東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第三十幕 埋まる溝

 

 

~~side夏目~~

 

 

 

「う、うう…」

 

こ、ここは?

…呪練場?

ぼくは確か……そうだ!あの呪捜官に眠らされて!

 

「っ!?」

 

体を起こそうとしたが両手両足を縄で縛られ、身動きが取れなかった。

さらに体に貼られている呪符のせいか呪力も使えなくなっている。

 

 

「おや、お目覚めですか?北辰王よ」

 

頭上から声が聞こえ、そちらの方に顔を向けると、そこにはぼくの担当だった呪捜官が立っていた。

 

「まずは先日の件について謝罪をしておきましょう。同志が先走り、お見苦しい真似をしました」

 

そう言って男は慇懃(いんぎん)な態度で頭を下げた。

 

 

先日の件。

そう言われて真っ先に思いついたのが、春虎たちの転入直前に起こった事件の事だ。

 

そしてこの男はその犯人を同志と呼んだ。

と、言う事は

 

「まさか、あなたが夜光信者だったなんてっ」

「…夜光信者?ああ、周囲にはそのように呼ばれているのでしたね。そうです、私はあなたを信奉する一人です。北辰王よ」

「くっ!」

 

 

『北辰王』。その言葉にぼくは顔を歪ませた。

北辰王とは夜光信者たちが夜光の事を呼ぶときに使う尊称の事だ。

 

北辰とは陰陽道において重要視される北極星の事を指す。

 

それを夜光、すなわち「夜の光」を北極星に(たと)え、彼の護法『飛車丸』と『角行鬼』に(なら)って彼を王に見立てた別称である。

 

 

「なぜこんなことを!あなたは陰陽庁に所属する呪捜官じゃないですか!」

「陰陽庁に所属している呪捜官ならば、夜光信者では無いと?それは大きな間違いです。むしろ陰陽庁にこそ同志は数多く所属しているのです」

 

 

「う、嘘だ!」

 

ぼくは否定よりも信じたくないといった気持ちで叫んだ。

 

「嘘ではありませんよ。陰陽道の深淵に触れれば触れる程、北辰王(あなた)の素晴らしさを理解することが出来る。ならば、呪捜官にあなたを信奉する者がいない方が可笑しいでしょう」

 

男はまるで演説でもするかのように天井を見上げながら、恍惚(こうこつ)とした表情でそう語った。

 

 

「そして、今回私がこのような行動を起こした理由はただ一つ。あなたに自覚を持ってもらうためです」

「じ、自覚?」

「ええ。私はこの職業柄、公に出ない情報や機密にも触れることがあります。そこで私は知ったのです。あなたが『十二神将』の一人『神童』大連寺(だいれんじ) 鈴鹿(すずか)を倒したと!」

 

そう言いながら、男は見上げていた視線をぼくに戻した。

 

その時見た男の目は狂気に取りつかれた目をしていた。

その男の目をぼくは直視することが怖くなり、目を逸らした。

 

 

「その報を聞いたとき、私は狂喜しました!いや、私だけじゃない。同志たちは皆、喜びましたよ!遂に北辰王が目覚めたのだ、とね!」

 

男は狂気に憑りつかれた笑みを浮かべながら、大声でそう言い放った。

 

 

だが次の瞬間、男は顔から表情を消してぼくを見た。

 

「だが、あなたは王として目覚めたと言うのに、あのような愚かしい分家の小僧を御身の側に置き、あまつさえ式神にした!!」

 

無表情だった男の顔は憤怒の表情に変わっていた。

しかし、それも一瞬で次の瞬間にはまた気味の悪い笑みに戻った。

 

「だから、私はあなたに王としての自覚を持ってもらうために動いたのです。安心してください。王を(たぶら)かすあの小僧は、私の放った『蠱毒』で今頃死んでいるでしょう」

「そ、そんな……」

「なに、心配はいりません。あなたにはもっと相応しい式神がいるのですから。王を導き、護る護法には私がなりましょう!王の新たな『飛車丸』として!」

 

 

男がなにやら大声で叫んでいるが私はそれどころではなかった。

 

春虎君が死んだ。

 

そのことが私の頭の中を埋め尽くしていた。

 

まだ死んだと決まったわけではないが、プロの陰陽師が放った『蠱毒』をいくら戦闘能力が高いからと言って、半分素人の春虎君にどうこう出来るとは私には思えなかった。

 

 

信じたくない事態に呆然としてると、私の耳に男のある言葉が聞こえた。

 

相応しい式神?

