東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第十幕 嵐、到来

 

昼ごろから降り出した雨は時間と共にその雨脚を強めていた。

夏目が指名したのは喫茶店だった。

 

 

俺は傘をたたみ雨から逃げるように店内に入る。

冬児とは別行動中で、本人曰く『情報収集』らしい。

 

カラン、コロンと懐かしい音のするドアを抜け、店内を見渡すと台風の影響かあまり店内に客はおらず直ぐに夏目は見つかった。

 

「待たせたか?」

「…い、いいえ。わ、私の方こそこんな台風の中呼び出してしまってごめんなさい」

「いや、こっちも会って話したかったからな」

 

挨拶を交わし席に着くと、店員が注文を取りに来たので適当に『本日のオススメ』と書かれたものを頼んだ。

 

「「……」」

 

緊張する。

何しろ冬児とあんな話をした後の事だ。そうでなくとも、一昨日の歩道橋での事や過去の色々から気まずい関係なのにだ。

 

本当にこいつは夜光の…?

夏目に会ってからは、そのことばかりが頭の中を駆け巡っている。

しかし夏目本人に聞けるわけもなく疑問は俺の頭の中をループしている。

 

当然のことながら夏目本人は、一昨日会ったときに比べ、特に変わった点は見られな―――ん?

よく見ると夏目の様子が一昨日とは微妙に違うことに気づいた。

 

普段の凛とした態度とは違い、そわそわして落ち着きなく顔も赤いし、俺と目も合わせようとしない。

そういえば、さっきの挨拶もいつになく緊張しているようだった。

俺が不審に思うと、

 

「メール読みました。ごめんなさい」

 

唐突に夏目が話を切り出し、謝罪の言葉と共に深々と頭まで下げる。

 

「おいおい、頭を上げてくれ。なんでお前が謝るんだよ」

「でも…私のせいで春虎君を危険な目に遭わせてしまって」

「なんでそれがお前のせいなんだよ?」

「だって、春虎君は私と間違われて襲われたのでしょう?」

 

あ~。そういえばメールでは詳しく書かなかったっけ。

 

「いや、あのことは俺達にも非があるというか、自業自得というか、なんにしろお前の責任じゃないからあまり気にすんなよ」

「自業自得?」

「ああ、向こうが勘違いしたのを分かってて、そのまま黙ってお前の振りをしたんだよ」

「私の振りを?いったいどうして?」

「親友の提案でな。まあ、俺も鈴鹿(アイツ)がお前を実験に付き合わせるとか言うからよ。少し気になってな」

 

 

俺が答えると夏目は信じられない物を見るような目をして叫ぶ。

 

「相手は、『十二神将』――国家一級陰陽師、つまりプロの中でもトップランクの人ですよ!?そんな相手を騙すだなんて、どうかしてますっ」

「だから気になったんだって。ヤバそうな雰囲気だったしな」

「危険と理解していたなら、尚更です!春虎君は素人なんですよ!無事だったから良かったものの、殺されていてもおかしくは無いんですよ!」

 

 

夏目が形の良い眉を逆立て怒鳴ってくる。まるで危険な悪戯をしかる母親みたいなやつだな、と俺は説教もそこそこに思っていた。

 

「誰が母親ですか!!」

「なんでお前まで、俺の心読めんだよ!?」

 

俺のプライバシーはどこに……

 

まだギャーギャー怒鳴る夏目をなだめすかし、本題に入る。

 

「俺は、無事だったんだから一旦置いといてだな」

「無事だったから良いというものでは―――」

「はいはい。それよりお前自身だよ。狙われてるのは、お前自身だ。俺が言うのもなんだけど、あの大連寺鈴鹿ってやつはとんでもなく強かったぞ」

「ええ、知っています」

 

気のせいか今の声には、背筋が凍るほどの怒気が含まれていたような…

 

「もしかして…知り合いか?」

「誰があんな小娘(ひと)と!!」

 

うお…。コイツがこんなに大声を出すところなんて初めて聞いたぞ。

 

「知り合いじゃないのに、なんでそんなに嫌悪感むき出しなんだよ…」

「そ…それは、その…評判は良く聞いてますから。実力は認めますが人格は――嫌な人です」

 

夏目がこんなにも他人を貶すのは初めてだな。…てかそれほど鈴鹿(アイツ)評判わりーのかよ。

 

「本題に戻るけど、何か身を守る対策はあるのか?」

「…今のところはありませんね。しかし、彼女は最年少で『十二神将』に名を連ね、『神童』とまで呼ばれる陰陽師です。見つかってしまえば為す術は無いでしょう。ですから早急に手を打つつもりです」

「為す術もない、か…確かにアイツの力は凄まじかったな」

 

 

なにせ呪捜官二チームを相手に余裕で圧倒できるほどの力量だ。

天才と呼ばれているにしろ、学生の夏目が敵う相手では無いよな。

 

「お前の親父さんはどうだ?力になってくれるだろ?」

「いえ、…父は今東京ですから」

「お前ん家もかよ、運が悪いな。俺ん家も両親とも東京だぜ」

「…小父様(おじさま)小母様(おばさま)は、今父と一緒に東京に行ってるんですよ。聞いてなかったんですか?」

 

