君はいつも本を読んでいた。


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君と本

 一月一日……。

 

 貴方の生まれた日だ。

 

 0時0分……。

 

 君が生まれた時間だ。

 

 僕らは同じ時間に生まれたんだ。

 これって何かの運命なんじゃないかな。

 そう思うと、何だか嬉しくて心が少し踊り出す。

 

 出会ったのは何処だっただろうか。

 僕がそう聞くと、君は自分の顎をクイっと指で押し上げて軽く考え込んでいる……そんな仕草も愛おしく感じた。

 君の黒髪は、街灯に照らしだされていて、まるで間近で星を見ている位に綺麗で。

 

 あぁ、そっか。ごめんごめん。

 星は黒くないよね。星はもっと鮮やかに色付いていて、黒とは反対の色をしているよね。

 

 

 四月四日……。

 

 

 もうすっかり春になった。

 全国の学校は入学式の時期だったか、バタバタしている。僕達にもそんな若い頃があった、なんて君と懐かしい思い出に浸っている。

 え?あの頃に貸したシャーペンはどうしたんだって?……覚えてないよそんなの……えぇっ、返してだって。なんで今更……。

 

 君は意地悪そうに笑う。

 すると、タイミングを見計らったかの様に、風が君の黒髪で遊び出す。

 びっくりしたよ、今更返せだなんて無理難題だからね。

 

 

 

 七月七日……。

 

 

 うぉぉぉおおおおっっー!夏だーっ!海だーっ!そして笑顔が輝かしい君だーっ!

 ……え、恥ずかしいって?

 

 君はビーチパラソルの下で陽射しを避けて、本を読んでいた。

 その本をパタンと閉じて、僕に投げつけて来る。

 君はいつも家の中で本を読んでばかりだから、こういう場所に来ても変わらない。

 折角連れて来てあげたのに……。

 

 僕が落ち込んでいると、君は小悪魔チックな笑みを浮かべながら、こっちへおいでよと手招きをする。

 嫌な予感だけしかしない。砂を顔面に目掛けて投げつけられるのか、それとも、車の中で言ってた僕の今日の寝癖を馬鹿にするのか。

 恐る恐る近付いてみる。すると、

 

 ──ありがとう。

 

 君は僕の首に手を回して、抱き付き、そしてそう囁いた。

 自然と頬が緩んで僕は笑顔になる。

 

 ……お願い、このまま離れないで。

 

 そっと、僕は心の中で呟いた。

 誰にも聞こえないように、君に聞こえないように。

 

 

 十月十日……。

 

 

 秋の始め、いや、もう中間地点か。

 食欲の秋、芸術の秋、それと……読書の秋。

 君の家に訪ねてみたけど、全く、いつも通りじゃないか。この前、僕が買ってあげたちょっぴり厚い本を読んでいる。

 君は若干、微笑みながら読んでいるけど、僕はガチガチの体育系の脳ミソだから、読書の良さがちっとも理解出来ない。

 学生の頃の成績が壊滅状態だったのが記憶にハッキリと残っている。

 

 何が面白いんだい?

 

 そう聞いてみると、君は本から視線を外し、僕を見つめてこう言う。

 

 貴方がくれた本だもの、読んであげないと可哀想でしょ?……本が。

 

 僕のことは可哀想じゃないらしい。買ったのは僕なのに。

 小学生のように、僕は不貞腐れて、不機嫌そうにする。それを見た君は、冗談だよ、ごめんね、とクスクスと小さく笑いながら謝る。

 君に飼い慣らされている気がして……まぁ、いっか。

 

 僕は手にぶら下げている買い物袋から大量の本を漁り、一冊の本を君に差し出す。

 題名を見た君はとびっきりの笑顔を浮かべてこう言うんだ。

 

 ──ありがとう。

 

『来世で貴方と逢えるように』

 君は本当に本が大好きで、呆れるを通り越して感心するよ。

 でも、なんでいっつも未来の話の本なんだろう。

 

 

 十一月十一日……。

 

 

 本格的に寒くなってきた。

 北海道では雪が申し訳程度に降ったらしい。本州とは違って簡単に雪が積もる地域だからなぁ。

 それはそうと、君は突然、僕と一緒に暮らしたいと言い出した。

 突然過ぎて驚きはしたけど、拒否することはなく、すんなりと受け入れた。君の荷物を運ぶのが大変だ。

 僕が買ってあげた本が多くて、無駄に荷物が多くなっている。

 

 取り敢えず、君の荷物をある程度は僕の家に押し入れたのだが、小さな図書館が出来ていてなんとも天晴れな光景ではないか。

 僕の家が狭いせいで、君のベッドまで入れることは出来なかったものの、そこは僕のベッドを貸してあげることで解決。僕は勿論、愛用のソファで寝る。

 

 君は自由な人だ。

 僕はこんなにも汗をかいて引越しの作業をしているのに、君は音楽プレーヤーでお気に入りの曲を聴きながら、ダンボールに座わって本を読んでいる。

 ちょっと、そこのダンボールから物を取り出すから退いてよ、とは言わず、僕は無言で君を抱っこしてソファに移す。

 ……別に僕がやりたいからやっているだけ、君の為に。

 

 にしても二時間かけて実家にトラックを借りに行ったのは本当に辛かった。

 ……あ、また戻らないといけないのか。

 顔を引き攣らせながら作業をしている僕を、君は読書をやめてジッと見ている。

 そしてこう言うのだ。

 

 ──ありがとう。

 

 気にしなくてもいいよ。それより、前買ってあげた本の感想を聞かせてよ。

 感想の前に自分で一回読めって?無理だよ、僕は本は読めないから。

 

 そう言うと、君は僕を小馬鹿にする。

 

 む、日本語くらいは読めますーっ!

