Vengeance For Pain   作:てんぞー

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鏡写し - 3

 意識が覚醒する。ゆっくりと意識を覚醒させながらも、目の端を涙が流れていることに気付いた。俺が、泣いているのか。そんな驚きと共に今、どんな奇跡をもって自分がここにいるのかを理解した。あの後愛歌は殺されて心臓を摘出、自分は検体として記憶を処理されながらカルデアへと移送されたのだ。そして―――今に至る。それが自分の人生だった。人生と言えるもののすべてだった。なんて、なんてくだらない。なんてくだらなく、どこまでも無価値で無様な人生だったのだろうか……。生まれたことその物に価値がない。

 

「……」

 

 無言のまま、両手で顔を覆い、そして静かに涙を枯れ果てさせる。涙を流し終わったところで袖で眼の端を拭い、

 

「悪い……愛歌。ずっと、忘れてた」

 

『別にいいわよ。今ではこうしてずっと一緒だからね』

 

 気づけば横に愛歌が立っていた。半透明、妖精と自分が呼んでいた状態、それは変わらなかった。いや、変わるはずもない。彼女は欠けた半身、自分の片割れ。神が用意した自分の怨敵だった。彼女はある意味、被害者だった。自分という加害者の、被害者だった。勝手に期待され、そう仕立て上げられ、そして()()()()()()()()()()()に殺されて確保されたのだ。それが沙条愛歌という少女の全てだった。自分の裏側の人物、もっとも近くて、もっとも遠い少女。

 

「ほんとすまない……俺にはそれしか言えない。本当にすまない―――」

 

『いいのよ、別に。沙条愛歌という少女は間違いなく幸せだったわ。貴方という存在がいてくれたおかげで望まれたような邪悪にはならなかった。貴方は誰も救わなかったわ。それはとてもとても罪深い事よ。なぜなら貴方には誰かを救えるだけの力があったのだもの。だけどそうもせず、貴方は勝手な理由で人を殺し、そして慢心して友人を死なせた―――間違いなく地獄行きよ』

 

 だけど、と愛歌は言う。

 

『―――貴方がそういう人生を選んだからこそ、私は幸福な人生を送れたのよ』

 

 だからね、

 

『ありがとう。そして好きよ、今でも。愛しているわ。それを貴方が思い出した時に伝えたかったの。本当にろくでもない人生だったでしょうけど、自分の人生を否定しないで。無価値だと嘆かないで。それでも貴方が救えた人はここにいるんだから。確かに体は無くなって、限定的な接触しか行えないわ。それでもずっと逢いたかった貴方と一緒に旅ができるだけで私は満足よ』

 

「やめろ……また泣くからやめてくれ……」

 

『もぉー、涙脆いわねぇー』

 

 頭を撫でられる様に叩かれて初めて自分が寝かされているという事実に気付いた。物凄い後悔、憎悪、悲しみ―――そして喜び。ごちゃ混ぜになった感情が自分の中では渦巻いていた。だけどその複雑な感情が一つ、自分に確信させることがあった。それは自分は人であるという事実だった。漸く、自分と言える物を拾い上げる事ができた。

 

 ……望んだような答えやパワーアップはないが。それでも、こうやって全てを思い出せただけで、満足だった。

 

「すまない……本当にすまない……」

 

『あぁ、もう……本当にダメな人ね』

 

 そう言って頭を抱き込んできた。恥ずかしさを覚えるも、妙に安心するものがそれにはあった。なによりも自分の中には愛歌に対する後ろめたさがあった。それがどうしようもない罪悪感を自分の胸の中に湧きあがらせていた。すまないと思いながらも少しだけ落ち着くためにそのまま、数秒ほど心を落ち着けるのに使い―――少しだけ、心を落ち着かせる。駄目だ、昔に戻ってしまって、忘れていた頃程心が強くない。

 

「弱くなっちゃったなぁ」

 

『そこは私がいるから大丈夫よ』

 

