしまった。
「おいおい。大丈夫か?」
「何やってるのさ」
「いてて。わりぃわりぃ、雑巾に足をとられ―――ん?」
立ち上がろうとしたとき、俺の視界の端にきらりと光る何かが映った。
「どうした?」
「もしかして足でも捻っちゃった?」
「いや、その棚の下に何かないか?」
「棚の下?」
俺は棚の下まで近寄り、隙間に手を入れる。
「あったあった。…よっと」
目的のものをつかみ取り手を引き抜くと、俺の手には表面に不思議な文様の入った小さな木箱が握られていた。
「なんだこれ?」
「なんだろう?何かの入れ物かな?」
「開けてみりゃ分かんだろ」
「でも冬児、誰のかわからない物を勝手に開けるのは…それにもし呪具関係の品だったら危ないよ」
夏目は冬児の案に抵抗があるみたいだが、俺は冬児の案に賛成した。
「大丈夫なんじゃないか?もしかしたら中身から持ち主の手掛かりが見つかるかもしれないし、仮に開けて不味いものだったら封印とかかかってるだろ」
「…まあ、確かに」
「よし。じゃあ、開けるぜ」
ふたの部分を握り力を込めると、箱のふたは何の抵抗もなくするりと開く。
そしてその瞬間、箱から目も眩むような光が発生した。
「うお!?」
「なんだ!?」
「きゃぁ!?」
光に驚き目を閉じると同時に、体が無重力空間に放り出されたかのような浮遊感に襲われる。
しばらくの間謎の浮遊感に耐えていると、だんだんとその感覚も収まってきた。
「お、おい!みんな無事か―――ん?」
「う、うん。ぼくは大丈夫」
「ああ。俺も平気―――ん?」
全員どうやら無事らしいが、俺と冬児は声を出した後その違和感に首を傾げた。
「あ、あ~」
「あれ?なんか声が二人とも可笑しくない?」
「そうだな。なんか声が高くなってるような…」
声に違和感を覚えながらも眩んでいた眼がだんだんと戻っていき、ようやく前が普通に見れるようになった。
そしてその瞬間、新たな違和感が目に入った。
「なんだ…これ…?」
自分の腕が余りにも細く、白かった。
一瞬自分の腕じゃないんじゃないかとも思ったが、自分の意思で動くのでこれは自分の腕なのだろう。
だが、俺の腕はもっとゴツゴツしていたし、もっと筋肉がついていて太かったはずだ。
「…どういうことだ?」
そして自分の体を見下ろすとさらなる違和感に気づいた。
視界に入った自分と同じ色の長い髪の毛。
明らかに盛り上がった胸部。
そして制服もまったくサイズが合わなくなっている。さっきまでピッタリだったはずの制服がダボダボになっているのだ。
「ま、まさ…か…」
高くなった声、長くなった髪、細くなった腕、ふくらみのある胸。
「まさか!?」
「春虎!?」
あり得ないと思いつつも倉庫のすぐ外にあるトイレに駆け込み、鏡で自分の姿を確認する。
「なんじゃこりゃあああああああああああああ!!!」
そこには俺の面影をほんの少し残した、全く知らない女性が映っていた。
「…いったい…どうなってんだよ…」
「…っ!?」
俺が呆然としていると、隣から息を飲む様なうめき声が聞こえる。
そちらを振り向くと、そこにはヘアバンを巻いた長身の女がジッと鏡に映った自分を睨みつけているところだった。
「…冬児か?」
「…ああ。お前は春虎だろ?」
「…おう」
お互いに頭の中を処理しきれず、呆然としているとトイレのドアがドンドンと叩かれた。
「春虎?冬児?いったいどうしたのさ」
このままここに居ても何も事態は変わらない。原因は明らかに先ほどの箱から出た光だろう。そして十中八九陰陽術の仕業だ。
自分が女になった姿を見せるのは若干恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
知識の浅い俺たちよりも、夏目に聞いた方が解決策があるかもしれないからだ。
冬児も同じ考えなのか、視線が合うとコクリと頷く。
意を決してドアを開けると、幾分視線の近くなった夏目がそこに立っていた。
「あ、あれ?ごめんなさい!人違い、あれ、でもここ男子トイ――」
「落ち着いて聞いてくれ夏目」
「へ?」
「俺が春虎で」
「俺が冬児だ」
「………へ?」
