Vengeance For Pain   作:てんぞー

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序章 - 3

『―――あははははは、ははは……ははは―――!』

 

 腹を抱えながら妖精が笑い転げていた。それもそうだ。ファーストオーダー発令の為に参加者、およびスタッフ総員を呼んで作戦説明を行っている中、あのもっとも新しいマスター―――藤丸立香とかいう彼は()()()()()()()のだから。しかも立ったまま、ぐーすか眠っていたのだ、所長であるオルガマリーの前で。カルデア到着直後で辛いのはまだ理解できるが、

 

 その場合は普通に不調を言い訳に欠席すればいいのに、と思わなくもない。

 

『でもそのおかげですっごく面白いものが見れたわ。あー、面白かった。彼のあの度胸、私とても気に入ったわ―――あ、でも大丈夫よ? 好きなのは貴方だけなのだから、別に嫉妬しなくてもいいのよ? ふふ、ははは……思い出してきちゃった……ふはは……』

 

 腹を抱えて再び妖精が笑い出す。相変わらず趣味の悪い奴だと思いながらも、カルデアの理念や目的、そういう基本的なスピーチの退屈さは良く理解している。何せ、文字通り脳髄に刻み込まれているのだから。だから気持ちは解らなくもないのだが―――やはり眠るのはどうかと思う。ふつう、眠ることはないだろう、とは思う。ともあれ、そんな立香の珍ハプニングを通して、空気は少しだけ緊張しきれずに緩んでいた。緊張しすぎて窒息しそうな状況よりははるかにマシとも言える状態だ。

 

「―――それではAチーム並びに本作戦参加者はレイシフトルームへと移動! 作戦を開始するわよ! これが私達のファーストオーダー!」

 

「了解!」

 

 オルガマリーが壇上から解散を告げるのと同時にスタッフ達が、47人のマスター達が活動を開始した。今作戦に同行するのはこの半分以下のマスター達ではあるが、だれもが使命感に満ちた表情を浮かべていた。人理を守り、未来を保証する。その為のカルデアなのだから、当然といえば当然なのだろう、モチベーションの高さは。そんな中で、自分一人だけがそんなことに関係なく存在意義を満たすために戦いを求めている。

 

『人類とか未来とか、そういう事のため戦うことに果たして意味はあるのかしら?』

 

 歩き出さない此方に、影を自分の形へと変えた妖精が足元から声を響かせていた。

 

『いえ、意味はあるのでしょうね。だけどそこに価値はあるのかしら? その価値は貴方が思うことと等価なのかしら? 所詮価値観なんて個人で変わるものよ。その人その人がそれで納得できるのならそれが正解なのよ。貴方は貴方らしく、自分を探しながら正解を探せばいいのよ。断言するけど、カルデアにとっての正解が貴方にとっての正解になる訳がないし』

 

 そこまで言うと妖精は一旦言葉を止め、

 

『さ、行きましょう、レイシフトルームへ。過去へと進まなきゃいけないんだから……表現としては妙ね』

 

 前半はどうあれ、レイシフトルームへと向かわなきゃいけないのは事実だった。歩き出そうとしたところで、

 

「―――アヴェンジャー!」

 

 オルガマリーの声に足を止め、振り返る。オルガマリー・アニムスフィアにはマスターとしての適性が一切存在しない―――その為、彼女はレイシフトを行う事ができない。だから彼女はカルデアから指揮を執るだけで、作戦には本格的に食い込むことができない。そんな、複雑な感情が表情に見えた。ただ彼女は此方を呼び止めると頭を横へと振る。

 

「いえ……何でもないわ。レイシフトの準備をなさい」

 

「……拝承」

 

 オルガマリーから視線を外し、レイシフトを行う為に足を進める―――部屋から出るその瞬間まで、ずっと背中にオルガマリーの視線が刺さっていたような気がした。

 

 

 

 

「ふぅ、ファーストオーダー、緊張してきたな……」

 

「おいおい、あれほど昨夜は楽しみにしてるってお前言ってたじゃねぇか!」

 

