Vengeance For Pain   作:てんぞー

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影に鬼は鳴く - 3

「新しい特異点の場所は日本、それも現代です。軽く観測を行った時に見えたのは巨大なマンションと、その中にある大量の英霊や生物の反応でした。正規の特異点ではなく、大炎上本能がチェイテするローマ城や、お月見オルレアン特異点の様な、特異な特異点だと思われます―――ところで特異な特異点ってなんですか」

 

「俺が知りてぇよ」

 

「Tell me」

 

「魔術王、迫真の時間稼ぎ」

 

「また寄り道特異点か? 時間稼ぎか? 俺はサボろう」

 

「仕事しないん……?」

 

 相変わらずカルデアの管制室はカオスだった。というかここは基本的にカオスだった。何せ、四つの特異点を超えて徹夜で作業しながら未だ全滅していない、人類の最前線を支える最強のサポートスタッフ軍団なのだ、既に四つも時代を乗り越えて来た連中を裏から一切違和感を感じさせずに支援してきたと考えりゃあそりゃあ、もう、凄い連中だ。ただし、それと引き換えに連中はハジけた。まぁ、元からそういう畑の人間だ、立香よりは全然キチガイ側にぶっ飛んでいる為、そこまでのケアを必要としない、鋼のソルジャー達である。

 

「私、ここの人達好きよ。むせ返る程の命の匂いを感じるもの」

 

 愛歌がくるり、と回りながら笑い、そう言葉を吐くと男性陣が一斉に動きを止め、そして決意のこもった表情で頷いた。

 

「俺、ロリコンになるわ」

 

「待て、俺が先だ」

 

「お前一人でロリコンにはさせないさ……!」

 

 それを見ていた女性陣スタッフが作業の手を止め、唐突に上着を脱ぎ始める。

 

「あー、熱い熱い……ちょっと上でも脱ごうかしら」

 

「やっぱおっぱいだわ」

 

「巨乳からは逃げられない」

 

「女なら正直どっちでもいい」

 

「ほんとそれな」

 

 相変わらず面白すぎる会話だった。ここにいる連中は毎回ここへ来るたびに新しいネタに走っているので、もしかして本職の芸人なのではないか? と思ってしまう事も少なくはない。ともあれ、こんなクソメンタル強度を誇るスタッフを前に、今回はここへと来た意味を果たす―――無論、ここにマシュの姿はない。何だかんだであの子は無垢で、そして経験が浅い。そして何よりも、立香の件で一番ダメージを受けている。なんだかんだで一番入れ込んでいるというか、慕っていたのは彼女なのだから。本当なら自分がもうちょいマシュの様子を見ておくべきなのだが―――まぁ、今は特異点の方を、マシュに気づかれる前に処理してしまおうという魂胆だ。ただでさえ不安定な命なのだから。

 

「ともあれ、なんだ、特異点が出来たって事か」

 

「はい。おそらくは聖杯を使った小規模な奴です。特異点というよりは、規模的には異界と表現した方が正しいかもしれません。その中で何らかの法則を生みだすのに聖杯が利用されているようなのですが―――すみません、流石にカルデアからでの観測ではこれが限界です」

 

「いや、それだけ解れば十分さ。何せ、初期の頃は特異点を見つけるだけだったんだ。今ではその具体的な姿まで見る事が出来る。進化としては十分すぎるものだろう」

 

 実際、現場がどういう様子なのかを見る事が出来るようになっただけで、レイシフト直後の死亡事故を発生させないで済む。しかもこの技術は前々からあった物ではなく、カルデアがこの状況になってから生み出された技術だ。つまり、このリソースが圧倒的に足りていない中で、カルデアが持っている技術を修復するどころか進化させているのだ、この連中は。本当にお疲れ様以外の言葉が見つからない。存分に休んでもらいたいところだが、残念ながらそんな暇はない。

 

「立香が復活するのを悠長に待っている暇はない、か」

 

「うん……非常に申し訳ない事だと思うけど、特異点である以上は見逃せない。何よりつい最近ソロモンなんて存在が発覚したんだ。立香くんを眠らせて、そしてこんなタイミングでの特異点の発生、或いはこれが相手の本命なのかもしれない。放置していたら致命的なミスになるかもしれない。そういう事を考えるとやはり、見過ごす事は出来ない。最低限でもこの特異点がどういう存在なのか、それを調べる必要があるんだ」

 

 真に正論だった。ロマニは極めて真面目な表情を浮かべているが、その背後にある感情に関しては、もはや確かめなくても良く解る。だから努めて明るい表情でまぁ、任せろ、と言葉を吐く。

 

