東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第十九幕 始まりの終わり

~side鈴鹿~

 

あたしとお兄ちゃんが育ったのは、暗く決して広くは無い研究室だった。

あたしたち兄妹は、その研究室で両親に実験道具として扱われていた。

 

苦しく辛い実験の毎日。

あたしの心は真っ暗だった。

 

そんな中、唯一あたしの心を照らしてくれたもの。

それは、お兄ちゃんの笑顔。

 

お兄ちゃんはいつも、あたしだけには笑顔を見せてくれた。

そんなお兄ちゃんの笑顔があたしは大好きだった。

 

けど、その笑顔も遂に見れなくなった。

大好きなお兄ちゃんは死んでしまった。

 

悲しみに暮れていた時、両親の研究室で一冊の書物を見つけた。

それは、禁呪『泰山府君祭(たいざんふくんさい)』の資料だった。

 

そして知った。これを使えばお兄ちゃんを生き返らせることが出来ると。

夜光が行った例の儀式もこれだと分かった。

 

けどあたしは、どんな危険を犯しても『泰山府君祭』を行うと心に誓った。

全ては、大好きなお兄ちゃんのために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

~side春虎~

 

鈴鹿が最後の呪文を紡ぎ、両手を掲げると凄まじい呪力が放出された。

 

放出された呪力は、祭壇のみならず『御山』の頂上すべてを満す。

 

呪力に反応し、周囲の霊場が劇的に変化していく。

そして何か、強大な力の塊のようなものが目の前に現れた。

 

 

見えたわけでも、視えたわけでも無いがその存在を確実に感じ取った。

祭壇に降臨した、人知を超えた強大な何かを。

 

「な、夏目……一体あれは…なんだ?」

「わ、分かりません。でも、あれは神様なんかじゃ――」

 

夏目は弱々しく首を振る。

俺もあれは神様なんて神々しいものではなく、悪魔のような禍々しいもののように感じる。

俺も夏目も祭壇に視線が釘付けになっていた。

 

 

「ああ、お兄ちゃん」

 

鈴鹿の口から歓喜に満ちた声が漏れた。

祭壇の中心で横たわっていた少年がゆっくりと瞼を開いた。

 

「お兄ちゃん!」

 

妹の呼びかけに少年の視線がゆっくりと動く。

 

「……鈴鹿」

 

少年は妹の名を呟きながら、よろよろと体を起こす。

鈴鹿は、年相応の子供のように泣きじゃくりながら抱き着いた。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、……」

 

 

傍から見れば兄妹の感動的な再会シーンのように見えるが、俺の全身はおぞましさで震えが止まらなかった。

目の前の出来事を体が、本能が、心が拒絶している。

 

「…こ、これが魂の呪術……」

 

人が手を出してはいけない禁忌の領域。

 

 

「お、お兄ちゃん?」

 

急に鈴鹿の声が戸惑いのものに変わった。

抱き着いていた鈴鹿を少年が引きはがしたのだ。

 

少年はそのまま俯き何かをボソボソと呟いている。

 

「…タ………イ」

「お、お兄ちゃん?どうしたの?」

「…タリ…イ…」

「な、なに?どうしたのお兄ちゃん?」

「足リナイ……」

 

少年はそう呟くと、指を鈴鹿の細く白い首にかけた。

 

 

「足リナイ……足ラナインダ、鈴鹿…」

 

少年の腕に筋が浮かび、指が首に食い込んでいく。

 

「待って、お兄ちゃん……あたしの命…あげるから、もうすこし…待って」

 

後は自分の命を捧げれば兄は蘇るのに、鈴鹿はなかなかそれをしない。

当然だろう。

 

いくら『十二神将』と言え、いくら覚悟を決めたと言え、鈴鹿はまだ幼い子供だ。

目の前に現れた自分の急すぎる死に恐怖しているのだ。

しかし少年は、腕の力を弱めることはしなかった。

 