 

新たな『飛車丸』?

 

 

その言葉を聞いたとき、私の口は無意識に言葉を発していた。

 

「…あなたじゃ無い」

「なんです?王よ」

「…『神童』に勝ったのは、私一人の力じゃありません。…春虎君が居たから、春虎君と二人で力を合わせたから勝てたんです。あなたじゃ無い!私の『飛車丸』はあなたじゃ無い!私の『飛車丸』は春虎君だけです!」

 

 

私は男装しているときの口調も忘れ、そう叫んだ。

 

「おおおお、王よ!な、なんと愚昧(ぐまい)な事をっ!!」

 

男は両手で顔を押さえて鼻息を荒くし、目を血走らせていた。

が、しばらくして落ち着きを取り戻し、貼り付けたような笑みの表情に戻った。

 

「……まあ、良いでしょう。どうせあの分家の小僧は、私の『蠱毒』で死んだのですから。これからゆっくりと――――――――」

 

 

男は自分に言い聞かせるように言葉を呟いていたが、不意に何かに気づいたのか顔を上げた。

下から覗き見れる男の表情は、信じられない物を見たかのように驚愕の色に染まっていた。

 

 

何事かと思い男の視線の先を見ると、そこは呪練場の観覧席にある出入り口の扉が一つあった。

 

その扉の隙間からは黒い(もや)の様な物が滲み出て、男はその靄を見て驚いているようだった。

 

「ま、まさか、返されたのか!?」

 

男の叫び声が聞こえた。

返されたのか、と。

 

この状況下で男が『返された』と言うものは一つしか考えられない。

 

『蠱毒』

 

体に貼られた呪符のせいで呪力の感知も上手くできないが、おそらく間違いないはず。

 

 

それが返された。

春虎君たちに向けられて放たれた『蠱毒』が返された。

 

それが意味するのは一つ。

 

その意味を理解すると同時に視線の先にある扉が音を立てて勢いよく開いた。

 

ぼくは扉の先にいる人影の存在に安堵し、涙を眼に浮かべながらその人影の名を叫んだ。

 

「春虎ぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

「待たせたな。夏目」

 

 

 

 

 

 

 

~~side春虎~~

 

 

 

――呪練場にたどり着く十数分前――

 

「コイツの使い道ってなんだよ?早く夏目を探しに行かなきゃいけないって時に」

 

俺の攻撃に倒れ、動かなくなった『蠱毒』を見下ろしながら冬児に問う。

 

俺が『蠱毒』に止めを刺そうとしたのを冬児が、コイツにはまだ使い道がある、と言って止めたのだ。

今、その理由を冬児に聞いている所だった。

 

「相手はプロの呪捜官だぞ?当てもなく探しても見つかるとは限らない。だから、コイツにそこまで案内してもらうのさ」

「はぁ?どういう事だ?」

 

冬児の提案の意味が分からず聞き返すと、変わりに京子が俺の疑問に答えてくれた。

 

「まさか、返すつもり!?」

「ああ、そのまさかだ」

 

 

京子の驚きの声に冬児は冷静に返す。

 

「なあ、返すってなんだ?」

「…『蠱毒』は知ってるのにそっちは知らないのか?」

「ぬらり〇ょんの孫にはそんな事は載って無かったからな」

「威張るな」

 

 

返すの意味が分からない俺に、天馬が簡単な説明してくれる。

 

「兄貴。返すって言うのは『呪詛(じゅそ)返し』の事です」

「『呪詛返し』?」

「はい。簡単に言うと『蠱毒』などの呪いを術者本人に跳ね返す術のことです」

「そんなことができるのか?」

「できると言えばできるけど、簡単な事じゃないわよ?呪うより返す方が何倍も難しくて大変なんだから」

 

京子の言葉に冬児が補足を入れる様に続ける。

 