 

 

 

 十二月十二日……。

 

 

 

 見て見て、雪が降ってるよ!

 ホワイトクリスマスってヤツだ!

 

 僕がはしゃいでいると、君は、子供みたいで可愛いと言う。

 そして追加で一言、まだクリスマスは早いですよお坊ちゃん。……腸煮えくりかえってきた。

 僕は君の頬をムニッと摘む。すると、君は痛いよーっと言い出したから、僕は手を離して君の頭を撫でてあげる。

 

 猫のように心地良さそうにしているのに君は、何処か悲しそうなんだけど、僕の勘違いかな。

 君の表情を探っていると、不意に君が抱き付いてきた。

 弱く、か細く、星空に消えていきそうな震えた声で、君はこう言う。

 

 ──ありがとう。ありがとう。

 

 はいはい、分かってるよ。

 僕は返事を返すが、何が何だかさっぱりで、状況を把握出来ない。

 でも、今は優しく抱き締めて、撫でてあげよう。

 お、君の好きなアーティストの曲が流れてるよ。

 

 それはそうと、クリスマスはどう過ごす?

 

 

 

 十二月十二日……。

 

 本をまた買ってきた。

 今回は君が、貴方が選んで来てほしいな、と言っていた気がするから好きな本を買ってきた。

 とは言え、君の読んでいるような字一色の難しい本ではなく、絵が沢山ある漫画を買ってきたのだが、君は気に入るだろうか。

 

 僕が満面の笑みで君に渡す。

 難しい本じゃないけど良かったのかな、と聞いてみると、君は軽く頷いて、

 

 漫画も本だよ。変わりはないし、何より貴方が選んでくれた本だから。

 

 そう言ってるような気がした。

 僕はそっと君の頭を撫でてあげると、君は嬉しそうにする。

 

 ──ありがとう。

 

 クリスマス、近いね。

 ケーキは生クリームがいいかな、それともチョコかな。

 ううん、奮発してどっちも買おう。

 

 僕がテンション高めに言うと、君は喜んでいる気がした。

 

 

 十二月二十四日……。

 

 

 メリークリスマス!今日は僕がサンタさんだ!

 この日の為に、結構前からサンタ服を探してぶらり旅をしていたのさ。

 どう?驚いたでしょ。僕が着ても似合ってないかもしれないけどね……。

 

 サンタ服を着ている僕を見て、君は嬉しそうに笑っている。

 君が楽しんでくれて、僕は満足だよ。

 今日はこれで終わり!というわけではない。当然の如く、君にプレゼントする箱を僕は持っている。

 中身は本──君は本当に本が好きなんだね。

 そんなに本を読んで、魔女にでもなるつもりかな。

 

 僕が悪戯な笑みを浮かべると、君は不機嫌そうにしている気がした。

 ごめんね、冗談だよ。……でも、君が魔女なら、僕は騎士かな。

 ある話では、一人の優秀な騎士が、一人の魔女に魅了されるってのを聞いたことがあるんだ。

 

 ま、僕は優秀ではないけどね。

 そう言えば、君は去年もクリスマスが近くなると本が欲しいなーって騒いでたけど、なんでクリスマスプレゼントに僕が医学系の本をプレゼントしなきゃいけないんだろって今更だけど思うよ。

 だって、君は看護士になりたかったわけじゃないんでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二〇一二年、十二月二十五日。

 

 

 

「これはもう、小さな図書館だよほんとに……」

 

 苦笑しながら小さく呟く。

 本棚を整理しているのだが、本はぎゅうぎゅう詰め、山積みされた本もこのまま放ってはおけないから、また新しい本棚を買わないといけない。

 

「あ、そう言えば。新しい本を買ってきたんだ。クリスマスが舞台で、なんだか面白そうなんだ」

 

 玄関に向かい、置いてけぼりにされていた袋から、一冊の本を取り出し、リビングに戻って、テーブルに置いて置く。

 再び、本棚に向かい、あ行から順に綺麗に並べる作業の続きをする。

 本棚の一番下には漫画がズラーッと並んでいて、若干浮いているが、これはこれで仕方がない。周りの本達が文字大好きっ子だから。

 

「九つも本棚があるって、凄い家だよね。君は本当に本好きだなぁ」

 

 君は本に夢中なのか、返事が返ってくることはない。

 

「……いつまで、いつまでこうして……」

 

 いつまでもこうしているのだろうか。

 

「もうそろそろ、明日に向かわないとダメだよね」

 

 もう、終わりにして、一歩を踏み出してみよう。

 

「一緒に行こっか、それでさ、僕を支えてよ。いつもみたいに少し馬鹿にしてもいいからさ」

 

 そう言いながら、僕は冷蔵庫から二人分のショートケーキを取り出し、テーブルに置く。

 君は苺が大好きだったから、僕の苺を君のケーキに乗せてあげる。

 

「趣味を探してみようと思うんだ。今探してるんだけど、僕も君みたいに読書家になろうと思ってるんだ。昔、君が読んでた本を読んでみることにしようかなって」

 

 君は笑った。そんな気がした。

 一緒に食べるケーキは美味しくて、嬉しくて、涙が溢れてくる。

 

 一口、一口と口に運ぶ度に君との思い出が溢れてくる。

 泣くのはこれで最後だ。明日からは笑って行こう。

 いつまでもウジウジなんかしてたら、君に泣き虫だって馬鹿にされてしまう。

 

「ずっと、僕を支えてください」

 

 本とショートケーキと一緒に並べられている、写真立ての中にいる君に、僕は泣きながら、出来るだけ笑顔で言った。

 

 ──任されました。

 

 窓の向こうは、雪の景色。

 君はこの景色をどこかで見てるのかな。

 

 



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