「―――レイシフト完了、現地到着です」
マシュの言葉に立香がゆっくりと目を開くのを確認しながらすでに大戦斧へと得物を変形させ、周りへと視線を向けていた。レイシフトの影響でわずかに霊子が光を放って漂っていたが、それもすぐに霧の中へと消えていった―――そう、霧だ。凄まじいまでの濃霧が一帯を包んでいた。それこそ十数メートル先が霧の中に閉ざされて見えなくなるぐらいには酷くなっていた。それに、空間に停滞するこの濃霧にはそれなりの魔力が宿っているのを感じられた―――一般人にはどうあがいても害悪だな、と判断する。武器を肩に乗せたまま、周りへと視線を向け、警戒を続ける。
「懐かしいな……汚染が酷い場所とかこんな風に霧が酷かったもんだ。ただこれだけ魔力が含まれているのはおかしいもんだ。無事か、藤丸?」
「あ、いや―――うん。何ともないや」
無理そうなら即座に魔力をドレインして対策を施そうかと思ったが、そんな必要はなかったらしく、この濃霧の中でもピンピンとした姿を見せていた。なんというか意外というか、いや、ギャラハッドの守りの加護がマシュを通して立香に作用しているのだと考えればある意味アタリか。ともあれ、対毒の加護を持っているのであれば必要以上に心配する必要もないのかもしれないと思いつつ、更に周囲を窺う。自分とマシュ以外のサーヴァントも到着している。
「懐かしのブリテン……テンションが上がってきますねランスロット!」
「YES! YES! YES!」
「すいません、里見さん。見知った仲間がお馬さんごっこを開始しているんですけど」
「上下関係を故郷で教えてるんだよ沖田さん」
「ブリテンは不思議な国ですねー」
「ダーリンダーリン!」
「お前、アレの真似しようとしたら俺が死ぬからな? いや、おい、待て! お前が重いって言ってる訳じゃないから!! 愛は重いけどぉ!!」
「うわぁ、一気に騒がしくなってきた……」
立香の言葉にしかし反応する英霊たちの姿は頼もしかった。常にマイペース、という事は逆にどんな状況にも流されないという事実である。前まではその意味を理解しなかった己だが、こうやって人間性を取り戻しつつあると、その重要性が解ってくる。どんな状況でも笑ってふざけられるのはつまり余裕を持つ行いであり、また同時に誰かと行動する場合はそれを分ける行いでもあるのだ。誰かが余裕を持てば、一緒にいる者もそれだけ安心できるものでもある。
―――想像以上にひねくれていなければ。
「さて、最初は情報収集でしょうか?」
「まぁ、そうなるよね。とりあえず人がいるところを調べるべきか?」
「となると……適当に近くの家にノックか」
視線を近くの民家へと向ける。今までの特異点とは違い、整った十九世紀ロンドンの町並みはまさに近代の文明を感じさせる建築様式を見せていた。かなり近代的なカルデアの建築と比べ、それなりに後れを感じる光景だが、むしろ世界中を旅して未発達の国を歩いてきた者としてはそこまで珍しい光景には思えなかった―――むしろ懐かしさすら感じる。そしてそんな家屋の中からは人の気配が確かに感じられた。家の中に隠れているのは解る。
死んでいないのを感知すると、家屋内まではこの霧は入り込んでこないということだろうか?