鈴鹿の顔色が赤黒いものに変わり、体が小刻みに震えているのが分かる。

 

「待って……お、お兄ちゃん…」

 

鈴鹿の頬を一滴の涙が流れる。兄が蘇った喜びの涙ではなく、苦痛による悲しみの涙だった。

 

 

目の前で鈴鹿が泣いている。

 

北斗の敵が泣いている。

 

俺の日常をぶっ壊した奴が泣いている。

 

実の兄に殺されかけている。

 

鈴鹿自身が望んだ結果だ。自業自得だ。いい気味だ。ざまあみろ。頭の中をそんな言葉がよぎった。

 

けど、けど、けど!

 

「――ッこんの、くそガキがあああああああ!!」

 

大声を上げながら、全身に力を入れ立ち上がろうともがく。

すると、さっきよりも呪符からかかる圧力が弱いことに気づいた。

 

鈴鹿があんな状況だからか。

おそらく、術者が死に瀕し効力が弱まっているのだろう。

 

 

「があああああああ!」

 

あらん限りの力を振り絞り、立ち上がった。

立ち上がった拍子に、呪符と共に服が千切れ、肌が裂け、血が流れる。

 

しかし、立ち上がってからが動けなかった。

 

「――っく!」

 

まだ体に張り付いている呪符が、俺の体を押しつぶそうと圧力をかけてくる。

少しでも気を抜いたら倒れそうだ。

 

「息を止めてください!」

 

夏目の鋭い声が聞こえた。

 

 

言われた通りに息を止める。すると、

 

「邪符を焼き払え、喼急如律令(オーダー)!」

 

呪符から抜け出そうとしていたのは、夏目も同じだったらしい。

自由になった右腕で、俺に向かって呪符を投じた。

夏目が投げた呪符は、俺に張り付いた途端急に燃え上がり、俺の体を炎が包んだ。

 

「っ!?」

 

いきなり体を包んだ炎に驚いたが、すぐに気付いた。

 

熱くない!?

 

体を包んだ炎は、鈴鹿の呪符だけを焼き払い、鎮火した。

 

「――良し!」

 

体にかかっていた圧力が消えると同時に走り出す。

鈴鹿の腕が力無く、ダラリと落ちた。

 

「兄貴が妹を殺そうとすんじゃねええええ!」

 

まずは鈴鹿と少年を引きはがそうと、少年に向かって体当たりをしようとした直前。

 

「っ熱!?」

 

夏目が刻んだ、左目の下の五芒星(セーマン)が焼けるような熱を発した。

 

 

左目に映る視界が、少年の姿を映す。

 

「な、なんだこれ?」

 

少年に宿る霊気。それは空から注がれていた。

正確に言うと、少年と空を霊気でできた管みたいなものが繋いでいた。

 

「それは霊脈です。おそらくその子を動かしているのはその霊脈のはずです!」

 

後ろから夏目の声が聞こえた。

ってことは、コイツを断ち切れば!

 

 

手元にあるのは、断ち切るにはぴったりの『護身剣』。

しかし、ひびが入り、使えるのはあと一回。

一撃で断ち切るしかない。

やれるか?

やるしかないだろ!

 

「はぁぁあああああ!!」

 

両手で『護身剣』を握り、振りかぶる。

 

「頼むぜ。こんな場面で不幸属性発動させんなよ、俺!」

 

残っている霊力を全て『護身剣』に乗せる。

ひびから霊力が漏れ出し、『護身剣』がまばゆい光を発する。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」(光線はもちろん出ない)

 

渾身の力と霊力を霊脈に叩き付ける。

『護身剣』が砕ける感触がしたと同時に目の眩む閃光が生まれ、俺の視界が白一色になった。

そして、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美しい月の出ている夜だった。

目の前の男性は、屋敷の縁側に座り月を眺めながら、片手に持っていた酒杯を傾けていた。

そして、もう一つの人影も同じく隣に座りながら酒杯を傾けている。

 

