東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第三十一・五幕 過去の記憶

これはもう、何年も前の話。

 

親からの話で土御門の本家に、自分と同い年の少年がいる事を少女は知っていた。

しかしその少女、京子は件の少年に会いたいとは思わなかった。

 

『没落した家』『日陰者』『過去の栄光』

祖母や父は違うが、他の親類たちは皆そう土御門の事を陰で言っている。

 

京子の家『倉橋』は土御門の分家筋にあたる家だ。

しかし没落した土御門とは違い、京子の父親は現陰陽庁長官を務め、祖母は陰陽塾の塾長である。

名実ともに現代陰陽道のトップにいると言える。

 

今の話を聞く限り、誰もが土御門よりも倉橋の方が格上だと思うだろう。

 

だが、聡い京子は親類たちが陰口をたたきながらも、自分たちの方が土御門よりも『格下』だと言う事を無意識のうちに(まきま)えているのを知っていた。

 

 

だから、京子は土御門の少年に会いたくないと思っていた。

土御門の少年に会ってしまえば、今までお姫様のように可愛がられてきた自分もただの『格下』の少女になってしまう。

 

 

しかし、倉橋は土御門の分家筋。

必然的に正月などの行事では、本家の土御門へ挨拶に行かなければならない時もある。

 

 

そしてその日、京子は父親に連れられ初めて土御門の本家に来ていた。

しかし、京子が不安に思っていた土御門の少年との対面は実現しなかった。

 

京子にとっては幸いと言うべきか、土御門の少年は前日に風邪をひき、今も床に伏せているらしい。

そう聞かされた京子は安堵した。

そして、せっかく対決するつもりで来たのにと、たちまち普段の強気を取り戻していった。

 

 

『庭で遊んでおいで』

父親にそう言われた京子は、もはや怖いものは無いと言う気分で意気揚々と庭に出た。

一人で広い屋敷の庭を探検し、思う存分堪能した。

 

 

そして、気が付いたとき、リボンを無くしていた。

無くしてしまったのはただのリボンではない。

祖母から貰い、少年に負けないようにと、自分を励ますために着けてきた大切な宝物のリボンだ。

 

そんな大切なリボンを無くしてしまった京子は、目じりに溜まった涙を必死に堪えつつも必死にリボンを探した。

そして、リボンを探すうちに京子は迷子になった。

 

 

さっきまで我が物顔で闊歩していた庭が、今の京子には広大な迷宮に思えていた。

もしかしたら、このまま帰れないかも知れない。

そんな考えが頭の中をよぎった時、今まで堪えていた涙があふれ出た。

 

一度(せき)を切った涙は止まることなく、次から次へとあふれ出る。

そんな時、少し先の茂みをガサガサと揺らしながら、少年が現れた。

 

『…泣いているの?』

茂みの奥から現れた少年は、京子の様子を見て驚きながらも訪ねてきた。

京子は咄嗟に涙をぬぐい、泣いてなんかいないわ、と怒ったように返事をした。

 

京子の怒ったような剣幕にビックリしたのか、少年は目を丸くさせたが直ぐに穏やかな笑みに表情を変え、そっかゴメンね、と謝ってから違う質問をしてきた。

 

 

『どうしてこんな所に居るの?』

京子は少年の質問に素直に答えた。

 

父親に連れられ初めて土御門本家(ここ)に来たこと。

庭で遊んでいたら大切なリボンを無くしてしまったこと。

それを探して迷子になってしまったこと。

 

京子が初対面の少年にこんなにも素直に話したのは、少年の笑みがどことなく大好きな祖母に似ていたからかもしれない。

 

京子の話を聞いた少年は、じゃあ、一緒に探そうか、と言って京子の手を引いた。

子供とはいえ、父親以外の男性に初めて手を引かれ、ドキドキしながらも京子は少年に付いて行く。

 

リボンを探す道中、二人は自己紹介をした。

『ぼくはね―――』

『知ってるわ。ここの子でしょ?』

『――え?ううん。違うよ』

『うそ。だってあなた土御門君でしょ』

『そ、そうだけど――』

 

少年がさらに言葉を続けようとしたが、京子がそれを遮り自分の自己紹介を始める。

『わたしの名前は、倉橋京子』

『くらはしきょうこ?』

『そう、漢字はこう書くのよ』

 

 

