『気を付けてくれ、彼女からはサーヴァントの反応がある。敵っぽいのを倒している辺り敵だとは思えないけど……』
「ま、味方とも限らないわね」
和装ジャンパーの女を見て、その顔と姿に「 」で見た彼女を思い出し、そして改めて彼女という存在を見て、そしてその正体に至る。こと、宇宙と合理を果たし、真理へと到達してから情報の抜きとりに関しては万能に思える力が出る―――これではミステリー小説を読むのは止めた方がいいな、と思いつつ、俺が何なのか、という話か、という言葉を置く。
「そう、敢えて言うなら……通りすがりの救世主……かなぁ?」
「はぁ? お前が? 救世主? 悪い冗談は止めてくれよ。徳を感じないどころかオレよりも血生臭いのが救世主とか最高に笑える冗談だよ。もしそれが冗談じゃないってならオレが知らない内に人を救うって言葉の意味が変わったのか、或いはオレが知らない内に世界が滅んだかのどちらかだ」
最後の発言に合わせ、全員で俯いた。その動作に女が動作を停止させ、
「……なんだ、世界滅んだのかよ。寝てる間に世界が滅ぶとか一体どこの三流小説って話だ。ということはなんだ、なんだか妙にふわふわするし、見慣れた見慣れたくないマンションも見える事だし、夢かなんかか、こりゃ。終わったら橙子に一つ、魔除けでも……いや、そんな規模でもないか。っつーことは何だ、お釈迦様が世直しの旅でもしてるのか」
「俺が他人を救う訳ないだろ。俺を視ろ。徳を積んでるように見えるか? 我が身可愛さに世直しするんだよ!」
「……」
今度こそ相手が黙り込んだ。まるで理解できない馬鹿を見る様な視線を向けてきている。まぁ、でも正直そう思われてもしょうがないとは思う。何せ、根本的に俺は他人という存在を救うつもりはないのだから。自分が一番可愛いのは当然だ―――だがそれ以上に
ただ本気で発言している事が相手は理解できたのか、溜息を吐きながらナイフを下ろした。
「……なんかやる気無くすわお前。根本的に気力を削いでくるというか」
「あぁ、天敵よ天敵」
「成程な。……ん、じゃあな」
そう言うと興味を無くしたかのようにマンションへと向かって和装の女が歩いて行く。まぁ、待て待て、と言葉を投げて彼女の足を止めさせる。何故だか彼女が此方に対して向ける視線が少しだけ、馬鹿を見るものの様に見える。
「まぁ、待て。見た感じ、お前はあのマンションに用事がある様子。そしてここに丁度良い所に戦闘とクソへたくそな説法を得意とする通りすがりの救世主がいる―――これ、組み合わせとしてはB級映画並だとは思わないか?」
「……まさか、とは思うが……オレと組みたいって言ってるのか?」
「ちなみに断ったら解き放つぞ―――リトルビーストを」
「フォゥ!? フォーウフォーウ! キュゥゥゥ―――!」
逃げようとするフォウを愛歌が瞬間移動で先回りして掴みとり、必死に足をばたつかせるその姿を見せて高く掲げて見せた。その姿を彼女はしばらく、無言のまま眺めていると、毒気を抜かれた表情で溜息を吐き、好きにしろ、と呟きながら背を向け、マンションへと向かい始めた。それを見てた愛歌がフォウを投げ捨てる。そんな彼女の姿を追いかけつつ、俺のコミュ力はどうよ、と管制室へと向けてサムズアップを送れば―――帰ってくるのは呆れの表情と溜息ばかりだった。はて、何故だろう。
「―――ここ、オガワハイムって言うんだけど、元々は幽霊屋敷みたいなもんでな、薄気味悪いったりゃありゃしない場所だった。伝記の内容にするにはちょっとファンタジー入りすぎてる感じの場所。なんでも起きたら生き返って、一日の間に死んで、そして次の日にはまた生き返るとか、しょうもない螺旋の繰り返し。そういうしょうもない所だったらしいぞ」
「はー……外から見て解るぐらい怨念が詰まってるわ、これ」
