~~side夏目~~
今朝、春虎が倉橋さんと一緒に教室を出て行ったのを見てぼくは不安を感じずにはいられなかった。
もしかしたら昨日のように無茶な勝負をして、また倒れるような事になってしまうのではないか?
そんな考えが頭をよぎり、不安に包まれたぼくは居ても立っても居られずに、春虎たちの後を追った。
二人を踊り場で見つけた時、何やら険悪な雰囲気になっているのを感じ、直ぐに声をかけた。
しかし、話を聞くと春虎と倉橋さんは和解したと言う。
倉橋さんの言った、和解という言葉を聞いたとき耳を疑った。
『土御門』に対してあそこまで反発感を抱いていた倉橋さんが、分家とは言え『土御門』の名前を持ち、式神勝負までしたあの春虎と和解するとは、ぼくにはどうしても思えなかったからだ。
けど、春虎の様子から察するに、教室を出てからの短い時間で二人の間に何があったかは知らないが、本当に和解をしたらしい。
『二人が和解した』
その事実を認識したとき、ぼくの胸の中にモヤモヤしたものが広がった。
ぼくは自分の胸に広がるそのモヤモヤにどうしようもない程の不快感を覚えた。
胸に広がる不快感の正体は分かっている。
『嫉妬』だ。
同じ『土御門』の名を持っているのに、簡単に友人を作っていく春虎。
そんな些細なことにぼくは『嫉妬』した。
ぼくはこんなことに『嫉妬』する自分に嫌気がさし、直ぐにその場を離れようとした。
しかし、立ち去ろうとしたぼくを春虎は呼び止めた。
その春虎の口から出る言葉は倉橋さんを庇うようなものだった。
その言葉を聞けば聞くほど、ぼくの中の『嫉妬』は大きくなってゆく。
そして大きくなり過ぎたその感情は遂に弾けてしまった。
『くだらない』
最初はあんなこと言うつもりなんて無かった。
春虎が『友達』を大切にしていることは知っていた。
頭の片隅ではそう理解しているのに、ぼくは言葉を止めることができなかった。
『そんなに肩肘を張らずに、もっと周りに頼れ。そのための
そう言われた時、ぼくはとても嬉しかった。
しかし、そう思う反面怖くもなった。
ここで春虎に頼ってしまったら、今まで築き上げてきた『土御門 夏目』が崩れてしまう気がした。
ぼくは、予鈴のチャイムが鳴ったのを機に、その場から逃げるように立ち去った。
そんな事があり、沈んだ気持ちで教室に戻るまでの廊下を歩いていると
「おや?土御門君、どうしました?暗い顔をしてますが、体調でも悪いのですか?」
前方から男性の声が聞こえたので立ち止まり顔を上げると、そこには最近ある事件のおかげで見知った男性が立っていた。
「…いえ。大丈夫ですから」
「…もしや、例の分家の式神絡みですか?昨日も何かやらかしたと小耳に挟みましたが」
その言葉にぼくは一瞬、ビクンと肩を揺らした。
「…あなたには関係の無いことなので」
そう言ってぼくは再び教室に向かうため歩き始めた。
「あ、土御門君っ」
「…講義がありますので失礼します」
「っ……」
男性はまだ何か言いたそうだったが、ぼくは無理やり会話を切った。
「やは――分―――式神―――仕掛――か――」
「そ―――だ――な」
少し歩くと男性が後ろで何かを呟いたようだが、ぼくの耳に入ることは無かった。
~~side春虎~~
「廊下に立ってなさい」
痛む体を引きずり、二時限目の途中から抗議に参加しようとした俺に担当の講師が一番初めに言った一言がこれだ。
どうやら一時限目をサボっていたと思われているらしい。
てか、いったいいつの時代の罰だ。
説明しとけよ、と非難の視線を京子に向けるが、京子は顔を赤くして視線を逸らしてしまった。
訳が分からん。
夏目に至っては視線すら合わせてくれない。
仕方なく自分で講師に説明するが、いかんせん普段の俺の講義を受ける態度がアレなため全く信用されず、結局廊下に立つはめになった。
二時限目の終了を告げるチャイムが鳴ったところでようやく罰から解放された俺は、冬児を昼飯に誘った。
「冬児、食堂行こうぜ」
