それでもいい方は第十九話をお楽しみください。
「…落ち着きなさい……あんたが取り乱したら私たちが困るわ…」
冷静な声で私を落ち着かせようと永琳が私にそう語りかける。
「……わかってるよ…!」
段々と近づいてくる紅魔館がどのような状態となっているか詳しくわかってきた。真っ赤なレンガでできていた壁や屋根が火災の際に発生した煤が表面にこびりつき、館のほとんどが真っ黒に染まってしまっている。
かなり勢いが強い火災だったらしく、他は崩れてしまったが屋根の一部の骨組みだけが残っている。
庭に降り立つといまだに炎が収まらないのか、館だった物に近づくと炎の熱を少し感じた。
「…っち……咲夜!…レミリア!!……パチュリー!!………誰かいないか!?」
私が叫ぶが崩れてそれが火種となって燃え続ける音以外返事として帰ってくる音はない。レミリアたちどころか生きている者が存在していない。
崩れた紅魔館や庭の端や噴水の近くには、紅魔館で働いていた妖精たちが真っ黒に焼けていたり、命蓮寺の人間や妖怪たちのように原型が無くなるまで潰されている。
「……っ……くそ…!」
私は呟き、それでも生きている妖精がいないか周りを見回した。
「…魔理沙さん!あそこに妖精がたくさんいます!」
大妖精が私からは死角の位置を指す。大妖精の居る位置にまで移動し、示す方向を見ると紅魔館の図書館があったあたりに妖精がたくさん群がっているのが見えた。
服装が紅魔館で妖精に配られているメイド服でなかったため、紅魔館にいる妖精でないことは一目で見分けることができた。
パチュリーの結界で紅魔館内に入ることができずにいた妖怪や妖精たちだろうか。
普段なら無視して交戦はしないが、生きている人間、妖精、妖怪がいれば群がり襲い掛かってくる奴らが意味も無くあそこに群がるわけがいない。
奴らが群がっている場所にもしかしたら紅魔館に勤めていた妖精で生き残りがいるのかもしれない。
「大妖精!永琳!…奴らを倒すぞ!」
私が言いながら数人の妖精の頭を撃ち抜き、撃ち抜いた連中を貫通したレーザーが後ろにいたほかの妖精たちのことも数人戦闘不能や行動が制限されるぐらいにまでけがを負わせる。
永琳が持っていた弓に魔力で作り出した矢をつがえ、頭の上の位置に弓矢を持ってくると、矢を引き絞りながら弓矢を胸の位置にまで持ってくる。弓が湾曲してキリキリと音を立てる。
永琳が狙いを定めて手を矢から放すと、弓が元の形に戻ろうとする物理的なエネルギーが糸を伝わって力が矢に加えられ、初速六十メートルという驚異のスピードで空を切る甲高い音を立てながら矢が射出された。
永琳の独自の技術や魔力が影響しているのか、矢はまっすぐに飛んでいたが三つに分裂し、妖精の肩や胸に当たるとそのすさまじい威力に煤と炎による炭化によって真っ黒になった壁に三人の妖精が縫い付けられた。
大妖精が瞬間移動で妖精たちに後ろから接近し、妖精たちに触れると瞬間移動をさせ、次々に瞬間移動で妖精たちが消えて行く。行先は庭の噴水に瞬間移動させたらしく、噴水の中や周りに現れた妖精たちを私と永琳で撃ち抜き、あらかた妖精たちを片付けることができた。
周りの確認は二人に任せ、私は周りの確認をろくにせずに妖精たちが集まっていた場所に近づいた。すると妖精たちが群がっていて気が付かなかったが、私の良く知る人物が倒れていて、私は何をしたらいいのか何を話したらいいのかわからなくなっていた。
「……小悪魔…っ…!」
妖精たちに襲われていたのはパチュリーの司書、小悪魔だった。
体のあちこちにひどいやけどの跡があり、かなり重量のある物が上から落ちてきて下敷きにされたのだろう。小悪魔の右腕を潰した大きな瓦礫の下で、右腕がまるで獣に踏まれたような小動物のように潰れてぐちゃぐちゃになっている。
小悪魔の二の腕から伸びている剝き出しとなった筋肉の繊維が小悪魔の腕を潰した瓦礫の下で床にこびりついている肉片につながっている。
「…う…っ…!」
私は吐き気をこらえながら手が小悪魔の血で汚れるのも構わずに小悪魔の腕につながる直径1.5センチはある赤色の筋肉の繊維を掴み、千切った。
ブチッ!
