東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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就活…辛いです…。


第四十幕 微かな違和感

「………………はぁ」

「なんだ春虎、写真(さっき)の事まだ気にしてんのか?」

「…冬児。なんか今日は写真と相性が悪い気がするぜ」

「先輩だって常識はあるんだ。ばら撒いたりはしないはずだろ。元気出せよ」

「…そうだな、後はお前が先輩から貰った写真データを完全消去してくれたら元気が出るんだが」

「さて、劇の演目はなんだったかな。パンフでも貰いに行こうぜ」

「さすがに誤魔化されねぇからな!?」

 

 

 

 

「あ、いたいた。って、二人とも何してるのさ」

「一時休戦だ」

「…仕方ねぇな」

 

俺と冬児がデータの入ったSDカードを賭けた攻防をしている所に夏目が駆けつけた。

 

「倉橋さんと天馬君が席を取っといてくれてるから、早く行こうよ」

 

どうやら、もうすぐ劇が始まるらしい。

どんな劇をやるかも知らないんだが、まぁ良いか。

 

「ほら早く。置いてくよ」

「はいはい」

 

急かす夏目に付いて行き、公演場所の多目的ホールに向かう。

到着した陰陽塾の多目的ホールは呪術の演習も行う事があるのでだいぶ広く作られているが、それでも劇を見に来たお客でごった返していた。

 

「ここも凄い盛況ぶりだな」

 

人ごみを見渡していると、その中に天馬と京子がこちらに向かって手を振っているのを見つけた。

 

「もう、遅いわよ」

「悪い悪い。それにしてもすごい人の数だな」

「そうね。まぁ、陰陽術を使った劇なんて他では絶対に見れない代物だから仕方ないわね」

「確かにそうだな」

「あ、兄貴。これパンフレットです」

「おう、サンキュー」

 

天馬からパンフを受け取り、見てみると題名の所には『童子切安綱(どうじきりやすつな)』と書かれていた。

 

童子切安綱?

人の名前かなんかか?

 

「なあ夏目、このタイトルって何のことだ?」

「童子切安綱、実在する刀の名前だね」

「刀?」

「うん。昔に鬼の統領『酒呑童子』を切ったとされててね。おそらく劇もその辺りの事をやるんじゃないかな?」

 

夏目がそう言い終わるとほぼ同時に『これより陰陽塾二学年による『童子切安綱』の上演を開始します』と放送が流れ、あたりの照明が落ちる。

 

暗くなって少しすると、女生徒のナレーションが始まった。

 

『時は平安。その都、京都ではある事件が起きていた』

 

真っ暗だった舞台にスポットライトが当たる。

ライトの下には刀を腰に差した男が、豪華な平安装束をまとった高い身分と思われる男の前に膝をついていた。

 

『天皇陛下、ご報告申し上げます。近頃、京付近の町々で若者が次々と失踪しているとの事です』

『若者が失踪?』

『はっ!さらに貴族の姫君も何名か失踪したと』

『犯人は?』

『全力を挙げて調べていますが、いまだ…』

『…むぅ』

 

天皇陛下と呼ばれた男は数秒何かを考え込むと目の前の報告をした男、衛士に告げた。

 

『安部晴明を連れて来い。奴にこの事件の犯人を占わせろ』

『畏まりました!』

 

衛士は天皇から命を受けると舞台端に急いで引いて行った。

しばらくすると衛士はもう一人別の平安装束に身を包んだ男を伴って再び現れた。

話の流れからおそらくあの男が安部晴明だろう。

 

『安部晴明殿を連れてまいりました』

 

衛士がそう言うと晴明は天皇の前まで歩き、膝をついて頭を垂れた。

 

『安部晴明、陛下の命にて参上しました』

『晴明よ。今、巷を騒がしている事件は知っておるか?』

『はい。なんでも町の若者が次々に失踪しているとか』

『その通りだ。そしてその事件の犯人をお主に占ってほしい』

『わたしにですか?』

『うむ。類稀なるお主の占術ならできるだろう』

『…分かりました。やってみましょう』

 

すると晴明は懐から数枚の呪符を取り出した。

その呪符を四方へ投げると、晴明は呪文を紡いだ。

 

『罪を犯し罪人よ。その姿を写せ。喼急如律令(オーダー)!』

 

呪文を唱えると晴明の前に煙が上がり、その中に恐ろしい顔をした鬼が映った。

 