「夜光様」

 

月明かりの影になる、薄暗い所から呼びかける。

 

「やはり、お気持ちは?」

 

問いかけに夜光と呼ばれた男性は、苦笑しながら、ああ、変わらないよ。と答えた。

そして次に笑みを消した顔で、すまない、と続けた。

 

薄暗い中にいる人影は、縁側に座る主をじっと眺めた。

そして酒杯の中身を一気の飲み干す。

 

「待っています。幾瀬、幾歳の彼方で。私は――貴方の式神(もの)だから」

 

夜風が涼しくなってきた、夏の終わりごろの夜の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――………っえ?」

 

何かが見えた。

いや、誰かを見ていた。

 

なんだ今のは。夢、だったのか?

いや、夢にしてははっきりしすぎていた。

 

それに、俺はあの景色を知っている。見たことの無い、しかし確かに知っている景色だった。

あれはいったい…。

 

思い出そうとすると頭に激痛が走る。

 

「ぐっ!あの景色は…」

 

俺の意識はまたそこで途絶えた。

 

 

 

「バン、ウン、タラク、キリク、アク! 五行連環、喼急如律令(オーダー)!」

 

今度は、夏目の張り上げた声で意識を取り戻した。

気づけば、祭壇の中心で柄だけになった『護身剣』を持って立っていた。

 

足元には、気を失ったのか倒れている鈴鹿と、動かなくなった少年の体が横たわっていた。

そして俺の頭上には、夏目がさっき投げた五枚の呪符が障壁みたいなのを張っていた。

 

「なんだ、こ――」

「見てはいけません!」

 

頭上を見上げようとした瞬間、夏目が横からぶつかり、俺の頭を胸に抱え倒れこんだ。

 

「な、夏目!?」

 

は、鼻先にむ、胸が!?

 

「見てはいけません!魂を持って行かれます!」

 

夏目の必死な形相と声に邪な考えは吹き飛んだ。

 

 

そして感じる。障壁の向こう側にいる、絶対的な何かの力を。

気が付けば体が小刻みに震えていた。

 

見えはしないが、障壁の向こうにいる何かに魂が恐怖した。

俺を抱え込む夏目の体も恐怖からか微かに震えていた。

 

永遠とも思える時間を、震えながら抱き着き合い、お互いの存在を確認することで耐えた。

 

 

気が付けば重苦しかった霊気が消えていた。

夏目はいまだに、俺の頭を抱きかかえている。

 

そっと夏目の背を数度叩き声をかける。

 

「夏目、おい夏目」

 

俺の声に気づいたのかゆっくりと目を開けた夏目と視線が合った。

 

「……え?」

 

自分の腕の中にいる俺を不思議そうな目で見て、パチパチと瞬きを繰り返す。

そして数秒後。

 

「――――――っ!?」

 

声にならない悲鳴を上げながら、ものすごい速さで離れた。

そこまでやられると傷つくな…。

 

 

「終わったのか?」

「…どうなんでしょう?」

 

どうやら夏目にも分からんらしい。

二人で呆然としていると、

 

「ううっ」

 

意識を取り戻したのか、鈴鹿がゆっくりと体を起こした。

咄嗟に呪符を構えた夏目を手で制す。

 

鈴鹿は周りを見渡し、そして動かなくなった兄の遺体を見つけペタリと座り込んだ。

 

「…どうして」

 

鈴鹿は、兄の遺体に顔をうずめすすり泣いた。

俺達は、黙ってそれを見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

全てが終わり、携帯の電源を入れ冬児に連絡すると淡々と機械的な声が返ってきた。

俺は知っている。この声を冬児が出すときは、本気で怒っている時だと。

 

電話越しに何度も冬児に詫びを入れながら、今回の経緯を掻い摘んで話した。

 

北斗の死とその正体も伝えた。いつも冷静な悪友が絶句するのが電話越しでも分かった。

 

