東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第十七幕 決戦

 

 

もう時間は遅く、空には綺麗な月が輝いていた。

そんな月明かりが照らす闇夜を俺と夏目は飛んでいた。

 

いや、比喩表現などではなく本当に飛んでいる。

 

正確には、夏目が出した一体の白馬の式神『雪風(ゆきかぜ)』の背に跨り、空を駆けている。

 

この雪風、「汎式」の基準で言うと高等人造式に当たるが、雪風が生まれたのは「汎式」はおろか「帝式」よりも古く、長年土御門家に仕えてきた式神らしい。

 

言ってしまえば、俺の大先輩である。

 

そんな大先輩は俺たち二人を背に乗せ、地上十メートル辺りを猛スピードで駆けている。

 

「おお~。空を飛ぶなんて初めての経験だぜ」

「春虎君。ちゃんと座ってください。落ちますよ」

「大丈夫だって。それより『御山(みやま)』には、後どれ位で着きそうだ?」

「この子の足なら、もうすぐです」

 

夏目の表情は真剣そのもので、自然と俺の気も引き締まっていく。

 

 

俺は今、竹で編んだ箱――(きゅう)を背負っている。

中身は土御門家秘蔵という(いわ)くつきの呪具が大量に入っている。

 

そんなものが俺に扱えるか不安だったが、夏目曰く『私の見立てですが、春虎君の霊力は平均より秀でています』だそうで、これらの呪具も何とか扱えるらしい。

 

 

そんな呪具の中に一つ剣という分かりやすい武器が入っていたので、腰に差している。

 

 

冬児とも連絡はつけた。

夏目の家で式神になった後、携帯を開いてみたら冬児からの着信が大量に入っていた。

 

 

時間的に見て俺が雨の中、県道を走っていた頃だろう。

途中から電話に出れないと察したのかメールに変わり、必要な情報を逐一送ってくれていた。

 

内容は、戦場となった工場にたどり着いたこと。

呪捜官を叩き起こし警察と連絡を取ったこと。

呪捜官達は霊力を抜かれ、しばらくは使い物にならないこと。

台風が予想より早く抜け、今夜中には増援が到着すること。

 

 

連絡の無い事を心配しているだろうし、苛立ってもいるはずなのにメールの文面には一言も余計な事は書いていなかった。

そんな親友の心遣いに感謝しつつ

 

『決着をつけてくる』

 

と短いメールを送って電源を切る。

 

「っ!春虎君!」

 

夏目の声で顔を上げると前方に見たことがあるトラックが停車していた。

トラックは道の脇に無造作に乗り捨ててあり、荷台にはコンテナの破片が散らばっている。

 

そして、そこから脇の丘に向かって木々が一直線になぎ倒されている。

 

「土蜘蛛が通った跡だろうな」

 

となると、あの丘が『御山』か。

 

「すでに祭壇に向かったようです」

「追おう!」

「はい!」

 

夏目が手綱を引くと主の意に応えるかのように、『雪風』が(いなな)くと一気に速度を上げた。

 

そしてついに夏目の胸元でパキッと硬い音がした。懐に入れていた三枚目の鏡だ。

 

「最後の結界が破られました」

「ああ。けど、こっちも追いついたぜ」

 

『雪風』の速度は凄まじく、数分で頂上にたどり着いた。

頂上はそこだけ木々が伐採されて広場のようになっていた。

 

その広場の中心に四方を鳥居で囲まれた石舞台が作られている。

 

「あれが祭壇か?」

「ええ。そうです」

 

祭壇の周りには鈴鹿が焚いたのか、篝火が燃えている。

 

そして祭壇で用意を進める人影とそれに指示を出している小さな人影を見つけた。

 

用意を進めている人影は黒服の簡易式と祭りで出した『阿修羅』だ。

小さい人影は鈴鹿だろう。まだこちらの存在には気づいてないようだ。

 

「…夏目。鈴鹿に気づかれないように森の中を低く飛んでくれ」

 

小さな声で夏目に耳打ちをする

俺の真剣な声に察してくれたのか、夏目は無言で頷くと手綱を操り『雪風』に指示を出す。

 

木々に体を隠しながら様子を探っていると、夏目が質問をしてきた。

 

 

「どうしてこんな事を?早く止めないと儀式が――」

「奇襲を仕掛ける」

「そ、そんな卑怯な!」

「バカ!声がでかい」

 

急いで夏目の口を手で覆い、周囲の様子を探る。

 

「……………」

 

どうやら気づかれなかったみたいだ。

 

 

「良いか、真正面から戦っても絶対に勝てない。お前も分かるだろ。大連寺鈴鹿の実力は」

「んっ~~~!」

 

見鬼になった目で視ると分かる。圧倒的な鈴鹿の実力が。

俺の直感がヤバいと警鐘を打ち鳴らしている。

 

 

「俺たちの目的は鈴鹿と戦って勝つことじゃない。儀式を止めることだ」

「ん~~む~~!」

「今夜中には呪捜官の増援部隊も到着するらしい。それまで時間が稼げれぶばぁ!」

 

人が真剣に話している最中いきなり夏目が腰の入ったボディブローを放ってきた。

ぐっ……密着状態…から……ハァ…体重移動(シフトウェイト)だけで…強打を……放つとはっ!