『これは!?』

『お待ちください!』

 

衛士が驚いて刀を抜こうとするのを晴明が止める。

 

『これは事件の犯人を写した幻影です』

『ではこの鬼が?』

『はい。この容貌、丹波との国境付近の大江山を根城にしている『酒呑童子』かと思われます』

『あの鬼の統領と呼ばれる酒呑童子か』

『直ぐに討伐隊を向かわせるのが良いかと』

『そうだな。ただちに部隊を編成し、討伐に向かわせろ!』

『はっ!』

『お待ちください』

 

命に従い、部隊を編成するために走り出そうとした衛士を晴明が引き留める。

 

『鬼は奇怪な妖術を使う上に鎧の様な外皮をしていると言います。普通の武器では傷一つ付けられないでしょう』

『なら、どうすれば?』

『妖術の方は我々陰陽師が護符を用意いたします。武器は伯耆国(ほうきのくに)に安綱と言う優れた刀工が居ると聞きます。彼に刀を打ってもらいましょう』

『そうか、大至急その刀工に使者を送れ。武具が揃い次第、鬼の討伐を開始せよ。これ以上奴らの好きにさせるな!』

『はっ!』

 

 

その台詞の後、再び舞台が暗転する。

次に照明が付くと、そこにはさっき煙に映った巨大な鬼、酒呑童子が酒瓶をあおっていた。

 

式神なんだろうが、その恐ろしい容貌に一部の客からどよめきが起こる。

 

『オヤブン!大変ダ!』

『…ドウシタ?』

 

酒吞童子の前に一匹の小鬼が駆け込んできた。

遠隔で声を出しているのか、スピーカーを通したような音声になっている。

 

『人間ドモガ武器ヲ持ッテ此方ニ向カッテル!』

『…町デ人間ヲ攫ッテイルノガバレタカ』

『ドウスレバ?』

『茨木童子ヲ呼ベ。他ニモ近隣ノ鬼ヲ集メロ。人間ドモヲ迎エ撃ツ』

『ヘイ!』

 

小鬼が命を受け、慌ただしく消える。

そして再び舞台が暗転した。

 

俺はその間に気になったことを隣に座っている夏目に小声で聞いた。

 

「なあ、さっき名前が出た『茨木童子』ってのも鬼なのか?」

「そうだけど、知ってたの春虎?」

「いや、なんとなくそう思っただけなんだが…」

 

なぜか直感でそう思っただけなんだが、……なんでだ?

 

「まあ、鬼の逸話の中では有名な名前だからね。どこかで聞いたことがあるのかも」

「有名な逸話があるのか?」

「うん。ちょっとこの劇の先を言っちゃうことになるから、劇が終わったら話してあげるよ」

「ああ、頼む」

 

そこまで話すとちょうどタイミング良く舞台に照明がつく。

舞台上には武装をした武士たちが七人ほど立っていた。

 

 

『今から我々はこの大江山を根城にする鬼を退治する!これは帝の勅命である!皆、心してかかれ!』

『『『応!!』』』

『行くぞ!』

 

武士たちが武器を抜き、駆けだそうとしたその時

 

『止マレ!』

 

一匹の金棒を担いだ大鬼が現れた。

 

『人間。此処ガ我ラ鬼ノ統領、酒吞童子様ノ住マウ山ト分カッテイルノカ?』

『当然!我々は帝の命により人に仇なす鬼、酒吞童子を退治しに来たのだ!道を開けろ!さもなくば斬り捨てるぞ!』

 

リーダー格の男が前に出て高らかに叫ぶ。

 

『人間風情ガ生意気ナ。鬼ニ歯向カッタコトヲ後悔サセテヤル!』

 

鬼が怒号を上げると舞台上に子供くらいの大きさの小鬼が大量に現れた。

 

『行ケ!オ前タチ!』

『『『キキィ』』』

 

小鬼たちは甲高い鳴き声を発し、鋭い爪や牙を光らせ武士たちに襲い掛かった。

 

『その程度!』

『せいっ!』

『ゼェア!』

 

しかし、武士たちは襲い掛かる鬼に怯まず、次々と斬り捨てていく。

 

 

『小鬼トハ言エ容易ク切リ裂クトハ…。中々ノ刀ヲ用意シタト見エル。ダガ所詮ハ人間。ヤレ!』

『『ギャギャッ!』』

 

 