「だが、春虎が弱らせたこの『蠱毒』なら――」

「そう難しくない。って事か」

「ああ」

「けど冬児、お前いつの間にそんな事まで出来る様になったんだよ?」

「はぁ?」

「『呪詛返し』の事だよ」

「いや、俺『呪詛返し』なんて出来ねえよ」

 

俺の質問にシレッと答える冬児。

 

「え?冬児君出来ないの?」

 

天馬も冬児が『呪詛返し』を出来るものだと思っていたようで、俺と同様に驚いている。

 

「ほぼ素人の俺が『呪詛返し』なんて高等呪術を扱える訳がないだろ」

 

当たり前のことを聞くなと言わんばかりに答える冬児。

言い出しっぺのくせに…。

 

 

「じゃ、じゃあ、どうすんだよ『呪詛返し』は!?」

「天馬。お前出来ないのか?」

「ぼぼ、僕!?む、無理だよ、『呪詛返し』なんて!」

「コン!お前『呪詛返し』出来るか?」

「もも、申し訳ございません。の、呪いの方は不得手でして…」

 

 

俺、冬児、天馬、コンが言い合っていると、

 

「あたし出来るわよ。『呪詛返し』」

「「「「へ?」」」」

 

聞こえた声に全員が振り向く。

 

「な、なによその反応」

 

俺たちの視線に京子が居心地を悪そうにする。

 

 

「…『呪詛返し』出来るのか?」

「だから出来るって言ってるじゃない!あたしが嘘ついてると思ってるの?」

 

京子は俺の疑わしそうな視線を受けて憤慨する。

 

「わ、悪い。京子が嘘をついてるとは思ってないけど…」

「けど、なによ」

 

京子は不機嫌な態度を(あら)わにして俺に詰め寄る。

 

「うっ…」

 

その視線を間近で受けた俺は、呻くことしかできず、そんな俺を尻目に冬児は、

 

「まあ、お前がそんな高等呪術を扱えるなんて思いもしなかったからな」

 

なんて言いやがった。

 

「どういう事よ?」

 

京子はまだ言葉の真意を分かっていないらしく、眉を寄せて首を傾げた。

 

「と、冬児!」

 

俺は『それ以上余計な事を言うな』と言う意を込めて、冬児の名を叫んだのだが、冬児はそれを無視して

 

「転入早々春虎に絡んで、式神勝負を吹っかけて来て、しかもその勝負で負ける。そんな噛ませ犬っぽい奴が『呪詛返し』なんて出来ると思わないだろ」

 

「な、なんですてぇ!」

 

冬児の言葉に激昂した京子は俺の胸ぐらを掴み、締め上げる。

 

「お、俺が、言ったん、じゃ、無いっ」

 

俺は喉を絞められながらも弁明する。

 

 

「あんたもそう思ってたんでしょ!」

 

………フイッ(目を逸らす俺)

 

「やっぱりそう思ってたのね!」

 

俺の行動が気に食わなかったのか、さらに首を締め上げている手に力が加わる。

しかし、さっきから結構本気で手を首から外そうとしているのだが、全く外れる気配が無い。

 

どうなっているんだ?

 

 

「ちょっ、京子…っ、し、死ぬっ」

 

俺の意識が遠のきかけた時、

 

「そろそろ勘弁してやれ。もしかしたら、これから戦いになるかも知れない。夏目を助けるための貴重な戦力を無くす訳にはいかない」

 

と、冬児が京子をなだめる様に言った。

お前が原因のくせに…。

 

「…しょうがないわね」

 

そう言って京子は渋々俺の首から手を離した。

 

「ゴホッ!…ハァ、…ハァ、…ハァ。……し、死ぬかと思ったぜ」

「は、春虎様!ごご、ご無事ですか!」

「兄貴!大丈夫ですか!」

 

京子から解放され、空気の美味さを味わっているとコンと天馬が駆け寄ってくる。

 

「すす、スイマセン!お、お助けしようとしたのですが、あ、あの女の気迫に押されまして…」

 

忠義心の強いコンが(オレ)のピンチに駆けつけられない程の気迫だったのか…。

天馬も同じだったのか、すまなさそうに顔を伏せている。

 