「そうだな。夏目、お前も食堂行くだろ?」
「ぼ、ぼくは用事があるから」
冬児に話しかけられた夏目は一瞬、俺に視線を向けるがすぐに逸らし、教室から出て行って言ってしまった。
「…どうしたんだ、夏目の奴?」
「……」
「春虎、お前夏目に何したんだ?」
「俺がやったのは確定事項かよ!」
「違うのか?」
「……違わねーけど」
「ほら見ろ」
「チッ」
「まあ、詳しい理由は食堂で聞かせてもらうぜ?」
「…分かったよ」
俺は渋々ながらも了承の意を示し、食堂へと向かった。
食堂に着いた俺たちは、テーブルに向かい合って座った。
因みに昼食は俺が食堂のうどんで、冬児はコンビニのサンドイッチだ。
席に着いた俺は冬児に今朝の大まかな出来事を話した。
さすがに『俺の目指す式神は~』の件は話していない。
「かくかくしかじか…ってことがあったんだよ」
「何言ってんだ、お前?」
「そこにはツッコんでくれるな」
こーゆー作品の特権なんだよ。
「まあ、だいたいの事情は分かった」
冬児はそう言うと椅子の背もたれに体を預け、大きなため息を吐いた。
「いきなり『もっと頼れ』って言っても、今の夏目には少し厳しいと思うぜ」
「なんでだよ?」
「あの頑固で不器用な夏目だぞ?そんな簡単に頼れたら世話ないさ」
「…確かに」
「さすがに『くだらない』は言い過ぎだと思うがな」
「……」
「まあ、夏目がなんでそんな発言をしたのかは、分からなくもないが。夏目が自分でその理由をキチンと理解してるかは知らないがな」
「何のことだ?」
「もし、踊り場で話していたのが倉橋、というより女子じゃ無かったら、また違ってたかもって話だ」
「はあ?」
どういう事だ?
「分からないなら良いよ」
「おい、どういう事だ?」
「とりあえずその話は置いといてだな」
「おい!」
強引に話を変える冬児は、俺の制止も聞かずに話を進める。
「俺は倉橋の言ってた『
「…確かに俺もそれは気になってたな」
あの時は深く言及しなかったが、京子にその話を聞いた時から気にはなっていた。
「本人に直接聞く…ってのは無理そうだな」
「ああ、今まで俺たちに話さなかったんだ。言う気が無いって事だろ」
夏目の事だ。俺たちを巻き込みたくなかったのだろう。
「せめて俺たちぐらいには頼ってくれても良いのにな」
俺がそう呟くと、冬児は意地の悪い笑みを浮かべながら、
「そりゃ、お前がもっと頼りがいのある男になれば、夏目だってお前を頼るさ」
「…今の俺は頼りないってか?」
「呪術関連で見ればな」
「夏目と比べられたら、大概の奴が頼りないだろ」
「確かに、夏目が突出し過ぎってのもあるが、それを差し引いてもお前の呪術の知識は頼りないさ」
「…耳が痛い話だ」
「じゃあ、精進するんだな」
「分かってるよ」
冬児に言われるまでも無く、そんな事は自覚しているつもりだ。
「話を戻して『性質の悪い連中』についてなんだが――」
「まあ、待て」
俺が話を切り出すと、冬児はそれに制止の言葉をかけた。
「なんだよ?」
「話し合うのも構わないが、もうすぐ昼休みが終わるぞ?」
「は!?」
冬児の言葉に慌てて時間を確認すると、確かに昼休みは残り十分弱しか残っていなかった。
「じゃあ、ごちそうさま。お前も早く食えよ?」
いつの間にかサンドイッチを食べ終えていた冬児が席を立つ。
「なんで教えてくれなかったんだよ!」
「気づかないお前が悪い」
冬児はそう言うと、さっさと食堂を出ていてしまった。
伸びて冷え切ったうどんは、お世辞にも美味いとは言えなかった。
~~side夏目~~
昼休み、ぼくは今朝会った男性と二人で向かい合って話していた。
「では――――が――――で――」
男性は何かを話しているようだが、生憎今のぼくはその話を聞かずに、ぼんやりと俯いている。
「――御―君――土―――門―――――土御門君!」
大声で自分の名前を呼ばれ、驚きながら顔を上げた。
「えっ!あ、はい」
