「平和だなー…」
「暇とも言うがな」
歩道橋の上で男二人で誰に言うでもなくつぶやき合う。
あの後三人でゲームセンターなどで適当に時間をつぶし夕暮れの時間になったので解散した。
北斗は俺達と高校が違うのだが夏休みに入ってからは毎日こんな感じで過ごしている。
今は帰り道の途中で北斗と別れ、冬児と二人きりで駄弁っていた。
「そういや、冬児は初めてだっけ?」
「何がだ?」
「明日の夏祭りだよ」
「ああ、そういや去年は北斗と二人で行ったのか?」
「おう」
「良いのか?お邪魔しちゃって」
ニヤニヤしながら聞いてきたその顔に拳をめり込ませたいのは俺だけだろうか?
「おいおい。変な勘繰りはやめろって。アイツとはそんなんじゃねーよ」
なにしろ顔は良くてもあの、男勝りの性格だ。一人称も「ぼく」だしな。
一部の物好きな連中なら好きかもしれんが俺は清純な人が好きなんだよ。
「そうか?いいコンビだと思うがな」
「人の鳩尾をいきなり強襲したり、首を絞めにかかる女なんてごめんだよ。それに去年の祭りのときなんて『デートみたいだな』って言っただけで…」
「…ムキになって否定した、か?」
「おお!よくわかったな。その後冗談だよって言ったのに余計機嫌悪くなりやがって」
アイツの考えてることは、理解に苦しむぜ。
「…春虎」
「ああ?」
「バカ虎ってのは妥当なあだ名だと思うぜ。お前鈍すぎ」
バカな!空気を読むのには、定評のある俺だぞ!
「でも北斗もあのころは俺に陰陽師になれなんて言って無かったのに今年の頭ぐらいからだぜ?あんなにしつこく『陰陽師になれ』なんて言い始めたのは」
自分がなりたい訳じゃ無いのになんなんだ?アイツ?
「…お前がバカにされてるのが許せないってことは…」
「「ないな」」
まあ、本人が先頭きって貶してるんだからな…俺を。
「そもそも、『土御門』っていうブランドはもう無くなっていて、今はむしろ…」
「無理もないだろ。一般人じゃ「業界の事情」を知らないだろうし。今では土御門家は名門どころか日陰者だってな」
―――そう確かに『土御門』の名は平安時代から続く由緒ある陰陽師の名門なのだが現代ではややこしい意味も混じっている。
そもそも土御門の祖である安倍清明は一般的に広く陰陽師と知られていても土御門の名でピンと来るのは業界の人間だけである。
また土御門家が陰陽道宗家として栄えてたのも明治維新までである。
明治維新後は
しかし昭和時代、日本が戦雲に覆われ始めたころ再び土御門の名は脚光を浴びることになる。
太平洋戦争前夜、帝国陸軍上層部の一派が呪術の軍事転用を目論んだ。
彼らは陰陽寮を復活させそこの最高責任者に命じられたのが当時の土御門家当主
――土御門
彼は良くも悪くも天才だった。軍は彼の天才的呪術の才能に目を付けたのだろう。
彼は軍からの資金面・人材面の援助を受け日本呪術の一大改革を成し遂げた。
彼は陰陽道だけではなく日本中のオカルトと呪術を総括し新たな呪術体系を確立したのであった。
それも軍の要望に応え極めて実践的、実用的な呪術を。
この時完成した呪術は戦後より洗練・簡易化され現代の陰陽術――『
しかし現在では夜光の名前は陰陽師達の間では一種の
発端は敗戦色の濃くなってきた太平洋戦争末期、陰陽寮を支援していた一派は追い詰められ錯乱状態にあった。
そして彼らの強い要望で夜光は大規模な呪術儀式を敢行し――それに失敗した。
この儀式に関する資料などは一切残されておらず夜光がどんな呪術を行おうとしたのかは不明だが、儀式がもたらした結果は深刻だった。
夜光本人の死亡のみにとどまらず前例がないほどの大規模な霊災がおきた。
実体化した百鬼夜行が、東京の夜を闊歩したとまで言われている。
その後時間と共に霊気の乱れはある程度収まったが、戦後も霊災は続発した。
それは現在でも同じく陰陽寮は陰陽庁と名を変えて霊災対策に取り組んでいる。
皮肉にも夜光の残した強力な陰陽術を用いて。
このことから陰陽師の歴史は土御門家から始まったと言っても過言では無いが、現代の呪術事情もまた土御門家からの因縁で成り立っているのだ―――
「と僕はキメ顔で言った」
「何やってんだお前、大丈夫か?」
冬児に割と本気で心配された……お前だって最初やったじゃん!
