Vengeance For Pain   作:てんぞー

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序章 - 4

 胸に走る激痛とともに肉体は再び感触を得ていた―――生きている。そう、生きている。俺はまだ、生きていた。胸には貫通された証として傷が生まれていた。だがそれでも、しつこく改造を繰り返された肉体はこれぐらいでは死ぬ事を許してくれなかっただけではなく、どうやら運よくレイシフトが完了したらしい。時間の狭間に消えることはなく、生き残れてしまったらしい。口の中に溜まった血液でさえそのまま―――本当に、本当に奇跡的に突破してしまったらしい、観測なしでのレイシフトを。

 

 そこまで考えたところで胸に痛みを覚える。その痛みを抑え込みながら即座に≪虚ろの英知≫にアクセスし、自己診断魔術を使用する。即座に自分の状態をチェックし、どれぐらいの傷かを確認する。

 

「……幸いにも致命傷は避けたか」

 

 胸を貫通していた刃は寸でのところで心臓を避けていた―――あと少し横にズレていたらあの瞬間、即死していただろう。だがそれがズレた結果、臓器の間を抜けるように突き抜けていた。肉体的にダメージはあるが、内臓への負担はさほどのものではないのが幸運だろうか。魔術関係の知識や技術も≪虚ろの英知≫には格納されている。それを使って回復魔術を発動させ、自分の体に生み出された穴を埋める作業へと入る……完全に貫通している手前、即座に完全回復とはいかないだろう。

 

『あら、辛そうね? 助けて欲しい?』

 

「結構、だ……!」

 

 口の中に残った血をつばとともに吐き捨てながら蹲っていた体を伸ばし魔術による施術を完了させる。しばらくすれば体の傷は治るだろう―――完全なサーヴァントとは違い、この体は人間の体だ。サーヴァントは魔力で生み出された存在だ。ダメージを受けても霊体化して待機していれば、霊核を破壊されない限りは再び蘇る。だが自分は人間である以上、人間と同じ治療、食事を行わなければ普通に死亡する。そのことを考慮すれば、サーヴァント化、デミサーヴァント、そしてサーヴァント召喚はお互いにメリット、デメリットがあるのが見える。

 

 ふぅ、と息を吐きながらカルデアの戦闘用装備から増血剤を取り出し、それを口の中に放り込む。苦い味が口の中で広がるが、それを無視して飲み込んで、造血を図る。痛みは残るが、それは無視できる範囲だ。ともかくそれで最低限の治療は終わらせられる。感染症とかに関しては心配するだけ無駄なのだから。

 

「さて―――ここはどこだ」

 

 自分の治療を終えたところでようやく周りへと気を回す余裕が出来た。周りへと視線を向け、そして目に入ってくるのは瓦礫と廃墟ばかりの光景だった。燃えている―――ひたすら世界が燃えている。それは先ほどまでのカルデアの姿を思い出すものであり、そして同時にそれ以上にこちらが酷く炎上していることも見せていた。

 

「Out of the pan, in to the fire……という事か」

 

『危険から飛び出しさらに危機へ、ね。まぁ、確かにその通りよね』

 

 周囲は燃え盛っている。なのに人の気配も命の気配も感じない。この場所は完全に死んでいた。人が、だけではなく都市として、そして場所として完全な死を迎えていたと表現できた。見たことのない場所ではあったが―――ここは、どこだろうか。見える限り炎上している都市の風景しか目に入ってこない。

 

『どこ……って決まってるじゃない、2004年の日本、冬木市よ。ここで過去に聖杯戦争があったのよ。レイシフトでここへと介入する予定だったの、忘れたの?』

 

 正面の瓦礫の上でくるくる回転するように妖精が踊っていた。その姿を見てから思い出すように頭を横へと振る。

 

 忘れてはいない―――が、現場がこんな事になっているなんて思ってもいないだろう。特異点が生み出されるということは何らかの出来事が発生しているのだろう。何かが原因で未来が絶滅するに足る理由があるのだろう―――だが到着してみたらすでに終わった街の中だった。誰がこの展開を予想できるのだろうか。

 

『まぁ、普通は無理ね―――普通は。それはそれとして、これからどう動くのかしら?』

 

「そうだな……まずはカルデアへの連絡を取りたい所だな……」

 

 とはいえ、そういう類の道具は己にはない。戦闘担当であるため、そういう事は別のメンバー、スタッフの仕事であった。その代わりに非常食や薬の類は少し多めに持ち込んでいる。だからある程度一人での活動も行える……いや、足手まといがいない分、此方のほうが遥かに活動しやすいのかもしれない。そもそも独立し、魔力供給なしで活動できる以上、マスターは己には不要な存在なのだ。