『……本当なのか』

 

長い沈黙を挟み、冬児が聞いてきた。

 

「…ああ」

 

今でも北斗の話をすると、後悔や自責の念が出てくる。

 

「一つ聞いていいか?」

『…なんだ?』

「冬児、お前知ってたんじゃないのか?北斗の事」

『……確信は無かったがな』

 

俺の問いに少し間をおいて冬児は答えた。

 

 

「……………」

『でも北斗の正体がなんであれ、北斗は北斗だろ』

「冬児……そうだったな。北斗は北斗だもんな」

『そういう事だ。あと少しで俺も呪捜官と一緒にそっちに行く。待ってろ』

「分かった。…冬児」

『なんだ?』

「ありがとな」

 

携帯の向こうで冬児が軽く鼻を鳴らし通話はそのまま切れた。

相変わらずクールな奴だぜ。

 

 

呪捜官がこちらに向かっていることを伝えると、夏目は無言で頷いた。

 

「では、後はお願いします」

「分かってるよ。けど、うまく説明できる気がしねーよ」

 

夏目はこの後、呪捜官が来る前に『御山』を下りると言う。

理由を聞いても

 

「……しきたりです」

 

としか教えてくれなかった。

まあ、本家にはいろいろしきたりが多いみたいだから深く追及はしなかったが。

 

 

「私が居ても同じですよ。アレはその場に居た者にしか理解できないでしょう」

「それもそうだな」

 

確かにアレは、見た者にしか分からないだろう。

言葉で伝えられる自信なんて欠片も無い。

 

「分からないことは、『全ては、秘書の独断』って答えるさ」

「どこの政治家ですか」

「フフフ」

「ハハハ」

 

お互いに顔を見合わせ笑い合う。

 

 

「…終わったんだよな」

「はい」

 

ポケットから北斗だった形代を出して、ポツリと呟く。

 

「……その式符、見せてもらえませんか?」

 

夏目の申し出に若干戸惑いながら、形代を差し出す。

夏目は優しい、丁寧な手つきで形代を受け取った。

 

夏目の形代を見る目は優しく、まるで子を見る母親のように見えた。

 

 

「…直せるのか?」

「すいません。完全に霊気が抜けてしまっていますし、ここまで損傷が激しいと…」

「……そうか。もう、北斗には会えないんだな」

 

分かっていたことだが、改めて言われるとやっぱり辛いな。

 

「いえ、春虎君が北斗と呼んでる方はご健在のはずです」

「……え」

 

夏目の言っている意味が分からず、呆然としている俺に夏目は続けて言う。

 

「この式神は通常の遠隔操作で操る型と違い、術者自身の意識を式神に乗せて操る型のものなんです」

「じゃ、じゃあ、北斗は……」

「ええ、本当の人格は他にいます」

「……………」

 

まだ、あいつが生きている。

そう思うと、胸の中心がじんわりと温かくなった。

 

 

なぜ、そんな面倒なことをして俺に接触してきたのか等、疑問は色々残っているがどうでも良かった。

あいつの正体がなんであれ、北斗は北斗だ。

 

「…また、会えるかな」

「ええ、きっといつか」

 

 

 

冬児からもうすぐ到着するとメールが届き、夏目は一人『雪風』に乗り、『御山』を下りた。

夏目の姿が見えなくなったとき、ひとしきり泣いた後、膝を抱え俯き黙っていた鈴鹿が顔を上げ、声をかけてきた。

 

 

「やっぱ、あんたバカじゃないの?」

 

失礼な一言だった。

 

「藪からスティックに失礼なやつだな」

「ルー語かよ」

 

このネタは、分かるんだな。

 

「言っとくけど、あたしまだあんたを余裕で殺せるくらいの力は残ってんのよ」

「ふーん」

「ふーんって、あんた状況分かってんの!?」

 

鈴鹿は顔を真っ赤にして、怒鳴り散らす。

 