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「…なるほど。確かに二人とも本物の春虎と冬児みたいだね」
「ようやく分かってくれたか」
あれから少しの間、夏目はパニックを起こしていたがなんとか宥め、自分たちが本人である証拠(今までの共有している記憶や出来事)を話し、なんとか認めてもらったところだ。
「しょ、しょうがないじゃないか!いきなり女性になりましたなんて認められるわけがないだろ!」
「そりゃ、そうだが…」
「…そういえば夏目。お前は性別変わってないんだよな?」
落ち着いてからジッと何かを考えていた冬児が唐突に口を開いた。
そういえば自分自身の混乱のせいで気づかなかったけど、夏目の姿には何の変化も見られなかった。
「え、ああ。ぼくは変わってないみたいだね」
「そうなのか?夏目もあの光を浴びたよな?」
「うん。でもぼく自身には何の変化もないよ」
「…あの光が原因じゃなかったってことか?」
「いや、原因はあの光で間違いないと思う」
冬児がつぶやいた言葉に夏目が異議を唱えた。
「あの箱からは今でも呪力の残滓が視えるし、あの光からも呪力を感じたからね」
「じゃあ、やっぱりあの光が原因か」
「だとすると、結局なんで夏目は変わってないんだ?」
「単純に男にしか効かなかっただけとかじゃね?」
「…う~ん。ぼくの仮説だと『北斗』のおかげじゃないかな?」
「『北斗』?」
冬児が首を傾げながらオウム返しに聞いてきた。
「ああ。冬児は名前まで知らなかったか。夏目の竜の名前だよ」
「ああ、あの竜か。んで、なんでそいつのおかげなんだ?」
「えっと、竜に限らず強力な霊獣とかの使役式を持っていると、それが強力な護符の役割になる時があるんだ」
「なるほどな…」
まあ、不幸中の幸いって所か。
下手したら性別を偽ってるのがばれる危険性もあったしな。
「んで、どうするんだこの状況…」
「夏目、この術解けるか?」
「う~ん。性別を変える呪術なんて聞いたこともないし、ぼくには…」
冬児の問に、ごめん。と夏目が頭を下げる。
「いや、夏目が誤ることじゃねえよ」
「ああ。けど、どうするか。こんな事態に詳しそうな人とかが居れば…」
「詳しそうな人って、こんな得体の知れない呪術に精通してそうな人なんて…」
「性転換させるなんて胡散臭い呪術に詳しい奴なんざ…」
その瞬間、三人の脳裏にある一人の男が浮かんだ。
「「「あ」」」
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場所は変わって宿直室。
そこにいた大友先生に俺たちは今までの経緯を説明していた。
「ほ~。それで僕の所へ来た、と」
「は、はい」
「先生俺に得体のしれない呪具とか作ってくれたじゃないっすか」
「餅は餅屋に、胡散臭いことは胡散臭い人にってことで」
「…君らはもっと教師を敬うべきやな」
ならもっと教師らしいことをすべきだと思うんだが。
「まあ、ええわ。んで、倉庫にあった変な模様の書かれた木箱を開けたらそうなってたと…」
「なんとかぼくは無事だったんですが…」
「春虎と俺はこの様ですよ」
「何かわかりませんか?」
大友先生は顎に手を当て、俺と冬児を見ながら思案顔で口を開いた。
「その箱はいま持っとる?」
「はい。これです」
夏目は拾ってきていた例の木箱を先生に差し出す。
その瞬間、先生の顔が確かに強張った。
「こ、これは…」
「何か知ってるんですか!?」
「まあ、…結論から言うと二人の症状は性別の変化のみやな。それ以外の身体への症状はなんもあらへんと思うから安心してええで」
大友先生は興奮する夏目を落ち着けるように言う。
しかし、とりあえず害があるとかではないのか。その点は安心できるな。
「けど、性別の変化の方はかかってしもうたら解呪のしようがあらへん。効果はきっかり一週間。一週間経てば自然と身体は戻るはずや」
「そ、そうなんですか…。でも、一週間で戻るんだから良かったよね!」
「ああ、不幸中の幸いってやつだな」
「それにしても、こんな変な術でも見ただけで効果が分かっちゃうなんてすごいっすね先生」
「まぁ、この呪具の制作者の一人が僕やからね」
「「「……はぁ!?」」」
今、なんて言いやがったこのアホ教師?