大鬼が号令をかけるとその背後に控えていた小鬼たちが前に出て、何と一斉に火を吐いた。

一つ一つは野球ボールより一回り大きいサイズだが、それが四つ五つとまとまって武士たちに飛来する。

 

『ぬっ!?鬼の妖術か!』

 

武士たちは地面を転がるように火の玉を避ける。

 

『非力ナ人間メ。ヤラレルガ良イ』

『『ゲギャギャ!』』

 

再び、小鬼が火の玉を吐く。

しかし、さっきと違いその数は倍近くあり、誰の目から見ても今度の攻撃はかわせそうになかった。

 

『くっ!』

 

先頭にいた武士が咄嗟に防御の体勢を取った時、その懐から一枚の呪符が飛び出した。

呪符はひとりでに発動し、目の前に障壁を張る。

鬼の吐いた火は障壁にぶつかると、あっけなく霧散した。

 

 

『これは…晴明殿の護符か!?』

『陰陽師ノ術カ、小賢シイマネヲ。退ケ、俺ガヤル!』

 

大鬼は背中に担いでいた金棒を手に持ち、ゆっくりと前に歩き出す。

 

『小鬼ガ切レタカラト言ッテ調子ニ乗ルナヨ!俺ノ名ハ凱朗太(がいろうた)!殺サレタイ奴カラ前ニ出ルガ良イ!』

『名乗りを上げるとは気骨のある奴よ。良いだろう!わが名は源 頼光(みなもとのよりみつ)!いざ、尋常に勝負!』

『一瞬デ片ヲ付ケテヤル!』

 

大鬼は手に持っている金棒を凄まじい速度で振り下ろす。

名乗り上げたリーダー、頼光はその一撃を横に跳ぶことでかわした。

金棒自体の重量と鬼の筋力がプラスされたその一撃は、さっきまで頼光が立っていた箇所を大きくえぐる。

 

『…何て威力だ』

『フン。チョコマカト小賢シイ!』

 

大鬼はすぐに体勢を立て直し、再び金棒を振るう。

しかし、鬼の振るう金棒は一撃たりとも頼光に当たることは無かった。

 

『何故ダ!?何故当タラナイ!?』

『そのような巨大な武器では攻撃行動が『振り下ろす』か『薙ぎ払う』の二択に絞られる。それならばかわすことは容易い。そして!』

 

焦ったのか大振りになった一瞬の隙を突き、頼光は鬼の無防備な懐に潜り込んでその胴を袈裟がけに切り払う。

 

『攻撃が当たらず焦ったお前は大振りになる。これが野蛮な鬼の限界だ。長い時間研鑽を続けてきた人間には勝てん!』

 

頼光が刀を振り抜くと同時に鬼が派手な『ラグ』をまき散らしながら崩れ落ちる。

 

 

『マサカ、俺ノ身体スラ切リ裂クトハ…一体ソノ刀ハ…?』

『刀匠安綱により鍛えられた刀の中でも最高傑作と謳われ、その名を冠した名刀『安綱』である』

『ソンナ刀ガ…。酒吞童子様、申シ訳ゴザイマセン…』

 

鬼は最後にそう言うと、大きくなった『ラグ』と共にその姿を消した。

その様子を見て、周りにいた小鬼たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

『我々にも鬼は倒せる!この勢いで敵の根城を攻め落とすぞ!』

『『『おおおおぉぉぉ!!』』』

 

頼光が刀をかざし、他の武士を鼓舞する。

武士たちが雄叫びを上げた所で舞台は暗転した。

 

次に照明がついた時、武士たちと酒吞童子が相対していた。

武士たちの方は酒吞童子へたどり着くまでに他の鬼と戦っていたのか、人数は四人に減り、鎧や衣服の所々に傷が見られる。

 

対して酒吞童子の方は傷や疲れこそ無いが、配下の鬼はほとんどやられてしまったのか隣にいる大きな赤鬼以外に味方はいないようだ。

 

『ついに追いつめたぞ!酒吞童子!』

『マサカ人間ガ此処マデヤルトハナ。面白イ!茨木童子!』

『任セナ、オヤジ』

 

酒吞童子が腰に掛けていた大太刀を抜きながら叫ぶと、隣にいた赤鬼、茨木童子も腰に掛けていた大鉈を抜きながら前にでる。

 

『喰ラエ!』

 

酒吞童子は大太刀を横に薙ぎ払う。

鋭く振るわれたそれはさっきの鬼の力任せな攻撃とは違い、明らかに武を感じる攻撃だった。

 