「だって、そんな事しないだろ?おまえは」

「……なんで言い切れるのよ」

「殺気が無いし、やる意味が無い」

「……………」

「後、そんな言葉をかける時点で殺す気が無いのがバレバレ」

「………」

 

鈴鹿はまた黙ってしまった。

 

 

「…ねえ」

「なんだ?」

「……なんで助けたの?」

「お前が首を絞められてた時か?」

「……(コクリ)」

 

鈴鹿は無言で頷く。

 

「別に助けたわけじゃねーよ。儀式を邪魔しただけだ。もう正式に『土御門』の一員なんでね」

 

俺は親指で左目の下の五芒星(セーマン)を指しながら言う。

 

「………あたしは殺したのに?」

 

…北斗の事か。

 

「……」

 

俺は無言で鈴鹿の隣に腰をおろす。

鈴鹿は膝を強く抱きしめた。

 

 

「…あ、あたしの事、憎くないの?」

「……まあ、俺の平和な日常をぶち壊してくれた張本人だしな。憎んでないと言えば嘘になる」

 

鈴鹿も罪の意識を感じているのか、表情が曇る。

けどな、と俺は続ける。

 

「お前が来なかったら、俺はずっと陰陽師になんてなろうと思わなかったさ。そこだけはお前のおかげって言っていいのかな?」

「でも、あたしはあんたの彼女を……」

「だからアイツは彼女じゃ無いって言ってるだろ。それに北斗の事は、お前が気にすることじゃねーよ」

「…だってあたしが――」

「北斗はお前に殺されたんじゃなくって、俺を助けたんだ。それにお前も聞いてたろ、さっきの話。まだ北斗はどっかで生きてんだってさ」

「……でも、きっとあたしを恨んでる」

 

まだ自分を責めようとする鈴鹿に対し、俺は鈴鹿の顔の前に手を伸ばし――

バチィッ

その小さな額にデコピンをお見舞いした。

 

 

「痛っーーーー!?」

 

額を押さえ、うずくまる鈴鹿に俺は指をビシッと指し、

 

「うじうじすんな!」

「な、あんた、何すんのよ!」

「北斗は、お前の事を恨んでなんかいないさ」

「どうしてそんな事が分かるのよ」

「ダチだからな」

「なにそれ、意味分かんない」

「そーゆーもんなんだよ。ダチってのは」

「……グスッ」

「胸、貸すか?」

「…グスッ…うるさい…」

 

鈴鹿はそう言いながらも、おずおずと俺の服の裾を掴んだ。

俺はそれを確認し、鈴鹿の頭をやさしくなでる。

それから小さくすすり泣く声が漏れ始めた。

 

「……兄貴の埋葬、ちゃんとしてやれよ」

「…うん…」

 

俺は冬児たちが到着する直前まで、鈴鹿に胸を貸していた。

 

 

 

 

その後、到着した呪捜官に事情聴取のため、一晩中拘束された。

聴取を終え、外に出るとすでに連絡が行っていたのか両親が建物の前に立っていた。

 

「春虎!」

 

親父が俺の姿を見つけると、こちらに駆け寄ってきた。

 

「親父、心配かけて悪かった――」

「よくも母さんとのデートを台無しにしてくれたな!!」

 

そう叫び、俺の頬に拳をめり込ませる。

 

「ぶべらぁ!」

 

死にそうな思いをした息子に向かって何て仕打ちだ!