「懐かしいなぁ。あいつと一緒にこんな呪具作りまくって禅次朗に使ってたあの頃が…」
大友先生は悪びれる様子もなく、目を閉じながらなにやらしみじみと何か思い出に浸っている。
しかし、こちらはそんな穏やかではいられない。
「あんたが元凶かよ!?」
「こんなおかしな呪具を管理もせず、放置しやがって!おかげでこの様だ!ふざけんなよ!」
大友先生の突然の告白にようやく処理が追いつき、俺が声を荒げると同時に冬児も大声を発した。
トラブル好きの冬児もさすがに性別が変わるのは許容範囲外だったのだろう。
「た、確かに僕は制作者の一人やけど、管理してたのは僕やのうてもう一人の制作者や!それに、管理がずさんでもこないな怪しげな物、なんの対策も無しに開ける方も迂闊やで」
「そ、それは…」
この木箱を開けようとしたとき、夏目の忠告を軽く見て開けてしまったのを思い出し、言葉に詰まる。
「だから、互いに非は有ったっちゅうことで手を打とうやないか。お詫びに術の効果の切れる一週間はいろいろ面倒見たり融通を利かすくらいはするで」
先生の言う通り、多少なりとも自分たちにも非は有ったし、起きてしまったことはどうしようもないのでしぶしぶながらも先生の言葉に冬児と共に頷く。
「じゃあ早速なんですが、俺と春虎はこのまま男子寮に帰っていいんですかね?」
「いやぁ、さすがに今の春虎クンと冬児クンが男子寮に行ったら色々と面倒なことになりそうやしな」
「まあ、確実に注目の的だよな…」
普段から目立つような言動をしている自覚はあるが、さすがに今の姿で注目されるのは勘弁してほしいぜ。
「まあ、その辺りを決めるにしてもまずは塾長に報告せんとな」
「じゅ、塾長にですか?」
思案顔で呟いた大友先生の一言に夏目が不安そうに聞き返す。
「大げさかもしれへんけど、塾内で塾生が起こした出来事やからな。トップに話を通さんわけにもいかんやろ」
「そ、そうですよね」
「じゃあ、当事者の君らも一緒に今から行くで」
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「塾長、大友です」
「どうぞ」
塾長室の扉の前に着き、大友先生がノックをすると中から倉橋塾長の声がして招き入れた。
「失礼します」
「し、失礼します」
部屋の中に入った大友先生に続いて夏目が中に入り、俺と冬児もその陰に隠れるように中に入った。
「あら、夏目さんまでいらっしゃったの?それにそちらのお二人は…」
夏目が入ってきたことに目を丸くした塾長は、その後に入ってきた俺たちを見つけ首を傾げた。
「つ、土御門春虎です」
「……阿刀冬児っす」
「…どういうことか、説明してもらえるかしら。大友先生?」
俺たちの名乗りに塾長はニッコリと、しかし威圧感のある笑顔で大友先生に尋ねる。
「そ、それがですね…」
塾長に気圧されたのか、引きつった笑みを浮かべながら大友先生はこれまでの経緯を話した。
「――――と、いう事でして…」
「…そうですか」
大友先生からの話を聞いた塾長は少し厳しい顔をして俺たちの方に向いた。
「夏目さん、春虎さん、冬児さん。貴方たちのとった行動はとても軽率なものです。もしその呪具がもっと危険性の高いものだったらどうするんですか」
「「「…すいませんでした」」」
「大友先生、貴方もですよ。作った呪具の管理は昔から口を酸っぱくして言っていましたよね」
「…すんまへんでした」
俺たちへの説教を一通り終えると、厳しかった表情を和らげた。
「しかし、一週間はその姿だと色々と大変でしょう?」
「ええ、それでその間春虎クンたちを男子寮に住まわす訳にもいかへんし、宿直室に泊まらせようかと思っとったんですが」
「そう言うことでしたら、宿直室よりも広くて設備も整っている離れを使って構いませんよ」
「いや、そこまでしてもらわなくても…」
俺たちに非があるのにそこまでしてもらっては流石に居心地が悪い。
「いけませんよ。今はまだ自覚はないかもしれませんが、性別が変化するなんて大変な事になってストレスなどが無いはずありません。狭い宿直室では、それを助長させかねませんからね」
「せやなぁ。何かあってからじゃ遅いんやし、ここは素直に好意を受けとっておくべきやで」
「…何から何まで、本当にありがとうございます」