「いや、無事だったんだし良い。それより『呪詛返し』だ。出来るんだろ京子?」

 

俺に頭を下げ続ける一人と一匹を手で制しながら京子に問う。

 

 

「当然よ」

「じゃあ、頼む。お前しかいないんだ」

 

京子の手を取り、頭を下げながら真剣に頼み込む。

 

 

「わ、分かってるわよ。け、けど、勘違いしないでよね!あんたの為じゃ無くて夏目君を助けるためにするんだから!」

 

京子は俺の手を振り払い、何故かいきなり顔を赤くして俺に叫んだ。

 

「あ、ああ」

 

何故、叫んでいるのかは分からないが、京子の剣幕に押され返事をする。

 

この時、横目にチラリと映った冬児と天馬の表情は何故かにやけていて、コンは何か言いたそうにこちらを睨んでいた。

 

その視線に京子も気づいたのか、さらに顔を赤くさせ、

 

「そこの二人!暇ならこっちで手伝いなさい!」

 

と、怒鳴りつける。

 

「俺も何か手伝うか?」

 

俺も手伝いを申し出るが、

 

「あんたに出来る事なんてないわよ!そこで大人しくしときなさい!」

 

何故か怒っている京子に戦力外通知されてしまった。

 

「な、なんで怒ってるんだ?」

 

俺は身に覚えのない怒りを受け、困惑することしかできなかった。

 

俺が呆然としていると横から視線を感じ、そちらを向くとコンが半眼でこちらを睨んでいた。

 

「ど、どうしたんだコン?」

「…いえ、なにも。コンは何かあるまで待機しております故」

 

そう言ってコンは姿を消した。

 

 

「俺が何したんだよ?」

 

当然俺の疑問に答えてくれるものなど居らず、俺は『呪詛返し』が成功するまでその疑問に悩む羽目になった。

 

 

 

 

―――数分後―――

 

 

 

「できたぁ!」

 

京子の声が部屋中に響いた。

 

やることも無かったので部屋の隅でシャドーボクシングをしていた俺は、その声を聴き直ぐに駆けつけた。

 

「成功したのか?」

「もちろんよ」

 

俺の質問に京子は胸を張って答える。

 

『呪詛返し』を施された『蠱毒』に目を向けると、もぞもぞとこの部屋の外に向かって動き出そうとしていた。

 

そしてしばらくすると宙に浮き、小走りぐらいの速度で窓の外に飛び出して行ってしまった。

 

「追わなくていいのか?」

「あたしの呪力でマーキングしてるから、見失うことは無いわよ」

 

そう言って京子は、目を閉じて集中し始めた。

 

 

「…この方向は……地下?……っ!」

「居場所が分かったのか?」

「ええ。おそらく夏目君たちは呪練場に居るはずよ」

「呪練場だな」

 

京子から場所を聞いた瞬間、俺の体はすでに動いていた。

 

「ちょ、待ちなさいよ!」

 

後ろから静止の声がかかるが、そんなのは気にしてられない。

 

散々焦らされた俺の体は、もう止まることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――呪練場を目指して走る事数分―――

 

 

 

 

俺の目の前には呪練場への扉が見えていた。

 

扉には『呪詛返し』で返した『蠱毒』のが張り付いている。

 

どうやら、夏目たちはこの中にいるのは間違いないみたいだな。

 

俺は走っている勢いもそのままに扉を蹴破った。

扉が派手な音を立てて開くと、その先から式神(オレ)を呼ぶ(なつめ)の声が聞こえる。

 

「春虎ぁぁぁ!!」

 

 

「待たせたな。夏目」

 

 

呪練場に足を踏み入れると縄で縛られている夏目と、こちらを射殺さんばかりの形相で睨んでいる呪捜官の男がアリーナにいた。

 

「春虎!」

 

俺が男とメンチを切り合っていると、後続の冬児たちも追いついてきた。

 

「…最悪の予想が当たっちまったな」

 

冬児がアリーナを見下ろしながら言う。

京子たちも同じ思いなのか表情を苦いものにしている。

 