『っ!?避けろ!』

 

頼光は身を低くしながら他の仲間に指示を出す。

が、少し遅かったのか二人は避けるのではなく、刀で攻撃を受け止めようとしてしまった。

 

『ぐあぁ!?』

 

刀で受け止めようとした武士は刀をたたき折られ、そのまま吹き飛ばされる。

 

『くっ、真正面から受け止めようとするな!避けるか受け流せ!』

 

頼光は無事な仲間に声をかけながら一気に前に出た。

大太刀を振り切って無防備な酒吞童子に肉迫する。

 

『覚悟!』

『サセルカ!』

 

頼光の酒吞童子を狙った斬撃を茨木童子が大鉈で受け止める。

茨木童子は受け止めた後、大鉈を振り上げる。

 

『頼光様!』

 

大鉈が頼光に迫る直前、仲間の一人が横から突き飛ばしてくれたおかげで何とか直撃を避けた。

 

『渡辺か!助かったぞ』

『茨木童子は私が引き受けます!頼光様は酒吞童子を!』

 

頼光を助けた男、渡辺はそのまま茨木童子へ攻撃を仕掛ける。

 

『貴様一人デ俺ノ相手ガデキルトデモ思ッテイルノカ?』

『頼光四天王筆頭、渡辺綱(わたなべのつな)!貴様なんぞに後れは取らん!』

『ホザクナ!』

 

渡辺と茨木童子は大きく吼えると、お互いに駆けだした。

茨木童子は勢いもそのままに、右手で大鉈を振り下ろす。

 

渡辺は冷静にその攻撃を捌き、今度は攻勢に出る。

三つ四つと連続で繰り出される斬撃。

しかし、それを茨木童子は驚異的な反射神経と運動能力ですべて回避してみせた。

 

すると今度は再び茨木童子が攻勢に出る。

文字通り人間離れした力で振るわれた鉈を、渡辺は熟練した技巧で受け流す。

 

そして再び渡辺が攻勢に出る。

めまぐるしく移り変わる攻防と力強い殺陣(たて)に俺を含め観客は魅了されていた。

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

渡辺・茨木童子の戦いと同時期、頼光と酒吞童子もお互いに向かい合っていた。

 

『山中デハ随分ト小鬼ドモヲ切ッテクレタヨウダナ』

『直ぐに貴様も斬り捨ててやるぞ』

『出来ヌ事ヲ大声デ吠エルナ。脆弱ナ人間風情ガ』

『悪鬼が大層な口を叩くじゃないか。ならば、出来ぬかどうか試してやろう!』

 

鋭く振るわれた一撃。

なんと酒吞童子はその攻撃を避けようともせず、その身で受けた。

 

『…恐レノ無イ踏込、迷イノナイ太刀筋。良イ攻撃ダ』

 

そう言いながら酒吞童子は切られた血の滴る傷口を手でなぞる。

すると、なぞった先から傷口が消え、なぞり終える頃には切られる前と何ら変わりのない状態に戻っていた。

 

『き、傷が消えた?いったいどういう事だ!?』

『何ヲ驚ク?貴様ラ人間モ時間ガ経テバ傷ハ癒エル。ソレト同ジコトダ』

『バカな!?いくら鬼と言えど、あれほどの傷が一瞬で癒えるなど有り得んはずだ!』

『確カニ、鬼ト言エドアレダケノ傷ヲ自然回復サセルノニハ時間ガカカル。ダガ、俺ハ違ウ』

『…なに?』

『俺ハコノ山ヲ通ル霊脈カラ霊力ヲ吸イ取ッテイル』

『霊脈から…だと…?』

『分カルカ?俺ハ無尽蔵ノ霊力ヲ好キナダケ使エルノダ』

 

 

酒吞童子の言葉に頼光は呆然とする。

 

『先程ノヨウナ回復力ナド、力ノ一端ニ過ギン。コノ力ヲ使エバ、腕力・速力・耐力、スベテノ能力ニ置イテ他ヲ超越スル』

『そんなバカな話があってたまるか!』

『…ナラバ、身ヲ以テ味ワウガ良イ』

 

 

酒吞童子がその言葉を放った瞬間、数メートルあった二人の距離は無くなっていた。

 

『な!?』

『死ネ!』

 