「いえいえ、良いんですよ。…そうだ、制服の方もサイズの合ったものを用意しないといけませんね」
塾長が俺と冬児をちらりと見てそう言った瞬間、強烈な嫌な予感が俺を襲いたまらず質問をした。
「じゅ、塾長。サイズの合った制服ってもしかして…」
「もちろん女生徒用のものですよ」
「「はぁ!?」」
思わず叫んでしまった俺と冬児に向かって塾長は先ほどと同じニッコリとした、だがどこかいたずらっ子のするような笑顔を浮かべる。
「身長や腕の長さに合わせると男子生徒用では上着の前を止めれないでしょう?」
確かに、この体になってから手足は短くなって服はダボダボなのだが、胸部のみ服が張り少し苦しくなっている。
今のサイズでこれなのだ。
身長に合わせたサイズを着たら塾長の言うとおりになってしまうだろうな。
「二人ともえらいボン・キュ・ボンになっとるからな~」
大友先生がおやじ臭いセリフを吐くと同時に、夏目の強烈な嫉妬の混ざった視線が俺と冬児(のある一部)に突き刺さる。
「だ、だからと言って女子生徒の制服は…」
「せめてジャージか何かで…」
「塾長命令です」
「「職権乱用だ!」」
「今回の件は貴方たちの軽率な行動が原因の一つです。その罰も兼ねているのですよ」
「「くっ…」」
塾長から直接今回の件の罰だと言われれば、俺と冬児はそれ以上の反論ができなくなってしまった。
だが、このまま俺たちだけが罰を受けるのでは面白くない。
顔を横に向ければ冬児と視線が合う。
それだけで俺たちはお互いの内心を理解した。
俺たちの共通の思い。それは
((他の奴らも道連れだ!))
「塾長。女子生徒の制服を着るのが俺たちに対する罰だというのは分かりました」
「けど、ここにはまだ罰を受けるべき人がいると思うんですが?」
打ち合わせもせずにまるで台本を読むかのように白々しくセリフを吐く俺と冬児。
俺と冬児が何を言いたいのか察したのか、塾長は分かっているとばかりに大きく頷く。
「ええ。もちろん大友先生にも夏目さんにもキチンと罰を受けてもらいますよ」
「ええ!?」
「ぼ、ぼくらもですか!?」
「当たり前です。貴方たちにも今回の件に対して責任があるのですから」
「ち、ちなみに僕らの罰っちゅうのは?」
笑顔の塾長に大友先生が恐る恐る聞く。
「大友先生には二週間の減給処分、夏目さんには二週間放課後にボランティア活動に従事してもらいます」
「「…は、はい」」
大友先生はがっくりと項垂れ、夏目は普通の罰に心なしかホッとした表情を浮かべていた。
「なんか俺らに比べると普通だな」
「ああ、俺たちもボランティアとかの方がまだいいぜ」
暗に俺たちの罰を変えろと言う風に塾長の方へ視線を送るが、
「ダメですよ。今の貴方たちの姿で普段の言動をされると陰陽塾の品位を疑われますからね」
帰ってきたのは結構きつい言葉だった。
「それともボランティア中、ずっと女性としての慎みある言動ができると約束できますか?」
「…無理っす」
「…同じく」
女装なら(それもかなり嫌だが)まだしも、今の身体で女子の言動をしてしまったら俺の中で何かが確実に壊れそうだ。
「処罰の詳しい話は追って連絡をします。春虎さんと冬児さんは本日から身体が戻るまでの一週間、男子寮ではなくこちらで用意した部屋で生活をしてもらいます。必要なものもこちらで(予算は大友先生の給料から)用意しますから安心してください」
「あ、ありがとうございます」
何やら裏のありそうなセリフだったが、深く追及するのはやめよう。
隣で大友先生ががっくりと肩を落としているのなんて見えない見えない。
「それと、サポート役の人員もこちらで手配しておきますね」
「サポート役ですか?」
「ええ、いきなり女性になってしまって色々と勝手が分からないと思いますから、色々と手助けをしてくれる方です」
「そ、それだったらぼくがサポートを」
塾長の言葉に夏目がおずおずと手を上げる。
「お気持ちは嬉しいのですが、女性となってしまったお二人に男性の夏目さんでは、同じ部屋で一週間生活させるのはちょっと…。心配する気持ちは分かりますが、サポート役の方は信頼できて陰陽術の知識もありますから、もし何かあっても対処できるので安心してください」
「……え?」
「……ん?」
「……は?」
今、塾長はなんて言った?
