東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第十三幕 真理は常に正しく故に残酷

 

 

「誰っ!?」

 

俺は観念して鈴鹿の前に姿を現す。

 

「…よう」 ピリリリ

「…あんた昨日の」 ピリリリ

 

俺の姿を見て凶悪だった鈴鹿の表情が拍子抜けしたものに変わる。 ピリリリ

 

「覚えといてくれたみた『ピリリリ』……」

 

ピリリリ  ピリリリ  ピリリリ

 

「…電話出ていいわよ?」

「す、すまねぇ」

 

は、恥ずかしすぎるだろ!いっそ無視してくれれば良かったのに!

鈴鹿に気を使われてんじゃねーか…。

 

顔が赤くなるのを自覚しながらいまだに着信音を鳴らしている携帯をポケットから取り出す。

ディスプレイに表示されている名前は

 

『北斗』

 

……あのお節介め。

 

このタイミングだと冬児が北斗に知らせやがったな。

そんで心配になって電話をかけてきたってとこだろ。まったく昨日あんな別れ方をしたってのに。

 

思わず頬が緩みそうになるのをこらえながら、電話には出ずそのまま着信を切った。

 

北斗の事だ、冬児に居場所を聞いたのならこの雨の中だろうと駆けつけてくるに違いない。

 

冬児も来る……はずだ。(間は気にしないでくれ)

それまでに何とかしておきたいところだが、戦っても勝てないのは目に見えてる。

 

なら、やれることは一択。

そのためにはまず、会話だな。

 

「…誰?出なくてもいいわけ?」

「ああ、別にいいんだよ。…それより昨日はよくもやってくれたな。一晩中式神(アレ)が腹の中にいたかと思うとゾッとするぜ」

「…フン。あたしのファーストキスも上げたんだから安いもんでしょ?むしろ感謝しなさいよね、ダーリン?」

「…………はぁ」

 

その時の出来事を思い出し、俺は地面に膝をついた。

 

俺の理想は年上のお姉さんだったんだが、……こんなガキとだなんて…ねぇよ。

 

「ちょ、ちょっと!なんで落ち込むのよ!?あたしのファーストキス上げたのよ!?もっと喜びなさいよ!」

「小娘が、もちっと歳とって出直してこい 」

「なんよその態度!?」

 

鈴鹿はしばらくギャーギャー叫んでいたが、落ち着きを取り戻したのか咳払いをして

 

「それで何の用よ。もうあんたには用無しなんだけど?もしかしてストーカー?」

 

 

洋ナシ――ヨーロッパ原産のバラ科ナシ属の植物、およびその果実……じゃなくて

用無し――と言うことは、やはり儀式に必要なのは夏目の霊力だけだったという事か。

なら、鈴鹿はもう儀式の準備を終えているんだろう。

 

……ヤバいな。

 

「ストーカーだ?最初に声をかけてきたのはそっちだろ?」

「け、研究室のデータベースに土御門夏目の顔写真さえ載っていればあんなミス犯さなかったわよ!」

「研究室ねぇ…どうせ、普段からそこに引き籠ってんだろ?昨日の祭りの様子といい、お前相当世間知らずっぽいもんな」

「あんた、誰に向かってそんな口きいてるのか分かってんの?」

「図星か」

「っ~~!ムカつく~!!」

「え?マジで図星?」

 

 

「……」

「……」

「…そうよ、悪い?」

「いや、その、なんというか、まあ、これからだよ。そう落ち込むなって」

「お、落ち込んでなんてないわよ!」

 

 

いや、だって涙目だし、さすがにこれ以上この話題を引っ張るのは止めよう。…可哀そうだ。

 

 

鈴鹿は気を取り直すように、胸を張った後、何かを思い出した様子で、

 

「そうだ!あんた昨日のあのブスとは、どうなったのよ?喧嘩でもしたんじゃないの?」

「……ああ」

「……」

「……」

 

昨日の事を思い出し、ガチで凹みながら答えたら鈴鹿にも雰囲気が伝わったのかお互いに無言になる。

 

「あ~、え~、げ、元気出しなさいよ。きっと仲直りできるわよ」

「直接的な原因はお前だけどな」

「うっ……」

「……ぐす」

「な、泣くんじゃないわよ!あたしが虐めてるみたいじゃない!」

「泣いてなんかないやい!これは、心の涙だ!」

 

あれ?最初は話し合いでどうにかしようとしてたのに、何この空気?