 駄目だ。考えが死ねない、から()()()()()()に代わってしまった。明確に自分という存在を取り戻し、認識し、そして理解してしまったから、弱くなってしまった。駄目だなぁ、と呟く。そのまま体を起き上がらせ、軽く頭を振る。虚ろの英知―――対英霊―――獣の権能―――すべて、問題なく稼働可能。機能に変更なし。肉体に変更なし。技能の引き出しに問題……なし。変化はない。戦える。

 

「なぁ、愛歌」

 

『何かしら?』

 

「結局、お前最後はなんて言おうとしたんだ?」

 

 あぁ、アレ? と愛歌が言ってくる。

 

『あの時ならともかく、今となっては不可能よ。終着点に到達したことで貴方は今まで背負ってきた物の全てを理解しながらも、それから解放される瞬間を迎えつつあったのよ。つまり、貴方はあの時、我執から解放されつつあったの。復讐心、神や宗教に対する憎悪から逃れる事が出来る唯一の瞬間だったのよ。だけど、ほら、今の貴方じゃ死にでもしなきゃ無理でしょ?』

 

「あぁ……うん、そりゃあ無理だ……」

 

 その答えは実に簡単である―――脳裏にダブル中指をキメているマリスビリーの姿がどうしてもチラつく。たぶん一生、あの男に対する復讐心は捨てられるとは思えない。まぁ、門司も、そしてパラシュラーマ師も結局は我執を捨てられなかったタイプの人間だ。成功したのは兄弟子のカルナぐらいなのだろう―――とりあえず兄弟子に神話の人物がいると思うと凄まじいな、そう思いつつ息を吐き、

 

「ふぅー……仕方がない、生きよう」

 

『えぇ、一緒に生きましょう』

 

 死にたくない―――死にたくないんだ。そしてあの少年と少女を守らなきゃいけないのだ。そう簡単に死んでたまるか。まだ戦いは半ばに差し掛かった程度だ。あぁ、そうだ。満たされず、答えも得られず、それでも生きているのだ。それが生きるという事なのだろう。

 

 ……負けられる筈もない。だがそれはそれとして、マリスビリーは許さない。

 

『ほんとそれ』

 

 やっぱ我執捨てる事とかどう足掻いても無理ですわ。そんな風にくすり、と笑うと、どこかで笑いのツボを刺激され、笑い声をこぼしてしまった。大声で笑いだすような声じゃないが、それでも笑い出してしまった。なんとも、久しぶりに―――数年単位ぶりに笑ったもので、自分もまだ、笑えたということを認識できたところではぁ、と息を吐く。

 

「ただいま現実……さて、状況の認識にはいるかぁー……」

 

『まぁ、結構寝てたしね』

 

 否定できない。ふぅ、と軽く息を吐きながらアルトリアとあの少年キャスターを探そうと持ったところで、正面、自分が寝かされていたベッドから足を下したところで扉から覗き込む人の姿が見えた。開いた扉の向こう側から隠れられずに覗き込む少女の姿は長い銀髪をしており、黒い一冊の本を両手で抱えていた。一瞬だけその姿を見たのを覚えている。誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)だ。

 

「……」

 

「おおう、言いたいことがあるならはっきり言おうぜ」

 

 というか生きていたのか、という驚きだった。アルトリアだったらまず間違いなく仲間が倒れても容赦なく殺しに行く程度の殺意を持っていると思うのだが、あの後で状況が変わったのだろうか? ともあれ、敵意や悪意は感じられない。ひょっこりと顔を出していた彼女はそのまましばらく無言のまま此方を眺めていたが、その上から覗き込んでくる姿が見えた。

 

「おや、やっと起きたんですかアヴェンジャー。妙にすっきりした表情を見ると、色々といい夢が見れたみたいですね」

 

「あぁ、やっと自分が何なのかを思い出せたよ」

 

「ですか、それは良かった」

 

 苦笑を浮かべる此方の姿を見て微笑を浮かべると、アルトリアがほら、とナーサリー・ライムの背中を軽く押した。少しだけ迷うような、困ったような、申し訳なさそうな表情をナーサリー・ライムは浮かべてからこちらへと向かって本を抱えたまま近づき、そして頭を下げた。