同じ部屋で?
「じゅ、塾長?ぼくの聞き間違いじゃなければ、サポート役の方は女性で、しかも同じ部屋で生活するように聞こえたんですが…」
「聞き間違いなんかじゃありませんよ?サポート役の方は女性ですし、春虎さんたちにはその方と一週間同じ部屋で生活してもらいます」
「そ、そんな!?何か問題が起きたらどうするんですか!?」
「今のお二人は女性になっていますから、夏目さんが心配するような事態は起こらないと思いますよ?」
「じゃあ、別に同じ部屋で過ごさなくても…」
「いくら製作者が安全を保障したからと言っても、聞いたことも見たこともない呪具なうえに、10年以上前に当時学生だった者が作成したとなれば、何かしらの不具合が突然起きないとは限りません。そのようなときのためにも必要なことです」
「で、でも…」
なおも食い下がろうとする夏目だが、明らかに分が悪いのはだれの目から見ても明らかだった。
「真面目な夏目さんが懸念する部分も分かりますが、私たち教師は何よりも生徒の安全を第一に考えなければならないのです。分かってくれますか?」
「……はい」
「では、春虎さんと冬児さんは部屋を用意するまでの間大友先生から鍵を受け取って宿直室に居てください。大友先生は鍵を渡した後に他の講師へ現状の説明を。夏目さんは寮に戻って、お二人の生活用品などをとってきてあげてください」
塾長が各自に指示を出したことによって一度この話はお開きとなった。
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「そう言えば、サポート役の人ってどんな人だろうな?」
「まあ、普通に考えたら家政婦みたいなおばさんだろ?倉橋塾長の信頼できる人ってことは昔っから倉橋家に仕えてる女中みたいな人かもな」
宿直室に移動した俺と冬児がそんな話をしていると、コンコンと宿直室のドアが叩かれた。
大友先生か夏目が来たのかと思い、どうぞと声をかけると
「失礼します」
「きょ、京子?」
宿直室に入ってきたのは夏目でも大友先生でもなく、級友の倉橋京子だった。
「あたしの名前を知ってるの?」
とっさに出た俺の言葉に京子は不思議そうに首を傾げた。
「知ってるの?って、塾長から聞いてるんじゃないのか?」
「御祖母様からはここに居る生徒のサポートをしろって聞いただけだけど、貴女たち編入生かしら?一年生の、しかも男子生徒用の制服を着てるけど…」
「あ~…」
どう話したらいいかと言葉に詰まっていると、再びドアがノックされた。
「春虎、冬児。言われた充電器とか色々持ってきたよ――――って倉橋さん!?」
「夏目君!?どうしてここに?」
「ぼ、ぼくは二人に届け物を…倉橋さんこそどうしてここに?」
「あたしは御祖母様から連絡が来て…」
どうやら塾長の言っていたサポート役の人ってのは京子の事らしい。
確かに塾長の言っていた通り、陰陽術の知識もあって塾長の信頼も厚いだろうが…。
「さすがに知り合いが来るとは思はなかったぜ」
「知り合いって、夏目君もいるし貴女たちいったい…」
「あ~、実はだな…」
猜疑の眼差しを向ける京子に、俺たちは今まであった出来事を説明した。
「…性別が変わるなんて、そんな夢みたいな話にわかには信じ難いけど」
「ところがどっこい‥‥‥‥夢じゃありません‥‥‥‥! 現実です‥‥‥! これが現実‥!」
「このふざけた態度、間違いなく春虎だしね…」
顔の輪郭や鼻を尖らせるといった細かい芸まで披露したのに、この言われようか。
「で、あんたたちがそうなったのは理解できたけど、なんで御祖母様はあたしを呼んだのかしら?」
「なんでって、塾長から聞いてないのか?」
「御祖母様からはここに行けば分かるとしか」
絶対に面白がって情報を明かさなかったな。