そんな事をしていると、俺が扉を蹴破った衝撃で前に転がり落ちていた『蠱毒』が『呪詛返し』を実行しようとアリーナにいる男に向かって飛んだ。

 

だが、『蠱毒』の攻撃が男に届くことは無かった。

男に向かって飛び出した『蠱毒』は、アリーナと観覧席の境目で紫電を迸らせながら見えない壁と拮抗しているようだった。

 

 

「…結界か」

 

冬児がぼそりと呟く。

そう言えば陰陽塾のパンフレットにそんな事載ってたな。(※詳しくは第二十四幕参照)

 

結界にぶつかる『蠱毒』を見て、今まで黙っていた男が初めて口を開いた。

 

「…どうやって私の『蠱毒』を返したかと思ったが、まさか倉橋のじゃじゃ馬がそちらに付くとは。普段王と対立していたのでノーマークでしたよ」

 

男は胸元のポケットから一枚の古びた呪符を取り出した。

 

 

「『呪詛返し』で私を倒せると思ったのですか?甘いですねぇ」

 

『呪詛返し』で倒す気なんかさらさら無いのだが、勘違いしている男は芝居がかった口調でそう言った後、取り出した呪符を縦に裂いた。

 

男が呪符を裂くと同時に『蠱毒』も呪符と同じように縦に裂け、激しいラグを起こして消えた。

 

 

「プロと言うものはあらゆる状況を想定し、対策を練っておくものなんですよ」

「御高説をどうも。でも、もう終わりだ。大人しく夏目を返せ」

「も、もう先生たちに簡易式も飛ばしてある。これであなたは終わりよ」

「…そうですか。ここは、おとなしく退いておきましょう」

「や、やけにあっさり退くわね」

 

男の態度に京子が疑問を浮かべる。

冬児も同じように思ったのか眉をひそめている。

 

 

「今日のところは王に我々の存在と、私の顔をお見せ出来ただけでも良しとします」

 

俺は男の言葉に引っ掛かりを覚え、男に疑問を投げかけた。

 

「『今日のところは』だって?お前、次があると思ってるのか?」

「そ、そうよ。あなたはこれから陰陽庁に追われる立場になるわ。逃げ切れると思ってるの?」

 

 

「……やはり陰陽庁にも夜光信者が大勢いるのか」

 

それまで何かを考えるように黙っていた冬児が口を開いた。

 

その冬児の言葉を聞いた男は少し驚きながらも、余裕の笑みを顔に張り付けて

 

「まさか、そこまで予測できていたとは。いささか驚きましたねぇ。そうです。我々の同志は陰陽庁にも数多くいます。これで私が、公の場に出ることは出来なくなるでしょう。それならば潜伏し、王が真に覚醒するまで待たせてもらうだけです」

 

そう言った。

 

 

「では、またお会い出来る日を心から待ち望んでおります」

 

男はそう言って深々と頭を下げ、この場から立ち去ろうとした。

 

「こ、このまま逃がすしかないって言うの!?」

 

天馬が悔しそうに顔を歪めながら怒鳴る。

 

「落ち着け。上手く行けばあの男が陰陽塾を出る前に、先生たちが取り押さえるかも知れない」

 

冷静な口調でそう言う冬児の顔も、悔しさからか厳しいものに変わっていた。

 

 

俺はそんな冬児たちを横目に、

 

「何言ってんだ、お前ら?」

 

そう言って観覧席の柵を蹴り、立ち去ろうとする男の前に着地した。

 

「なんで、俺たちが逃がす前提で話を進めてるんだよ?」

 

おれはそう言って、男に対して拳を構える。

 

「逃がす?私は逃げる必要性など感じませんが?あなたたちを倒して、この場から去ることもできるのですよ?」

「やってみろよ。ド三一(さんぴん)

「ははは、春虎様!?」

 

すぐさまコンが駆けつけようとするが結界に阻まれ、近寄る事が出来なかった。

 

「ば、バカじゃないの!?相手はプロの陰陽師よ!学生にあたしたちがかなう訳無いでしょ!それにあたし達もう呪力だって残って無いからサポートだってできないのよ!?」

「プロとか学生とかの話じゃないんだよ。自分の主を拉致られて黙っていられる式神なんかいるか!」

「は、春虎…」

「…このような品の無い物が王の式神などと。やはり私の手で始末しておきますか」

「てめーはこの土御門春虎がじきじきにブチのめす」

 