 

「なにしやがる、クソ親父!」

「黙れ!お前がどうなろうと知ったことか!母さんと二人っきりの時間を返せ!」

 

涙を流しながら叫ぶ親父(四十代のオッサン)

何て言い草だ。本当に俺の親かコイツ。

 

お袋はお袋で『もう、あなたったら公然の前で恥ずかしいわよ』と頬に手を添え、顔を赤くしている。

怒りを通り越して呆れしか出てこない。

 

 

親父が落ち着いたところで事の顛末を話した。

夏目の式神になったと話したら、さすがの両親も驚いたらしい。

 

親父は渋い顔のまま黙ってしまい、お袋は泣きながら抱き着いてきた。

意外にも両親に愛されていることが分かり、思わず目頭が熱くなった。

 

 

冬児ともその日の翌日の昼に会い、改めて話をした。

北斗の最後や、夏目の式神になったこと、夏目から聞いた北斗のこと、北斗はいなくなったが『あいつ』は、まだ生きていること。

 

全てを話すには、それなりに時間がかかった。

全てを話し終わった後、冬児はポツリと呟いた。

 

「…そうか。ってことは違ったか」

「…何の事だよ」

「夜光は転生した。いや、転生したと仮定しよう」

「それがどうしたんだよ」

「当時の夜光には大勢の式神が仕えてたはずだ。夜光が転生した後、そいつらはどうしたのかって気になってな」

「……北斗が夜光の式神の一人だったとでも言いたいのか?」

 

本気で言ってんのか、と思い冬児の顔を凝視する。

 

 

「そう思ってたんだが、お前の幼馴染の話を聞くと違ったみたいだ。北斗の体に意識を乗せていた奴が居るってんなら憶測が成り立たないからな」

「当たり前だ。北斗はそんな大物じゃねーよ」

「となると、夜光の式神はどうしたのかって疑問が再浮上してくる訳だが」

「知るかよそんなもん。……まあ、主が死んだんだ。一緒に死んだか、どこかで自由にやってんじゃねーの?」

「……案外まだ、主を慕ってるかもな」

「……で、今度は夏目にこき使われてるってか?それは随分と――」

「「運の悪い奴だな」」

 

二人で顔を見合わせ、笑い合う。

それは、冬児に事件のを切り出してから初めての笑顔だった。

 

「――結局、謎の女は最後まで謎のままか」

「それでも北斗は北斗、だろ?」

「だな」

 

 

 

 

 

時間は流れ、冬児と別れ、家に帰りその日の夜に俺は両親に陰陽塾に行く決意を明かした。

 

 

 

 

 

「……遅い」

 

今俺がいる場所は日本と首都、東京・渋谷。

陰陽塾は渋谷にあるのである。

 

両親に陰陽塾に行くと打ち明けた日、両親は反対しなかった。

だが、その日から忙しい毎日だった。

 

高校を中退したり、陰陽塾の転入試験を受けたり(自分でも良く合格できたものだと思っている)と、忙しいの一言に尽きる日々だった。

 

 

まだ暑い日差しの中、夏目との待ち合わせのため渋谷駅前に立っているのだが、

 

「……遅い」

 

冒頭のセリフを繰り返す。

 

「かれこれ、一時間も待ってんぞ!?もしかして俺、忘れられてる!?」

 

周りの通行人が、横目でチラチラと見ていくが気にしない。

なれない都会に一人で一時間も待ち惚けを食らえば、誰でも不安になる。

 

「なんだよ。昨日の電話では『式神は常に主の側で仕えるものです』とか言ってたくせに!」

「バカ虎!」

 

不意に懐かしい呼び名が聞こえる。

幻聴かとも思ったが、声の聞こえた方向からこちらに向かってくる人影を見つけたので幻聴では無かったらしい。

 

 

こちらに向かってくる人物は目立っていた。

整った容姿もさることながら、その服装も特徴的だった。

 

平安時代の陰陽師が着ていたような狩衣(かりぎぬ)を模した上着。

鴉羽色をしたそれは陰陽塾の制服だった。

 

その人物は俺に近づき、話しかけてくる。

 

「な、何大通りで叫んでるのさ、恥ずかしいな!ま、まあぼくが待たせちゃったのが悪いんだけど………ぼ、ぼくも心の準備に手間取っちゃってね。で、でも…大丈夫、覚悟を決めてきたから」

 

微かに頬を紅潮させながら喋りかけてくる人物。俺の目がおかしくなっていないのならばその人物は、

 

