その有様を一言で表現するのであればまさに地獄絵図という言葉が相応しかった。
強引に突破しながらヘルタースケルターの残骸を山のように積み重ねながら力任せに突破し、強引にその操り手であるらしき存在を見つけ出す。それは巨大なロボットのような姿をした、蒸気の塊だった。蒸気王と名乗り上げたそれは体から蒸気を発していた。まるで違う技術によって作られた存在、異質すぎるエネミーサーヴァントであったが、
―――そうやってチャールズ・バベッジと名乗るサーヴァントは消え去った。地下を目指せという言葉のみをその最期に残して。
苛烈にして効率的。しかしこれぐらいやらないと真面目な話、まともに連戦をこなすことはできないため、相手には悪いがこのペースで毎回戦闘を行わせてもらっている―――だが個人的に気になる場所は別にあった。サーヴァントは別にいいのだ、戦術もいいのだ。なぜなら
「―――藤丸、お前は本当に大丈夫か?」
「ん?」
対バベッジを終わらせてロンドン市街の安全を取り戻したところで、少しだけ立香を借りて路地裏へと連れ込んだ。話があると言ったら快諾してくれた立香を連れて路地裏へと来たところで、改めてその姿を良く観察する。見た目は本当に平凡な男子―――それもまだ青年と呼べるような年代のそれだ。正直、こんな状況に巻き込まれる方が間違いと言えそうなほど、普通の子だった。そんな立香は何を言ってるんだ、と言わんばかりの表情を向けてきていた。
「なんか俺、やらかした?」
「いや、そういう訳じゃないが……お前、ストレス感じてるだろう? 大丈夫か?」
不安なのはその事だった。最近は戦闘頻度が高いし、令呪を使って宝具を放ったり、と立香が前線で判断する度合いが上昇している。それはつまり立香が積極的に作戦に参加し、そして判断しつつ行動しているという事実でもある。それを慣れてきた、と判断してもいいのだが―――正直、そこまで楽観はしたくない。戦闘行為というのは
ナチュラルボーンなバトルジャンキーであっても、
これが聖人と呼ばれる様なサーヴァントがいればもうちょっとそういう機微に聡いのかもしれないが、生憎と未だに聖人がこのカルデアへと到着した事はない。だから質問する。
「
その言葉に立香はあー、と小さく唸る。
「……ちょっと辛い」
「ちょっと?」
「凄く辛いです。マシュに守られなきゃ生きていられないのと、マシュとの契約がなきゃこの魔霧の中でまともに動けないのと、何時狙われるんだろうってのと、あと純粋にキャパオーバーっぽくてすっごく辛いです」
「良く言った」
やはりか、と思いつつ立香の頭を軽く撫でる。わぷっ、と言いながら頭をなでられる立香は恥ずかしそうにしつつ、なすがままになっている。他のサーヴァントの視線はなく、覗き込んでくるような奴もいないから、ポロっと本音を零してくれたのだろうか。或いは、俺のことを信頼してくれているのだろうか? どうあれ、立香を裏切るようなことは自分には出来ないだろう。彼が人類最後のマスターである以前に、彼は守られるべき子供なのだから。
「辛かったら辛いって素直に言えよ? 隠す必要はないからな。隠したところでかっこいいって訳じゃないし、寧ろ弱音を吐ける方が女子にはウケがいいぞ」
「マジか。……マジか。というか先生、最初と比べてだいぶ人間らしくなってきたっすな」
「色々と俺も思い出してきたからな。おかげで少しはお前の相手をするだけの余裕もあるってもんよ……まぁ、それはそれとして、この特異点もたぶん、あと少しだ。それを切り抜けるまであと少しだけ頑張ってくれ。そうすればしばらくは休みだ。頭を空っぽにして遊べるぞ」
「うん、俺頑張―――」
素早く立香の頭にチョップを叩き込み、訂正させる。
「じゃあ適当にみんなに頼る」
「それで良し。そんじゃ一旦休息の為にもアパルトメントへと戻ろうか……それはそれとして、オリオン勝利しちゃったけど大丈夫かあれ」
「ご愁傷様って事で」
笑いながら帰路へとつきながらも、胸の内にある不安は消えなかった。ロンドンの魔霧に影響されないとはいえ、その鬱陶しさと見えない敵との戦い、無限に増える増援、そして暗殺の出来るジャック・ザ・リッパーという組み合わせはどうやら、相当立香の精神を疲弊させていたらしい。ここで冗談の一つも言えず、効率的な作戦を考えて実行しているのは―――この特異点を一秒でも早く攻略する為なのだろう。自分に余裕ができて見えるようになると、見えてくる事が増える。それを通して思う事は、
―――早いところ、ここは決着をつけないと危ないかもしれない。
「おう、お帰り。その様子を見ると上手くできたみてぇだな? 作家どもが煩くてたまんねぇから代わりに相手してくれ」
帰還早々、モードレッドと作家共の歓迎を受けた。そんな作家共の姿を見れば優雅にスコーンとジャムを片手に、もう片手に紅茶を淹れており、優雅なアフタヌーンティーに洒落込んでいた。相変わらず英国文化は優雅だなぁ、と軽く呆れながらも疲労しているのは事実なので、カルデアから送ってもらい、ヘンリーの冷蔵庫に突っ込んでおいたスポーツドリンクを取り出し、それをマシュと立香に投げ渡し、自分の分を取り出して飲む。ロンドンが魔霧の影響で冷え込んでいるのは事実だが、それはそれとして冷たい飲み物は活力を呼び覚ます。
