Vengeance For Pain   作:てんぞー

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答え - 2

 ―――魔術王ソロモン。

 

 彼の王は偉大な王だった。旧約聖書に彼は登場し、魔術の祖と言われている。つまり現代に存在する数々の魔術、それらはソロモンが生み出した魔術か、或いはそこから派生したものだと言われているのだ。古代イスラエルの王であり、()()()()()()()()だと言われている。凡そ、最強のキャスターのサーヴァントが誰であるかを考える上で、花の魔術師マーリンと共に候補筆頭として上がって来るのがソロモンだ。何故なら彼は魔術という概念をこの世に生みだした為、神代に起源が遡る様な魔術でもなければ、それ自体が彼に対しては無効である他、

 

 彼には七十二の魔神が存在する。ベリアルを初めとして様々な創作に名を残す有名な魔神、知名度で言えばそれこそ表世界の人間だって知っているレベルだ。彼は人ではなく王と呼ばれており、イスラエルの神殿を築き上げ、王として数多くの優れた政策を行ったとされている。

 

『―――ただこいつ、ダビデ王が最前線に送って殺した兵士の妻を寝取ってそこから生まれて来たのよね』

 

 境遇がハードすぎる。ソロモンがグレてもこれはしょうがなくない? と一瞬だけ思ってしまった事が憎たらしい。とはいえ、そんな愛歌の発言で少しだけ心に余裕が出来る。とはいえ、本当に小さな余裕だ。何か、行動に移すだけの余裕がある訳ではない。

 

「―――は」

 

 その中で、モードレッドが笑った。

 

「結局はサーヴァントなんじゃねぇか。蘇って人類を滅ぼそうと調子に乗ってるだけだろ……!」

 

 クラレントを構えたモードレッドが威圧を蹴散らしながら咆えた。そんなモードレッドの姿を見て、ソロモンは哀れなものを見る様な―――いや、完全に見下すような視線をモードレッドへと向けていた。

 

「貴様ら無能共と同じ位と私を考えるな。確かに私は英霊だが―――人間に召喚される事はない。()()()()()()()()()()()()からな。故に私にはマスターはいない。否、私が私のマスターであるとでも言うべきか。そしてだからこそ、私は己の意志でこの大事業を開始した。この宇宙で唯一にして最も愚かな塵芥―――お前たち人類を一掃する為に」

 

 ソロモンの言葉を偽りだと否定する事は出来なかった。少なくともソロモンが既に七つの特異点以外の時間軸を焼却し終わった事は既に、特異点攻略をして行く上で証明されているのだ―――つまり、この魔術王は本当に成し遂げているのだ、人理焼却という行いを。死から自ら蘇って英霊となり、そしてその上でグランドキャスターとなって降臨する。

 

 人間という領域を完全に超えている。

 

『駄目よ、心を折らせちゃ。諦めたら可能性すら存在しなくなるわ』

 

 奥歯を強く噛み締めながら、それもそうだ、と愛歌の言葉に同意し、シェイプシフターを握る。ここまで来たのだから、ここで足を止める訳にはいかないのだ。ここで立っているだけで窒息しそうなプレッシャーを感じていても、それでもまだ足掻ける。まだ生きているのだから、諦める訳にはいかないのだ。

 

「どうした? 絶望のあまりに声を失ったか? 別に抗いたいのであればかかってきてもいいのだぞ?」

 

「ハッ! 上等だ……おい、マスター。チャンスだぜ。まさか……ビビってねぇよな?」

 

「おう、大将。心配すんな。英霊(おれたち)は無理、無茶、無謀ってのには慣れてるんだ。どれだけ力量差があってもこれぐらい覆してやるよ……ほら、胸張って指示を出しな」

 

「ま、最悪お兄さんたちで責任をどうにか取ってやるさ」

 

「Arthur……Where……」

 

「マリーがいない……」

 

「あの二人はほんと状況がどうあっても変わらんな……」

 

 胸を張れ、任せろ、何時も通りの姿と言葉に立香が令呪の刻まれた拳を握りしめた―――まだ、心は折れていない。マシュの足が震えているのが見える。彼女にこの相手は早すぎたらしい。いや、その気持ちは解る。正直俺でさえ今は逃げ出したい気分だった。だけどそれは出来ない。この少年と少女を守る存在として、そんな大人として胸を張りたいからこそ、逃亡という手段はとれなかった。

 

 少なくとも()()()

 