「はっはっは、まぁ、軽く人類救ってこようぜ」

 

 レイシフトを行う為に霊子筐体(コフィン)が設置されてある部屋へと向かうと、そこにはマスター用礼装服やカルデア戦闘服姿の他のメンバーの姿を見ることができた。そこに交じっているマシュ・キリエライトの姿も確認し、さすがにあのクソ度胸の立香がいないことに安心する―――当然のように選抜から外れたか、と。残念がっている妖精の事を無視して適当なコフィンを選んで入ろうとするとおい、と此方へと向けられる声を聞いた。振り返ればマスターの一人が此方へと声を投げかけていた。

 

「おい、アヴェンジャー―――この任務、俺達は失敗する訳にはいかないんだ。お前の力、頼りにしてるぜ?」

 

「なんて言ったって俺達よりも強いもんな! そいつで俺達をしっかり守ってくれよ?」

 

「まぁ、苦手意識とかライバル視とか色々あるけど―――そういうの抜きにして、今日は戦い抜こう」

 

 握手を求められる事に軽く驚きを隠せなかった―――自分はもっと恐れ、そして疎まれるものだと思っていた。それ故にこういう反応はちょっと意外で、そして驚きだった。だけど同時に、同じ組織に所属する仲間なのだろうと、相手は思っているのだから、当然の反応かもしれない。一方的に拒絶しているのは自分の方だったのだろう、と考えながら手を差し出せば、すぐに握手が返ってくる。

 

 そのまま、代わる代わる、全員と握手を交わし終わった所で少しだけ羞恥心を覚えた。何をやっているんだろうか、自分は、と。コフィンの前でニマニマと笑っている妖精の姿が見えた。羞恥心を覚えるに至った自分の心に驚きつつも、気恥ずかしさで視線をそらし、そのままコフィンの中へと逃げ込むことにした。

 

『あぁ、もう、可愛いわね!』

 

 煩い、黙れ、と心の中で呟きながらコフィンの中へと入りこむと、管制室から監視していたオペレーターがコフィンの遠隔操作を開始する。開いていたカプセルの扉が内外を分断するように閉ざされる。これで、作戦が終了するまではカプセルの外へと脱出する事ができなくなった。少しだけ、居心地の悪さを感じる。狭苦しい場所で自由を奪われるのはあの改造の日々をどうしても思い出してしまうからだ。

 

『―――サーヴァント・アヴェンジャー、収容完了しました』

 

 管制室からの声が聞こえる。それに続くように次々とコフィンの中に入り込んで行く勇士達の名前が聞こえてくる。一人一人、確認するように順番に名前が挙げられ、そして最後にマシュ・キリエライト、と名前が響いてカプセルの閉まる音が聞こえた。これによって今回の作戦、参加する存在すべてがレイシフトの準備を終わらせた。

 

 ―――これより人類の未来を取り戻す戦いが始まる。

 

そして血を吐いた

 

がはっ(≪虚ろの英知:戦闘続行≫)―――」

 

 知覚するのよりも早く吐血していた。気づけば自分の胸に鉄の塊が突き刺さっていた。真下から貫くように生えてきているそれは、コフィンを貫通して外へと伸びるように赤く塗れていた―――自分の血だ。それが見えるのと同時に自分が貫かれていると自覚し、痛みが貫通された胸を中心に広がる。

 

 そして―――爆発した。

 

 コフィンそのものを吹き飛ばすような衝撃と破壊力に一瞬でカプセルのカバーが外れ、熱と共に痛みが肉体を襲う。コフィン内部から解放された事もあって背中から突き刺さっていた鋼を衝撃で抜く事に成功した。そのまま、床に転がるのと同時に、何が起きたのか、それを理解するために脳が混乱のステータスを自動的に遮断し、その代わりに周囲の状況を認識する為に目を開かせた。

 

 そこに映し出されたのは凄惨な光景だった。

 