「はぁ、生き返る。一旦休息入れたらロンドンの地下に突撃だな」
来客ソファに座り込みながら息を吐き、最後の探索の為の休息を行う。パラケルスス、チャールズ・バベッジ、ジャック・ザ・リッパー、後なんか流れ作業で立香らが殺害したらしいメフィスト。それら全部討伐したところで地上の安全はある程度確保出来た。あとは地下へ、魔霧の発生源へと潜って行くだけだ。なんだかんだでロンドン特異点での探索は長くなった。これが終わったら第五特異点の特定でそれとなく時間がかかるだろうな、なんて事を考えていると話が進んでいた。
どうやらその内容はサーヴァントと、そしてその本来の形に関する話であった。
『まぁ、そもそも聖杯を召喚する為の聖杯戦争ってシステム自体が歪だからね? 元々は英霊召喚と呼ばれるシステムを都合よく改変したものが聖杯戦争という形になっているのよ。だから違和感を感じてもおかしくはないわ。だってそれは正しい違和感ですもの。本来の英霊召喚はグランド級サーヴァントを召還する事で人類悪に対抗する為の手段を召喚する為の儀式だし、こうやって聖杯を争う事自体が本来の用途とはかけ離れているのよ』
……驚いた、それはデータベースにも虚ろの知識にも存在しなかった情報だった。
『そりゃぁそうよ。協会だって覚えているのは現代から見て相当昔の連中だけよ? それにそんな大事になる事を予測できるのはそれこそアトラス院の変態どもだけだわ。……まぁ、こうやって話題に上がってくる以上、
文字通り格が違う、という話か。
『そうね。相対するという考え自体が間違いだわ』
何も知らない俺の代わりに多くを知る愛歌。彼女がそう言っているのだから、恐らく相当なレベルでの絶望なのだろう。そして彼女がこうやって言葉にする以上、いつか、どこかで出現するのだろう。それがなんとなくだが理解できた。……或いはその登場が近いのかもしれない。何しろ、アルトリアもこの特異点で全滅したとか言っていた記憶がある。となると本当に出現するのかもしれないのか? グランドクラスが?
グランドサーヴァントが?
「―――」
「あれ……静かですけどどうしたんですか、アヴェンジャーさん?」
「ん? あぁ、ちょっとこれが終わったら何をしようかなぁ、って考えていてね。ほら、この特異点もいい感じに終わりが見えてきたところじゃないか? これが終わったら暖かいシャワーを浴びれると考えるとなんか気が抜けてきてねー……あー、早くたっぷりとシャワーが浴びたい……」
「あぁ、そういえばアヴェンジャーさんは綺麗好きでしたよね。なんというか、お部屋を伺った時もいつも綺麗にしてある、というか」
「掃除や自分を清潔に保つことは大事だぞ。作業場の清潔さはその人物の性格が読み取れるし、人間の印象なんてものは可愛いやかっこいい以前に清潔か否かで変わってくるからな! サーヴァントはそこらへん、霊体化すれば一瞬で汚れや服の破れとかから回復できるという凄まじい特権を持っているわけだが、俺たち人間はそうじゃない。それに何時、シャワーや風呂が使えなくなるのかわからないんだ。浪費できる水を調達できる間にしっかりと風呂やシャワーには入っておけ。さっぱりするだけで効率が段違いだからな」
「先輩! 凄いです! アヴェンジャーさんから凄まじい執念を感じます! これでもかってぐらいのプッシュ力を感じます!」
「そうだねー。まぁ、ロンドンは魔霧でじめじめしてて軽くめんどくさいから、さっさとシャワーを浴びてさっぱりしたいって気持ちには賛成なんだよなぁー……」
その内、カルデアに大浴場を追加しよう。そう、やはり大浴場だ。風呂場というのはデカくてナンボという奴だ。自分の部屋のボックスシャワーも悪くはないのだが、やはり広々とくつろげる風呂の中でゆっくりと時間を過ごせてこその癒しではないかと思う。それにそういう開放的な場所があれば少しは心労を和らげるのにも効果があるだろう。
……ともあれ、聖杯の獲得まであと少しだ。ここまで来たらあとはサクっと回収し、特異点を終わらせるだけだ。そうすればカルデアへと戻って休息を入れる事もできる。嫌な予感が尽きないが―――それでも、あと少し。それさえ乗り越えれば休めるのだから、そこまで全力疾走で駆け抜ければいいのだ。
「……」
カルデア全滅の原因、俺達の死因。
そのおぼろげな正体が直感的に理解し始め、それを忘れる為に微笑を浮かべた。
悲しいことに、笑い方を思い出して上手になったのは―――嘘だった。
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バベジン、セリフすらなく消し飛ぶ。ロンドン結構書いてるクセに悪役側にまったくセリフがない件。正直喋り方難解だからしゃべらせたくはないって事実もある。