「皆―――彼がもし、本当に、黒幕なら……ここで勝てれば全部終わる。皆、頼んでも、いいか?」

 

 その言葉に揃えて返答する。

 

「―――おう」

 

 そのやり取りを静かに、そして冷静にソロモンは眺めていた。此方が戦う意思を見せ、武器を手に取る姿をソロモンは見ていた。冷静に、観察する様に―――そして見下す様に視線を向けていた。此方の発言を全て聞いて、それを理解し、ふむ、と一声置いた。そして直後、気づかされるような驚きの表情を浮かべた。

 

「あぁ、なんだ、そういう事か。まるで気づかなかった。哀れにもまさか()()()()()()()()()のか

? 万が一にも勝機が残っているとでも思っているのか? 改めてその哀れさをこうやって感じ取れるが―――まぁ、良いだろう。ハンデをくれてやる。魔神柱を出さずにこの身一つで相手をしてやろう。いいぞ、何時でもかかってくるがいい。死ぬ前に夢の一つでも見せてやろう」

 

 そう言ってソロモンは大地から僅かに浮かび上がり、受け入れる様に僅かながら腕を広げた。その言葉の通り、ソロモンは何もしなかった。魔術、召喚、悪魔の気配さえない。文字通りその身一つだけで相対するつもりだった。ソロモンはそれだけでも此方に勝利できると、そう判断しているのだろう。そして実際にそれは正しい。まるで勝てない。勝つ姿が予想できない。このまま戦っても、どうあがいても蹂躙される未来しか想像できないのだ。だから言葉を停止させ、黙り込み、しかし直後、成すべき事を迷う事無く判断した。

 

「ランスロットォォォオオオ―――!!」

 

「―――!!」

 

 咆哮するのと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()。それはソロモンとは逆の方向。逃げる為の動き、立香とマシュのいる場所への移動。狂化された肉体を限界まで引き絞って一気に立香とマシュを掴み上げ、そして逃亡する様に動き出した。その動きに合わせて、全ての英霊と同時に動き出した。一番最初に前に飛び込んだのは金時だった。超一流の英霊とも表現できる彼が、その極限まで磨き上げられた怪力で飛び込みながら鉞を振り下ろした。

 

「―――で?」

 

 それをソロモンは指一本で受け切った。それは雷神とも表現できる必殺の一撃。金時が自壊を恐れる事なく、限界を超えて出力を絞り上げてそして自身が放てる全てを乗せた、未来を完全に捨て去った最高の一撃だった。だがそれはソロモンの指で完全に動きを停止していた。それ以上は1mmも動く事もなく、酸素を蒸発させる雷鳴でさえソロモンに届かず、まるでそれ自体がソロモンを恐れるかのように避けていた。金時がそこから次の動きに入る前に、ソロモンが前へと指を進めた。それはバターを温めたナイフで切り裂くように鉞を切り裂きながら突き進み、そのまま金時の額に突き刺さって―――その姿を真っ二つに割った。

 

「次だ」

 

 次にソロモンに突き刺さったのは呪術だった。炎、冷気、風、それが同時にソロモンの姿を消し飛ばす様に一切の躊躇もなく、金時が放ったようなリソースを全てつぎ込んだ必殺の一撃として放たれた。玉藻の前、彼女の実力を考えれば、呪術EXという凄まじい領域のそれを考えれば、ソロモン一人殺すのに放たれたそれが()()()()()()程の呪毒であるのが理解できる。生物を殺す為ではなく、地図から名を消し去る為の玉藻自身が封印していたものであったが、それを煩わしそうにソロモンは片手を振るうだけで消し去り、指を弾いた。その衝撃で玉藻の姿が粉々に砕け散った。

 

「次だ」

 

 その言葉と共にクラレントから放たれた特大の灼雷が突き刺さった。炎の様な熱を持った、灼熱の雷。神経を犯すだけではなく蒸発させ、人体を欠片も残さない、聖剣にも近い聖剣の一振り。それは本来はモードレッドの所有品ではないが、それでも年月を重ねて繰り返されてきた鍛錬と大技は裏切らない―――筈だった。完全にソロモンを飲み込んだ筈の灼雷の中で、ソロモンは軽い欠伸を噛み殺していた。その視線はこの程度しかできんのか? と見下すようなものであり、()()()()()()()()()()のだった。そしてその上で軽く息を吹きかけた。それまではソロモンに降り注いでいた灼雷が反転、吹き飛ばされるようにモードレッドへと突き刺さった。