孫まで悪戯の対象にするなんて、性質が悪すぎるぜ。
「その口ぶりからすると春虎たちはあたしが何のために呼ばれたか知ってるの?」
「あ~…。その、なんだ…」
「なによ。ハッキリ言いなさいよ」
「…俺らが元に戻るまでのサポートだってよ」
「なんだ、そんなこと?そのぐらいなら…」
「……一週間付きっきりでな」
「全然って…え?」
快諾してくれそうだった京子の言葉は俺の呟きによって止まった。
「…一週間付きっきり?」
「き、決めたのは塾長だぜ?」
「……ちょっと待ってて」
そう言うと京子は険しい表情のまま部屋を出て行った。
「ちょっと御祖母様!?どういうことなんですか!?」
『――――――――』
「た、確かに今はそうですけど、だからと言って…」
『――――――――』
「へぁ!?そ、そんなことは―――」
『――――――――』
「って、御祖母様!?っもう!」
おそらく携帯で塾長の話しているのか、電話先の塾長の言葉は聞こえないが何かしら言い争っている。
まぁ、聞こえる限り塾長に完全に丸め込まれているけどな。
「…はぁ、御祖母様ったらなにが塾長命令よ。完全に楽しんでるじゃない」
しばらくすると、ぶつくさと文句を言いながら京子が戻ってきた。
「…御祖母様から詳細は聞いたわ。納得いかないけど塾長命令とまで言われちゃったら断れないしね。あんた達のサポート、やってやるわよ」
はぁっ、とため息をつきながら京子はぼやく様に言った。
「じゃあ、さっそくで悪いんだが一ついいか?」
「なに?」
「服をどうにかしてくれ」
「…確かにまずはそれからね」
俺と冬児も正確に測ってないから程度はわからんが、女性になったこの体は確実に男の頃よりも縮んでいる。
そのため、上着の袖やズボンの裾は何重にも折りたたみ、ダルダルになった腰の部分はベルトで無理やり止めているといった風だ。
「御祖母様の話だと生活用品は離れにもう用意できてるらしいから、とりあえず離れに行きましょ」
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「へぇ、意外ときれいなんだな」
「ああ、俺ももう少しぼろいのイメージしてたぜ」
京子に案内され着いた離れは、想像以上に新しかった。
「最近リフォームしたばっかりなのよ、っと有った有った」
離れに入った京子は中に置いてあった袋の中身を漁り始める。
「なんだそれ?」
「あんたたちの服よ。っと、ルームウェアならこれでいいかしらね」
そう言って京子から渡されたのはショートパンツとパーカー、それに女性用下着の上下セットだった。
ちらりと隣を見ると、冬児も同じような服が渡されている。
「…これ着なきゃダメか?」
そういった冬児の顔は珍しく覇気のない困り顔だ。
「…百歩、いや数十万歩譲ってパンツは履くとしても、ブラは勘弁してくれよ」
「ダメよ。今は女の子なんだから相応の格好をしなきゃ。それにブラジャーは骨格や筋肉を矯正する役割もあるのよ。万が一体を痛めちゃったら、戻ったときにどんな影響が出るのかわからないんだから」
そういう京子の口調こそ真面目で俺たちのことを考えてるかのようだが、明らかに俺たちで遊ぶ気満々の笑顔は彼女の祖母の塾長とそっくりだった。
…そんなとこ塾長と似なくてもいいのによ。
「…せめて服はジャージとかねぇの?」
「ないわね。それでもボーイッシュなタイプよ?」
「いっそのこと男物でいいんだがな」
「つべこべ言わずさっさと着替える!これがあんたらの罰なんでしょ?御祖母様から聞いたわよ」
「…はいはい」
京子の勢いにこれ以上の抵抗を観念し、着替え始める。
ちなみに夏目は着替えが終わるまで外で待機中。
その後、初めて着る女性用下着に悪戦苦闘しながらも何とか京子の手を借りて着替えを終えた。
…描写が少ない?