すると、正面に座っている男性が困り顔で、
「私の話を聞いていましたか?」
「…すいません」
「どうも、今朝から様子がおかしいですね」
「………」
「私で良ければ相談に乗りますよ?」
「…今朝も言いましたが、あなたには関係の無いことなので。気持ちだけで十分です」
「関係ない、ですか」
男性はそう言うと、ふうっと小さなため息を吐き、少し間を開け
「…そんなことは無いんですがね」
と言った。
「どういう――」
男性の言葉の意味が分からず問いかけようとした時、
「なぜなら私は、あなたの式神なのですから『
その『北辰王』と言う言葉に反応し、咄嗟に身構えるが、
「眩め、封、閉ざせ。
額に呪符を押し付けられ、唱えられた呪文により、急速に意識が遠のく。
「は、春――と、ら」
意識が完全に消える前に見たのは、表情を大きく歪ませた男性の顔だった。
~~side呪捜官の男~~
「もっと早くに、こうするべきだったのかもしれぬ」
「まあまあ。もう過ぎた事です。それよりも今は、これからどうするかを考えましょう」
「うむ、そうだな。やはり、まずはあの式神から」
「そうですね。では、仕掛けてみましょう」
~~side春虎~~
午後の授業も終わり、放課後になって大分時間が経った教室に俺は残っていた。
教室には俺を含め、冬児と京子の三人が残っている。
俺と冬児はともかく、京子がこんな時間まで残っているのには訳があった。
「わざわざ残ってもらってすまないな」
冬児が一歩前に出て京子に話しかける。
「阿刀君から話しかけられたのは初めてだからビックリしたわ」
「冬児で良い。君付けも苗字で呼ばれるのも慣れてないんでな」
「じゃあ、冬児。単刀直入に聞くけど、用件は何?」
「直球だな」
「回りくどいのは嫌いなの」
京子はおどけた様子で冬児に答える。
「じゃあ、こっちも簡潔に言おう。夏目の事だ」
「…夏目君の事?」
「ああ。今朝、春虎に『性質の悪い連中』ってのを話したろ?」
「え、ええ」
京子は一瞬、俺に視線を向けた。
その時、視線が合ったが京子はすぐに顔を反らしてしまった。
「その『性質の悪い連中』について知っていることを教えてくれ」
「春虎に聞いてないの?あたしはそのことについて話す気は無いわ」
「知ってるさ。それを知ったうえで倉橋に聞きに来たんだ」
「どういう事?」
冬児の言葉に京子は訝しげな目を向ける。
「知らないとは思うが夏目って奴は頑固で不器用なんだよ。頭に超が付く程な」
「…あの夏目君が?」
「ああ。あいつは一度決めた事は曲げないし、曲げられない。そんな夏目が話さないって決めたんだ。もう、
「そう。……でもやっぱりあたしの口からは話せないわ」
京子は少し考える素振りを見せるも、キッパリと断った。
「夏目君はあんた達を巻き込ませまいと、この事を黙ってるのよ?」
「そんな事は分かってるさ。けどな『性質の悪い連中』ってのは十中八九、『土御門』か『夜光』絡みだろ?」
「…そうよ」
「だったら俺はともかく、夏目の式神である春虎はもうそいつ等に目を付けられてるはずだ。転校前から噂も立ってたみたいだし、なにより転校早々に式神勝負なんてものをやらかして目立ち過ぎた」
「うっ」
何気に皮肉の利いた冬児の言葉に、京子は顔をしかめた。
「だからその『性質の悪い連中』ってのを知ろうとしてるんだ。相手の事も知っといた方が、何かと手も打てるからな」
「……」
深く考え込む京子。
今まで静観していた俺は一歩前に出た。
「頼む京子。俺は夏目が困ってるのを見て見ぬふりなんて出来ないんだ」
そう言って俺は頭を下げた。
「……分かったわ。分かったから顔を上げて。言っておくけど、あたしも知ってる事はそんなに多くないわよ?」
「十分だよ。ありがとう」
京子は気持ちを切り替えるように咳払いを一つした後、静かに語り始めた。
「…夏目君はあなた達が入塾してくる二日前に、
「夜光信者?それに襲われただって?」
