「管理人室……」
「ここの? ここの管理人か? またしょっぱなからろくでもない所を引いたな」
管理人室と書かれた表札のある扉―――正直、開けていいのかどうか、判断し辛い。とはいえ、逃げる事だけは出来ないのだから、絶対に開けなきゃいけないのだ。なんだかもう、激しくめんどくさいなぁ、なんて事を思いつつあると、式が溜息を吐いた。
「調べなきゃいけないんだ。開けるぞ」
「……おう」
そう言うと式が意を決し、扉に手をかけた。どうやら今度は鍵がかかっていなかったらしく、あっさりと扉が開いた。武器を片手に、警戒しながら二人で扉を潜り抜ければ、直ぐにその奥にあるリビングの姿が見えて来た。だがその光景は予想していたものとはまるで違った。
―――炬燵だった。
「む、どうやら客人の様だ」
「その様ですね」
炬燵に潜り込み、鍋を挟み込む姿が見えた。片方は金髪の男であり、眼を閉じているがそれでもものが見えているのか、マント姿という明らかに似合っていない姿ながら箸で鍋の中身を突いていた。その反対側に座っているのは―――服装では見た事がある。アトラス院の服装だ。長い紫髪を束ねて伸ばしている女だが、座っている人物たちは両方共、濃い血液の匂いを漂わせていた。良く見れば鍋も赤い。キムチ鍋かと最初は思ったが、血液の鍋だったらしい。余りいい匂いではないので、軽く鼻を抑える。
「ようこそ客人よ、このオガワハイム。私が管理人であったズェピア、ただのズェピアだ。本来であればもっと何らかのパーソナリティが付与されている所だが、リソースが勿体ないという理由で色々と剥奪されてしまい、今ではこうやって管理人室で血鍋をつつくただの吸血鬼だ」
「そして私が吸血鬼シオン。シオンという人物が完全な吸血鬼となってしまったIFで、本来は中ボス辺りで配置される予定でしたが、毎度毎度吸血鬼をボスに配置するのって正直どうなの? 飽きられません? って理由でこんなどうでもいい所へと回されました。それはそれとしてズェピア、そのきりたんぽ取ってくれませんか? いい感じに汁を吸ってると思うんですけど」
「ならば其方の大根と交換だ。あと白菜も幾つかつけて貰おう」
三人で横並びになりながら、吸血鬼が普通に鍋を食べている景色を眺めていた。えぇ、と声を漏らしながら欠片も食欲の湧かない食事風景を眺めていると、ズェピアが小さなお椀を持ち上げ、
「―――食べるかね?」
「喰えるように見える?」
「……そうか」
なぜそこで残念そうにするの? ツッコミどころだらけだった。なんというか、もう、本当にツッコミどころしかなかった。両手で静かに顔を隠し、もうこれ、本当に帰ってもいいんじゃないかなぁ、と思い始めているとまぁまぁ、と声を向けられた。良いから座りたまえ、とも。その声に従いならがら渋々と炬燵に参加する。軽く現在の精神性を看破するが、敵対する意思はないらしい。というか早く死にたいとさえ感じる。これは一体どういう事だろうか。
炬燵に入りながら腿の上にフォウを乗せて、その背中を撫でながらで、と声を漏らす。
「なにこれ」
「鍋だが?」
「美味しいですよ―――吸血種限定ですが」
「生きた人間にんなもん勧めるなよ―――カルデアのエリちゃんはステイな。んな事よりもさっさと話を終わらせてくれ。ロクな事が起こりそうにないからさっさと帰りたいんだよ」
その言葉にズェピアはうむ、まぁ、と声を置き。
「端的に言うと―――元々は私が黒幕だった」
「
あぁ、とズェピアがカニの足を食べながら頷く。なんか見ているだけで凄い残念だからお前、喰うのやめろよと言いたい。
「魔術王より聖杯を受け取った私は条件さえ整えば簡単に出現する事が出来るからね。それで私も私の方で目的はある。聖杯というブースターを得た状態であるなら第六法へと挑み、今度こそ人類の未来を確約する方法を見つけ出せるのかと思いつつ、対価としてこのマンションを一つの舞台劇の場所として調整を開始した。無論、クライアントの要望通り英霊の暗黒面を引きずり出す、傷痕を晒すような舞台を作り上げたものだ。君もここまでに来たのなら見た筈だ」
弓塚や、あの残念同盟の事だろう。