焼かれた肉などとは違い、生の肉というものはちぎれにくくて刃物がほしいものだが、あいにく私は刃物なんて気の利いたものなんか持ち合わせてはいない。力技で行くしかないだろう。
「…治療するのにこの場所じゃあ、集中できない。場所を変えましょう」
永琳がそう言いながら、今は息絶えている妖精たちを見た。
「…わかったぜ」
上向けになっている小悪魔を抱き上げていつ復活するかわからない妖精たちから一度身を隠そうとした。だが、小悪魔の背中には砕けて鋭くなった岩や折れて刺さりやすくなっていた木片がいくつも刺さっていて、一瞬だが運ぶのを躊躇してしまうほど背中の傷は酷かった。
「…何してるの?早くしないと手遅れになるわ」
永琳が手を貸してくれたおかげで二人がかりで意識がなく、ぐったりとしている小悪魔を運ぶことができた。
一度、崩れて外とつながっている外壁から外に出て、茂みの中に小悪魔を寝かせた。
永琳はすぐに右腕の傷口よりも上を手でできるだけ強く押さえ、小悪魔の出血をできるだけ抑えさせる。
私は小悪魔が生きているのかを首の頸動脈に指をあてて脈拍を確認した。
初めは拍動を感じることができず、肝を冷やしたが微弱だが心臓の拍動を感じることができた。次に呼吸をしてるか確認するために胸が上下に動くか確認すると、一応はきちんと動いていることが分かった。
しかし、油断は許されない。永遠亭で見たウサギとまではいわないが、肩やわき腹、足、腹を木片が背中側から貫通しているのだ。
永琳が右腕の二の腕をタオルできつく縛ると、いくつかの薬を取り出しながら初めに肩の怪我から治療をすることに決めたらしい。
「魔理沙、まず服を脱がしてちょうだい」
永琳が薬と薬を調合しながら私に言った。
「わ…わかったぜ」
何かをすることはないかとオロオロしている大妖精に周りを警戒してくれと頼み、私は小悪魔の煤で黒く染まり、炎の熱で一部融解している黒色と白色が混じるブラウスのボタンに手をかけ、ボタンを外した。
三つ目のボタンを外したところで不意に小悪魔に手を掴まれた。
「…へ…?」
気絶していて意識がないと思っていて驚いたが、永琳が投与した薬でも効いたのだろうとすぐにわかった。でも、もっと驚いたのは私の手を掴んでいた左手を移動させて私の首の位置にまで持ってきて、声帯が潰れるのではないかと思うほどの握力で握りつぶしてこようとする。
おそらく、私の赤い瞳を見て勘違いをしているのだろう。
「こ……小悪魔…!!…」
喉笛が潰されそうになった私は小悪魔の服から手を放し、私の首を絞める小悪魔の手に触れた。
「…小…悪魔……!……私…だ…っ…!」
私が呟くと、ようやく私がおかしくなっていない者だと気が付くとゆっくりと手から力を抜き、手を放してくれた。
「げほっ…!」
私はせきこむが、今ので力尽きて糸の切れた人形のようにぐったりとしている小悪魔の治療に戻ることにした。
「……まずいわね……小悪魔の傷が深すぎる…!」
永遠亭で私たちが見たウサギの治療すらできた永琳の薬でも治らない怪我というと、相当重症な怪我だということだろう。
「…おい……何とかならないのか!?」
私が永琳に掴みかかるが、永琳は歯噛みして悔しそうに死人のように真っ青な顔色の小悪魔を見下ろして呟く。
「……こればっかりはどうしようもない……再生能力を促進させても…もう小悪魔の体がもたないのよ……もう少し早ければ…わからなかったけど……もう…」
永琳が悔しそうに薬が入ってる瓶をギュッと握りしめて呟いた。
「…嘘だろ……」
私は体から力が抜けるのを感じた。知り合い一人助けることができなかった。こんな私に異変を解決して霊夢を助けることなんてできやしない。自分の無力さに腹が立つ。
「……残念だけど……私たちにできることと言ったら…小悪魔をこれ以上苦しませないことぐらいしかない…」
永琳の言葉が意味すること、説明しなくてもわかる。大妖精がそんなと呟き声を漏らした。
「…う……ぐっ…」
永琳が飲ませた薬が多少効いて体が少し治ったのか、小悪魔がうめき声を上げた。
