Vengeance For Pain   作:てんぞー

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影に鬼は鳴く - 8

 選んだ選択肢は横へと飛ぶ事であり、同時に横を蹴るという事だった。ブーツの裏から感じる感触は人の体の物であり、此方も回避しながらの動作であったため、出だしが遅くなったのが影響して威力はそこまで乗っていない。だがそれでも、ブーツの裏を同じく足で蹴り止めた姿は見えた。それは学ラン姿の青年の姿だった。片手にはナイフを握っており、式の様に、その目を爛々と輝かせている。

 

「しっ!」

 

「おっと」

 

 ほぼ同時に回避動作をとっていた式が青年に向けてナイフを振るい、青年が蹴りの反動を利用して天井へと跳躍、それを足場に蜘蛛の様に跳ねまわる。その瞬間、霧を纏いながらジャック・ザ・リッパーが二刀のナイフを逆手に握って真っ直ぐ、此方へと飛び込んでくる。凄まじい殺意は此方の存在を否定するような威圧感を持っており、本来であれば真っ先に女性を狙うはずが、此方を絶対に殺すという意思を感じさせた。だからその姿に斧を片手で握り、もう片手で指先を突きつけながら、下がる様に回避動作に入る。

 

「どうした? 怒ったのか? 解らないフリをしてキレるのは止めろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だろう?」

 

 ナイフが交差する様に振るわれる。それをしゃがみながら回避しつつ、左手でジャックの顔面を掴んだ。冷静に、冷徹な殺人鬼として隠れながら逃げ回り、奇襲と不意打ちに特化した戦い方をされるなら脅威だ。だがその体は子供の体で、大人と比べればリーチ、強度、速度の全てが違う。()()()()()()()()()()()()()()なのだ。それでいて此方の肉体は再構成の際にある程度、肉質やバランスを理想的なものに作り替えている。つまり、純粋に人という形として上回っている。だから後は戦い方とその心次第。

 

「―――さようなら」

 

 冷静じゃない状態で襲い掛かってきても、カモなだけだ。顔面を片手で押さえつけながら斧を振り落とすところ、正面から割り込んでくるように放たれるものが見えた。

 

 ―――弾丸だった。

 

 舌打ちしながらジャックを解放、蹴り飛ばしながら弾丸を回避する。蹴り飛ばしたジャックの姿めがけて斧を投擲すれば、ナイフが閃くのが見えた。ジャックのではなく、先ほどの学ランの青年のだ。青年のナイフが斧を紙屑の様に解体するのを見て、それが直死の魔眼の効果によるものだと理解出来た。直後、殺しに式が背後へと潜り込み、姿勢を低くしながら半円に斬撃を繰り出し、それを曲芸の様な跳躍で青年が回避する。

 

「お前はサーカス出身かなにかかっ!」

 

「悪いね。それにそこのお兄さん、言霊を使って言葉攻めとは中々趣味が悪いんじゃないかな」

 

「可愛い子程虐めたくなる性格をしていてね、すまんな」

 

 ジャックは見た目も精神も子供だからこそ取れる手段だが―――腐ってもサーヴァント、一度引いて落ち着く時間が出来れば冷静に考え始める。今の一合で殺しておきたかったな、と思いつつ後ろへと数度、逃げる様に跳躍する。直後、立っていた位置に弾丸が突き刺さり、跳弾する。跳ね返りながら此方へと向かってきた弾丸に触れる事なく、紙一重で回避する。

 

「起源弾……面倒なものを持ち出してきたものね。カルデア製のサーヴァントに対しては無意味だけど、生身の肉体である貴方に対してはこれ以上ない毒よ」

 

「知ってる」

 

『おやぁ? どうしたんですかシロウ? 苦々しそうな表情を浮かべてしまってどうしてるんですか? ん? 何か思い入れでもあるんですか? ん? 口を開けないと解りませんよぉー? んー?』

 

『この騎士王クッソウザイ』

 

 霧の中に狙撃手を隠しながらそれに紛れる暗殺者二人―――距離を作った瞬間にジャックも青年も姿を消した。それを察して式がバックステップを取り、横に並んできた。ナイフを逆手に構えると、クラウチングスタートの様な姿勢を取った。

 

「奥の奴が面倒だな。俺が行って殺ってくる―――って言いたい所だけど、確実に罠だろ」

 

「流石にこんな閉鎖空間で狙撃手を用意しておいて、伏せ札が無い訳ねぇだろうかな。近代兵器で射撃してきたって事は近代式のワイヤートラップ、クレイモア、後はそれに魔術地雷と範囲爆破が伏せてあると見た」

 

「飛び込むにはちと面倒だな―――こういう時は」

 

薙ぎ払うに限る(ブラフマーストラ)

 