京子はそう言うと落ちていた枝を拾い、地面に自分の名前を書いた。

『へ~。じゃあ、これからは京ちゃんて呼ぶね』

『きょ、京ちゃん!?』

 

異性、さらに同年代の少年に愛称で呼ばれた事など無かった京子は、いきなり自分の事を愛称で呼んだ少年に対し激しく動揺した。

 

その様子を見た少年は、少し申し訳なさそうな顔をして、もしかして、そう呼ばれるの嫌だった?と京子に尋ねた。

それに対し京子は、べ、別に嫌じゃないわよ、と顔を赤くしながら言った。

 

 

京子の同年代の知り合いは、親からそう言われているのか皆京子に対し、(へりくだ)った態度をとる。

京子はそれが内心では嫌でしょうがなかった。

 

名家に生まれたのならしょうがない事でもあるが、そう割り切るには京子自身が幼すぎた。

だから、何の打算も無く、自分を対等に扱ってくれる少年の行為が京子には嬉しかった。

 

 

京子から愛称で呼ぶ許可をもらった少年は嬉しそうに笑いながら、京ちゃんすごいね!もう漢字かけるの?と言った。

 

京子は純粋に褒められた事が嬉しく、とーぜんじゃない!と胸を張り、己の知っている知識を次々と少年に披露していく。

 

その大半は、両親や親せきから聞きかじった程度の陰陽道に関する知識だったのだが、少年は京子の語る話全てに興味津々と言った体で聞き入った。

 

 

そんな話をしながらリボンを捜し歩いていた二人だが、日が暮れるころになってもリボンは見つからなかった。

 

 

祖母から貰った大切なリボンを無くしてしまった。

その事実が再び京子の脳裏によぎった時、京子の視界はまた涙で歪み始めた。

 

 

京子の目尻から涙が溢れそうになったその時

 

『そんな顔しないで?京ちゃんにそんな顔、似合わないよ。もっと笑ってて。そっちの方が京ちゃんは何倍も可愛いよ』

『―――――ッ!?』

 

少年のその言葉を聞いた瞬間、あふれ出そうだった涙は引っ込み、代わりに顔をリンゴのように真っ赤にさせた。

顔を真っ赤にした京子が何か言おうと口を開いたとき、遠くの方から京子を呼ぶ父親の声が聞こえた。

 

『…お父様が呼んでる。あたしもう帰らなくちゃ』

『え?まだリボン見つけてないよ?』

『でももう時間が…』

 

少年と京子を包む空は夕暮れを通り過ぎ、夜に変わろうとしていた。

おそらく、先程の京子を呼ぶ声も帰るためのものだろう。

京子は暗い表情でうつむくが、目の前の少年の言った言葉で顔を上げた。

 

『じゃあ、ぼくが見つけておくよ』

『え?』

『次に京ちゃんと会うまでに僕がリボンを見つけといてあげる』

『本当に?』

『うん。約束するよ』

 

少年はそう言うと己の小指を京子に差し出す。

京子も自分の小指を立て、少年の小指と絡めて約束の唄を紡ぐ。

 

―――ゆ~びきりげ~んまん、う~そついたら、はりせんぼんの~ます、ゆびきった―――

 

少年と京子は絡めた指を離し、お互いの顔を見つめ合い、笑い合った。

そして再び、父親が自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

『じゃあ、あたしもう帰るね』

『うん。リボン必ず見つけておくよ』

『絶対よ?約束なんだからね(・・・・・・・)?』

 

京子は腰に手を当てて人差し指を立て、ウインクしながらそう言った。

少年は京子の言葉に力強く頷く。

 

京子は少年の様子に満足したように笑い、じゃあね、と少年に言い残して父親の声のした方向に駆けだした。

 

父と共に家に帰る途中、京子は自分が少年の名前を聞いていないことに気づいた。

 

――お祖母さまに後で名前を聞かなきゃ――

 

家に帰り、祖母から聞いた土御門本家の子の名を、京子は胸に大切に刻んだ。

それから何年もの間、その名前をもつ人物に出会うまで、京子はその名前を忘れなかったずっと忘れなかった。

 

 

 

 

 

一方少年の方は、この件の事は数日後に幼馴染の少女との間で起きた事故によって全部忘れてしまったのだが、それはまた別の物語で

 

 

 




今回は原作二巻のおまけ部分です。
最後に書いた記憶を無くしてしまった物語はいずれ書きたいと思っています。

次回は完全オリジナル回を執筆予定です。
お楽しみに!

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