『そっちは―――お、皆無事の様だね? 此方でも空間に異常な密度で停滞する魔力を感知しているけど、そのせいか此方のセンサーがジャミングされている。今回に限っては索敵は此方をあまり過信しないほうがいいかもしれないね』
「なるほどなー……」
「そこで俺を見るな」
「いえ、ほら、アヴェンジャーさんは色々と万能ですし。こう、一家に一人という感じで」
「お前もかマシュ……だがこういうのは天才に任せたほうがいい」
視線を沖田とアルトリアへと向けると、二人が首を傾げ、そしてあっ、と声を漏らす。
「
「
「英霊をレーダー代わりに使う人間も珍しいもんだな」
「でもダーリンは私を乗り物代わりにしてるわよ? それってつまり神霊を乗り物扱いする初のダーリンにならないかしら?」
「それ、選択強制なんですけど」
オリべえが泣きそうになりながらそんな事を呟くと、ロンドン市街の中を金属音が響く。それはロンドンの石畳の道路を強く蹴る様な足音であり、何かが全力疾走で接近してきているという音でもあった。そして自分でもわかるぐらい、濃密なサーヴァントとしての気配が接近してきていた―――霊格でいえば間違いなく一流のそれだろう。静かに立香が後ろへと下がり、マシュがカバーに入り、そして英霊たちが武器を取り始める。接近する存在が敵か味方か判別できない為、どんな状況であろうと動けるように注意しつつ、
―――それは濃霧を抜けて出現した、鎧姿だった。
「
そう言って
アルトリアから馬スロット、そして沖田へと。それを見て回ってからふぅ、と騎士は息を吐いた。
「そっか……オレも警邏しっぱなしだったからな。たぶん疲れてるんだろ。帰ろ」
「おや、モードレッドじゃありませんか。久しぶりですね。カムラン以来ですか? いやぁ、クラレントパクった事は未だに怨んでますからね、私。それはそれとしてこれを見てどう思いますか? ドゥン・スタリオンもラムレイもいないので急造の駄馬のランスロット卿なんですが、乗り心地は最悪です」
「コフッ」
「あ、やっぱ父上―――父上っぽいのが吐血して倒れたァ! やっぱこれ夢だよ! おい、おまえだろクソニートクズ夢魔! お前がこんな光景を見せてるんだろ! 夢だと言ってくれよ……!」
「フォーゥ……」
何時の間にか立香の肩の上に陣取っていたフォウがものすごく哀れな者を見るような視線をモードレッドへと向けていた。しかし、モードレッド―――
『カルデア時空へようこそ、盛大に歓迎しましょ?』
デスライブ参加権の獲得だろうか? どちらにしろカルデア時空に突入した人間に安息はない―――永遠に。ひたすらネタの養分となってオアシスを求め彷徨えるユダヤ人のような何かになってしまうのだ。それはそれとして、この状況をそろそろどうにかしたほうがいいのだろうか? 実は見ているだけでも割と楽しい。やはりもう少し放置しているか。親子の団欒を邪魔しては悪いだろう。
『うわっ、物凄い邪悪な顔をしてる』
「残念ですがモードレッド夢ではありません……えぇ、マーリン死すべし! とか私も割と真面目に考えていますがそれはそれとして、こうやってちょっと愉悦できる肉体にできたのは裏では結構気に入ってますしそこだけは良くやった、キャスパリーグに食われてもいいぞ、と思っています。それはそれとして、ここで我が駄馬から衝撃のコメントを貰いましょうか……あ、マスター、令呪一発あげてください」
「令呪をもって命じる、ランスロット、今思っている事を口にせよ」
立香がなんら迷うこともなく令呪を消費する。レイシフト直後、聖杯戦争開始直後というこの状態で初手無駄令呪とかいうミラクルな出来事を目撃するが、この面子で令呪を3画も今、必要とする状況はあまりないだろうし、安心してランスロットの自殺芸を眺める事ができる。全員の視線を受け入れたところでランスロットは頷く。
「―――やはり我が王の胸はモードレッド卿ぐらい慎ましやかではないとな。モードレッド卿のその部分に関してだけは私は何よりも認めている。あぁ、再びこうやって出会えたことが喜ばしい程にな。貴女は成長してもどこまでもその絶望の平野のままでいてください。それはそれとして、エクスカリバーとはいい酒が飲めそうな気がします。ロンゴミニアド? 冗談はやめてください―――さあ、覚悟はできました! 今です我が王よ!」