聞いていなかった。むしろ東京にいることすらさっき知ったのだ。

夏目との待ち合わせ前に、一旦家に帰ろうとしたら、誰もおらずメールで親父に所在を確認したところ

 

『母さんとラヴラヴ東京デート中(はぁと)』と返ってきた。(四十代のオッサンのメールである)

イラッとして携帯を握りつぶしそうになった俺を責める奴はいないだろう。

 

ちなみに夏目の家は母親が他界しており、夏目が東京の陰陽塾に通うようになるまでは、父と娘の二人暮らしだった。しかし決して親子関係は良好ではなかったらしい。

 

「みんな東京にいるんだったら、お前も戻った方がいいかもな」

「それは……できません」

「……理由でもあるのか?ただの親父さんに対する意地ならやめておけ」

「父は関係ありません。彼女…『神童』は『泰山府君祭(たいざんふくんさい)』を行うと行ったんですよね?」

「ああ、そう言っていたな。…知ってるのか?」

「はい。『泰山府君祭』は元々土御門家が代々行ってきた祭儀ですから」

「…は?」

 

唖然とする俺を夏目は呆れたように見つめながら言う。

 

「『泰山府君祭』とは土御門の祖、安倍清明を(まつ)った事から始まった祭儀です。彼女が行おうとしているのは、大幅にアレンジされた『帝式』の『泰山府君祭』だと思いますが根本的なとことは変わらないでしょう」

 

「そうだったのか」

 

俺は本当に『土御門』という名前だけなんだと痛感した。

 

「そして、本家――つまり私の家の裏にある山、『御山(みやま)』にその祭壇があります。おそらく彼女はそこで祭儀を行うつもりでしょう。ならば、それを止めるために土御門の人間としてここを離れるわけにはいかないのです」

 

夏目の瞳には力強い決意の光がともっていた。

 

「それに『泰山府君祭』には大きなリスクもあります。万が一にも手出しさせるわけにはいきません」

 

大きなリスク。確か今の霊災も『泰山府君祭』が原因って言ってたよな。たぶんリスクってのはそのことだろう。

 

「しかし、お前一人じゃ守る事なんて出来ないんだろ?為す術がないって自分でも言ってたじゃん」

「……できるかどうかの問題ではなく、責任の問題です。父が不在の今、祭壇を守る義務が私にはあります」

「いや、だからそれだと解決になってないだろ。どうせ守れないのなら居ても居なくても一緒じゃん」

「ですから、それでは土御門の人間としての責務が果たせないと言っているのですっ」

 

夏目は若干強い口調で言い返してくる。

 

俺は、内心頭を抱えた。

どーもこの手の古いタイプの人間は苦手なんだよ。

 

『人には負けると分かっていてもやらなければならない時がある』とか『参加することに意義がある』等俺にはあまり理解できないのだ。

ちなみに俺は『戦うならば卑怯な策を用いても勝て・負け戦には参加しない』と言う持論を持っている。

 

 

しかし夏目本人があの噂を知っていたら『泰山府君祭』をなんとしてでも止めたいと思うのは無理もないことだ。

 

「ん~~……」

 

普段使わない頭を必死に回転させ何とか対策を考える。

そして閃いた。夏目の言う土御門の人間としての責任も夏目の安全も確保できる最良の手段を。

 

「…わかった。けどやっぱりお前は東京に戻れ」

「ですから、何度も言ってるでしょう。それでは責任が――」

大連寺鈴鹿(アイツ)はお前を狙ってる。それはお前が祭儀に必要だからだろ?そんなお前がわざわざ祭壇を守っててみろ。アイツから見たら、金庫の目の前にその金庫の鍵が落ちてるようなものだぜ」

 

これには夏目も思うところがあるのかすぐには反論しなかった。

 

「でも・・・だからと言って祭壇を無防備にするわけには――」

「祭壇は俺が守ってやるよ」

 

俺はきっぱりと言い放つ。

そう。これが俺の考えた土御門の責任も夏目の安全も確保できる術だ。

 

 

ここに土御門の人間は、『二人』いる。夏目と俺だ。

夏目が無理なら俺が守ればいいだけの話だ。

 

「な、何を言ってるんですか!春虎君は呪術も使えないんですよ!?」

「相手が『十二神将』ならお前も敵わないんだろ?だったら俺が残ってても一緒じゃねーか。それともお前は『十二神将』相手に祭壇を守りきる自信でもあるのか?」

 

俺がそう言うと夏目は言い返すことができずに俯いた。

 

「…決まりだな」

「……春虎君はズルいです」

 

夏目は責めるというよりも拗ねるように言った。

 

「こんな時だけ自分を土御門の人間扱いするなんてズルいです」

「こんな時だけじゃなくてこんな時だからだよ」

 

そう言ってニヤリと笑うと夏目も口元を綻ばせた。

その笑顔に少しだけ、少しだけ(重要なことなので二回言った)ドキッとしたのは内緒だ。

そんな心情をごまかすように俺は、慌てて話題を変える。

 