 レイシフトを行うその部屋は完全に爆破され、炎に包まれていた。ほとんどのコフィンが原型を留めることなく根本から破壊されたように砕け、そして燃えており、人間だった存在のピースが―――腕や足、千切れた首等が爆破の影響でばらまかれているのが見えた。少し前まで一緒に人類の未来を取り戻そうと笑っていた筈の連中だった。

 

 それが今は死んでいる。何が起きたのだと困惑している中、まだ生きている人間の気配と、そして遠くから爆音と悲鳴を耳にする。動かなくては、そう思考しながら体を動かし、状況を受け入れようとしたところで、

 

『レイシフトを開始します―――』

 

 機械音声が響いた。

 

「ぐっ」

 

 コフィンなしでのレイシフトは()()()()を意味する。一刻も早くここから逃げ出せなくては死ぬと判断して体を動かそうとするが、それよりも早くレイシフトの準備が完了した。自分の体が霊子へと分解されてゆくのが分かった。自分の体が端からまったく別のものへと変化して行くその感覚の中で、

 

 ―――美しいものを見た。

 

 手を伸ばす少年と、そして少女の姿が見えた。レイシフトの中、体が霊子へと分解されて行くなかで、コフィンという補助具がない中、確実な死が約束されている中で少年は少女に手を伸ばし、それを握っていた。その瞬間、少年の手を握っている少女の顔に恐怖はなかった。少女の半身は押しつぶされていて明らかにもう手遅れだと解るのに、少年がそんな彼女に付き合う必要なんて一切存在しない筈なのに、

 

 その瞬間、それが成すべき事であるかのように、少年はただひたすらに少女の手を握っていた。

 

 解らなかった。解らないが、それはこの空っぽの心を穿つ()()()を持っていた。動くべきであり、そして何かをするべきだった。だがその瞬間、その光景は侵しがたい何かを持っており、痛みや流れる血を忘れて、レイシフトするという事実さえ忘れさせて魅入られる何かを持っていた。だからそのまま、藤丸立香とマシュ・キリエライトが手を伸ばし、掴み合う姿を見ていた。

 

 ―――だが、それでもレイシフトが進む。

 

 肉体は擬似霊子へと分解される。魂のデータともいえる状態へと分解された己はそのまま、まるでシュレッダーにかけられたような感覚を通して世界から切り離される。炎上するカルデアの景色が完全に消え去る。言葉では表現の届かない色、景色、感覚が体を襲う。それが霊子へと変換されて行く未知にして言外の領域。

 

 生きているのか、死んでいるのか、その感覚さえも曖昧になって行く。

 

 全てが霊子へと分解され、生も死も存在しなくなって行く―――コフィンが破壊され、観測できる人間も存在しない。レイシフトは確実に失敗しており、その先の運命はすでによく理解していた。自身の意識すら段々と消失して行く中で、

 

『―――だけど駄目よ、それじゃあ()()()()()わ』

 

 声が、聞こえた。霊子に分解されそのまま消失して行く世界の中で、不確かなロジックによって形成された世界は観測者なしでは即座に分解されて消えてゆく運命にある。それは絶対の節理であった。だがそのロジックは今、反逆されていた。見えざる神の手によって法則は捻じ曲げられ、ご都合主義を受け入れるように強制されていた。消失していた意識が戻ってくる。手足の感覚が蘇って行く。己という存在を己で観測する事ができ始める。

 

『そう、まだ始まってすらいないのだからここで終わってもらっては困るわ。第一私が見ている中でこんなつまらない、くだらない、そして意味もない終わりを許すわけがないじゃない―――だから、さぁ、目を開けて。そして始めましょう?』

 

 聞いた事のある声。知っている誰かの声―――懐かしさを覚える声だった。そう、この声を自分は知っている。どこか、何時か、聞いたことがあるはずなのだ。どこだったのか、誰だったのか、その記憶をたどろうと腕を伸ばす。

 

 だが、だけどそれが思い出せない―――過去は致命的に喪失していた。

 

 検体171号には過去が思い出せないのだから。

 

 そして、閃光とともに全ての色が消失される―――。




 そして舞台は炎に包まれる。

 次回から本番。

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