わりと好き勝手な物語なのでそれでもよい方は第十七話をお楽しみください。
小石と水気の多い土、他にも落ちた落ち葉や生き物の死骸が長い年月をかけて土に返ってごちゃごちゃに混ざった地面の土を踏みしめて私たちは歩く。
私と大妖精を囲み、案内のために先導するウサギたちは迷いの竹林をすいすいと歩いて行く。このウサギたちの統率を取る地上にいるウサギのボス的なポジションにいるてゐや銀髪で真っ赤なモンペのズボンをはいた藤原妹紅などでないと迷ってしまうと聞く、でも先導するウサギたちが迷っている気配はない。おそらくウサギたちにしかわからない印のようなものが迷いの竹林内にたくさん設置してあるのだろう。
私は黙って正面を歩く二人のウサギを見つめた。
「……私たちを監視するのにこんなに人員を割いてよかったのか?」
私が聞くと、後ろを歩いていたウサギが正面のウサギの代わりに質問に答えた。
「大丈夫、この場所にいるのは一部だから十数人がいなくなってもカバーしあえるからね…」
「…ふーん、そうか……それで、異変が始まってからも永琳は元気にしてるか?」
「…うん」
ウサギがうなずいて少しだけ歩を早めた。
「……そうか」
私は呟き前方を見ると少しずつ道や竹林の中が手入れされたものが多くなってきて歩きやすくなってくる。竹などに視界をある程度遮られるが、永遠亭を囲う壁が見え始める。永遠亭の庭に入るための唯一の入り口の門の前には、竹やりを持ったウサギが永遠亭の入り口付近や屋根の上に立っていて、周りを警戒している。
「……ずいぶんと厳重のようだな………まあ、当たり前か」
二日にわたってこんなことが続いていて、警備をしているウサギたちや見回りなどをしているウサギたちに色濃い疲れが見える。
門の警備をしているウサギの横を通って永遠亭を囲う高い壁の唯一の出入り口である門をくぐった。
「…ここで待ってて、あなたに会うかどうかは永琳様が決めるので…」
永遠亭に入るための扉の前でウサギは立ち止まり、そのウサギがそう私に告げて扉を開けて自分だけ永遠亭の中に体を滑り込ませると、早々に扉を閉めて永遠亭の奥に歩いて行く音が聞こえた。
「信用されてないなあ。まあいつもの生活態度なら当たり前か」
私が独り言を言ったとき、大妖精が私に語り掛けてきた。
「……私たちに会ってくれると思いますか?…魔理沙さん」
大妖精が横や後ろに立つ武器を持ったウサギにビビりながら呟いた。
「…こんな状況だ……素直に会ってくれると嬉しいぜ………わざわざ忍び込まなくても済むからな…」
そうやって話していると、さっき永遠亭に入っていったウサギが玄関のスライド式の扉を開けて出てきた。
「永琳様はお会いになるそうです……護衛は常につきますがよろしいですね?」
「構わないぜ、永琳の居る場所に早く案内してくれ」
私がそう伝えると永遠亭から出てきたウサギが案内をするために後ろを向き、ついてきてとだけ言って永遠亭の中にまた入っていた。
私と大妖精が中に入ると、武器を持った三人ほどのウサギがまだ警戒した状態で後ろからついてくる。
しばらく廊下を歩くと、いつも人や妖怪が診断を待っていた広い待合室が右手に見えた。今は人ひとりっ子おらず、病室に収まらなかったケガをしたウサギが部屋の半分ほどを占領しているのが見える。強い消毒液の匂いや強烈なアルコールの匂いでも消えることのない強い鉄の、血の香りが漂っている。
「……失礼します」
更にしばらく進むと私も何度かお世話になったことがある永琳の診察室のドアが見え始め、そこのドアをウサギが軽く二回ノックした。
「……入っていいわよ」
永琳の静かだが、切羽詰まったような声が鉄製のドア越しに聞こえる。
ガラリとスライド式の鉄の扉をウサギが開けると、診察台の上に血まみれのウサギが寝かせられて、治療を施されている最中だ。
「……何の用?今は凄く忙しいのだけど…」
永琳が片手で机に置かれたカルテに何かを書き込みながら、時間の経過とともに血の気が失せて少しずつ青白くなっていくウサギに薬を塗り、私たちにちらりと視線を向けて言った。
その治療を受けているウサギは全身ボロボロで生きているのが不思議だと言える。それほどの重体の怪我を負っている。切り裂かれた腹からこぼれ出る出血で赤く染まる小腸を助手のウサギが数人がかりでひきつった顔で治療中のウサギの体の中に戻している。
「…か……ぁ……っ!」