冬児がいたら呆れ果ててるな。

 

しかしくだらない会話でも、場の緊張だけはほぐしてくれたようで鈴鹿もさっきよりかは警戒を解いている。

俺は、思い切って説得を試みた。

 

「…なあ、もう止めろよ。こんなこと」

「何言ってんのよ、あんたバカぁ?」

「〇ヴァは知ってんのか?」

「エ〇ァ?なにそれ?」

 

〇ヴァも知らないのか!?世間に疎すぎるだろ…。

 

「お前、兄貴を生き返らせるんだよな?」

 

俺が確認すると、鈴鹿の表情が強張った。

 

「…そうよ。誰が何と言おうと、あたしはお兄ちゃんを生き返らせるんだから!」

「俺は、兄弟はいないがお前の気持ちは分かるぜ。誰だって、近しい人間が死んだら生き返らせたいって思うよ。ましてや、実の兄だったら尚更だ」

「何が言いたいのよ」

「こんなこと止めろ。こんな方法じゃお前も兄貴も呪捜官に追われる生活だぞ」

「あたしはともかく、なんでお兄ちゃんまで!」

 

 

「禁呪の生きた成功例だぞ?そんなやつ、放っておくかよ」

「……それでも!それでもっ」

「お前の兄貴だってそんなの喜ばねーよ」

「うるさい!知った風な口きかないでよ!お兄ちゃんの事は、あたしが一番良く知ってるんだから!」

 

(すずか)の感情の昂ぶりに合わせて背後の土蜘蛛が鋼の八本足を足踏みさせる。

近くで見ると怖すぎだろ。

しかし、怯えちゃいられない。

 

「両親は何て言ってるんだ?相談してないのか?」

「ハッ!あたしに親なんていないわ。あいつらの事を親だなんて思ったことも無い。あんな屑どもなんて!」

「…なんかあったのか?」

「…なんでそう思うのよ?」

「実の親に向かって、あんな殺気のこもった暴言ただの反抗期じゃ言えないからな」

「…殺気ね。あんた、昨日も気配がどうとか言ってたわね。何者よ?」

「前に少し武術をかじっただけさ。そんなことより今は、俺の事よりお前の事だよ。実の親をそこまで憎んでるんだ、いったい何があったんだ?」

 

 

俺の問いに鈴鹿は少し間をおいてからぽつぽつと話し始めた。

 

 

「なんであたしがこの歳で『十二神将』になれたと思う?生まれた時――ううん、生まれる前から、色々あいつ等に改造(いじられ)てきたからよ!体に大きく負担が掛かる禁呪をかけられた数なんて一つや二つじゃないわ!お兄ちゃんなんか、あいつ等に殺されたようなもんよ!」

 

最初は小さかった声が最後には、叫びに変わっていた。鈴鹿の抱えていた闇は、想像以上だった。

鈴鹿の両親は、二人ともおそらく陰陽師なのだろう。禁呪をかけられるほど優秀な。

そして鈴鹿は――いや、鈴鹿たち兄妹は優秀な陰陽師になるべく様々な禁呪をかけられてきたんだろう。

本人の意思とは、無関係に。

 

 

「…辛かったな」

「同情なんかいらないわ!」

「同情なんかしねーよ。上辺だけの同情がどれ程辛いかは知っている」

「…あんたも昔に何かあったの?」

 

鈴鹿がこちらを探るような目で尋ねてくる。

 

「…別に。あったとしてもお前ほどのものじゃねーよ」

 

あんまり昔の事は、思い出したくないんだよな。

 

 

「俺の事は置いといて、お前が親を憎んでるなら、その親と同じことをお前がしちゃだめだろ。魂の呪術ってのは禁呪なんだろ?そんなことしたら、お前も憎んでる親と同じじゃねーか」

「うるせぇんだよ!あんたにいったい何が分かるの!?」

「分かることだってある!お前がやろうとしている儀式があの土御門 夜光(つちみかどやこう)が最後に行った儀式なんだろ?そんなものを再びやればいったいどれだけの犠牲が出ると思ってるんだ!」

 

この時の俺は、儀式を止めることより、鈴鹿の心の方を心配していた。

 

 

「犠牲なんかでない!あたしは、土御門夜光研究の第一人者よ。『泰山府君祭(たいざんふくんさい)』についても徹底的に調べ上げたわ。正しい対価さえ払えばあんな霊災起こるはずなんかない!」

 

 

鈴鹿の叫んでいる姿は、自身に言い聞かせてるように見えた。

今にも崩れ落ちそうな体を今まで調べてきた理論と、己に対する自信で必死に支えてるような姿だった。

 

「それだって実際に確認した訳じゃ無いだろ!」

「だから実験するんじゃない!」

「死んだ人間は、どんなことをしても元に戻らない!これは真理だ」

 

どっかの錬金術師も言ってたしな。

 

 

「人ひとり生き返らせる対価ってなんだよ!まさか、水35L・炭素20kg・アンモニア4L・石灰1.5kg・リン800g・塩分250g・硝石100g・硫黄80g・フッ素7.5g・鉄5g・ケイ素3g・その他少量の15の元素…とか言わないよな?」

「……なにそれ、ふざけんなよ!」

 

……自重します。

 

「対価ってのはあたしの命よ!」

「……は?」

 

 

 

ナニヲイッタンダコイツハ。

唖然とする俺を見て鈴鹿はようやく満足そうに笑った。

 


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