『シャイナお姉様っ、実はカクカクシカジカですわ!』
「(……沙織、そんな重要なことは予め教えておくれよ。この状況をどうすればいいんだい?)」
わたしは急ぎテレパシーで、シャイナお姉様に諸々の事情を説明しました。
シャイナお姉様は、一輝の頭を踏んづけたまま腕を組んだ格好いいポーズで聞いてくれました。
「ねえ、あの女聖闘士は誰なのかな? 兄さんを一撃で沈めるなんて只者ではないよね」
「そうだな。それに誰にも気付かれずに一輝に近付いた技量も驚嘆に値する」
「(なるほど、あの女性がシャイナさんか。沙織お嬢様のお姉様らしいからな。ここは彼女のフォローをするべきだな)誰かは知らないが油断するな! その男はフェニックスの一輝だ! あの程度で参るような男ではないぞ!」
「(あの聖衣はキグナスだね、という事はあの男が沙織が言った氷河だね。なるほど、この状況でも作戦の軌道修正をしようというのかい。さすがは沙織が選ぶだけあって状況判断は早い奴みたいだね。じゃあ、あたしも話を合わせるとしようかね)何っ!? こいつ、あたしのサンダークロウを喰らっていながらまだ意識があるのかい!?」
氷河の言葉にシャイナお姉様はその場を飛び退いて、倒れている一輝に対して構えをとり警戒する。
ナイスですわ、シャイナお姉様とついでに氷河!!
さあ、今ですわよ、一輝!!
いつもの様にゾンビのように蘇り、颯爽と窓から飛び出して、デスクイーン島へとトンズラするのです!!
「…アババ……ババ…」
痺れたままですわ!?
一輝はどうされたのでしょうか? いつもの一輝ならあの程度のダメージぐらいエスメラルダの声援一つで回復す……しまったーっ!!!!
今はエスメラルダがいませんでした!!
作戦の為にエスメラルダをデスクイーン島へと先行させていたのでした。
ウググ、まさか緻密な計画が仇になるなんて予想外です。
こうなったら、あとはシャイナお姉様と氷河の現場判断にお任せしますわ!!
ふれー、ふれー、シャイナお姉様ー!!
がんばれ、がんばれ、氷河ー!!
「(いや、無茶振りはやめておくれよ。でもやるしかないか)いつまで痺れたフリをしているんだい? このあたしは、そんな演技で油断するほど甘くはないよ」
「…ア、アババ…」
「(マーマ、見ていてくれ。俺は頑張るからね)そ、そうだぞ、一輝! 貴様は不死鳥、フェニックスの一輝だろう! あの程度で戦闘不能になるなどと思っていないぞ!」
「……ババ」
「そのとおりだよ! さっきの一撃は様子見だったからね。十分に手加減をしてたから、フェニックスのお前なら立ち上がれるはずだよ!」
「…ア……バ…」
「さあっ、いつまでも焦らすんじゃない! そろそろフェニックスの良い所を見てみたいぞ!」
「…ババ……?」
「あたしも見たいぞ! フェニックスのちょっと良いとこ見てみたい!!」
「……ババ!」
「一輝っ、一気に立ち上がるんだ!!」
「ババッ!!」
「「一輝、一気、いっき、イッキ、さあっ、立ち上がれぇええええっ!!!!」」
「アバァアアアアアアアアッ!!!!」
まだ呂律は回復されていませんが、一輝はご自分の両足でしっかと大地を踏みしめて立ち上がられました。
少しフラつくその姿は、生まれたての子鹿を思わせます。
ああ、頑張って。
そんな風に応援したくなる雰囲気を纏わせています。
「ねえ、紫龍。僕はどうしたら良いと思う?」
「いや、俺に聞かれても困るんだが。この状況はどうなっているんだ?」
「お前らは何言ってんだよ! 一輝が頑張って立ち上がったんだぞ! 仲間の俺たちが喜んでやらなくてどうするんだよ!!」
「ええっ!? 僕達が悪いの!?」
「邪武、ちょっと待ってくれ、状況を整理する時間を俺にくれ」
どうやら瞬達を惑わすことにも成功したようですね。
では、このまま作戦続行ですわ。
一輝、その窓をぶち破ってデスクイーン島まで逃げるのです。
わたしのテレパシーでの指示を受けた一輝は、窓を破ろうと全身に力を込めます。
「アババ………ガクッ」
だけど一輝は窓を破る直前で力尽きて倒れました。
ええい、この根性なし。
わたしが内心でそう毒吐いたとき、それは起きました。
“ガシャーン”
「義を見てせざるは勇無きなり! 凶悪なお嬢様に抗するあなたの意思は見事だわ。もう安心して私が力を貸してあげる!」
一輝が破ろうとしていた窓を逆に外側からブチ破って、謎の覆面少女が乱入してきました。
「さあっ、私と共にこの場を逃れましょう!!」
わたし達一同が突然の事態に唖然としているうちに謎の覆面少女は、金ピカの箱を一輝ごと持ち上げると再び割れた窓から外へと飛び出してしまいました。
「え、えーと、今のは日本で出没するという魔法少女とかいう奴かい?」
沈黙の時間がしばらく続いたのち、真っ先にシャイナお姉様が再起動されました。
いえ、お姉様。魔法少女はテレビの中のお話ですわ。
あと、魔法少女は覆面などしないと思います。
まあ、よく分からない展開ですが、あの覆面少女は一輝の味方のようですわね。
それなら問題はありません。
ええ、作戦続行といきましょう。
結果オーライの精神でいきますわ!