 何を仕掛けていようが、それを巻きこむ様に纏めて吹き飛ばしてしまえば意味はない。そう判断し、相手がアクションを見せる前に大戦斧へと武器を切り替えながら、マントラを息の下で一瞬で唱え、力の放出先を指定する。必要以上の破壊が発生しないようにオガワハイムへと広がらないように、力を調整し、息を吐きながら一瞬で大戦斧を振り下ろした。その瞬間、衝撃と爆裂が床を伝いながら一直線に破壊となって道にある全てを飲み込みながら破壊して行く。その先で、霧さえも蒸発して行く先で、見える。

 

 ()()()()()

 

「―――違う、こっちを誘ったか!」

 

「遅いわ」

 

 梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)に巻き込まれ、融解した扉の向こう側―――進路に飲まれなかった扉の向こう側、部屋から飛び出てくる白い少女の姿が見え、彼女が光球を浮かべ、そこに閉じ込められる自分と式の姿を幻視した。飛び出した少女はそれを胸に抱き、微笑んだ。

 

「私の世界へようこそ―――」

 

 世界が一瞬で鏡の様な氷に囲まれた氷原に変貌しようとして、それを息を吐いて元の廊下の姿へと戻した。

 

「だがここは現実、夢は寝てから見る(≪咎人の悟り:精神耐性≫)

 

「くっ、なんて無様……!」

 

「嘘、通じてない!?」

 

 夢幻の氷原が一瞬で瓦解する。それと共に少女の背後に出現するジャック、青年―――そして長銃を片手に握った、髪を下ろし、やや若くしたようなエミヤの姿を見た。カルデアからの通信で吐血するような声を聴きつつも、相手が詰みに持って行く手段に精神攻撃を選んだ事を感謝する。そうでなければ今の所でカウンターを食らって全滅していたかもしれない……慢心は出来ないな、そう思いながら再び、まとまった集団へと向かって斧を振り下ろし、爆裂を発生させた。

 

「無意―――」

 

「―――かどうかはお前の死で確かめろ」

 

 青年がナイフの一線で梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を殺した。だがそれを隠れ蓑に既に式が接近していた。一気に飛び込む式に対して若エミヤが後ろへと下がり、刀剣を生み出しながら退避するのと同時に、対応する様にジャックが飛び込み、迷う事無く白い少女を殺そうとした式を、青年が庇った。その片腕が切断され、返しの刃で胸元がざっくりと死滅した。そこでジャックの攻撃を受け止め、編み上げブーツで青年と少女を纏めて蹴り飛ばしながら中段で跳躍し、弾丸を回避する。

 

 それに合わせ、此方も取り出した弓に雷霆の矢を回転しながら装填し、一瞬で放った。雷速で放たれた矢が弾丸と衝突し、弾丸を飲み込んで焦がしながら一直線に進む。ジャックの背後を抜けて真っ直ぐ、若エミヤの姿を捉えようと進み、しかし結界の様に阻む剣に衝突し、散った。

 

「一発でダメなら死ぬまでやりゃあいい、ってだけなもんさ」

 

「チ―――」

 

 主義主張の理解、対話なんてするつもりはない。敵は敵として殺す―――立香がいれば絶対にできないやり口であるだけに、そして彼がいないからこそ選べる選択肢なだけに、理解の努力を完全に放棄し、殺す為に矢を一気に三本放った。壁を蹴り、床を蹴り、天井を蹴って三次元的に動き回る式とそして再び霧を纏いだしたジャック、二人の戦場を横切る様に弾丸と剣群と雷矢の連発が衝突する。衝突の度に発生する爆風と雷塵が纏われ始めるジャックの霧を散らし、彼女を完全に霧に隠す事を許さない。

 

四呼吸後、殺れるぞ(≪咎人の悟り≫)

 

「あいよ、んじゃあ終わらせますかねっ!」

 

 剣群と雷矢の連弾が爆裂を戦場の各所で生み出しながら破壊を巻き起こし、徐々に粉塵が舞い上がって行く。その中、一気に自分も飛び込んで行く。武器を弓から斧へと替え、敏捷をチャクラの解放で一時的に強化し、青年や式の動きを此方の技術で模倣、再現し、三次元的に廊下を跳ねるよう、滑るようにバラバラに動く。それは射撃武器という攻撃手段を一気に制限する動きであり、面制圧による動きを誘うものだ。それを相手も理解しているが―――ジャックを巻き込んでしまう為、動けない。

 

「そう、それがどんなものであれ、子供は巻きこめない。捻くれて、歪んでも善性をどこか捨てきれていないんだよ、お前は。どうせこの場限りの夢なんだから遠慮なくやればいいのにな―――」

 

『シロウが吐血した!』

 

 身内へのダメージが高い戦いだ……! と思いながらも、ジャックを巻き込まない為に一瞬だけ、若エミヤの動きが停止した。その瞬間、式とジャックの戦場に突入した。片手斧をジャックの方へと向けて軽く放り投げながら通り過ぎて行く。その動きに一瞬、ジャックが意識を向けた。その呼吸の合間を雲曜の如く式が切り込んだ。

 

「視えた」

 

 次の瞬間にはジャックが解体された。そして前衛を失った若エミヤでは、

 

「ここまでだ」

 