 

「……まずはだれか、探すとしよう」

 

 そう言った直後、足音が聞こえた。空洞が響くような軽い足音に振り返れば、こちらへと向かって歩み寄ってくる白骨の姿が見えた。ボロ布とも呼べるものをその体に纏いながら歩み寄ってくる白骨の手にはサーベルが握られており、明確な敵意が此方へと向けられているのを感じる。初めて見る敵の姿に驚きを抱くこともなく、自動的に≪虚ろの英知≫から最適な戦闘手段を導き出す。白骨―――死体―――つまりはアンデッド。カトリック系の聖術の通りが非常に良いと知識が教えてくれる。しかし目視する敵性存在の強度はさほどあるようには思えず、

 

 シェイプシフターを大戦斧へと変形させ、それを投擲した。

 

 その巨大な刃を避ける事もできずに白骨が一瞬にでバラバラに砕け散り、骨が散乱する。手元へと変形させて戻しながら、即座に使えるように腕輪の形へと変形して待機させる。

 

『で、第一住民を発見したご感想は?』

 

「解った、生きている誰かを探すとしよう」

 

 レイシフトに成功したのが己一人だとは限らない。あの瞬間、確かに立香とマシュもレイシフトするのを見た筈だ……あの瞬間の記憶は非常にあやふやで困るのだが、それでも確かにあの二人は直前まで生きていた。となるとこの冬木市に投げ出されている可能性がある。マシュはAチームとしての訓練を受けているからまだしも、あの立香という少年はまるで素人のように感じられた。放っておけばこの状況と環境下ではまず間違いなく死ねる。

 

 合流、するべきなのだろう。

 

『甘いわね。本当に甘いわね。でも好きよ、そういう所』

 

 周りへと視線を向けてから、さらに遠くへと視線を向ける。どうやら今はやや町はずれにいるらしい。ここからは都市の全体図が良く見える。中央を分断する川の上には大きな鉄橋が存在しており、街を東西で繋いでいた。どうやらあそこがこの都市全体の中心にも見える気がする―――東西で移動するならあそこは絶対に避けられない。となるとカルデアの人間が生き残っている場合、あそこを調査の為に渡る筈だ。

 

 そうと決まれば行動にさっそく出る事にする。目的地へと向かおうと考えた瞬間、カタカタ、と音が迫ってくるのが聞こえた。正面、向かう先へと視線を向ければ、無数の白骨がそれを塞ぐ様に展開されているのが見えた。どうやら此方を殺すつもりで来ているらしい。その数はざっと二十を超えるように見える。一々相手をするのも面倒だな、とその数を見て思う。そもそもからして、まだダメージが残っていて治療中なのだから派手な動きはしたくない。

 

『ならどうするの?』

 

「こうする」

 

 シェイプシフターを変形させる。肩に担ぎ、箱の形状をした武装は科学をベースに、神秘にもダメージが与えられるように加工されている。直接当たらなかったとしても、どうせ爆風の方でダメージが入るだろうと計算しつつも、後部からアンカーを射出、トリガーを引いて多連装ロケット砲を発射した。無数のロケット弾が火を噴きながら正面、白骨の群れに衝突して爆発を巻き起こす。新たに炎を生み出しながら爆炎と巻き上げられた砂塵によって視界が閉ざされた瞬間、解除しながら横へと飛びながら≪虚ろの英知≫から≪気配遮断≫を発動させる。即座に気配を殺し、そのまま爆発の領域の横を抜けるように残った白骨たちを無視して一気に集団を抜ける。

 

 態々全滅させようと相手をするのは馬鹿のする事だ。まずは情報収集と合流が最優先、ほかのことは二の次で一切問題ない。戦えば戦うほど限られたリソースが削られるのだから、なるべく戦闘は避けたい―――魔力だって無限ではないのだから。

 

 白骨たちを避けて瓦礫の街へと突入する。魔力の気配を探ればそこらに反応を感じる―――おそらくは先ほどの白骨の仲間なのだろう。

 

『爆発音を聞いて集まってきているのかしら? 結構な数が集まってるわね』

 

 となるとやはり、隠密行動が一番なのだろう。そう判断し、気配を殺したまま周囲を見渡す。今いる東側の街はどうやらビルの類が比較的に多いらしい。

 

こっちの方がいいな(≪虚ろの英知:フリーラン≫)

 

 適当なビルの壁を三階ほど蹴り上げて走り、そのまま割れた窓からビルの中へと入りこむ。そこで頭を低くしながら窓の外から大通りの様子を伺う。数メートル単位で大量の白骨が武器を手にうろうろと歩き回っているのが見える。それはまるで獲物を探し、求めているハンターの様な姿だった。いや、実際に捜しているのだろう、相手を。