「北斗にも教えてやれよ、土御門家が置かれている複雑な立場を」
「けど、あいつが知ったら「ご先祖様の汚名を晴らせ!」とか言いそうじゃね?」
「…有り得そうだな」
「てか、本当にアイツ知らないのか?」
「よほど詳しく調べなきゃ夜光の名前は出で来ないだろ」
「でも、
「いまさらだな。それに北斗は謎の女だぜ。知っててもおかしくねぇよ」
そうなのだ。実は北斗とは付き合いこそ長いがどこに住んでいて、どこの高校に通っているのか、仕舞には苗字すら実はわからないのだ。聞いても面白がって教えないんだよアイツ。
「実は陰陽師のスカウトとか?」
「国家資格にスカウトがいるかよ」
「謎の地下呪術組織の一員とか?」
「発想が厨二だな」
今思うとほんとにアイツ何者だ?
「お前自身はどうなんだ」
「…なにがだ?」
「陰陽師になる気は無いのかってことさ」
おいおい。何を言い出すかと思えば
「俺には才能が無いって言ったろ」
「才能の話じゃなくてやる気の話だよ」
「……実を言うとな、俺もガキの頃は純粋に陰陽師になるもんだと思ってたんだよ」
「初耳だな」
これは誰にも、親にすら言ったことの無い話だ。
「でもそれは憧れてたとかじゃ無くてそういう『決まり』だったからな。…まあ、それでも良いかと思ってたぐらいなんだよ」
「決まり?」
「ちょっとした『しきたり』でな…」
『しきたり』の話はあまりしたくないんだよな。我ながら青臭いこと言ったと思って今でも思い出すと顔が赤くなるんだよ。
「けど全部ガキの頃の話だよ。『しきたり』のことも一度親父に聞いたけど、昔はそんなこともあったって程度の話でお前の好きにしろって高校入る前言われたよ」
昔は呪符ケースから呪符を抜いて投げる練習とかしてたもんな。…きっちりポーズまで決めて。
俺の中では黒歴史に認定されている。
「…それでも俺に才能が有れば違うことになってたんだろうな」
もし俺が見鬼だったら今の生活とは間違いなく違う人生を歩んでいただろうな。
まあ、それが良いことか悪いことかは解らんがな。
「…俺は才能あると思うぜ。お前」
「変な気遣いならやめてくれよ」
「本当さ。自分で呪符(ふだ)使ってたじゃねーか」
「ふだ?ああ、治癒符(ちゆふ)のことか?あんなの親父の見よう見まねで呪文も基本中の基本の 『
俺は何しろ尋常じゃないほど運が悪いからよく怪我をする。その度に親父の診療所から治療符をくすねていた。
治癒符とは怪我などの治療用の呪符で使用者もしくは、対象者の霊力が強いほど高い効力が強い。
ちなみに意外と高価で、親父が盗む俺対策に呪術トラップを診療所に仕掛け、俺がそのトラップを突破する、ということが一時期あったが、その度に俺は新しい怪我を増やし、親父は治癒符よりトラップのほうが費用が掛かる事に気づいてからは素直に親父に治癒符をもらっている。
殺傷トラップが仕掛けてあったときもありその時はマジで死を覚悟した。…息子に殺傷トラップ仕掛けるってどうよ?
「…それにしてもあの効果はすごいと思うんだがな」
「そんなこと無ぇよ。普通だよ、ふつー」
「バカ虎でも虎は、虎か…」
「喧嘩売ってんなら買うぞ?」
「冗談。お前と喧嘩したら、ただじゃ済まないんだよ。俺もお前も」
ムッとしたが本当のことなので言い返せない。
実際に
「おっ、じゃあ俺こっちだからまた明日な」
「ああ、また明日」
話していたらいつの間にかに駅前に着いていた。
冬児が改札口を通るのを見届け一人で帰路を歩く。俺の家は駅を挟んだ反対側なのでもうすぐだ。
駅にまたがる歩道橋を歩きながら俺は考えていた。
明日も夏季補修。しかし夜は祭りだ。はしゃぐ北斗になんだかんだで付き合いの良い冬児。
――悪くないな、こういうの――
そんなことを考えてたら自然に頬が緩んだ。
軽くなった足取りで歩道橋の下り階段に差し掛かった時
「…あ」
漏れた声が聞こえたのか下から上ってきていた通行人も顔を上げる。その瞬間凍りついたように足を止めた。
通行人――その少女は胸元にレースをあしらっただけのシンプルな黒いワンピースを着て、手には小さいボストンバッグが下げられていた。バッグにはオレンジ色のリボンが付いた麦わら帽子引っ掛けられている。
なぜ、ここに?
と思った時少女が口を開いた。
「ひ、久しぶり…です…春虎君」
「ひ、久しぶりだな…夏目」
少女、土御門夏目との半年ぶりの再会だった。
ようやく夏目も登場!
登場人物がだいたいそろってきましたね。
原作一巻分はあまり原作と流れが大差ないようにしたいと思っています。
この事件が春虎の行動力の原点になると思うので。
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