「……何やってんだ?夏目」

 

そう。俺の幼馴染にして主の土御門夏目のはずだ。

しかしその人物は、

 

「何とはなんだよ。折角迎えに来てあげたのに」

「いや、なんでお前男装してんの?言葉使いも男っぽいし」

 

夏目が来ているのは間違いなく、陰陽塾の制服だ。しかし夏目の着ているそれは、男子用の制服のはずだ。

 

 

今の夏目の格好を改めて見てみる。

男子用の陰陽塾の制服に身を包み、背中に流していた長い髪は、どこかで見たようなピンク色のリボンで一つに束ね、胸元に回していた。

 

「なんでって、そんなの――え?……ちょっと待って。まさかご両親から聞いてないの!?」

「いや、まったく」

 

すると夏目は、きょろきょろと周りを見渡し俺の耳元に口を寄せ、元の口調に戻り、小声で喋りかけてくる。

 

「本家のしきたりです。『土御門の跡取りたる者、他家に対しては、男子として振る舞うべし』ほんとに両親から聞いてないんですかっ?」

「全然。初耳だよ」

「そんな、小父様と小母様にちゃんと伝えるように言ったのに!」

「あ~。たぶん忘れてやがったな」

 

あの両親なら十分に考えられる。

お袋は転入の手続きとかで忙しそうだったし、親父に関しては

 

『お前がいなくなったら、母さんと二人っきり!?ヤッホーー!さっさとどこにでも行っちまえ!』

 

と、言われた。(壮絶な親子喧嘩になったのは言うまでもないだろう)

 

 

「そ、そんな!?」

「まあ、しかし大変だなお前も。そんなマンガみたいなしきたりがあるなんて」

 

夏目としてはすでに事情を知った俺が、夏目に合わしてくれるものだと思っていたらしい。

しかしその目論見が見事に外れ、夏目は見ていて面白いくらいあわあわしている。

 

事件の後の聴取に名前を出すなって言ってたのはこのためか。

 

おそらく土御門夏目とは対外的には男で通っているんだろう。

 

「――と、とにかく!事情はそういう事だから春虎はぼくに合わせてね!あ、後、君はぼくの式神なんだからぼくのいう事には従ってもらうからね!」

「はいはい。分かったよ――」

 

俺は一旦、言葉を切ってから夏目の目を見て落ち着いた口調で言う。

 

「またよろしく頼むな、夏目」

「……」

 

すると、夏目はなぜか黙り込んでしまった。

 

 

少しの間を置いた後、恐る恐ると言う感じに聞いてきた。

 

「……本当に分かったの?」

「お前が言いたいことは全部分かったよ」

「…本当に?全部?」

「ああ」

「……ごめんね」

「は?」

「…黙ってて、騙してゴメン。春虎たちの優しさに甘えちゃって、切り出せなかったんだ」

 

罪悪感に顔をゆがませながら夏目は喋る。

 

「俺は、そんな事じゃ怒ったり、ましてやお前を嫌いになんかならねーよ」

「……春虎」

 

夏目は顔を上げた。

目は少し潤んでいながらも、その顔は笑顔だった。

 

「それに、騙しては無いだろ?俺の両親が伝え忘れてただけじゃん」

「…………え?」

「でも俺たちの優しさに甘えたって言ったけど、『俺たち(・・)』?他に誰かいんのか?」

 

 

夏目の表情が笑みから疑問のものに変わった。

 

「まさか気づいてないの、春虎?」

 

ほらほら!と見せつけるように自分の髪のリボンをいじり始めた。

……なるほど。夏目の言いたいことは分かった。

 

「…似合ってるぜ、そのリボン」

「わ、分かってくれた!?」

「ああ。すげー似合ってるぜ」

「……それで、その…」

 

急にそわそわし始める夏目。

 

「あ、もしかして、呪術に関する一品とかかそのリボン?」

「……は?」

 