 

 骨だけとなったその体からは強い怨念を感じる。その数も三十を超えてからは数えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。その数を見ていれば、召喚された、というよりはこの街の住民を材料に変化させた、という感じのほうが正しく感じられる。

 

『普通の人は生きてそうにないわね』

 

 この状況で生存できる一般人がいたらまず間違いなく主犯の仕業であると疑う。とてもじゃないが普通の人間にこの環境は無理があるだろう。そう考えながらバレないように注意を払いつつ、窓から脳内に移動用の道筋を構築して行く。その間にも見れる白骨たちの姿は全く減らない。

 

 それどころか、何かを探索しているように思える。

 

『貴方を探している……という訳じゃなさそうね』

 

 動きからして違うだろうとは思う。俺を探しているのであれば家内に突入して探索をするだろうが、まるで監視するように街中を歩き回っている姿はつまり、街中にあるはずの何かを探している、ということだろうか?

 

 ……データでは2004年の冬木市では聖杯戦争が行われていたと出ていた。

 

 特異点の発生とは()()()()()()()()とも言える現象らしい。つまり歴史的に発生するべき出来事が間違ってしまった、という結果から発生する。それとこの街の惨状、様子をうかがって考え付く事は―――聖杯戦争、その結末が変わってしまった、というところ辺りだろうか? 或いは今も継続中であるか。

 

『どちらにしろ面倒な相手ね。良かったじゃない。サーヴァントが相手なら自分の存在意義を果たせるわよ?』

 

「それは―――」

 

 確かにそうだ。そうなのだが―――何か、引っ掛かりを覚える。ただその前に今はまず、一緒にレイシフトしてきた立香やマシュを、そしてカルデアとの連絡をどうにかして取らないとならない。それが今の自分にとっての一番優先度の高いことだろう。だからルート構築が終わったところで軽く頭を下げ、鉄橋までビルからビルへの移動を行うために窓から飛び出そうとした瞬間、

 

「―――」

 

 動きを完全に停止させ、再び姿を窓枠の下へと隠した。素早く身を隠しつつ、シェイプシフターを手っ取り早く鏡へと変形させ、それで窓の外が見えるように位置を調整し、覗き込んだ。そこには赤く染まった暗雲に包まれた冬木の空と、

 

 そしてその空を舞うように黒い影で構成された天馬に跨る、影の塊のような女の姿が見えた。

 

 その姿を見た瞬間、全身の細胞が歓喜で震え上がるような気配を感じた。本能的に、或いは直感的に、あの存在が異質ではあるが、サーヴァントであると理解できた。そう、アレはサーヴァントだ。天馬に乗っている事を考えればクラスはおそらくライダーだろう。気づけないまま飛び出さずに良かった。

 

 空から監視されているのであれば飛び出せば一瞬で見つかってしまっていただろう。それを事前に察知できてよかった。既にダメージをくらっているこの状態で正面戦闘なんて冗談ではないに決まっている。アレはここで殺さないと移動が非常にめんどくさくなる―――それを抜きにしても絶対に殺さなくてはならないのだが。

 

『己の為に?』

 

 誰のためでもない、己の為に。カルデアを爆破し、自分の目の前でAチームを殺してくれた爆破犯に関しては()()()()()()()()()()()()()()()()予定だ。あの光景がこのアヴェンジャーのクラスに、霊基に再び暗い炎を灯してくれた。おかげで今、カルデアにいたころとは比べ物にならないほどやる気がわいてきている。

 

『ふふ、その誰でもない、自分の為に行動する利己的なところが素敵よ。さ、じゃあ空を飛んでいるお馬さんに地上の厳しさを教えてあげましょう―――弓で。ほら、弓って飛行ユニット特攻があるじゃない。あ、でもボスユニットっぽいから特攻耐性のお守り持ってそうね。まずは盗賊でお守りを盗むのよ』

 

「これ、ゲームじゃないから」

 

 脈絡のない妖精の発言に呆れつつも、こいつのおかげでどんな状況でも飽きとは無縁でいられそうだと思い―――推定ライダー殺害へと動きを作る。




 かぁー! 刺さらない! なぜか刺さらない! なぜか心臓に刺さらなかった! かぁー、残念だ! なんでだろうなぁ……なんでだろうなぁ! (踊る幼女を見ながら

 とか言いつつ7章クリア。すっげぇ楽しかった。特にラスボス相手に命がけの厳選ロデオを始めたところとか涙が出たな。

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