瞬間移動の様にも感じられる超スピードで頼光の前に現れた酒吞童子は、そのまま拳を頼光に叩き込んだ。

頼光の腹部に拳がめり込み、あまりの威力に鎧の胴部を砕きながら頼光は後方に吹き飛ばされる。

 

そしてそのまま後ろに設置してあった灯篭にぶつかるまで吹き飛び、頼光は地に倒れた。

 

 

気絶までは至らなかったのか、頼光は鞘を杖代わりに何とか立ち上がろうとするが、腹部を殴られた痛みと背中を強打した所為で上手く呼吸が出来ず、苦しげに咳き込みながらその場に膝をついた。

 

 

そんな頼光に追い打ちをかけるでもなく、酒吞童子は顎に手をやり何やら考え始めた。

 

『フム。アレデ死ナナイトハ。咄嗟ニ跳ンデ威力ヲ軽減シタカ。キサマ人間ニシテハ中々ヤルナ』

 

そう言うと、酒吞童子はニヤリと笑いなにを思ったのか、膝をついている頼光に手を差し伸べた。

 

『ドウダ?人ヲ捨テ我ガ眷属、鬼ニナランカ?』

『な、何を世迷言を!』

『冷静ニ考エロ。此処デ俺ノ手ヲ取ラナケレバ、待ツノハ死ダゾ?』

『……くっ』

『人間ハ弱イ。ダガ、コノ手ヲ取レバ強靭ナ鬼ニナレル』

『………』

『サア、俺ノ手ヲ取レ』

 

そして再び、酒吞童子は頼光に手を伸ばす。

頼光はしばらく考えた後、ゆっくりとその手に手を伸ばし始めた。

 

 

だが、酒吞童子と頼光の手が重なりそうになったその時、頼光は酒吞童子の手を思い切り叩き落とした。

 

『…何ノ真似ダ』

『人間を甘く見るなよ酒吞童子!』

『ヨリ強イ生命ニ生リタクナイノカ?』

『その手を取った時、私は人間でいられなかった弱い生き物になってしまうだろうよ』

『…ソウカ。デハ……死ネ!』

 

 

頼光に止めを刺すために酒吞童子は、頼光に目がけて大太刀を振り下ろす。

 

だが、その斬撃はいきなり現れた二体の鎧武者によって頼光に届く寸前で止められた。

 

『ナンダ!?』

『何とか間に合いましたか』

『これは、晴明殿か?』

 

頼光が顔を上げるとそこには、空を駆ける牛車に乗った晴明がいた。

晴明は牛車の高度を下げると、ゆっくりと地に降り立った。

 

『援軍が遅れて申し訳ない。少し術の用意に時間がかかりまして』

『術?』

 

一体何のことだ、と聞こうとする前に晴明は『喼急如律令(オーダー)』と呪文を呟く。

発動した術は特に音や光を発するわけでも無かったが、その効果は目に見える形ですぐに発揮された。

 

『ッグゥ!?』

 

さっきまで猛威を振るっていた酒吞童子が苦しそうに唸り、二歩・三歩と後退すると膝をついたのだ。

膝をついた酒吞童子は苦しそうに息を荒げながら、文字通り鬼の形相で晴明を睨みつける。

 

『ハァ…ハァ…。コ、コノ感覚、キサマ霊脈ニ何カシタナ!』

『貴方が霊脈から力を得てる事は予想できましたからね。その中に毒の様な物を仕込ませてもらいました。これでさっきまでの様な超回復などは使えないでしょう』

『キサマァ!』

『悪なる者を縛れ!喼急如律令(オーダー)!』

 

 

激昂した酒吞童子が晴明に飛びかかろうとした瞬間、晴明が呪文を唱える。

すると、頼光への攻撃を受け止めた式神の腕部装甲が開き、そこから数十枚の呪符が射出された。

 

射出された呪符は酒吞童子を半球状の陣形で囲むと、その表面に梵字を浮き上がらせ淡く光り始める。

その途端、酒吞童子はまるで見えない網に囚われたかのごとく動きが鈍くなった。

 

『コ、コレハ…ッ』

『頼光殿!今の内です!』

 

 

晴明の声に奮起され、頼光は雄叫びを上げながら両足に力を込め、立ち上がった。

 

 

『これで終わりだ、酒吞童子!』

『コ、コノ俺ガ、人間ナンカニイイイィィィィ!』

 

酒吞童子はその言葉を断末魔に頼光の一太刀を浴び、大きな『ラグ』を発生させ消えた。

 

