Vengeance For Pain   作:てんぞー

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影に鬼は鳴く - 6

『―――異界化?』

 

 歩きながらロマニの映るホログラムに頷きを返しつつ、カルデアから持ってきたビーフジャーキーの端をちびちび噛んでいる。既に愛歌は歩く事に疲れてしまっているので、上に着ているマントの端の方を平面に固めてその上に愛歌を座らせている。式の視線が此方に突き刺さるが、そんな事は気にせずに歩いている。不思議な見た目のマンションだが、その内部はまるで歪められているかのように見た目よりも広く、長くなっている。いや、明らかに歪められているのだろう。何らかの固有結界による登場人物たちの配置、そして聖杯による建造物の異界化、それがここで見られる現象だった。

 

「あぁ、理由とかは()()()()()()んだが、構造変化とかマンション自体を固有結界の対象にして、登場人物の調整を行ってる。なんか意図を持ってやってるみたいだが……まぁ、おかげで変なのが出現しそうだ」

 

『変なの、ねぇー……まぁ、危なそうだったら戻ってくるんだよ? 立香くんが動けない中、唯一自由に歩き回れる君を失う訳にはいかないんだから』

 

「解ってる解ってる」

 

『んもー。本当に解ってるのかなぁ……なんか記憶を取り戻してから急速にグレ始めちゃってボクは心配だよ……昔は何事にも感謝してくれる子だったのに……』

 

「そこでそういう話のチョイスをするから駄目なのよ、貴方」

 

 愛歌の言葉に無言で通信が切れた。おそらくカルデアでは完全にノックアウトされたロマニが介抱されている最中だろう。此方、オガワマンションは現在大量の怨念と瘴気が渦巻く地獄の再現となりつつあるが、カルデアと通信を繋げているとなんだか平和なままではないかと疑ってしまう。まぁ、実際は昏睡状態の立香がいて、意味不明な怨念マンションが稼働していて、どうあがいても平和と言える状況ではないのだが。まぁ、聖杯を回収したら適当に浄化するぐらいならありかもしれないなぁ、なんて事を想っていると、漸く、扉が見えて来た。

 

「長々と廊下が続いて漸く扉―――部屋、調べておくか」

 

「まぁ、調査しに来てるんだしな」

 

 廊下の途中、今まではずっと続いていた壁に扉があった。その横にはインターホンと、弓塚、と書かれた表札があった。それを見て、式と視線を合わせた。そして再びインターホンへと視線を向け、首を傾げた。もしかしてこれはインターホンを使え、という事なのだろうか。そんな事を考えていると、泥の触手が伸びて、

 

「あっ」

 

 式と声を揃えて呟くと、触手がインターホンを押した。愛歌へと視線を向けると、舌を可愛らしく突き出してテヘペロッ、と表情を浮かべているのでとりあえず許す事にした。式のジト目を無視していると、扉の向こう側がドタバタと騒がしさを感じる為、式と並んで今度はジト目を扉へと向けた。そして再び、インターホンが押される。

 

「あ、はーい! 今行きます! 今行きます……きゃっ! あうぅ……」

 

 転んだらしい。また転ぶ。そしてがちゃり、と扉の鍵を外す音が聞こえ、そろーり、そろーり、と扉が開けられる。後ろから愛歌がサングラスを渡してくるので、それを受け取りながら装着する。扉を小さく開けて、その隙間からどこか、幼さを顔に残す少女が姿を見せて来た。茶髪のツインテールで、それ以外には特に特徴のない―――血の匂いのする善良な少女(秩序・善)だった。

 

「あ、あ、あの、その、弓塚です……けど……あの、家賃の方、ですか……?」

 

 式と視線を合わせてから顔を弓塚の方へと戻した。

 

「話が解ってるじゃねぇかよ嬢ちゃん……おい? こんな一等地の豪華マンション(じごく)で暮らしてんだろ? それがどういう意味か解ってんだろ? あぁ?」

 

「あのさぁ、世の中、回るものが必要だっての、解るかお前?」

 

「ひぃぃ! あ、はい! そうですね! ちょ、ちょっとお待ちください!」

 