 

 

俺と男が先頭に入ろうとした時、

 

「や、やめろ!!」

 

夏目の大声が呪練場に響いた。

 

「…やめて下さい。お願いですから」

 

夏目は目じりに涙を溜め、悲痛な面持ちで言った。

 

「お、おい!夏目!どうして――」

「駄目だ!プロの呪捜官と本気で闘ったら、いくら春虎でも死んじゃうかも知れない」

「俺は『十二神将』の鈴鹿とも()り合ったんだぞ!」

「彼女はまだ子供だった!それに彼女は春虎を殺すつもりなんてなかった!でも、その人は違う!躊躇いも無く、春虎を殺せる!…お願いだ、春虎っ」

「………」

 

 

夏目の切実な言葉を聞き、俺は構えていた拳を下した。

 

「それが賢明な判断ですよ。…しかし、君は夏目君に相当気に入られているようだ。やはり王の覚醒を促すには、君を消してしまうのが一番かな?」

「ま、待って!」

「私としては王が覚醒さえしてくだされば、彼の事はどうでも良いのですが」

 

男はそう言って、気味の悪い笑みを顔に浮かべながら振り返った。

 

「……分かった。分かったから春虎には――」

「夏目!?」

「王よ。ではあのような若造ではなく、この私をあなたの護法『飛車丸』だとお認めになってくれますか?」

「………は――「ぶべらぁ!」――ひぃぃ!?」

 

夏目が返事を口に出そうとした瞬間、男が奇妙な悲鳴と共に、夏目の目の前に吹っ飛んできた。

まあ、俺が殴り飛ばしたんだが。

 

「は、春虎!?」

 

突然の事に目を白黒させる夏目に、俺はビシッと指を指した。

 

「夏目。お前は俺が、こんなモブキャラみたいな奴に負けると思ってるのか?」

「そ、そんなこと無い。けど――」

「だったら、そこで黙って見てろ。俺はお前に言ったはずだ。ずっと側に居て、お前の事を守るって。二度と約束を違える気は無い」

「……春虎」

「だからお前は俺を信じてろ。俺の主なんだろ?」

「…うん」

 

 

 

 

「この小僧!もう許せぬ!」

「ええ!許せるわけがありません!」

 

男の喋り方が変わっていた。

それまで通りの声に加え、別人のような口調の低い声が加わっている。

 

しかし、そのどちらも目の前の男の口から発せられている声だった。

 

 

「な、なんだ?」

「二重人格?」

 

男の奇怪な行動にたじろぐ。

 

観覧席に居る冬児たちも男の豹変ぶりに驚き、唖然としている。

 

 

「ならばこの小僧には!」

「命を持って償ってもらいましょう!」

 

男が右腕を振り上げると、その背後に巨大な式神が現れた。

 

 

「…お、鬼?」

 

夏目が呆然と呟く。

その場に居る全員が息をのんだ。

 

 

男の三倍はあろうかという巨躯。

頭からはねじれた角が二本。

肌は鈍色で、全身に強靭な筋肉と言う鎧をまとっている。

 

その外見はまさしく鬼だった。

 

さらにその鬼には二つの目を引く特徴があった。

 

 

一つはその顔を覆う青銅の仮面。

そしてもう一つの特徴は、

 

「せ、隻腕の鬼!?そ、そんなまさか!」

 

 

観覧席に居る京子が現れた式神を見て大声を上げた。

他の面子も目を見開いて驚いている。

 

 

あの式神のどこに皆が驚いているのか分らない俺を尻目に、男は驚いた京子たちの表情に気を良くさせ、

 

「王よ!我が偉大なる王よ!貴方より賜りし名を、よもやお忘れではありますまい!」

「北辰王!土御門夜光が使役せし、二体の護法!」

 

男は高らかに言い放った。

 

「我こそは『角行鬼』!」

「そして、我が名は『飛車丸』!」

 

 

かつて、夜光の傍らに存在した二体の護法の名を。

 

 


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