「そ、それにお前の言うほどアイツも悪い奴じゃないと思うぞ。小さな子供庇ったり、あれでも可愛いとこあるんだぜ。だから話し合えば――」

 

 

『バンッ』と大きな音がしたので何事かと思えば夏目が握り拳を机に叩き付けた音だった。

 

「――そうですか。彼女は、可愛かった、ですか」

「お、おい。何怒ってるんだ?」

「春虎君は私に何か怒られるようなことをしたんですか?」

「い、いや心当たりは、無いが」

「じゃあ、私も怒ってないですよ」

 

イヤイヤ、マジギレじゃん!ビックリするほど怒ってるよ!?『見鬼』でも無いのに夏目の後ろに般若が見えるもん!

 

俺が混乱していると夏目は携帯を取り出し電話を掛けた。

 

「…もしもし?さっきの者です。今から店を出るのでもう一度タクシーを回してください。…はい、お願いします」

「店出るのか?」

「はい。ここにいても意味はありませんから」

 

静かな口調だが確実に怒ってるよ……俺、何かしたか?

 

「おい。俺まだ祭壇の正確な場所聞いてねーぞ」

「春虎君には関係ありませんから」

「はあ?俺が祭壇を守るって言ったろ?」

「誰が、いつ、土御門の聖域を素人に任せるなんて言いましたか。あなたの独断をさも決定事項のように言わないで下さい」

 

俺が再び頭を抱えそうになったその時

 

「お待たせしましたー。こちら『本日のオススメ』になりますー」

 

喫茶店の店員が最初に俺が頼んだ注文を持ってきた。

何てタイミングだよ、とは思ったが追い返すわけにもいかないので注文を受け取ると――

 

ナンダコレハ

 

運ばれてきた皿の中を覗くと、ぐつぐつと煮立った赤黒いナニカがうごめいている。

向かいに座っている夏目すら引いてんぞ…

 

「えっと、スンマセン。これはなんですか」

「はい、こちら店長手作りの麻婆豆腐になります」

 

 

これが麻婆豆腐!?

食べてはいけない、と俺の本能が警告をガンガン鳴らしてくるコイツが麻婆豆腐だと!?

 

こんなもん食べれるのは天使か、八極拳神父ぐらいだろ…

さすがに一口も食べないのは失礼なので、恐る恐る一口食べると、

・・・・・・あれ?うま―――辛ッ!!

 

 

し、舌が痛い!辛いじゃなく痛い!

俺がのた打ち回っていると夏目が冷めた目で見降ろしながら言った。

 

「…タクシーも来たみたいなんで行きますね」

「ゲホッ…ま、待ってくれ。夏目(・・)

 

俺は夏目の名を呼んだときに体内に異変を感じた。

体の中で何かが蠢くのを。

 

俺は気付かなかった。

今この時こそが『最初』だったのだ。

 

俺が『夏目の名前を呼んだ』のは。

乱れる意識の中俺の直感のようなものが、これは鈴鹿の呪術だと告げていた。

 

次第に俺の中の蠢きが大きくなってゆくのが分かる。

 

「…どうしたんですか?春虎君」

 

俺の様子に気づいたのか、頭上から純粋に心配するような声が降ってくる。

 

「に、逃げろっ。夏目!」

 

俺の中に仕込まれてるのがどんなものか分からないが十中八九夏目に害を及ぼすと想像出来る。

ヤバいと思って夏目に警告した次の瞬間――

 

「ガハッ――!?」

 

俺は何かを吐き出した。いや、俺の体内から飛び出してきた。

飛び出したのは紙だった。

グシャグシャに丸まった聖書の切れ端。だが外に出た瞬間それはまるで生き物のように動き、折れ曲がり形を成した。

 

『蜂』

 

コイツまさか!?

 

「式神!?」

 

夏目が咄嗟に身構えるも蜂の方が早く、夏目の死角に素早く回り込んだ。

そして、夏目の首筋に鋭い針を突き立てた。

 

「っーー!」

 

夏目は反射的に振り払うが蜂は素早く離脱し、窓の隙間から店の外へ消えてゆく。

早業だ。

 

俺が意識を覚醒させ、立ち上がると入れ替わるように夏目が倒れた。

 

「クソッ!あの蜂まさか毒でも!?」

「…違います…れ、霊力を…吸い取られました」

「夏目!?大丈夫か」

「それより…今の式神は…」

 

夏目が聞いてくるが答えられなかった。いや、夏目自身も分かっているだろう。

 

やられた!

おそらくあの時のキスは、俺への嫌がらせではなく、この呪術を仕込むためのものだったのだろう。

俺は、まんまと鈴鹿に出し抜かれてしまった。

 

 

俺は自分の無力さを噛み締めながら腕の中の夏目を心配することしかできなかった。

 

 

 





中々長い文章になりませんね。

バトル展開になれば長くはなっていくと思うんですが、おそらくバトルはもう少し先になると思います。

ネタ案・ダメだし・誤字脱字修正・常時募集中です。

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