「小型の特異点なんだろう? 新しい霊基のウォーミングアップには丁度いいもんさ。知覚しているのとは別に、新しい体の調子を確かめなけりゃあいけないもんさ。そういう場合は逆にソロモン相手になにも出来なかった先輩方がいた方が邪魔なんじゃないかなぁ」

 

 食堂の方から感じる圧倒的闘気、完全にやってやるぞオラァ、という気配が伝わってくる闘気だった。そしてそれをロマニも感じ取ったのか、苦笑しながら、話を続ける。

 

「……カルデアの指令代理として確認する。現状、単独でのレイシフトが可能なのは君だけだ。マシュはマスターと切り離せないし、英霊達もそうだ。その為、単独のレイシフトによる調査になる―――それでも、君はやってくれるかな?」

 

「確認なんて優しい言葉を使うな。もうちょい強制っぽくていいんだよ」

 

「無理無理、チーフってばすっげぇチキンでたぶん今でも怒らせてないかどうか、ビクビクしてるから」

 

「まぁ、そんなチキンなチーフだから俺達、気合が入るんだけどな」

 

「うんうん、支えないと、って感じがするよね」

 

「君達は、全くもう―――……」

 

 困ったような、呆れた様な、嬉しそうな、そんな表情を浮かべるロマニの背中を思いっきり叩くと、悲鳴を上げながら大きくよろめき、軽い笑い声が響いてくる。背中を向けて管制室からレイシフトルームへの道を進みながら、走り寄って来るフォウを片手で迎え、そのまま肩の上に乗せて、歩いて行く。横に愛歌が付いて歩く。これからずっと、愛歌とこうやって歩いて行く人生が続いて行くと思うと、

 

「楽しみ?」

 

「いやぁ、憂鬱」

 

 ローキックを食らいながらも軽く笑い声を漏らしながら、新たな特異点の調査へと向かう為に迷う事無く自分の姿をコフィンの中へと沈めた。

 

 

 

 

「おぉ、月が見えるぜ」

 

 レイシフトを終わらせて特異点に到着すると、満天の夜空が見えた。そこにはソロモンの宝具の姿は見えず、満月の浮かぶ月夜が広がっていた。特異点は今までのものと比べれば一番小さい―――感覚的なものだが、正面に見える巨大なマンションを中心点に、半径10キロ圏内、というぐらいだろう。冬木よりも遥かに小さい特異点だった。到着した事で肩の上に乗っていたフォウは飛び降りると、フォウフォウ、と鳴く。

 

「そういやぁ、お前ロンドンでは大人しかったよな」

 

「キュゥゥ……」

 

 まぁ、本能的にソロモンの存在を感じ取って、目立たないように隠れていたんだろうな、とは解っている。そもそもキャスパリーグだ、その役割を考えるのであれば、まず間違いなくその存在を感じ取れるだろう。まぁ、今のキャスパリーグには何かを願うだけ酷だ。彼はこのまま、ただの獣としてカルデアを走り回っている姿が一番似合う。

 

「良い月ね。ゼルレッチが落とせそうなほど」

 

「何故そこでゼルレッチを付け加えた」

 

「いや、月と言ったら落とすしかないじゃない」

 

「なぜ」

 

「必殺ムーンセル落とし」

 

「悪化してる」

 

「ムーンセル流星群とか凄そうね」

 

「そうだな、この世の終わりだな」

 

「フォーゥ……」

 

 フォウでさえ愛歌の発言に呆れているが、当の本人はまるでそれを気にする事もなく、鼻歌を口ずさみながらステップを取る様に踊っていた。誰かに教わった訳でもないのに、妙に華麗なステップを踏んで踊る彼女の姿は月の光を浴びて、どこか幻想的なものに感じられた。また同時に、こうやって肉の体を持って明確な外を感じるのは、彼女にとっては数年ぶりの出来事であるという事を理解した。あぁ、そりゃ浮かれもするだろう。俺も、久しぶりに裸眼で世界を見ているのだ、

 

「目の悪い人がさ」

 

「えぇ」

 

「初めてメガネをかけた時。すっごい驚いたような表情を浮かべるんだ。文字が読みやすくなった、とかブレが消えた、とかじゃなくて―――世界の色って、こんなにも鮮やかなんだな、って事で驚くらしい。どうやら俺はその感動を味わえているみたいだ」

 

「成程、それはそれで中々ロマンティックね。色が鮮やかに感じる……えぇ、えぇ! そうね! それは悪くない表現だわ……ふふふ」

 