『オヤジ!?』

 

酒吞童子がやられた後、渡辺と戦っていた茨木童子が戦闘を抜けてきたのか、体のいたるところに傷を負いながらも駆け寄ってきた。

 

『キサマラァ!』

 

茨木童子は怒りの形相で頼光たちを睨むが、自身の傷と戦力差を考え不利と悟ったのか苦々しい表情に変わる。

 

『キサマラノ顔ハ覚タ。必ズ全員ニ復讐シテヤル!覚エテオケ!』

 

そう言い残すと茨木童子の姿が一瞬の間に掻き消えた。

 

『…退いたのか?』

『頼光様、ご無事でしたか』

『渡辺、お前も無事だったか』

『ええ、あのまま続けていたら危なかったが何とか』

 

駆け寄ってきた渡辺は全身に傷を負っており、満身創痍と言う体だった。

 

『それで、奴は?』

『ああ、退いたみたいだ』

『…おそらく霊脈を使って移動したのでしょうね』

『霊脈には晴明殿が術を仕掛けた筈では?』

『今回発動させた術は霊脈から力を得ていた者へ対するためのものです。移動などそれ以外の用途への阻害は出来ません』

『…そうですか』

 

そう言うと、頼光たちは刀を鞘に納め全身の力を抜いた。

その時、晴明は頼光の刀に何かの異変を見つけたのか、表情を変えた。

 

『頼光殿。その刀、見せてもらっても良いですか?』

『構わないが?』

『…失礼』

 

晴明は受け取った刀を鞘からゆっくり抜くと、その表面に指を這わせる。

すると、刀が指を這わせた先からぼんやりと赤い光を放ち始めた。

 

『そ、それは?』

『どうやら、酒吞童子を切ったことでその妖力を帯びたのでしょう』

 

妖力と聞いて頼光の顔が強張る。

 

『それはつまり、妖刀になったと?』

『いえ、酒吞童子は長い年月を生きた霊格の高い鬼でした。その妖力を帯びたと言う事は、妖刀と言うよりは神刀に近いと言えるでしょう』

 

晴明は刀を鞘に戻し、頼光に返す。

 

『おそらくこの先長い年月を経て、この刀は幾人もの手に渡るでしょう。できればこの刀を手にする人たちがあなたの様な心の強い人である事を願います』

『…大丈夫。確かに人は強力な力と言う誘惑に惑わされる時もあるだろう。だが、人は間違いを正せる生き物だ。人は鬼ではないのだから。私はそう信じている』

『そう、ですね。ならば私も信じてみましょう。人の可能性を』

 

 

 

そして、照明が落ちるとともに幕も落ち、ナレーションの声が聞こえ始めた。

 

『こうして京を騒がせた鬼騒動は解決し、名刀『安綱』は酒呑童子を切った由来からその名を『童子切安綱』へと変えた。童子切安綱はその後、晴明の言葉通りに幾人もの手に渡ったが、その力が悪用されることは一切無かったと言う』

 

ナレーションで締めくくられると、客席の方から大きな拍手が巻き起こる。

 

拍手も治まり、観客たちも帰り支度をしている中、

 

 

「さすが上級生だ。使われてた陰陽術はどれも練度が一年生とは比べ物にならなかったね」

「ええ、何気なく使われてた術もかなり練り込まれてたわ」

 

夏目と京子の優等生二人は劇中に使われていた呪術の感想を言い合い、

 

「中々だったな」

「呪術を使った所なんかCG映画みたいでかっこよかったよね」

「ああ。まぁ、演技の方は並だったけどな」

「か、辛口だね、冬児君」

 

冬児と天馬は普通に劇の感想を言い合っていた。

それに対し、俺は…

 

「……ムムム」

 

頭を悩ましていた。

その様子に気が付いた夏目が不思議そうに俺に聞いてくる。

 

「どうしたの春虎?」

「いや、さっきの劇を見てなんか引っかかっててな」

「なんかって何さ?」

「それが俺にも分からないんだよ」

「…どういう事?」

「なんと言うか、ただ漠然と『何か違う』って感じたんだよなぁ」

「うーん…。そう言えばさっき劇の途中で茨木童子の名前に反応してたよね?もしかしてそのことじゃない?」

 

夏目に言われて思い出した。

そう言えば茨木童子って名前を聞いた時にもなんか引っかかってたんだっけ。

 

