謎の覆面少女と一輝が去った後、シャカから国際電話がありました。
機器関係の類いが苦手な彼が電話をかけてくるのはとても珍しいです。何か緊急事態でしょうか?
非常に面倒くさい予感がするので、ここは居留守を使うというのはどうでしょう?
「これ以上、面倒ごとを溜めるんじゃないよ。さっさと出な」
シャイナお姉様の鶴の一声です。とても横暴だと思います。
「何言ってんだよ。あたしに瞬攻略作戦とかいう杜撰な計画の練り直しをさせている沙織の方がよっぽど横暴だよ」
そうでした。謎の覆面少女という想定外の異分子が現れる緊急事態が発生したので、当初の計画内容の変更を余儀なくされたのです。
現地先行組のエスメラルダとアルデバランとは連絡が取れて事情を説明できたのですが、肝心の一輝とはまだ連絡が取れていないので、彼らの状況を把握出来ません。
そのせいで、こちらではデスクイーン島へ直ぐにでも向かおうとする瞬と紫龍を足止めするのが大変です。
今は氷河が何かと理屈をつけながら出立を遅らせていますが、それにも限度があります。
星矢の方は医務室で治療中です。時間がかかっているようですが、わたしの膝蹴りがそんなに効いたのでしょうか?
今は緊急時なので、わたしの超能力で治癒をして差し上げようと思ったのですが、何故か患部を見せるのを恥ずかしがって拒否されました。
女の子にお腹を見せるのが恥ずかしいだなんて、随分と星矢は純情なのですね。
そうそう、邪武は壊された窓の修理をさせています。意外と彼は器用みたいなので適材適所ですね。
「沙織、ウンウンと唸ってないで早く電話に出な!」
改めて現状を再確認していたらシャイナお姉様に怒鳴られました。
どうやら機嫌が悪いみたいです。
せっかくシャイナお姉様が瞬攻略作戦に間に合ったので、聖闘士の任務で現場指揮に慣れていらっしゃるお姉様に作戦監督の任をお譲りしてからこんな感じです。
久しぶりの再会なので、もっと優しくして欲しいです。悲しいですわ。
「ああ、もうっ、どうしたらこんな杜撰すぎる作戦が上手くいくと思っていたんだよ! 謎の覆面少女とか関係なく最初から無理があるだろう!」
……作戦の再検討をされていらっしゃるシャイナお姉様はお忙しそうなので、邪魔にならないように向こうの離れた部屋でシャカからの電話に出ることにしましょう。
うん、なんて気がきくわたしなのでしょうか。
うふふ、我ながら思いやりに溢れた理想的なお嬢様ですね。
「だいたい死者蘇生の儀式って怪しすぎ……儀式……ぎ、儀式……ふ、ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅ「えい」イタッ、沙織、痛いんだけど何をするんだい。まったく、遊ぶのは後だよ、さっさとシャカと話をしな」
いきなり室内で『ふぁいあ・ぼーる』の呪文を唱え出したお姉様の頭に軽いチョップをして止めました。
シャイナお姉様には魔法の適性がありませんので、下手に呪文を唱えると正気を失う危険性があります。
何度も注意をしているのですが、お姉様は魔法に対する憧れでもあるのか、時々前触れもなく唱えるので困ります。
そういえば、先ほどの覆面少女のときも魔法少女とか仰っていましたわ。なるほど、お姉様は魔法少女に憧れがあるのですね。
魔法は難しいので、せめて変身ぐらいは出来るように差し上げたいです。
やはり以前から挑戦しているお姉様の聖衣パワーアップ大作戦を進める必要があるようです。
お姉様の聖衣には現在、わたしの小宇宙をたっぷりと含ませた血液を吸収させて、その潜在キャパを底上げしています。
あとは、聖衣自体の位階を上げるための触媒となる物質が必要です。可能なら黄金聖衣を使用したいのですが、触媒となった物質は聖衣に取り込まれそうなので、シャカやアルデバランの黄金聖衣を使えません。
いえ、以前に使おうとしたら二人ともガン泣きでやめて欲しいと訴えるので諦めました。
どこかに黄金聖衣か、それに準ずる物質は落ちていないでしょうか?
うーん。こうなったら、やはりギリシャの聖域に攻め込んで適当な黄金聖衣を奪うのも一つの手ですね。
瞬攻略作戦が片付いたら本気で考えてみるとしましょう。
「沙織お嬢様、シャカ様がお待ちです。そろそろ電話先の声が涙声になってきましたので、お早めにお出になってあげて下さい」
「わかったわ、星華。すぐに出るわね」
わたしは星華の手にある電話の子機を受け取った。
「まったく、あたしが言っても沙織は直ぐには動かないのに星華が言うと直ぐに動くんだね」
それは当然ですわ、シャイナお姉様。
だって、星華の言うことを聞かないと頭をド突かれるんですもの。
あれは本気で痛いんですよ?