 

「次だ」

 

 直後、処刑台がソロモンの姿を捕まえていた、物珍しそうにソロモンは処刑台に捕まった自分の姿を見てから、死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)を発動させたサンソンの姿を見た。それで処刑出来るものなら早くしてみろ、と言わんばかりの視線をサンソンへと向け―――素早く、サンソンがギロチンを落とした。処刑台に乗せられたソロモンはそこから抜け出せずに真っ直ぐ首の上から落ちて来たギロチンを受け―――止めた。首を切り落とすはずのギロチンが()()()()()。それは宝具という性質を考えればありえない現象であり、つまらなそうな表情を浮かべていた。

 

「死という運命で私を捉えられるわけがないだろう」

 

 そう言って足元の小石を蹴った。それがサンソンの頭を消し飛ばして破壊した。そのモーションの終わる直後を狙い、縮地、居合抜き、無明の太刀を沖田と呼吸を合わせて一瞬で放った。だがそれが放たれるのと同時に既にソロモンは察したような表情を浮かべ、片手で沖田を真っ二つに惨殺しながら、もう片手で完全に此方の攻撃を掴んでいた。

 

「やはり所詮は人間の延長線、この程度のものか……」

 

 見下した視線は此方ではなく、背後へと向けられていた。ゆっくりと振り返れば、逃亡した筈のランスロットの姿があった―――ただし、その四肢はもがれ、今にも消えてカルデアへと戻って行く最中だった。運搬される筈だったマシュと立香は大地に転がっていた。マシュは庇う様に即座に立ち上がろうとするが、足が震えているのが見えていた。立香の方は一瞬で全滅した光景に、信じられないものを見るような表情を浮かべていた。

 

 ……まぁ、だよな。そうだよな。そう思うよな。ありえないよな、こんな状況。

 

 笑ってしまいそうな程、絶望的だった。ソロモンはその場から一歩も動く事なく、指弾程度で離れた位置にいるサーヴァントを殺害し、欠伸の吐息で宝具を打ち返し、鬱陶しいと思う気持ちで呪詛を無効化した。蹴り飛ばした石ころさえ英霊を即殺し、そして離れた英霊を無言のままに惨殺する。もはやどうにかなる、という領域を超えていた。グランド―――つまりは冠位。それはもはや人間がどうするかとか、どうにかなるとか、そういう事を考える所から逸脱していた。

 

 何をどうしても、絶対に生存できない。

 

 そんな絶望感が心に満ちていた。

 

「どうした? 倒すのではないか? 蹂躙するのではないのか? これぐらい何度も経験したのだろう? ん? 英霊を名乗ってるのだから当然これぐらい出来るんだろう―――あぁ、そう言えばもう蹴散らしてるから聞こえる訳もないか」

 

 そう言葉を放つとシェイプシフターを握りつぶした。破片がソロモンの周囲に散乱し、散らばりながら、その衝撃だけで内臓をぐちゃぐちゃにされるような感触を覚え、吐血しながら弾き飛ばされた。その時に理解した―――こいつには絶対に勝てない。勝つにしてもどうにかして、裏ワザ染みた方法が必要なタイプなのだ、とも。

 

 だけどそんなもの、ここにはない。

 

 カルデア自慢の英霊軍団でも……勝てなかったのだから。

 

「アヴェンジャーさん!」

 

 マシュの声を背に、片膝を付いた―――ごめん、と思う。あまりかっこいい背中を先達として見せられなかった事を、だ。後、若干君の事を避けていた事もだ。本当はもっと絡むべきだったのだろう、だが自分は醜くもデミ・サーヴァントとして完成されていたマシュに嫉妬し、そして同時にあれだけ美しく、無垢な姿に苦手意識を覚えていたのだ。アレだけ綺麗で、そして救いのない人間がこの世にはいるんだ、と。

 

『……エージ、覚悟を決めたのね?』

 

「―――ほう、まだ気概が残っているか。動かないのであればその盾の少女共々、別に生かしておいてもいいのだが……いいや、そうか。それがあったか。なら駄目だな。貴様は念入りに心臓を抉り抜いてから殺してやろう」

 

 すまない立香、と心の中で謝る。もうちょっと格好良い大人でありたかったが、結局格好悪い所ばかり見せてしまったと思う。もう少し早く記憶を取り戻せば、もうちょっとだけ、付き合いの良いお兄さんとして遊んでやれたかもしれない―――まぁ、そこら辺は来世に期待するとしよう。

