「日本よ、俺は帰ってきたぞ!」
日本に到着した星矢は、城戸邸に向かう前に寄り道をする事にした。
星矢が向かう先は大好きな姉のところだ。もちろん大好きといっても星矢は別にシスコンではない。たった二人っきりの姉弟としての家族愛なのだ。
たとえ星矢がウキウキとした足取りでスキップしながら向かっていても、それは深い家族愛ゆえだから勘違いしないでやってほしい。
「やっと着いたな……ここは変わらないな」
そこは星矢がかつていた孤児院だった。そして今も愛する姉が暮らしているはずだった。
星矢は思い出す。
大好きな姉と一緒に遊んだ日々を。
大好きな姉と一緒にお風呂に入った日々を。
大好きな姉と一緒に眠った日々を。
そんな感慨深く孤児院を見つめていた星矢に、驚いたように声をかける少女がいた。
「えっ、もしかして貴方は星矢ちゃんなの!?」
振り返った星矢の前にいた少女は…
「えっと、誰だっけ?」
星矢の見知らぬ少女だった。
「ふんっ!!」
「ゴフッ!?」
少女の見事なボディブローが星矢の鳩尾に決まる。たとえ聖闘士となった星矢といえど、その内臓にまで届く衝撃には堪えるものがあった。
だが、同時にその衝撃のおかげで星矢は少女の正体を思い出した。
「こ、この重いパンチは…み、美穂ちゃんなのか?」
「うん、そうだよ。久しぶりだね、星矢ちゃん」
そう、彼女は星矢の幼馴染だった。
美穂は一目で星矢に気付いたというのに、星矢が美穂に気付くのに遅れたのは別に星矢が薄情だからではなかった。
「本当に美穂ちゃんなのか……随分と綺麗になったから気付かなかったよ」
「ふふ、星矢ちゃんはお世辞が上手くなったね」
数年ぶりに見る星矢の幼馴染は綺麗になっていた。これは決してお世辞ではない。
「お世辞なんかじゃないよ、あの野生児みたいだった小汚い美穂ちゃ『ふんっ!!』ゲフゥウウッ!?」
「うふふ、嫌だなあ。星矢ちゃんってば、会う早々そんな冗談ばかり言って」
二発目のパンチは一発目よりも遥かに堪えた。どうやら一発目は手加減してくれたのだと星矢は気付く。
「あ、あはは…そうだね。美穂ちゃんは昔と変わらず可愛いね」
「えへへ、ありがとう。星矢ちゃんも昔と変わらず…ううん、昔よりずっと格好良くなったね」
美穂はニッコリと笑顔をみせる。
なんとなく寒気を感じるその笑顔を見た星矢は、泥と埃と汗とたまに返り血で汚れていた、野生の猿みたいだった昔の美穂の姿を記憶の彼方に封印する事に決めた。
***
「くそうっ、女悪魔め! 星華姉さんを人質にするなんて、なんて卑怯な奴なんだ!」
美穂から星華が城戸邸で住込みで働いていることを聞いた星矢は激昂するが、星華自身の待遇は悪くないらしいので何とか我慢する。
星矢にとっては信じられないことだが、あの女悪魔と仲良くしており、恵まれた環境で過ごしているらしい。
「つまり天使のような星華姉さんの魅力に、女悪魔も魅了されたわけか。流石は姉さんだけど、これじゃあ、女悪魔を泣かすわけにはいかないな」
星矢が女悪魔を泣かせたら、女悪魔と友達になっている姉に怒られるだろう。
「うぐぐ、ちくしょう! 悔しいけど星華姉さんに怒られたくないから、他の仕返しを考えてやるぞ!」
星矢は考えるが、泣かせる以外の仕返しが思い浮かばない。
「星矢ちゃん、それなら怒らせたらどうかな?」
「怒らせる?」
美穂の言葉に星矢は首をかしげる。
「うん、お嬢様を泣かせたら星華さんは星矢ちゃんを叱るだろうけど、お嬢様を怒らせてもただの喧嘩だと思って、星華さんは放っておくと思うよ」
「なるほど、女の子を泣かせたら悪者っぽいけど、怒らせるなら対等に喧嘩しただけと思うわけか」
「うん、そうだよ。星華さんは(星矢ちゃんと同じで)単純だからね」
「あはは、確かに星華姉さんは単純なところがあるか……あれ、いま俺の名前が聞こえたような?」
「ううん、空耳だよ」
「そうなのか? まあいいか。それよりも女悪魔に復讐してやるぞ」
美穂の言葉に何かが引っかかる星矢だったが、それよりも女悪魔への復讐心の方が優った。
「うんうん、私から星矢ちゃんを奪ったお嬢様をギャフンと言わせてやろうね。まずは、お屋敷に火をつけようか?」
「それはやり過ぎだろ!?」
「そう? それじゃあ、お嬢様を肥溜めに突き落とすぐらいにしておく?」
美穂の言葉に青くなる星矢。
「い、いや、なんだかんだ言っても女悪魔だって女の子なんだから、それは可哀想だと思う」
美穂との心理的な距離を広げながら、星矢は“俺の姉さん以外の女は怖い生き物だな”と考え、女に対する警戒心を高める。
「とりあえず、俺は屋敷に顔を出しに行くよ」
「うん、気をつけてね。星矢ちゃん」
心配する美穂に、星矢は安心させるように笑いかける。
「あはは、今の俺は天下の聖闘士なんだぜ。たとえ、沙織お嬢様だろうと怖くないぜ」
「うん。そうだよね」
聖闘士というものがよく分からない美穂だったが、とりあえず頷いた。
「それじゃあ、城戸の爺さんから報酬を頂いてくるぜ!」
「え、星矢ちゃん、待っ……行っちゃった」
美穂が止める間もなく猛スピードで、星矢は駆けて行ってしまった。
「星矢ちゃんは城戸様が亡くなられたことを知らないんだ」
美穂はなぜか嫌な予感を感じたが、気のせいだと頭を振り、星矢が無事に戻って来たことを孤児院の仲間に告げに向かった。
次回から沙織お嬢様視点に戻ります。たぶん。