「ノリノリね、二人とも」

 

フォウゥ(それでいいのか)……」

 

 ドアをバタリ、と勢いよく弓塚が閉めて、部屋の中へと戻って行った。サングラスを外して外へと投げ捨てながらふぅ、と息を吐きながら先ほどの少女から感じ取った違和感の原因を知るため、静かに思考に耽ろうとしたところでおい、と声が式からかかってきた。

 

「あいつ、奥に戻ってから動く気配がないぞ」

 

「仕方がない、家賃の滞納は法律で禁止されているからね。これは乗り込まなくては……!」

 

「お、そうだな」

 

 サクサクと直死の魔眼で扉の鍵を破壊しつつ、あっさりとマンションのルーム内に侵入する。部屋はそんな広くはなく、玄関を抜けるとまた扉が見え、その向こうがおそらくはリビングになっているのだろう、弓塚の気配を感じる。そっと、気配と音を殺しながら接近し、弓塚が何をしているのかを伺う様に、リビングの様子を覗き見る。どうやらリビングの向こう側にはダイニングが存在し、そこにテーブルを挟む様に、弓塚は座っていた。弓塚の反対側には人の姿があり、それに向けて弓塚はスプーンを伸ばしていた。その片手にはスープの入ったボウルがあり、

 

「はい、遠野クン。あ、あーん……どうかな? 昨日はちょっと失敗しちゃったんだけど……あはは、今日のはちょっとした自信作なんだ。それで、どうかな……?」

 

 まるで此方に気づく様子のない弓塚は―――いや、此方と喋った事さえ完全に忘れ、何かに魅入られたかのように目の前の姿へとスプーンを伸ばし、そしてスープを飲ませようとしていた。だが口元へと運ばれたスープはその口を割る事はなく、唇から零れた姿を汚した。

 

「あっ、あっ……あ! ご、ごめん! ごめんなさい、その、不味かった? それとも熱すぎた? 冷たすぎた……? う、うん、そうだよね。それぐらい私の方が察さなきゃ駄目だよね。うん、このスープも失敗だね……」

 

 そう言うと興味を無くしたかのように先ほどまで大事そうにしていたボウルの中身を裏返して解放した。テーブルの上にぶちまけられたそれにもはや弓塚は興味を持つ事もなく、スプーンだけを握って、キッチンの方へと向かおうとした。此方へと視線は向けられたはずなのに、まるで此方に気づく様子もない姿に、もはや彼女が完全にこのマンションに囚われている亡者の一人である事は考える必要もなく、判断できた。

 

「おい……アレを視ろよ」

 

 そう言って式がナイフで遠野と呼んだ存在を示した―――その先にあったのは干からびたかのような死体であり、その頸にはまるで何度も噛みつかれたかのような吸血痕が存在していた。ここで何があったのか、それを想像するのは難しくはない。改めて弓塚を見れば、もはや彼女の属性が秩序・狂へと汚染されているのが見え、善良だった少女の姿等残滓程度にしか残っていない。徹底して醜悪で、救いのない光景だった。

 

「これを仕組んだ奴は相当良い趣味をしているわね。性悪説の証明? いいえ、違うわね。生物に隠されている本性とも言える部分を暴こうとしているのかしら? どちらにしろ趣味としては最悪の部類だし、欠片も愉快ではないわね」

 

『この惨状から取れる情報等解り切ったものだろう。それよりも解放してやった方がいいだろう』

 

「ちなみにロマニは?」

 

『介抱中だ』

 

 エルメロイ2世が解ってて此方の冗談に乗ってきてくれたが、欠片も空気が軽くなる事はなかった。故に無言のまま新しく斧を取り出し、鼻歌を口ずさみながら鍋に腐った素材を放り込み、料理を進めようとする弓塚の背後へと回り込み―――。

 

 

 

 

「はぁ、この先こんな光景ばかりと思うと流石に憂鬱になるな」

 

「言うな、マジで―――とか言ってたらいきなり次の部屋が見えてきてるじゃねーか」

 

「無視して進みたいんだけどなぁ」

 