 

 

「なにしやがる!」

「それはこちらのセリフです!息が出来なくて死にかけたんですよ!」

 

お互いに小声で怒鳴り合うという器用な技の応酬をする。

 

「え……わ、わりぃ」

「まったく。大声を出した私も悪かったですけど、その…女性の口に…いきなり手を当てるなんて…私だから良かったものの」

「何て言った?後半が聞き取りづらかったんだが」

「な、何でもありません!それより、奇襲というのを詳しく説明してください」

 

少し気になったが、本人が何でもないというので俺も本題に戻ることにした。

 

 

「相手の油断、不意をついて、思いがけない方法で襲う事。だ」

「いや、奇襲そのものの意味ではなく、なぜ奇襲などという卑怯な行為を私たちがしなければいけないのかが聞きたいのです。私たちはこの『御山』の守護者です。コソコソしたことは出来ません」

 

…忘れていた。夏目が戦いに対して潔癖過ぎることを。

 

「俺だってやりたくてやってるんじゃねーよ」

「なら、正々堂々と正面から――」

 

コイツの頭の中には『戦略』や『戦術』の文字は無いのか…。

 

 

「俺も正面から戦って勝てるならそうするさ。でも実際こっちの戦力は、ほぼ素人の俺に万全の状態じゃないお前だけだ。仮にお前が万全でも相手はプロの陰陽師の中でもトップの『十二神将』だ。正面から戦ったら百パーセント負ける。お前だってわかってるだろ」

「うっ……」

 

夏目も鈴鹿との実力の違いは分かっているのか、反論は無かった。

 

「確かに正面からぶつかるのは無謀でした。しかし奇襲と言ってもどうするんですか?生半可な策が通用する相手じゃありませんよ?」

 

 

「そこは、任せとけって。俺に考えがある」

「考え?いったいどんな考えがあるんですか?」

「良いか、俺達が鈴鹿に勝っているのは人数だけだ。けど鈴鹿はこちらが二人だと知らない。そこを突く」

「具体的にはどうするんですか?」

「俺が囮になる」

「な…危険すぎます!」

 

 

まぁ、夏目だったら俺が囮になるとか言ったら反対すると予想はしていた。

 

 

「確かに危険だが俺が囮をやった方が成功の確率が上がるんだよ」

「なぜですか?」

「俺は一度あいつの説得に成功しかけてる。お前が行くよりか心を開いてくれるはずだ。 それに俺が一人で出ればあいつは俺一人だと勘違いするはずだ」

「で、でも…」

 

ここまで説明しても夏目はまだ渋る。

だが渋る相手に対する魔法の言葉を俺は知っている。

 

 

「奇襲する役目がお前なのにも理由があるんだぜ?隠形術(おんぎょうじゅつ)だっけ?あの霊力を消す術。俺はそういうの出来ないから、お前がやるしかないんだよ。お前だけが頼りなんだ。夏目」

 

『お前だけが頼りなんだ』こう言っとけば大概の相手は素直になる。

 

 

「わ、私だけが頼り!?しょ、しょうがないですね、春虎君は。これからも私を頼るんですよ。私はあなたの主なんですからっ」

 

 

急に上機嫌になって作戦の所定位置まで『雪風』から降りて向かう夏目。

自分で言いくるめといてなんだが、簡単に丸め込まれるなよ!

お兄さん夏目の将来が心配になっちゃうだろ!

 

 

作戦の時間になったので俺は『雪風』に跨り覚悟を決める。

 

「頼みますよ。先輩」

 

『雪風』を撫でながら言うと「任せとけ!」と言わんばかりに蹄を打ち鳴らす。

 

「良し!行くぞ!」

 

気合を入れ『雪風』と共に大空に飛び上がる。

 

 

「鈴鹿!!」

「!?」

 

俺の大声に気づき鈴鹿が振り返る。

その表情は、驚きからだんだんと怒りへと変わっていった。

 

「またお前か!なんで…来るのよ!?」

 

鈴鹿と俺の間に素早く『阿修羅』が割って入る。黒服の簡易式は黙々と儀式の準備を進めている。

距離があるから細部までは分らんが、大分準備は終わっているようだ。

 

「……ん?」

 

儀式に使うであろう呪具の中におかしなものが一つ混じっている。

それは祭壇の中央に横たえられている長細い包みだった。

 

 