そわそわしていた夏目の体がピタリと止まる。

 

 

「あの、何のことだと思ってる?」

「へ?そりゃ、あれだろ?男装の最中でも女らしさを忘れないために着けているそのリボンを褒めてほしかったんじゃないのか?」

 

女性の服装をよく見て、ちょっとしたポイントをも褒める。

さすが俺!女心が分かってるな。

 

「全然分かってない!」

「だから、ナチュラルに心読むなよ!」

「もう全然わかってないよ!この――」

「「バカ虎」」

「!?」

 

俺の悪口の瞬間、声がダブって聞こえた。

夏目は不思議そうに周りを見渡しているが、俺は心当たりがあるので声の主の気配をたどり、そちらに目を向ける。

 

 

「よう、冬児。用ってのは終わったのか?」

「まあ、昔の知り合いに挨拶するだけだからな。しかしお前がまだここにいるとは思ってもいなかったが」

 

そう言って冬児は夏目の方に目を向ける。

 

「ああ、紹介してなかったな。こいつが俺の幼馴染の土御門夏目だ。こんな格好してるけど女だよ。なんかしきたりがあるみたいでな。周りには内緒にしといてくれ」

 

冬児に夏目の紹介を終えた後、冬児の事を夏目に紹介しようとしたとき、

 

「……なんで冬児がここに?」

「あれ、冬児のこと知ってんの?まあいいや、コイツが阿刀冬児な。目印は、ヘアバン――わ!?」

 

急に夏目に胸ぐらを掴まれ、前のめりになる。

 

「ぼくは、どうしてこいつがここにいるかを聞きたいんだ!」

「あれ、言って無かったけ?冬児も一緒に陰陽塾に通うんだよ」

「聞いてないよ!なんで!?冬児は素人だろ!」

 

 

「俺は元から『見鬼』なんだ」

 

そこまで傍観に徹していた冬児が話し出した。

 

「以前、巻き込まれた霊災の影響でな。今までは陰陽医に通ってたんだが、これからは自分(テメェ)の面倒は自分(テメェ)で見られるようになろうと思って陰陽塾に行くことにしたんだよ」

 

夏目は唖然としたまま絶句している。

 

「……元から『見鬼』って言った?ってことは……」

「人と式神を見分けるのは割と得意な方だ。一緒にいる時間が長ければ尚更な。まあ、それは置いといて。…初めまして、夏目。お会いできて光栄だ。…そのリボン、似合ってるぜ」

「な!?もう!なんなのさ!」

 

夏目は今にもハンカチを口で引っ張りながら「キィーー!」と言わんばかりに地団太を踏む。

 

 

それから少しして、肩で息をしながらも俺たちに向かって叫んでくる。

 

「もういい!さっさと来いそこのバカ二人!陰陽塾じゃ二人とも後輩だからね!覚悟しろよ!」

「どうしたんだよ夏目の奴。……悪いな冬児、いつもはあんなんじゃ無いんだが」

「いや、いつもあんな感じだったぜ」

「ああ?どういう事だ――」

「早く行かないと、置いてかれるぜ」

「あ、おい!待てよ!俺の話がまだ――」

 

「早く来い、バカ二人!本当に置いていくぞ!」

「待てって、何怒ってんだよ。夏目」

「怒ってない!」

「いや、怒ってんじゃん」

「怒ってないって言ってるだろ!」

「やれやれ」

 

 

怒鳴りながら進む夏目に、それを追いかける俺、俺たちの後ろで呆れながらついてくる冬児。

この風景をなぜか懐かしいと感じながら、俺たちは渋谷の雑踏の中を進んでいった。

 

 

 




何とかハイペースで原作一巻分が終わりました。

この辺の出来はあまり手を加えていないので、書き上げるのが楽でした。

次からは大筋こそは変わらない物の、だいぶ違った東京レイヴンズを御送りできるのではないかと思っています。

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