「夜光信者って言うのは、夜光を狂信的に崇めてる人たちの総称よ。そいつらの一人が夏目君を通学中に襲ったの。なんでも、相当強引なやつだったみたいで、最後は夏目君を拉致しようと呪術まで使用したみたい」
「な、夏目は無事だったのか!?」
「ええ。すぐに陰陽塾の講師が来て、取り押さえたから夏目君に怪我は無かったみたい」
京子から聞かされた話に呆然とした。
俺たちが入塾してくる二日前にそんなことが起きていたなんて。
夏目はそんなことが起きた素振りなど、微塵も見せていなかったのに。
「じゃあ、あの男は呪捜官か」
京子の話を静かに聞いていた冬児が、考え込んだ表情で呟いた。
「あの男?誰の事だ?」
「昼休みや放課後にちょくちょく夏目に会いに来てた男が居たろ?」
「…ああ、そう言えば居たな。そんなやつ」
冬児の言葉で俺の脳内に、スーツを着た神経質そうな優男の顔が思い出された。
「ええ。その人は多分、担当の呪捜官よ。夏目君に事件の事について取調べでもしてたんでしょう」
「ふむ。あと一押し、情報が欲しいな」
京子の話を聞き終わった冬児がそう呟いた。
「あと一押し?」
「ああ、その襲ってきた夜光信者の目的が知りたい」
「…確かに。夜光信者ってのは夜光を崇めてるんだよな?それが夏目を襲うってのも変な話だ。京子は何か知らないか?」
「あたしは知らないわ。と言うより、この事件を知っているのも生徒の中じゃあまり多くないし、講師たちにも呪捜官から
「そうか。じゃあ、これ以上の情報は望めないか」
冬児が悔しそうに舌打ちをする。
「冬児、まだ分からないぞ」
俺の言葉に冬児は珍しく、疑問の表情を浮かべた。
「どういう事だ?」
「俺たちとは別にもう一組、情報を探ってる別働隊が居るからな」
「別働隊?」
「ああ。今からそいつ等を呼ぶ」
俺はそう言うと、懐から小さな笛を取り出し、
ピィィィィィィィィッ
勢いよく吹いた。
笛の音は息を吹き出した勢いの割には小さかった。
「…それ犬笛か?」
「正解」
「犬でも呼ぶ気?」
「まあ、見てろって」
犬笛の音が響いて少しするとドドドド、と低く唸る地鳴りのような音が教室へと近づいてきた。
そして教室の扉がスパーンと言う豪快な音と共に
「お呼びですか!兄貴!!」
天馬が教室に飛び込んできた。
その一瞬後に
「おおお、お呼びでしょうか!はは、春虎様!」
虚空からいきなりコンが現れた。
「コン(イヌ科)は分からないでもないが、天馬まで…」
「天馬!?」
冬児は呆れ、京子は天馬の出現に驚いたようだ。
俺の言った別働隊とは天馬とコンの事で、天馬には友人への聞き込みを行ってもらい、コンには隠形の術を用いて諜報活動に当たらせたのだ。
「ご苦労さん。なんか収穫有ったか?」
「塾生の中ではあまり話は広がって無いみたいですけど、それなりに集まりました!」
「おお、同じくコンもでございます!」
「そうか。じゃあ、天馬から聞かせてくれ」
「はい!まずは―――」
天馬とコンの集めてきた情報でさらに分かった事があった。
まず、天馬が集めてきた情報で、俺たちの知りたかった夜光信者の目的が分かった。
どうも夜光信者は『夜光の覚醒を促しに来た』と発言しているらしい。
そして、コンの情報で驚くべきことが分かった。
コンが隠形の術で講師たちの話を盗み聞きしたところによると、他にもまだ仲間がいて夏目を狙っているらしい。
「夏目はそのことを…」
「おそらく知っているだろうな。だからこそ俺たちを巻き込まないようにしてたんだ」
「…だよな」
夏目にしてみたら、俺たちに気を使ったのかもしれないが、それは逆効果にしかならなかった。
「夏目のバカ野郎が!なんでそんなこと黙ってんだよ!」
俺は拳を机に叩きつけ怒鳴った。
「…それはあんた達に心配させたくないから――」
「分かってる!けど、俺の立場になって考えてもみろ!余計に心配するだろ!」
「落ち着け春虎!…ここでそんな事言っても意味が無いだろ」
怒鳴る俺に冬児が一喝する。
「…分かってる。分かってるけどよぉ」