包みは表面がびっしりと呪符で覆われている。

その包みは子供一人分ぐらいの大きさだった。

 

 

「ま…まさか?」

 

俺の背筋に冷たいものが走る。

多分間違いない。

 

あれは鈴鹿の兄の遺体だ。

 

「言ったはずだぞ!そんなことしても兄貴もお前も、幸せにはなれない!」

 

俺はこの時打算的な考えなしで、感情のままに叫んでいた。

 

「うるさい!うるさい!あたしも言ったはずよ、次は殺すって!」

 

鈴鹿は髪を振り乱しながら叫ぶ。

 

「だいたいウザいんだよ!あたしの命の使い方は、親でも、大人でも、あんたでもなく、あたしが自分で決めるんだから!例えどんなことが起きても、あたしはお兄ちゃんを生き返らせてみせる!」

 

鈴鹿を中心に凄まじい量の霊気が放出される。

 

「力ずくでも止めるぞ」

「あんたなんかに止められないわよ」

 

この会話を最後にお互いに戦闘態勢に入る。

 

「行くぜ先輩!騎英の(ベルレ)!」

俺の掛け声とともに雪風が大きく嘶く。

手綱(フォーン)!!」

次の瞬間、猛スピードで鈴鹿に向けて突進する。

 

 

「そんな攻撃、『阿修羅』!」

 

鈴鹿は『阿修羅』を操作し防御の体勢を取らせた。

騎英の手綱(ベルレフォーン)は突進技だ。

相手が防御の体勢を取っていようが突っ込むしかない。

 

「いっっっけええええ!」

 

『阿修羅』にぶつかった瞬間、バキィィンと大きな音と光と衝撃が体を襲い、俺たちは弾かれた。

 

 

空中に弾き返された俺は手綱を操って何とか体制を整える。

 

「大丈夫か!?『雪風』!」

 

『雪風』の体は衝突の衝撃でボロボロだった。普通に飛ぶことは出来ても騎英の手綱(ベルレフォーン)は無理そうだな。

 

「『阿修羅』はどうなった!?」

 

衝突地点はいまだに土煙が充満していて良く見えない。

土煙の中を観察しているとゆらりと影が動いた。

 

 

土煙の中からゆっくりと『阿修羅』が出てくる。

 

 

「チッ。倒しきれなかったか」

 

しかし、かなりのダメージを与えたようで六本の腕の内、四本を破壊し、『阿修羅』本体の動きも鈍っていた。

 

 

あれならいけるか?

『阿修羅』の後ろから鈴鹿が余裕の表情で出てくる。

 

「へぇ。結構やるじゃない。でも、もうお終いね。その傷じゃもうあの攻撃は出来ないでしょ?」

「まだ俺は、ピンピンしてるぜ?」

 

 

手綱を操り地面近くまで下り『雪風』から降り『雪風』を下がらせる。

 

「あんた一人に何ができるってのよ?」

 

悪魔で鈴鹿は余裕を崩さない。

土蜘蛛はまだ出して無い。油断してる今がチャンスか…。

 

「やってみなきゃ分からねーぜ?」

 

腰に差した剣を抜き構えながら前へ出る。

 

「……良いわ。死にたいのなら、殺してあげる!」

 

鈴鹿が腕を振ると『阿修羅』がこちらに突っ込んでくる。

 

 

 

俺は大きく息を吸い込み迎撃の体勢を取る。

 

「飛天御剣流!九頭龍閃(くずりゅうせん)!」

 

そして突進してくる『阿修羅』に向かってこちらも突進しながら九つの斬撃を同時に繰り出す。

 

あれぐらい弱っているなら、いけるかと思っていたが『阿修羅』はまだ力を残しており、倒しきれず鍔迫り合いになっている。

しかし、だんだんと戦局は『阿修羅』に傾いてきていた。

 

 

くっ…この剣、霊力の消耗が激しい!

剣のおかげで、一時的に『阿修羅』と同等の力が出せていたが段々とスタミナ負けしていく。

 

「どう?今降参するなら命までは取らないわよ?」

「へっ!それは…こっちのセリフだぜ!」

「ふん!強がっちゃって。あんた一人に何ができるんだよ!」

 

確かに俺一人の力なんてたかが知れてる。けど、

 

「けど、お前は一つ勘違いしてるぜ」

「はあ?なに言ってんのよ?」

「俺は一人じゃない!そうだろ?」

「はい!」

 

 

「――っ!?」

 

後ろから唐突に聞こえた声に驚き鈴鹿が振り返るがもう遅い。

さっき下がらせ、こっそりと夏目の元まで戻っていた『雪風』に乗った夏目が鈴鹿に襲いかかる。

 

「良しっ!」

 

阿修羅での防御は出来ず、他の行動ももう間に合わない。

 

勝った!

俺も夏目も勝利を確信した。

 

 

 

 

 


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