あんまり近づきたくはない雰囲気だ。マンションそのものが磁場の様なもので魂を逃がす事無く捉えているだけではなく、そのまま汚染している。いや、汚染というよりは開放に近いだろう。人間の根本的な獣欲、怒りだとか嫉妬とか、性欲とか食欲。ここにいる連中はそれに影響されて、開放的になってしまうような場所になっている。だがそれだけではなく、何らかの特殊な環境に変化している。それらを見て、自分が出せる感想はめんどくさいの一言に尽きた。
「結局あの時はオレが管理人? 下手人? まぁ、黒幕を切り倒してそれでおしまい……だった筈なんだけどな。悪い夢を見てるみたいだ。いや、そういやぁ、そもそも夢か、これ」
『現状の両儀式さん、だっけ? の状態は正しく夢を見ていると表現してもいい状態だ。彼女の肉体自体は既に人理焼却によって焼かれているはずだけど
「難しい言葉を選ばないといけないタチか? もう少し簡単に喋ってくれ」
『あー……うん。つまりは夢を見ている状態って事です』
「ならなんで態々そう言わないんだ」
『ほんとドクターは駄目だな』
『このヲタク人間め』
『自重したまえ』
『他人に教えるという事に慣れていないな貴様?』
『どうしよう、味方がいない』
苦笑しつつも、彼女―――式が何故こんな特異点の中で生き残っているのかは、察しがついている。そして彼女の中にある存在の事に関しても、既に察しは付いている。出来るなら一言、お礼でも言いたいのだが、本人が外に出てくる事を望まないのであれば、それを自分がどうこう言うつもりはない。
―――察しが良いのは良いので、結構めんどくさいな、これ。
そんな愚痴を喉の中で殺しながら飲み込んでいると、愛歌が此方へと視線を向けており、微笑んだ。思えば彼女もまた、全知の領域に立っていた者の一人だ。そんな彼女もまた、知り得る限りの多くを知っていた事になる―――果たして、日常的に知りすぎている生活とはどんなものなのだろうか? 理解しようとすれば……理解できるのだろう。それがまた、どうしようもなく面倒だ。プライバシーの欠片もない。
戯言だ。
チリンチリン、と鈴の音が鳴る。音に導かれるように視線を持ち上げれば、オガワハイムの中に入って行く白猫の姿が見えた。魔性の気配を持った猫だった。おそらくはまともなものではあるまい。そう思いながらもその姿がマンションの中へと消えて行くのを眺め、そしてフォウを見た。
「……やっぱお前、猫じゃないよなぁ」
「犬っぽいよな」
「いいや、これはウサギよ。耳辺りは」
「フォウ!?」
キャスパリーグ、災厄の猫―――そう、猫だ。一応猫だ。ジャンルとしては猫だ。ただしこの生物を本当に猫と呼んでいいのかどうかは、良く解らない。とりあえず、と呟きながらフォウを持ち上げ、そして肩の上に乗せておく。この小さな獣は際限なく欲望を吸い上げて吸収し、無限に成長を続ける悪魔だ。少なくとも本来であれば。現在のカルデアはそういう
「ほれ、
「フォゥゥ、キュッ!」
一応、救世主だ。汚染対策の百や二百、出来て当然である。故にフォウに軽いフィルタリングだけを施しておき、式と並んでマンションへと向かって歩く。
「結局、お前はこれを潰しに来たんだろう? なんか条件とかあるのか?」
「あー……おそらくは核に聖杯が使われてる。それを回収すればこの空間を維持している存在の消失によって自然崩壊する。そうすれば晴れて現実へと戻れるぞ」
「へぇ、って事は片っ端から怪しいのを切ればいいんだろ? どうせこんなまともじゃない所に引っ込んでる奴なんてまともな訳がないしな」
「まさに道理である。怪しい奴からぶっ殺していけばいいんだよ。誤殺害だった場合は供養するって事で」
『これが救世主ってマジかよ。地球終わってんな』
『ダーリン、人理燃えてるからあながち間違いじゃないわよ?』