「…そうかもしれないな」

「じゃあ、あの時話すって言った茨木童子の逸話を話してあげるよ。もしかしたら何か思い出すかもしれないしね」

「ああ、頼む」

「うん。簡単に言うと、酒吞童子が退治された後、茨木童子だけは逃げ延びたんだ。その後茨木童子は一条戻橋に住み着いていたんだけど、再び渡辺綱と戦って片腕を切り落とされたんだよ。けど、茨木童子は渡辺綱の伯母に化けて屋敷に侵入して腕を取り戻すって言うのが有名な話なんだけど」

「…腕を…切り落とされた?」

「春虎?」

「え、あ…どうした?」

「どうした、じゃないよ。ボーっとしちゃってさ。話聞いてたの?」

「ちゃ、ちゃんと聞いてたよ。渡辺綱に腕を切り落とされて、それを取り戻したって話だろ?」

「まったく。…で、何か思い出した?」

「んー。さっきより答えに近づいてる感じはするんだけどな…」

 

 

肝心なところがまるで出てこない。

確かに俺は何かを知っていて、さっきの劇を違うと感じた筈なのにその『何か』がまったく思い出せない。

まるで自分の記憶じゃないように…。

 

「こうなったらその辺りの伝承を総洗いするよ!」

「な、なにもそこまでしなくても良いって。思い出せないって事は大したことじゃないんだろうし」

「いーや!春虎がそう言う歴史に興味を持ってくれるなんてそうそう無いんだ。これを機にいろんな伝承とかを覚えてもらうよ!伝承とかを知るのは陰陽師にとっても大切な事なんだ!」

 

ヤバい…。変なスイッチ入っちまった。

 

「あの、夏目?別に伝承自体に興味が湧いたとか、そう言うのじゃないんだが」

「そうだな、時代はちょうど平安時代で最も陰陽術が栄えてた時代だ。そこから一気に陰陽術の起源までさかのぼっても。そうなれば、あれとあれとあの書物も読むのは外せないな。フフフ来週は徹夜だぞ」

 

こ、これはマズイ!

 

「そ、そう言えば俺タッグトーナメントの試合がもうすぐあるんだった。そろそろ行ってくるな!行くぞ京子!」

「ちょ、春虎!?そんなに急いでどうしたのよ!?」

 

俺は急いで京子の腕を掴み、走り出す。

後ろで京子が叫んでるが説明は後回しだ。

今はとりあえず夏目から逃げる!

 

 

「あれ?冬児君。兄貴と倉橋さん行っちゃったけど…」

「ああ?っと、そうか。もうタッグトーナメントの時間か。ほら夏目。そろそろ俺たちも行くぞ」

「フフフフ―――って、もうそんな時間?まあ、春虎教育プランはまた後で煮詰めなおすかな」

「…ほどほどにしといてやれよ。そういう訳で天馬。悪いな、俺と夏目も行ってくるぜ」

「う、うん。それはいいんだけど、もしかして二人が出てるのって兄貴は…?」

「サプライズって奴だよ。それに、黙ってる方が面白そうだろ?」

「ふふ、冬児君らしいね。じゃあ、僕は観客席で見てるから試合頑張ってね」

「ああ、行ってくる」

「フフフ。春虎君、もうすぐですからね…」

「…頑張ってね冬児君」

「善処する」

 

 

 

「おおう!?」

「きゃっ!?きゅ、急に止まらないでよ!」

 

手を引いて前を走っていた俺が急に止まったせいで、背中にぶつかった京子が鼻頭を抑えながら抗議の声を上げる。

 

「す、すまん」

「もう。で、どうしたのよ急に止まって」

「いや、急に寒気がしてな…」

「風邪?これから準決勝なんだから気を付けてよね」

「あ、ああ。任せとけって」

 

この後、俺はこの時感じた悪寒の正体を知るのだった。

 




今回は前回に引き続き、文化祭の出し物を話の中心にしてみました。
作中の劇の内容は自分が即席で考えた物なので完成度についてはご了承ください。
こんな風にすればいいんじゃない?と言う案がありましたら是非、一報をお願いします。
時間があれば参考にして書き直させてもらいます。

次回は遂にタッグトーナメントの準決勝に行きます。
一応、どんな対戦相手にするかは決まっていますので、なるべく早くにお届けできればなと思っています。
此処まで読了感謝です。
誤字脱字・ネタ案・ダメだし常時募集してます。

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