「今すべきことは怒る事じゃなくて、まだ夏目を狙ってるかもしれない夜光信者に対する対策だろ」
「…ああ、そうだな。すまなかった。京子も怒鳴っちまって悪かったな」
「良いわよ。あんたの気持ちも分かるから」
「皆落ち着いたところで、さっき言った対策についてだ」
落ち着いたのを見計らって冬児が仕切りなおすように言う。
「そういや、夏目を襲ったのは陰陽師だったんだよな?」
「ええ、呪術を使用したって聞いたからほぼ間違いなく陰陽師でしょうね。それがどうかしたの?」
「そいつはプロの陰陽師だったのか?」
「プロ?」
「ああ、呪捜官や祓魔官みたいなそういった奴だったか分かるか?」
その質問にコンと天馬が答えた。
「そそ、その、襲った輩の素性までは…」
「僕もそこまでは…スイマセン」
申し訳なさそうに言うコンと天馬。
「なんでそんな事を聞くんだ?」
俺の質問の意図が読めないのか、冬児が質問をしてきた。
「考えてもみろ。夜光を信奉してるってことは、それなりに陰陽術を知ってるって事だぞ」
「…なるほどな」
冬児は俺の意図が読めたらしい。
「え?どういう事よ?」
京子はまだ質問の意図が分からないのか、余計に混乱している。
「夜光は言ってみれば、呪術界のカリスマ的存在だ。今の陰陽術を確立させたこと等の偉業は、陰陽術に深く関われば関わるほど理解できる。そう考えれば陰陽師の総本山、陰陽庁の呪捜官や祓魔官の中にも夜光信者がいてもおかしくないはずだ。むしろいない方が――――」
俺はそこまで言って、一つの可能性に気づいた。
「ど、どうかしましたか。はは、春虎様」
いきなり黙り込んだ俺を心配してか、恐る恐る声をかけてくるコン。
「……今、夏目はどこだ?午後の講義にも出てなかったよな」
「夏目君なら昼休みに呪捜官の人と出て行ったのを見たわよ」
「…拙いかもな」
京子の言葉を聞いた冬児がぼそりと呟く。
「な、なにが拙いのよ」
俺は冬児の真面目な顔を見て、若干怯んでいる京子の問いに答えた。
「さっきも言った通り、陰陽庁の中にも夜光信者がいるかもしれない。今、夏目を取調べしている呪捜官も夜光信者かもしれないって事だ」
「そ、そんなバカな事…」
京子が信じられないといった表情で言葉を漏らした。
「いや、実際夜光信者の一人が夏目と接触してるんだ。それが引き金になって今まで大人しくしていた他の夜光信者が動き出しても不思議じゃない」
「っ!?じゃあ――」
「ああ、夏目がヤバいかもしれない。夏目は今どこにいるんだっ?」
「た、多分、取り調べを受けてるんなら応接室あたりだと思うわ」
「分かった。応接室だな」
俺はすぐに応接室に向かおうとした。
しかし、駆けだそうとした瞬間、
「待てよ。俺も行くぜ」
「冬児。駄目だ危険すぎる」
「それはお前も一緒だろ?それに
「…冬児」
「それに、他の奴らも同じ意見みたいだぜ?」
「え?」
周りの面子を見渡すと、
「ここ、コンは何処だろうと春虎様に付いて行きます!」
「僕だって兄貴の行く所なら、例え火の中、水の中だろうと付いて行きますよ!」
「夏目君もほっとけないし、あんた達だけだと不安だからね」
コン、天馬、京子が続けて言う。
「お前ら…」
「皆、気持ちはお前と同じなんだよ」
「…無茶だけはするなよ」
「お前が言うか」
冬児の言葉に周りの面子も頷いた。
その拍子にみんなの口から軽い笑いが漏れる。
「良し。そうと決まれば、早く夏目を探すぞ!」
「まずは応接室だったな」
「急ぐぞ!」
俺の声を皮切りに、全員が応接室を目指し走り出した。
「むっ」
「どうしたのだ?」
「いえ、事前に仕掛けておいた術に反応が有ったので。どうやら分家の式神が数人の生徒を連れてこちらに向かっているようですね」
「ふむ。では――」
「ええ、ちょうど準備も終わりましたしね」
「まがい物の式神には退場してもらおうか」
応接室に落ちる影は男のものが一つ。
その男の眼は暗い闇を携えていた。