 溜息を吐きながらビーフジャーキーをもしゃもしゃと噛みつつ、次に見えて来た部屋を確認する。扉の作りは先ほどのと一緒で、インターホンと表札が見える―――ただし今回は名前ではなく、白髪同盟という不思議過ぎる名前の世帯だった。もはやインターホンを押すのすらめんどくさい。そう思っていると式も同じことを考えていたのか、ナイフをドアの隙間に突き刺し、スライドさせた。それで鍵を殺す事に成功し、扉が音を立てずに開いて行く。今度もまた胸糞の悪い景色が広がっているのか、なんて事を考えながら侵入し、リビングを見た。

 

 そこにはやはり、地獄絵図が広がっていた。白髪の少女が壁に貼ってある立香のポスターを見て滅茶苦茶欲情していた。そしてその部屋の反対側ではどこかで見た事のある竜殺しの大英雄が体育座りで丸まっており、見た事のない―――おそらくは徳と格からして北欧のヴァルキュリアが槍の先端でジークフリートの頭を執拗につんつんと突き刺していた。

 

「安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様―――」

 

「すまないすまないすまないすまないすまないすまないすまない―――」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 無言のまま、静かに扉を出て、そのまま外に脱出し、式と視線を合わせ、無言のままに破壊した扉を適当に泥でも詰め込んで開かないように修復し、開かないように固めておく。これで良し、と額の汗を拭きとりながら、そのまま扉を通り過ぎて再び廊下を歩きだす。

 

「――― はぁ、この先こんな光景ばかりと思うと流石に憂鬱になるな」

 

「 言うな、マジで」

 

「今の出来事をなかった事にしたい気持ちは痛い程解るわ―――それでもなかった事には出来ないのよ……」

 

「畜生……この先この邪悪かカオスかはっきりしないノリが続くと思うと色々と辛いんだけどなぁ」

 

 初手ネロ・カオスからの精神攻撃、そこからの同盟部屋。思わず梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を叩き込もうかと思ったが、北欧神話の戦乙女と、あの反則に近い防御を持っているジークフリートなら割と普通の表情で耐えてくる可能性がある。問答無用でぶち込むのを堪えた自分を褒めたい。というか普通に耐えるのほんとにやめろ、と言いたい。まぁ、それはともあれ、

 

「もうさ、外壁登らない?」

 

「……。いや……調べなきゃいけないから、流石にダメだろ」

 

 式が一瞬、物凄く悩む姿が見えた。これ以降また同じノリで同じような事が発生する事を考えたら、確かに躊躇する理由も解る。だが最後の部分で理性が勝った―――結局の所、根っこの部分で式という女は善良なのだ。正義の側の人間、優しさを忘れる事の出来ない人物だ。だからこそ直死の魔眼なんてものを保有していても真っ当な感性を持っているのだろうが。

 

「なんつーかさ、進めば進むほど、俺、嫌な予感がするんだよ……なんというか―――監視されてる? いや、観察されてる? というかさ……」

 

 屋上の方から凄まじい存在感を感じるのだ。ぶっちゃけた話、聖杯はそこにあるのだと思っている。だから一気に外壁を昇ってそこまで行きたいのが事実なのだが、

 

「流石に部屋を見回らないってのはオレの仕事がダメになるから無理だ」

 

「まぁ、だよな」

 

 憂鬱になる事実だったが、マンションの探索は行わなくてはならない事だった。さっさと聖杯だけ回収するというのも無理そうだし、もう部屋を覗き込んだらとりあえず梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を連射して消し飛ばしながら進むと言うのでいいんじゃないだろうか。

 

 そんな感じに若干やけになっていると、廊下の終わりが見えるのと同時に、おそらく一階最後の扉が見えて来た。

 

 そこにかかっていた表札は、

 

 ―――管理人室だった。




 次回、管理人室で真相が明らかになる……! 調査以来だから一つ一つフロア上がっていないといけないのが辛いけど、一つ一つ描写濃くするとロンドン以上の長丁場になりそうで実は内心焦ってる。

 ただでさえアメリカという死亡確定の大陸が過去最長クラスになりそうなのに……。

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