「えぇ! 死ねぇ!」
案の定いつもカルデアで見ているオチの様に、ロンゴミニアドに串刺しにされたうえでモードレッドから腰の入ったパンチを食らい、ランスロットがバラバラになって弾け飛ぶ。親子タッグが結成されている間に沖田の方へと近づき、しゃがんでシェイプシフターで団扇を作って軽く沖田の顔に微風を送る。それを受けた沖田が道路の上であー、と声を漏らしながら復活し始める。
「俺も大概女に関しちゃバカだけどアイツの真似はできねぇよな。ある意味一番尊敬してるわ」
「でもダーリンも同類じゃない? ―――学習しない辺りとか」
「あ、はい。すんません。ほんとすんません。なので、こう、絞るのはやめませんか? ねぇ! 絞るのやめませんかァァァァァアアア―――!」
「またオリべえも死んでる……」
「まるで実家のような安心感ですね、先輩」
「こんな実家俺嫌だよ」
やあすいませんねぇ、と言ってくる沖田にいやいやと言葉を返しながら立ち上がるのに手を貸しつつも、ここにネロもいたらきっと、モードレッドが発狂でもしていたのかなぁ、なんてくだらないことを考える。しかしさっそくランスロットが逝ってしまった。補充のサーヴァントは誰が適切だろうか? そんな事を沖田を助け上げた所で軽く息を吐く。それで沖田の治療に使った風を思い出してから軽くマントラを唱える。そこに仙術、風水術、ルーン魔術を融合させて複合魔術を発動させる。
「あ……」
立香のそんな声と共に、ロンドンの市外に風が吹き始めた。スカートが少し強く揺れる程度の風ではあるが、それだけであれば魔力の籠ったこの濃霧であろうが、軽く押し出す事もできる。とりあえずは巻き上げるように濃霧を押し出せば、前よりも遥かに視界がクリアになる。
「流石アヴェンジャーさん。やはり便利です」
「マシュ、俺のことをホント便利家電かなにかと勘違いしてない?」
『でもマリスビリーが望んだ形って結局はそういう方向性よね』
否定できないのが辛い。そもそも今、この世界でごった煮宗教魔術や融合キメラ魔術なんて器用な真似が出来るのは虚ろの英知による魔術知識の継ぎ接ぎができる自分程度の存在だろう―――そこには宗教的知識の背景と、一神教と多神教の接合性とかそういうのを術式に組み込んでいるとかいう事実があるのだが、やはり便利であることに違いはない。まぁ、頼られる事は悪くはないのだ。
「扇風機……!」
「おい、誰だいま俺のことを扇風機つった奴は。いいんだぞ。逆にこの霧を集めてもいいんだぞお前」
「掃除機……!」
「ははーん、これ、喧嘩を売ってるな? いいぞ、禁じられた市街地での
「やっぱ俺、敵よりも味方の方がこえーわ。容赦なく共食いするしこいつら」
「そんなダーリンは私以外の女を食い物にしようとしてるからもっと怖い目に遭わないとねー?」
あいつ、発言する度に
そう考えた直後、理解した―――今回の面子、もしかして真面目な奴のほうが少ないのではないだろうか、と。立香は最近ノリが良い。マシュもああ見えて立香に流される。沖田は吐血する、オリべえ&オリオンはもうなんか言葉にできないし、アルトリアに関しては黙っておこう。ここにダビデでも追加されたら地獄だな、と確信しつつ、
カオスが充ち始めたロンドン市街に、新しい音が聞こえてきた。
アルトリアと何やら口論していたモードレッドが動きを止め、振り返った。
「……来やがったな」
『魔力の反応が薄い? いや、魔力以外を動力源として動いているのか? 何か来るぞ!』
ロマニの忠告とともに、濃霧を抜けて姿を見せる存在が出現してきた。風によってクリアな視界が確保された中で、姿を見せるのは不格好な鋼の姿だった。錬金術的なオートマタよりももっと非人間的なフォルムを持っており、駆動する歯車と鋼の音を響かせる存在、
「―――出やがったな、ヘルタースケルター」
赤い稲妻を刀身に纏わせながら、モードレッドが三十を超える機械の兵隊へ、言葉を向けた。
モーさん、開幕から致命傷を食らう(色んな意味で
まだだ……まだ俺たちのロンドンは始まったばかりだ!!