こちとら砂漠の戦場で少年兵を相手に銃撃戦を繰り広げたことまであるのだ。今さら屍を一つ二つ増やそうとも、そこまで思う事はない。敢えて語るとしたら救世主の屑とか、そういう新ジャンルである。ともあれ、こんな外から瘴気で溢れているのが見える魍魎の巣の中に、普通の奴がいる訳がないのだ。出会った端から全部敵だと思ったほうが遥かに楽だ。そういう訳でマンションの前に立った。上へと視線を向け、軽く階数を数える。
「うへぇ、結構たけぇな」
「まぁな、見た目は普通なんだよ、構造はキチガイか、ってぐらいに馬鹿みたいなんだけどな。まぁ、見た感じお前もそこそこ出来るみたいだし、コンビでなら特に問題ないだろ。寧ろオレとしちゃあそっちの嬢ちゃんが動けるかが不安なんだが」
「あら、心配してくれるの? けど大丈夫よ。こう見えてある程度自在に転移が出来るから必要のない限りは適当に逃げ回るか隠れてるわ。その方が動きやすいでしょ?」
愛歌の言葉を聞いて、その瞳を見て、式が溜息を吐く。ナイフを握っていない片手で軽く頭の横を掻きつつ、
「……なんだかジャンル違いの話に出て来た主人公の様な気分だ」
「安心しろ、お前もジャンルとしちゃあ一般からかけ離れてるから」
「それぐらい自覚してるさ」
ぶつくさ言いながら、先ほど白猫が抜けたオガワハイムの自動ドアの前に立つ。あの時は猫が入ろうとしたらすんなりと開いたのだが、此方が招かれざる客である影響か、扉は開こうとしなかった。視線を式と見合わせる。視線を再び自動ドアへと向けて、軽く蹴りを入れる。筋力Bという人類を超えた筋力で蹴りを入れるが、まるで開く気配を見せない。
「いいセキュリティしてんな」
空間魔術でエミヤに量産させた斧の一つ、シェイプシフターで作っていた大戦斧と同じタイプ、2メートル級で両刃、幅だけで1メートルはあるであろう大戦斧を取り出し、肩に担いだ。
「ま、これから機能しなくなるんだがなっ!」
式がナイフを振るうのに合わせて大戦斧を振り回した。それに従って入口が
「かなり悪辣な仕掛けになってるわね? 前もこうだったの?」
「オレが来た時はもう少し普通っぽさを取り繕ってたな―――管理人が変わったか?」
式の言葉に合わせて飛び込んできた幽霊に蹴りを叩き込んで天井に突き刺した。それにタイミングをずらして接近するオートマタを大戦斧を投げつけて爆散させつつ、新しく近づいて来た幽霊の首を掴み、それをそのまま握りつぶして消滅させた。
「―――筋力良し」
ゾンビが二体飛び込んでくる。その素早さを上回って回避しながら回し蹴りでゾンビの上半身を抉りとり、二体目のゾンビの拳を片腕でガードし、受け止めてから弾き、蹴り飛ばす。
「耐久、敏捷良し。魔力は言うに及ばず。調子は悪くないな」
新しい斧―――今度は短く、小さい、手斧と呼ばれるブーメランの様な投擲用斧を取り出し、それを手首の動きで投擲した。回転しながら飛翔する手斧は見事にゾンビ数体の頭をミンチにしながらそのまま、同じ軌跡を辿る様に戻ってきた。
「派手に散らかすな、お前は」
「整理整頓からは縁遠い男で悪いな」
「ちなみに部屋の掃除は地味に私がやってるわ」
いらんことをお前は、と言う前に式の視線が此方へと向けられ、そして再び愛歌へと向けられ、
「ま、趣味は人それぞれと言うけど余り趣味が良いとは言えないぞ、それ」
「どう説明すればいいんだこれは―――」
愛歌との関係は複雑だ。説明すると背景の話をしなきゃいけないから地味に時間がかかるんだよなぁ、なんて事を考えた直後、
―――正面、床が黒い泥に覆われ始めた。
愛歌の使う穢れの聖杯とはまた違う種類の泥だ。一目見て感じ取れるのは
五十を超える猛獣が泥の中から湧き上がった。
「やっぱセキュリティが優秀だわここ」
「それに関しては同意してもいいな。さて、やるか」
大戦斧を肩に抱え直しつつ、咆哮と共に飛び込んでくる黒い獣を迎えた。
という訳で番犬との勝負。折角のイベントだ、派手にやろうという事で。もう察しの良い読者なら一体どこの教授化を把握していると思う。という訳で一言、
メルティブラッドもよろしく。