 

「ごめんなさい、おじさま」

 

「おじさまじゃない、お兄さんだ」

 

「おじさまが苦しんでる姿を見て謝らなきゃ、って……」

 

「謝るつもりならおじさまはやめて。地味に心に突き刺さる」

 

「おじさまが無職でモテも金もない酷い人生だった事を思い出させちゃってごめんなさい……」

 

「よし、解った。これ仕込んだのアルトリアオメーだな?」

 

「あ、解ります?」

 

 無言で拳を握りしめていると、アルトリアがすばやく扉の裏へと隠れた。それから数秒後、此方の様子を伺うように姿を見せ、そしてふぅ、と溜息を吐きながら此方を改めて、見た。彼女も、いろいろと不安だったのだろうという事を思い、溜息を吐いて諦めることにし―――今、どうなっているのかを情報整理する事にする。

 

 

 

 

「―――なるほど、あまり時間は経過していないんだな」

 

 どうやら自分が夢に落ちてからまだ数時間程度しか時間が経過しておらず、外は明るい―――とはいえ、魔霧の影響で日の光なんてものはほぼないのだが。ともあれ、その間に発生した出来事といえばキャスターの真名がハンス・クリスチャン・アンデルセン、童話作家のアンデルセンだと判明し、愛歌の姿をまねたナーサリー・ライムがかつて別の聖杯戦争でマスターであったというありすという少女の姿を再び真似た、という事にある。どうやら愛歌の姿を経由して変化したことで、正気を取り戻したらしい。あの集団昏睡事件は己の存在を求めての半ば暴走状態だったらしい。

 

 そうなると、

 

「完全に俺の事で足を止めちまってたか。ほんとすまん」

 

「別に気にするな。そもそも俺は原稿を書くことですら肉体労働として反対だ。大義名分を得てサボタージュができるのであれば乗っからない理由はないだろう?」

 

「休んじゃ駄目よ、貴方には幸せに終わる物語を書いてもらうんだから!」

 

「なんだと? お前は俺にそんな駄作を書かせたいのか? だが残念だな、俺は俺の書きたいものしか書かないぞ。あぁ、強制されるぐらいなら死んだほうがマシだとも!」

 

「筋金入りのキチガイですね」

 

「キチガイがなんか言ってるな」

 

『お、激しくブーメラン飛ばしあってるわね、ここ』

 

 仲間で殴り殺しあうのがほんと得意な集団だよなぁ、と歩く呆れつつも、気を入れ替える。

 

「とりあえず俺に関してはもう大丈夫だ。忘れていた事は全部思い出せたし、これからの活動では邪魔になることはない。個人的な要件にケリがついた。そこに関してはありがとうナーサリー・ライム。完全にお前のおかげだわ」

 

 その言葉にコクコク、と頷いてナーサリー・ライムが答えた。まぁ、自分に関してはそれだけだ。これ以上発展のしようがない。だから自分のことはこれで終わらせ、本題はその次だ。これからの事に関してだ。

 

「とりあえずナーサリー・ライムの暴走を停止させる事に成功させたのでソーホーに関しては放置でしょう。魔霧の濃度が凄まじいと言っても出来ることは何もありませんし、根本的な解決を望むのなら合流して聖杯をどうにかしてしまうほうが遥かに早いはずです」

 

「となるとジキルのアパルトメントに戻るのが先決か」

 

 まぁ、サーヴァントの現地協力者が増えたのだと思えばそれでも十分な成果だろう。何よりナーサリー・ライムの暴走が止まったおかげでこれ以上ソーホーでナーサリー・ライムの犠牲者が増えることもないのだから、結果としては上々だ。

 

 とりあえず今はあちら側の成果を聞く必要もある―――それを聞いてから判断しよう。




 キメ顔ダブル中指マリスビリー。

 とりあえずソーホー話はおしまい。こっちではアリス加入という事で。ロリショタ密度急上昇。とはいえ、これでもまだロンドン序盤。やることが多いから個人的にいくつかカットしたいという気持ちもあるが、さて……。

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