勘弁してくれ。女性用の下着を着けた時点で俺の意識は半ば飛んでたんだからよ。
「…早く男に戻りたい」
「…奇遇だな春虎。俺も全く同じ考えだぜ」
女物の服に着替えると、いやでも自分が今は男じゃないと再認識させられているようで異様に精神力を削られる。
「…それにしても、春虎も冬児も中々に美人ね」
「ぼくもそれは思ってた。…おまけにスタイルまでいいとかなんなんですか」
京子の言葉に夏目は頷きながら賛同するが、その後にぼそりと呟かれた言葉は憎々しい事この上ないと言った声音だった。
「好奇心で聞くけど、感性は男の頃のままなのよね?」
「まあ、特に変わってないと思うが」
「じゃあ、自分の今の姿見てかわいいとか思うの?」
…ふむ。確かに今までゴタゴタしてて自分の変化をじっくりと観察してなかったな。
そう思い、部屋に備え付けてあった姿見で自分の姿を確認してみる。
身長は男のころと比べたら大分縮んでいるが、女子としては平均より少し高いぐらいだろうか。
髪の色は変わってないが、長さが少しだけ伸びてくせっ毛だが艶も男の頃より出ている。
顔立ちも悪くはない。
俺の面影か多少残っているが、勝気な印象のいわゆる美少女と言っても差し支えない。
そして胸部には京子と比べても遜色ない程のものが、その存在を服越しに主張している。
「…確かに客観的に見れば可愛いと言える容姿なんだろうけども、どうしてもそういう感情で見れないんだよなぁ」
「ふぅん。そんな感じなのね」
おそらくこの姿を自分と理解しようとはしているのだが、心のどこかで自分ではないと拒絶している部分もあるのだろう。
まぁ、望んで女になった訳でもないから心が追い付いてないのは当たり前なんだろうが。
隣で冬児も同じように自分の姿を確認してるが、その表情から多分俺と同じことでも考えてるのだろう。
そんな冬児は髪が肩甲骨のあたりまで伸び、切れ長の目に冬児のニヒルな笑みが色気を醸し出している。
身長も高く、スタイルも顔立ちもそこらのモデル顔負けの美人系である。
そんな俺の視線に気づいたのか、こちらを向いた冬児と目が合う。
「どうした?」
「…はぁ。鬱だ死にてぇ…」
「…いきなり何言ってんだ?」
俺の突然の言葉に冬児は呆れながらもどうしたかと聞いてくるが、俺はそれを適当にほっといてくれとあしらう。
…冬児に一瞬でもドキリとするなんてマジで俺なんなんだよ。
あの冬児だぞ?
てか、まず男だし――って今は女か。あれ?じゃあ、問題ないのか?
いや、そういや俺も女だったな。
でも体は女でも精神は男――って冬児にも言えるのか。
「…ああ、頭痛くなってきたぜ」
「よくわからないけど、さすがの春虎も今日の事態は堪えたようね」
痛みで頭を押さえる俺を京子は可哀想な人を見る目をしながらそう言った。
「ま、まぁ、今日は大変なことになったからね。仕方ないと思うよ」
「それもそうね。だったら、ちょっと早いけど今日はもう休みましょうか」
俺の様子を疲れているからと勘違いしたらしい京子と夏目。
だが、疲れてるってのも間違ってはない。
というか、さっきの変な考えも疲れてるせいだろう。絶対そうだ。そうであってくれ。
「春虎の奇行はいつものことだが、もう休もうって案には賛成だ」
「じゃあ、ぼくは寮に戻るよ。明日の授業は出るんだよね?」
「ああ。塾長直々にちゃんと授業に出席しろって言われちまったからな」
しかも女子用の制服を着ていかなきゃならんとか…今から気が重いんだが。
「塾内ではぼくもできる限りサポートするから。それじゃ、また明日ね」
「ああ、また明日な」
「お休み夏目君」
「気をつけろよ」
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「…冬児」
「みなまで言うな。俺もそろそろだと思ってた頃だしな」
「…京子。ちょっといいか」
夏目が帰ったのを見送ってしばらくして夜も更けてきたころ、俺は意を決した表情で京子に呼び掛けた。
「な、なによ真面目な顔しちゃって」
「――――――――だ」
「え?」
「と、トイレはどうしたらいいんだ」
こんな事を聞くのも恥ずかしいが、そろそろ我慢も限界だ。
背に腹は代えられん。
「な、なんてことを聞くのよ!?」
「仕方ないだろ!?お前しか聞ける相手がいないんだよ!それにこういうことのサポートも任されてたはずだろ!」
「…と、冬児もよね?」
「…まぁな。正直言うとそろそろ我慢もきつくなってきた」
冬児の表情も眉間にしわが寄っており、あまり余裕がないのがうかがえる。
「…ちょっと待ってなさい」
そういうと京子はポーチから取り出した紙に何かを書き出した。