*
城戸邸に忍び込んだ美穂が目にしたのは、たった一人で邪悪なる城戸沙織の一派に立ち向かう少年の姿だった。
「あの子は確か、星矢ちゃんと一緒に攫われた子よね」
その少年の事を美穂は覚えていた。
数年前に星矢が城戸邸に連れ攫われたとき、同じように城戸邸に集められていた少年達の中にいた一人だった。
「星矢ちゃんと星華さんは……ここには居ないみたいね」
美穂が窓から室内を観察するが、騒動の起きているこの場所では美穂が探している二人は見つからなかった。
その事に美穂は安堵する。
二人はまだ城戸沙織の一派には引き込まれていないと考えたからだ。
とはいっても余り猶予もないだろう。早く二人を救い出さなければいつ城戸沙織の毒牙にかかるかは分からない。
「早く二人を探さなくちゃ、でも…」
美穂はその場を立ち去り、二人を探さなければならないと思うが、どうしても足が動かなかった。
それは窓から見える少年のせいだった。
その少年は、かつては仲間だったはずの子供達に囲まれていた。
子供達の中心では、あの邪悪なる城戸沙織が悠然と孤立無援の少年を眺めていた。
かつて、自分から星矢ちゃんを奪ったように、沙織お嬢様はあの少年から何かを奪おうとしている。
なぜか美穂はそのように思った。
もちろん根拠などはない。目の前の窓は完全防音のため、少年達の会話も聞こえなかった。
それでも、少年の必死の表情からは大事なものを守りたいという気持ちが痛いほど伝わってきた。
きっとそれは、美穂が少年の表情にかつての自分を重ねて見たからだ。
そう、邪悪の権化たる城戸沙織に、大好きな星矢を奪われた自分の姿を。
「うん、私は決めたよ。あの少年を助ける!」
本当なら今は星矢を助けに動く事が正解だろう。なぜなら邪魔をするだろう人達がここに集まっているからだ。
それでも美穂は名前も知らない少年を助ける事に決めた。
それは、かつての自分のような悲劇を繰り返さないためだった。
そして、あの邪悪なる女狐の城戸沙織に一泡吹かせたいという自分自身のささやかな願いのためでもあった。
「ふふ、こんな事もあろうかと覆面を用意しておいてよかったわ」
美穂はポケットから覆面を取り出すと着用する。もちろん、指紋を残さないように手袋も準備している。
これらは必要な処置だった。
美穂は別に犯罪者になりたいわけではないからだ。
星矢達を助け出すだけなら、どんな騒動を起こしても本人達が納得していれば問題ない。
邪神のような城戸沙織といえど、星矢達と美穂との関係を知っているため、彼らの合意があったと知れば何も言わないだろう。
それは、不倶戴天の敵といえる城戸沙織に対してはあまりにも奇妙な信頼感ではあったが、何故か美穂はその事に疑問を感じていなかった。
しかし、あの名も知らぬ少年に関しては別だ。
あの少年を助けるために不法侵入や器物破損などを行えば、狭量においては並ぶものなしと美穂が思っている城戸沙織は激怒するだろう。
きっと普通に警察にも通報されてしまうだろう。美穂は前科など欲しくない。
「絶対に正体はバレちゃいけないわね」
美穂がいそいそと準備をしている間にも少年を取り巻く状況は変化していた。
仮面を被った怪しい女の乱入があったのだ。
少年はなんとかその拘束を振りほどいて脱出しようとしていたが、遂には力尽きて倒れてしまう。
「よしっ、これで準備完了だわ。今行くわよ、少年!!」
少女らしいワンピース姿で覆面を着用し、両手には滑り止め付きの軍手をはめた美穂。もちろん、スカートの下はスパッツだから安心だ。
「こんな窓なんか一撃よ!!」
助走をつけてジャンプをした美穂は空高く舞い上がる。
「ミサイル・ドロップキック!!」
それは通常のドロップキックよりも遥かに高い位置から繰り出される強烈な一撃だった。
美穂の燃えあがる熱い心は一点に収束されて窓へと叩きつけられた。
“ガシャーン”
天下のグラード財団の本拠地である城戸邸の窓は本来ならバズーカ砲にすら耐えられる強度を誇っていたはずだが、美穂の一撃で呆気なく砕け散った。
きっとそれは、美穂の淡い恋心のなせる小さな奇跡だったのだろう。
――たぶん。
美穂ちゃんがフェードアウトしないように気をつけようと思っています。