 諦めた様な声と共に、頭から股までを斧で真っ二つにし、その姿を消滅させた。中々厄介な組み合わせだった。女性特攻のジャック、魔術師殺しの若エミヤ、直死持ちのアサシン、そして精神攻撃持ちの少女。正直な話、今まで戦ってきたサーヴァントとしては一番殺意の高い組み合わせだったと思う。これが大半のサーヴァントであればまず精神攻撃部分でアウトで、それが通じないのなら直死で殺す。魔術師が前に出るようであれば暗殺、と非常にクソみたいな殺意の高い組み合わせだった。

 

「……マスターがいないのと、俺に精神攻撃が通じず、アサシンの動きに反応できるレベルの技術があるのが救いだったな」

 

「ま、なんでもいいさ。とりあえず、そっちをどうするか、って事だな」

 

 式が生き残った青年と、そしてそれを介抱しようとする少女へとナイフを向け、それに合わせ此方も大戦斧へと切り替え、一回勢いよく床に叩き付けてからそれを肩に担ぎなおした。それを見たせいか、白い少女は完全に動きを停止させていた。なんら抵抗を見せない辺り、実力を悟っているのか、或いは精神攻撃ばかりで肉体的な攻撃手段はあまりないのかもしれない。

 

『あそこにお前さん追加すれば完全に暴力団の現場だよな』

 

『あぁ、確かにキャスターってヤクザの若頭か、参謀って感じの雰囲気あるよな』

 

『ロードやめてヤクザになってみますかキャスター。ロードヤクザエルメロイ2世。ビッグベンヤクザスター。えぇ、ぴったりですねぇ……』

 

『今から貴様らを石兵八陣に死ぬまで閉じ込めようと思うが、異論はないな? これぞ大軍師の究極陣地……!』

 

「ほんとカルデアは楽しそうで羨ましいわね」

 

「フォウ……」

 

 またあいつら共食いしてる……。自分もカルデアの方に残って共食いに参加したかったなぁ、と思いつつも、残された青年と少女のコンビへと視線を向けなおし、

 

「これからお前には二択が用意される」

 

「尋問か、拷問の違いだけどな」

 

「好きな方を選ぶといいわよ? 答え次第では生き残れるからね」

 

「催眠導入をしやすくする為に何度か姿を見せたのに無効って何よ、無効ってぇー……」

 

 今の()はマーラさえも殴り飛ばせるぞ、とサムズアップを向ける。一応こんな性格をしている上に悟りへと向かって中指を立てながら唾を吐いてファックというような所業しか行っていない訳だが、それでも覚者は覚者―――精神干渉の類は一切通じないのである。故に誘惑、破壊、干渉、変化、その類で勝負を仕掛ける時点で敗北が決定している。根源に溶けてもなお根性で復帰した魔人を舐めるなよ、と言いたい。

 

 で、と言葉を置く。

 

「死ぬ? 吐く? どっちにする? ちなみに黙ってたら普通に情報なしで先に進む」

 

「選択肢が無いじゃない!!」

 

「選択させるつもりがないからな」

 

 にっこり、と笑みを浮かべた式はしかし、威圧感たっぷりの姿を見せていた。それを受けて少女は動きを停止すると、仕方がないわねぇ、と言葉を置いた。

 

「―――一時間だけ頂戴。そうしたら屋上までの最短ルートを案内するわ。ここ、隠し通路とかがあって、それを通れば数階飛ばして進めるのよ」

 

「一時間?」

 

「えぇ、大丈夫よ、逃げる訳じゃないわ」

 

 白い少女は視線を此方から青年へと向け、そして此方へと戻した。

 

「動けないなら丁度いいし、既成事実でも作ればいい加減ふらふらと歩き回らないんじゃないかなぁ、って」

 

 その言葉に介抱途中の青年の動きが停止する。肉体が霊子で構成されているからか、血を流さず、まだ生き残っていた。しかし白い少女の言葉に青年は固まり、沈黙し、そして正気に戻ったような表情を浮かべるが、次の瞬間には無事な両足を凍らされ、そのままずるずると少女に適当な部屋へと引きずられて行った。

 

「……はっ? いや、待て、レン、お前は何を言って」

 

「じゃあ一時間後な」

 

「少しオーバーしても待ってるからな」

 

「頑張ってー」

 

フォウフォーウ(行ってらっしゃーい)

 

 アレも本来のあり方とは違うんだけど、面白いからいっかー、と適当に思いつつ、そそくさとその場を離れ、一時間ほど、時間を潰す事にする。ここにいる限り、どうあがいても100%なシリアスは期待出来ないなぁ、と無秩序なこのマンションの法則性を見出しながら、溜息を吐いた。




 ジャック+七夜&レン+若エミヤ。奇襲、暗殺、特攻、直死、魔術師殺しという殺意の包囲網。精神耐性がないと確実に詰みになるという包囲網。

 という訳で逆レゴールインを横目に、新たなツアーガイドを雇って目指せ、屋上。ここにまともな奴はいないからな!!! ほんと救えないな! 特に七夜! お前だよ!

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