「英霊であれ、人であれ、生きていればそれなりに胸に秘める思いがある。それは大半が醜く、そして他人に見せる事の出来ない感情であったり、事実だったりする。或いは自ら直視する事を恐れてしまいこんでしまった感情であったり、とかね。私はそれを劇として演出に使えそうなレベルに引き出しつつ調整を行っていて、まぁ、様々な英霊や記録にある存在を呼び出し、キャスティングを行っていた訳だ」
「話が長い」
「じゃあそこの作家気取りの代わりに簡潔に答えますが、ぶっちゃけ制御不能なものを呼び出したせいで逆に舞台を乗っ取られちゃったんですよ。一階にいるのは余りとか、気に入らなかったのとか、こう、素材の端数的なアレですよ」
「シオン? ここは私が説明をする番ではなかったのかね?」
「その無駄に長くて眠くなる喋り方をしていると折角のお客さんなのに途中で帰っちゃいますよ。ほら、乗っ取られたせいで私達もそれなりに残念になってるんですから」
「ふむ、それもそうだね」
「……頭が痛いぞ里見」
「奇遇だな、俺もだ」
『あー……二人には悪いけどその部屋から、というか目の前から聖杯の反応がするんだけど……』
視線を炬燵の上、その中央にある鍋へと向けた。鍋の具材を浮かべているその入れ物、多少変形しているが、黄金の輝くそのデザイン、感じる魔力に関してはなんというか、凄まじく見覚えや感じ覚えがある。一回だけ指で目を揉んでから視線を鍋へと向けて、鍋の代わりに変形させられた聖杯が使用されているのを今度こそ、ちゃんと認識する事に成功した。流石に聖杯がこんな使われ方をするのは想像したくなかったなぁ、なんて事を思いながら鍋を見ていると、
「―――あ、食べます?」
「―――聖杯回収したしもう帰らない? ダメ? マジで?」
『屋上にこの惨事を引き起こした下手人がいるというのだ。それを確認するまでは戻れない……というのが所長代理の言葉だ。ちなみに当の本人は糖分補給で一旦席を離れている為、代わりに
まだまだ、このクソみたいな特異点は続くらしい―――とはいえ、ズェピアとシオンのコンビから色々と情報が手に入ったので、そこまで深く調査する必要はなくなった。
まず最初にこの特異点を作成したのが魔術王であり、その特異点の形成の中でタタリという現象を引き起こしてワラキアの夜―――つまりはズェピアを作成した。彼の手元に聖杯が届くようにして、その聖杯を使ってこのオガワハイムに地獄の再現を行う様に命令を下した。それを受けつつもズェピアは趣味に走り、彼の感性に合わせた舞台として構築を始めた。それは普段は隠されている人間性を表層へと引きずり出すという悪趣味極まりないものだった。弓塚の場合は恋慕であり、あの同盟の場合はそれぞれの一番強い感情を増幅させ、他にも七罪になぞらえた暴走英霊が待ち受けていたらしい。
一つの部屋に一つの物語を。まるで物語を読んで行くような気軽な地獄。そういうデザインをズェピアは予定していた。そしてその最中にズェピアは第六法へと挑むための手駒を作成しようとして―――失敗、叛逆されて逆に舞台を奪われて、この無秩序に怨念渦巻くマンションへと変質させられたらしい。まだ一階はズェピアのモデルらしいが、二階からはもっと、
以上、鍋食ってる吸血鬼二人を惨殺する事によって得た情報だった。残念な話だが、ズェピアとシオンが元黒幕であった以上、屋上のラスボスを排除した後でまた動き出さないとも限らない。若干鍋臭いが、聖杯だって回収する必要はある。とはいえ、二人は既に完全にやる気をなくしていた様子を見ると、反抗する事さえ考えるのが億劫になるような相手が出て来てしまったのだろうが。それがどうか、水晶峡谷に引きこもっている蜘蛛のような奴じゃない事を祈る。
「まぁ、ここから上はさっきみたいなめんどくさいのは減るんだろ? ああいうめんどくささのない、戦うだけだったらいくらでも大歓迎だ」
「まぁ、言いたい事は解る。一号室や二号室みたいなめんどくささはほんと勘弁して欲しい」
そう言いながら手の中にある鍵―――管理人室から強奪したマスターキーを式に投げる。それを受け取った式が廊下奥にある扉の鍵を解除し二階へと通じる階段への道を開けた。上の階へと向かって続く螺旋階段の姿が見える。足を止めている理由もなく、とりあえず螺旋階段を上り始める。