 何が面白いのかは解らない。だがそうやって自分の半身とも言える存在が笑っていると、自分もどことなく楽しく、嬉しく思える。ただそこに、どことない恥ずかしさを感じる。俺としたことが、慣れていないシチュエーションで年下に完全に翻弄されている気がする。心なしか、フォウの視線まで微笑ましい者を見る様なものになってる気がする。止めてくれ、この年齢になってからそう言う視線を向けられるのはとてもじゃないが辛い。体の方は、まぁ、三十代というぐらいに落ち着いているのだが。これぐらいが()()()()()()()()()()()なのだ。肉体と経験のバランスを両立した場合、これ以上若くする事は出来ない。

 

『あーあーあー、お、視界・感度良好! おーい、カルデアからは君達の姿が綺麗に見えてるぞー。今回は君達二人と一匹のほぼ単独の活動だ。カルデアとしても最大限のバックアップを行っていくぞー』

 

『そういう訳だ。其方へと向かって調べる事は出来ないが、断片的な情報から推理し、最善を導き出すのであれば軍師の仕事だ。頭脳労働は其方ではなく此方に回せ』

 

『とりあえずわし、あのマンション燃やしたいんじゃが。というか放火して崩した所から聖杯探すのが早くね?』

 

『それを言うなら対城宝具を一発ぶち込んで特異点からグッバイさせてみたらどうですか。ほら! ロンゴミニアド溶かしたように!! 溶かしたように!!』

 

『貴様は根に持ちすぎだろうが! ……まぁ、聞いているかセイヴァー? 此方は大変賑やかだが、バックアップの体制だけは無駄に潤沢だ。それこそ誰が遊ぼうか争いになるレベルで割と暇をしている。なにかいいネタになる事を此方から祈っている』

 

「あぁ、くたばりながら待っててくれ。というかお前ら絶対待ってろよ、終わったらいの一番に腹にいいもんをぶち込んでやるからな」

 

『博多系ラーメンですか!』

 

『違う、そう言う意味での腹にぶち込むじゃない』

 

 これ、何を喋って何をしようが、絶対に笑いに繋がるという流れだよなぁ、と悟る。苦笑しながらさて、どうしたものか、と思うと前方、巨大なマンションの前に誰かがいるのを知覚した。誰だろうか、そう思いながら視線を前方へと向け、その姿を見た。

 

 それは不思議な格好の女だった。和装の上から赤いジャンパー、それに編み上げブーツという和洋をごちゃ混ぜにしたような格好だった。宗教ごった煮な格好をしている自分が言えるわけではないが、かなりアンバランスで、それで逆に突き抜けて貫録さえある格好だった。その片手、逆手持ちで握られているのは一本の簡素なナイフであり、正面にはゾンビ、並びにオートマタの姿が見えた。神秘なんてものは欠片も見えないただの変哲もないナイフであったが、

 

 それを気にする事なく女は飛び込んだ。

 

 その動きを表現するなら芸術的とでも言うのだろう。

 

 まず肉体そのものに無駄と思えるものが無い。その肉体で最短の動作を飛び込む様に行い、ナイフを素早く軽い、しかししっかりとした動作でオートマタへと差し込んだ。あっさりとナイフはオートマタの変哲もない体に沈み込み、その姿を一振りで両断され、解体された。横をすり抜ける様なその動きは到底普通のナイフで出来る様な動きではなかった。しかし女はそれを達成すると素早く、まるで猫の様な俊敏な動きでジグザグに間を駆け抜けて行く。オートマタやゾンビの肉体自身を壁に、すり抜けながら確実に急所のみを選定して切り裂き、解体して行く。美しい程に無駄という無駄をそぎ落とした動きは的確に相手をただの残骸へと変形させて行き、

 

 十秒後には二十を超える敵の存在が全て一様に残骸になっており、何事もなかったように女は立ち上がり、

 

「―――で、別にオレは見世物をしてた訳じゃないんだけど……誰なんだ、お前は?」

 

 いや、と女が呟いた。爛々と輝く青い瞳は通常の者ではなく、それは魔眼由来の輝きだった。そしてその輝きの色は良く知っている。見れば見る程吸い込まれて、そのまま消えてしまいそうな安寧の色。それは死の色だった。

 

()()()()()()()()は? 死が全く視えない―――」

 

 そう言って、直死の魔眼の女は真っ直ぐ、此方へと、この場にいる二人と一匹に死が刻まれていない事実を視た。




 という訳で別行動開始? まぁ、バックアップと頭脳組がいるのでそんな怖くはない。そして便利な単独顕現さん。なんだかんだで即死耐性がデフォなのは強いのであった……。

 という訳で1スキから過労死同盟に入れそうな気配のあるサトミー、次回はマンションデートだ。君とマンションコーデでバトル!

 後最近更新しすぎなので落ち着く意味でも1日1更新に戻しで。

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