「そ、そうなのかい? いや、メイドに殴られるお嬢様ってのも珍しいね」
うふふ、星華はメイドの前にわたしの家族ですもの。ですから特別ですわ。
「お姉様、そう仰っていただきとても光栄ですが、さっさと電話に出て下さい」
わたしは、星華のこめかみに青筋が浮かんでいるのに気付いたので、そそくさと電話に出ました。
もしもーし。シャカ、聞こえますかー?
*
海辺にある倉庫街の一角で、フェニックスの一輝は途方に暮れていた。
不覚にも城戸邸で気を失った彼が目覚めたら見知らぬ少女に膝枕をされていたからだ。
この状況は非常に不味かった。
エスメラルダと瞬一筋……いや、二筋の一輝の場合、こんな場面を誰かに見られるわけにはいかない。
妙な噂話をされて二人の耳に入ろうものなら、これまでの彼の努力が水泡に帰すかもしれないのだ。
少なくとも純粋なエスメラルダは噂話を真に受けてしまうだろう。
「可及的速やかにこの場を脱出しよう」
一輝は、自分を膝枕しながら眠っている少女を起こさないようにソッと立ち上がる。
立ち上がった一輝は改めて少女を見る。静かに眠る少女の顔は何故か覆面で隠されていたが、覆面の隙間からみえる少女の素顔は優しげな顔立ちをしているように思えた。
「もしかしてこの娘が城戸邸から連れ出してくれたのか?」
あの窮地を救ってくれただろう少女に一輝は黙って頭を下げた。
恐らくこの娘は沙織お嬢様が手配して下さった配下役のエキストラなのだろうと一輝は察した。
エキストラの仕事はデスクイーン島内の契約のはずだ。それを契約外の城戸邸でも働いてくれた少女に、一輝は純粋な感謝の気持ちを抱く。
「助けてくれてありがとう。そしてこれから行う俺の行為を許してくれ」
たとえ仕事中での事とはいえ、二人っきりの状態で少女に膝枕をされていた事をエスメラルダにバレる訳にはいかない。
一輝は拳を構えると少女に向かって放った。
「鳳凰幻魔拳・手加減バージョン!!」
恐るべき一輝の魔拳は、心優しい少女の脳からここ数時間の記憶を奪った。
「数時間の記憶喪失以外の悪影響はないから安心してくれ。それとこれは詫びの品だ」
一輝は、記憶を奪われた事に気付かずに眠り続ける少女に対して、せめての詫びにと金ピカの箱を譲り渡す事にした。
「そうだな、分かりやすいようにメモを残しておこう」
《良い子のお嬢さんに金ピカの綺麗な箱をプレゼントします。お部屋のインテリアにでもして下さい。匿名希望の足長お兄さんより》
「フッ、これでこの少女も心置きなくプレゼントを受け取ってくれるだろう」
一輝はやり遂げた清々しい笑顔を浮かべるとその場を去っていった。
そのあと直ぐに目覚めた覆面少女は見つけたメモと金ピカの箱を大事そうに抱きしめた。
「えへへ、誕生日プレゼントを貰うのなんて生まれて初めてだわ。誰だか知らないけど、匿名希望の足長お兄さんありがとう。大事にしますね」
そう、偶然にも今日は覆面少女の誕生日だったのだ。そして覆面少女は孤児ゆえに誕生日プレゼントを貰った事が今までなかった。
少女は生まれて初めての誕生日プレゼントの嬉しさに興奮しすぎて、自分の記憶に欠落がある事には気付くことはなかった。
「中身は何かなあ?」
そして、ついに覆面少女は金ピカの箱を開けてしまう。
「きゃあああっ!? なにこの光!!」
開かれた金ピカの箱から放たれる黄金の光。その黄金の光は金ピカの箱から飛び出して覆面少女の身体を覆っていく。そして黄金に覆われた覆面少女は不思議な感覚に襲われる。
「何なのこれ!? 身体の中から凄い力が漲ってくるわ!」
この瞬間、覆面少女の運命は大きく変わる。
「もの凄いプレゼントね!! 本当にありがとう、匿名希望の足長お兄さん!!」
純粋な喜びをあらわす覆面少女を祝福するように夜空では無数の星々が瞬いていた。
そんな瞬く無数の星々の中、一際大きな光を放つ星座があった。
ふと、覆面少女はその星座に気付く。
「ふふ、何となくだけど、私のことを祝ってくれているみたい」
なぜか覆面少女は、その星座が自分の誕生日を祝って輝いてくれているように思えた。そのため、彼女は自分でも意識しないまま自然と輝く星座にお礼の言葉を口にした。
「ありがとう、今日は私にとって最良の日だわ」
──この日、長きに渡る封印から解き放たれしサジタリアスの黄金聖衣は新たなる相棒と出会った。
サジタリアスの美穂ちゃん爆誕だあっ!!