「しかしお前、何時もこんなのばかり相手にしてるのか?」
式の言葉に、自分の代わりに愛歌が答えた。
「普段はもうちょっとシリアスな相手が多いわよ? なぜかここの連中はねじが全部ぶっ飛んでるようだけども。まぁ、それでも英雄か、或いは怪物の類と戦い続けってのは事実よね。楽しいわよ、カルデアは。常に刺激と未知が溢れているわよ。何より人類史でおそらく一度しか存在しない大きな戦いを何度も経験できるもの」
「へぇ、それは羨ましいこった。オレも、合法的に英雄の一人でも殺せるってのは興味をそそられるな」
『だったらこれが終わればカルデアへと来ればいい。回収した聖杯を使えば一緒にカルデアへとレイシフトするぐらいの事は問題はないだろう。ついでに言えば現在のカルデアでは正規アサシンが圧倒的に不足していてな、補充されるならこの上なく有り難い』
『あの! ここに遮断EXのアサシンが!』
お前はスニーキングやるって性格じゃねぇだろ、と多方面からツッコミが入る。えー、と不貞腐れるカルデアの馬鹿を放置しつつ、螺旋階段を上がり切った。本当に不思議な建造物だと思う。この形状そのものが魂を逃がさないように出来ている、とさえ表現が出来る、頭の痛くなるような場所だった。歩きながら足裏で軽く浄化のマントラを床に打ち込み、歩きながら軽い浄化を行っているが、それで怨念が祓える様な様子は一切感じられない。どうにかするには根本的な原因の排除が必要になるのかもしれない。
「ふぅ……一階よりはマシだといいんだけどな」
「祈るだけならただよ」
「神様がそれに応えてくれるかどうかは未知数、か。ま、期待せずに行こうか」
そう言いながら、式が二階の廊下へと続く扉を開けた。その瞬間にむわっと顔面にかかる様に広がったのは霧だった。つい最近、経験したばかりの出来事なだけに、それはどこか既知感を呼び覚ましてくる。だがそれとは別に、同時に警戒心が引き上げられる。霧の向こう側から視線を、そして声がする気が。
それは子供の、すすり泣く様な声だった。無理やり警戒心を引き剥がすような子供の泣き声。静かに大戦斧を肩の上に乗せながらフォウの頭を開いている手で撫で、前へと向かって踏み出す。二階の様子は深い霧に覆われており、先を見る事の出来ない濃霧に包まれていた。とはいえ、それが普通の霧ではなく、酸性、人間であれば容赦なく溶かす類いのものであるのは良く理解出来るのは、既にそれをマテリアルとして一度、カルデアで閲覧しているからだろう。
少し前へと進めば、霧の中にうずくまる少女の姿が見えた。
「おかあさん……おかあさん……どこ……? わたしたちのおかあさん、どこ? おかあさん……」
泣きながら母親を求める少女の声は良く聞こえた。異様な状況ながら、そのあどけない姿に心のガードを下ろしてしまいそうな、そんな異常さがこの空間にはある。そう、無警戒にも近づいてしまいそうな、そんな感覚が。
「たすけて……だれか、わたしたちを……たすけて」
「―――いいや、
足を止め、少女を見下ろしながら、近づく事なく断言した。スキルとしての《咎人の悟り》が自動的に精神の干渉をシャットアウトし、同時にこの霧に紛れる干渉をも、自分と式からシャットアウトする。そうやって常に平静な状態を維持しつつ、断言する。
「お前は既に終わってる。召喚されて実体のないサーヴァントになっている時点でお前に救いなんてないんだよ。救われたと思うのは
まぁ、それはこの少女だけではない。
故に救えない。救えるのは生きた人間だけ。当然の話だ。
そして当然だからこそ―――受け入れられない。
言葉を放った瞬間、泣き声が殺意を孕んだ瞳に変わり、此方へと向けられた。
―――無音と共に振るわれる銀閃に、それとほぼ同時に反応した。
という訳でラスボスのビジョンが見えてきた所でそろそろ真面目なオガワジゴクハイム始まるよー。
お待ちかね、暗黒面に墜ちた英霊&メルブラの混同戦場よー。
助けてと言うには遅すぎる。英霊となって召喚された者が幸せになってもそれは所詮別人であって本人ではない。救われたいのなら生前で自分を助けるべきだった。だから英霊という連中は絶対に救えない。