痛みで意識を失いかけているウサギの潰されて引き裂かれて空洞となってしまっている右目から目の組織と一緒に赤黒い血液がドロリととどまることができずに流れ出てきている。
「…う……っ…!」
流石に直視することのできないウサギの怪我に、私は目を背けた。
「……聞きたいことがあるから、後で聞かせてもらう……外で待ってるから治療が終わったら来てくれ」
一刻を争う治療の状況で、永琳が治療に集中できないような質問をしてしまい、ウサギが死んでしまっても私は責任を取ることはできない。だから、質問は後にしよう。
「…わかったわ」
永琳はそう言いながら包帯を取り出し、薬を塗った傷口に止血と癒着をサポートするために包帯を少し強めに巻き付ける。
つぶされて引き裂かれているウサギの眼球の治療に移ろうとしたところで、私は診察室から廊下に出て扉を閉めた。
「……」
もっとショッキングなものを見てきて多少なら耐性が付いてると思っていいたが、やはりああいったものは何回見ても慣れることはない。
「……」
口元を押さえて真っ青な顔になっていく大妖精の肩をポンと叩き、待合室の空いている席に二人で座って私も大妖精と一緒に気分を落ち着かせた。
「…大丈夫か?」
私が大妖精の背中をさすりながら聞くと、大妖精がぽつりと話し始める。
「……命蓮寺とかで、原形をとどめていないような死体なんかも見てきましたけど……やっぱりこういうのは、慣れる物じゃあないですね……」
こみあげてくる吐き気を何とか噛み砕いて押し殺しているのか、実にゆっくりと大妖精が呟いた。
「……だな……でも、それでいいんだ…大妖精が正しいよ……こんな異常な状態でも、死体やそれらに近いものに見慣れちゃあいけないぜ?」
私がそう言うと大妖精が顔を少し上げてこちらを見上げながら不思議そうにつぶやく。
「……なぜですか?早く慣れた方が楽じゃあないですか…?」
「…確かにな…この状況に早く慣れればそれだけ楽にもなれるだろう。…でも、誰かが死んでも悲しくなれないということはそれだけ心を失ってしまったということだ…。……。まあ、死んでも生き返ったり…人間を食いもんにしてたり仲間同士で殺し合いをすることもある妖怪とかにはぴんと来ないかもしれないけどな…」
「そんなことないですよ…それに私は妖精です……私にだってわかることだってありますよ」
私が言ったことについて反論もあったらしいが、大妖精は確かにそうですねととりあえずうなづいた。
「……まあ、合計で言えばお前の方が長生きしてるわけだしな」
「そうですよ!年上は敬わないとだめですからね!!」
私はそう言って冗談ぽく笑う大妖精を見ていて、急に思いついた疑問を投げかけることにした。
「…なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが……いいか?」
「…ん?……どうしたんですか?」
伝えることを一度整理して私は大妖精に聞きたいことを聞いた。
「…おまえたち妖精は……なんで死んでも生き返ることができるんだ?」
「……。私たちが死んでも生き返れる理由……ですか…」
妖精は生き返れるというのが普通だと考えていたため、今まで気にも留めていないようなことだった。
しかし、彼と呼ばれる神、アトラスやまるで地獄の番犬ケロベロスのようなアトモス君の存在というものを知り、妖精の生き返れるというシステムに疑問が浮上した。彼らという存在がいて、死んだ存在を適当に扱うわけがない。そのため、私たちが知らないなにかカラクリがあるのだろう。
「……言いにくいんですけど……実のところを言うと…私も知らないんですよね…」
大妖精が申し訳なさそうな表情で頬をポリポリと人差し指でかいた。
「…え?…知らないのか…?」
「…はい……いつからそうなっていたか、初めからそうだったのか……全く覚えていないんですよね……たぶん…昔のことで忘れてしまったんだと思います」
大妖精が何かを思い出したいのか、人差し指を額に押し付けながら考え込む。
「…まあ、いくら重要なことだとしても数百年も前のことなら、忘れちまっても仕方ねぇよな」
私は言い、首をコキコキと鳴らした。
「…力になることができなくてすみません……」
なんだか大妖精が落ち込んだようにつぶやく。
「…大丈夫だよ、別にたいしたようじゃない」
「……私には、たいしたようなのかしら?」
いつの間にか診察室から出てきていた永琳がそう私に呟いた。
たぶん、三日から五日後に投稿します。
その時はよろしくお願いします。