「はいこれ」
「…なんだこれ?」
「その、あれよ。や、やり方書いといたから。言っておくけど、こんな状況じゃなかったらセクハラで訴えられても文句言えないようなことだからね!」
「あ、ああ。悪いな」
顔を真っ赤にしながら怒鳴る京子からメモを受け取り、トイレに入る。
夏目に記憶を消す呪術がないかマジで聞いてみるか…。
「なんか色々と精神を削られたわ…」
「…ああ。こんなのが一週間続くのか」
用を足すだけでなんか十歳は老けた気分だぜ…。
「…今日はもうさっさと寝ようぜ」
「そうだな。精神的にへとへとだぜ」
「…は?」
考えや気持ちが悪い方向へ行っちまう日は早く寝るに限る。
そう思ってした提案に冬児は賛成してくれたが、京子からは『なに言ってんのこいつら』みたいな視線と反応が返ってきた。
「あんたたち本気?」
「…何が?」
「なんか可笑しなこと言ったか?」
俺と冬児が何のことを言ってるのか分からずに首をかしげると、京子は大げさに溜息を吐いた。
「あんたたちまだお風呂入ってないじゃない」
「別に一日くらい入らなくても…」
「しかも風呂とかまた要らん神経使いそうだしな」
「ダメよ!さっきも言ったけど、今はあんたたちも女の子なんだから!それに今日は倉庫の掃除をして汗まで掻いてるんだから!」
風呂に入るのを渋る俺と冬児に大声で反論する京子。
まぁ、汗をかいてるのは事実だし正直に言えば風呂に入りたいんだが、これ以上自分が男じゃなくなったことを確認したくないのだ。
「いや、悪いんだがマジで今日はもう勘弁してくれ…」
「俺も春虎と同意見だ。精神と肉体の解離が大きいのか、本当にまいってんだよ…」
「…わかった。あたしにいい考えがあるわ」
絶対にろくな目に合わないなこれ。
「…これがいい考えか?」
「傍から見たら犯罪臭が半端ないだろうな」
「う、うるさいわね!仕方ないじゃない!あんたたちの要望を聞きつつお風呂に入るにはこれしかなかったのよ!」
今、俺と冬児は目隠しをされた状態で風呂場にいた。
目の上にタオルを巻き、さらにその上に呪符は貼られ物理的にも呪術的にも完全に目を閉ざされている。
ちなみに京子は濡れても大丈夫なジャージを着ているらしい。
俺たちから見えないなら着なくてもと一瞬思ったが、いくら見えなくてもすぐ傍に服を着ていない異性同級生がいる状況を想像してすぐに考えを打ち消した。
「ほら洗ってあげるから大人しくしてなさい」
「ちょ、京子が洗うのか!?」
「自分で洗ったらまたあんたたちの負担になっちゃうでしょ。なんか気の紛れることでも考えてなさいよ。その間に洗ってあげるから」
「こんな状況でいきなり気の紛れることって言ってもよ…」
隣の冬児の様子を探ろうと耳を澄ませてみるが、何も聞こえない処から察するにすでに気を紛らわすために何かしらの考えに浸ってるのかもしれない。
「じゃあ、髪の毛から洗っていくわよ」
そ、そうだ素数を数えよう!
素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字…。わたしに勇気を与えてくれる。
2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41 ―――――
「―――ら。―る―ら!春虎!」
「6211 6217 6221 6229 6247 6257 6263 6269―――――って、へ?」
「何ボーっとしてるのよ。さっさと体拭きなさい。冬児はもう上がってるわよ」
「お、おう」
まったく気づかんかった。
人間やればできるみたいだな。夏目に知られれば、もっと別の場所でその集中力を生かせなんて言われるだろうが。
その後、すぐに着替えて三人分の布団を敷いた。
京子が布団を敷く際に色々と葛藤していたようだが、どうやら今は女同士と割り切ったようだ。
布団自体はかなり離れた場所に敷いていたが。
布団に潜り込み横になると、すぐに睡魔が襲ってきた。
肉体的にはそうではないが、やはり精神的にはかなりの疲労だったのだろう。
俺はその睡魔に抗うことなく、深い眠りに落ちていった。
明日にはクラスメイト全員にこの姿を見られるという事実から目を背けて…。
一年ぶりの投稿…。
遅くなって本当に申し訳ございません。
しかも、その久しぶりの投稿が番外編とか…。
一応、本編の続きも書いてるのでもうしばらくお待ちください。
出来れば、来週中にはあげれるよう努力します。
では読了感謝です。
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