助けるための薬が小悪魔の命を繋ぎ、それが逆に最終的には死んでしまう小悪魔を最後まで苦しめてしまうものとなるとは、皮肉なものだ。
「…魔理沙、大妖精を連れて行ってあげて……あなたはこれを見なくてもいい」
永琳が薬と薬を調合しながら呟く。
「……いや…永琳が大妖精を連れていけ…」
私は立ち上がり、小悪魔に震える手を向けて唇を動かして呟いた。
「……私がやる」
魔力を手先に集めようとしたとき、私は自分の手が目に入った。
私は何をしているんだ。助ける方法なら……あるじゃあないか。
この血の能力が他人にも効くかはわからないが、このまま何もせずに小悪魔を見殺しにするなら試す価値はあるはずだ。
しかし、自分の指をかみ切るという自傷行為は下手をすれば他人に攻撃されるよりも痛いものだろう。だが、私に選択の余地はない。
さっきも言ったが、私は刃物なんて気の利いた物なんて持っていない。だから自分の小悪魔にかざしていた右手の親指を口元に運んだ。あの”彼女”がしていたように私は右手の親指に噛みついた。
「…ま…魔理沙っ!?」
事情を知らない永琳と大妖精が驚きやめろと私の行為をやめさせようとした。
「~~~~っ!!」
きちんと噛み切れなかった私はさらに力を入れて指をかんだ。
ガリッ!!
咬筋にどれだけ力を込めていいかわからず、思いっきり噛むと歯が皮膚とその下にある皮下組織も引き裂いた。
「…っ……!!」
手が痛くて、痺れて激痛に涙が出そうになるが、口元から指を出すとちょうど皮膚の下から血が滲んできているのが見えた。
「魔理沙!?あなたいったい何をしているの!?そんな意味のないことをして何になるっていうの!?」
私の自傷行為が自分を責めて自暴自棄になっているように見えているのだろう。永琳が私の肩を掴むが、私はそれを振り払った。
「…小悪魔を…助けるためだ」
上向けで寝ている小悪魔の口に親指をねじ込んだ。
「…………っ…!!」
小悪魔がさっきとは違い、弱々しすぎる抵抗を私に見せる。本当に死んでしまいそうだというのが何となく伝わってくる。早くしなければならないだろう。
「止めなさい魔理沙!…小悪魔を殺す気…!?」
永琳が私の腕を掴んでくるが、私は唾液と吐血でヌルッと湿っている小悪魔の舌に血を塗り付ける。
「……二人とも、今回だけは……私を信じてくれ…」
私がそう呟くと永琳は何かを言いたげだったが、自分には手に負えないというのを理解しているため引き下がり、さっきの会話を聞いていたのだろう。わずかな望みをかけて小悪魔が弱々しくうなづくと私の血液を嚥下した。
「…っ……」
液状のものを少量飲み込むのすらつらいのか、小悪魔は眉間にしわを寄せやっとのことで飲み込んだ。
「…魔理沙……あなたが意味のないことをするとは思えない……だから説明してほしいの、いったい何をしたの?」
永琳がそう呟く。
「…小悪魔を見てりゃあわかるぜ」
私が言いながら小悪魔を見下ろすと、既に変化が見え始めていた。
「…え…?」
永琳も大妖精も驚きのあまり呟く。
それもそうだろう。小悪魔が見たこともないような速度で腕の再生が始まったのだ。
小悪魔を仰向けに寝かせて、肩に深々と突き刺さっている木片を力任せに引き抜くと、すぐに再生が始まり、体内に残された木片が体外に押し出されて完全に肩の傷は完治する。
「……全部引き抜くぞ」
私は言いながら腰に刺さっている岩の破片を引き抜いた。
全ての木片などを取り除いたころになると小悪魔の潰された右腕は完璧に再生しており、永琳はその光景に絶句している。
「魔理沙……あなたいったい何をしたの……?」
永琳が何が起こったかわからないらしく、説明を求めた。
「…話すと長くなるぜ」
私がそう伝えると、永琳は何か言いたげだったが後で聞くということだろう。今はすんなりと引き下がる。
「……小悪魔…大丈夫か?」
地面に倒れた小悪魔に聞くとうっすらと目を開けて囁くようにして小悪魔が言った。
「…大丈夫……です……」
顔色がよくなり、呼吸や脈拍も安定してきた小悪魔を見て私たちは安堵の息を漏らした。
たぶん明日も投稿すると思います。
その時はよろしくお願いします。