 

 だからすまない、愛歌。今までの人生を無駄にする様で―――一緒に死んでくれ。

 

『いいわよ。一緒に逝ってあげる』

 

 ありがたい、そう呟き―――飛び出した。ソロモンを殺す為に持てる技術と知識の全てを込めて、一直線に切り込んだ。だがそれは直後、体が到達する前に無造作に伸ばされたソロモンの腕によって失敗した。

 

 激痛と鮮血が頭を満たした。一瞬で赤色に視界が染まり、褐色肌の腕が心臓を寸分の狂いもなく背後へと抜ける様に掴んで居るのを感じた。まだ、心臓が生存を主張する様にどくん、どくん、と脈打っている―――ソロモンの手の中で。こんな状態でもまだ死ねない、自分の頑丈さに呆れる。どれだけ死に辛く作ったのだろうか、この体を。

 

「……」

 

 ふと、ソロモンが此方へと向ける視線を見た。それは決して見下すようなものではなく、その瞳の中には()()()()()()()()()()()。こいつは心の底から何かを憐れんでいるのだ。それがなんであれ、なんであるかは解らない。だが理解しているのは、自分がこれから他の英霊達がそうであった様に、まるでゴミの様に死ぬという事実だけだった。

 

「遺言があるのなら聞くぞ?」

 

無貌にて世の果てを彩る(おれといっしょにしんでくれ)

 

 シェイプシフターの殺戮駆動が始まった。一瞬の内に砕け散った破片が虚無へと変形し、体にくっつけて隠していた残りが変形、一瞬で俺と空間と世界とあらゆる物質を喰い、虚無への変形を始めた。どんな物質であろうが問答無用で虚無へと変形させてしまう星喰いの兵器。自分の体がゆっくりと虫食いになって行く。明確な死という概念が今、自分の体を巣食う。そんな中で、ソロモンを道連れにできないか最後の希望を込めて男を見た。

 

 ―――だが駄目だった。掠り傷すらない。

 

 無敵だった。男は全能だった。笑ってしまいそうな程に無敵だった。

 

 その瞬間、敗北と死を認めてしまった。口の中から鮮血が加速して溢れ出す。虚無に消し飛ばされる前にどうやら心臓を握りつぶされたらしい。あぁ、俺は本当に殺されてしまったのか。俺の人生とは何だったのだ? こうやって死んでしまったら何にも意味がないじゃないか。全ては無意味、無価値―――そう思い、そう考え、しかしこうやって、死ぬからこそ見えたものがあった。

 

 あぁ、この瞬間だからこそ見える。無意味な執着だった。そう思ったからこそ、見えたのだ。

 

 ―――死んで、漸く我執から解放された。

 

 思いが駆け巡る。想いが昇華されて行く。ここに至って初めて()()()のだ。自分の人生、自分の生、人と言う生き物、命の意味、命の流れ着く先、命が辿り着く場所が、その答えが。死が確定して、終わる命の中、我執を捨て去った今だからこそ全てが見えた。

 

 ―――フラッシュバックする。喉の奥から悲鳴の様な叫び声が漏れる。

 

 小学校時代兄家族三人で囲んでいたバースデイケーキを思い出す。中学の頃に遊んだサッカーを思い出す。初めて行った上海で迷子になった事を思い出す。マカオでギャンブルにハマって素寒貧になった時を思い出す。インドで(グル)にあった時を思い出す。モンゴルの遊牧民の世話になった事を思い出す。イギリスで聖女と出会った時を思い出す。アフリカでブードゥーの呪術師とあった時を思い出す。エジプトで食べたクソの様にまずい飯屋を思い出す。少年兵と喋った事を思い出す。薬物中毒で麻薬から離れられなくなった誰かを思い出す。死んでゆく誰かを思い出す。生きてゆく誰かを思い出す。笑顔で明日を迎える誰かを見た。涙を流して明日を迎える誰かを見た。死を悼む誰かを見た。命を輝かせる誰かを見た。

 

 ……必死に生きて、生きて、生きて来た自分を思い出す。

 

「愛歌ぁぁぁぁぁああ―――!!」

 

 名を叫びながら命が体から消えて行くのを感じた。肉体は虚無に飲まれ、命は心臓を失って流れ行き、

 

 その全てが失われ、飲まれた時、

 

 ―――自分という存在が溶けて消えた。




 全能に勝てるかよ馬鹿野郎という話。

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