Vengeance For Pain   作:てんぞー

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地獄のインターバル - 6

 ―――地獄。

 

 そう、地獄だった。あの特異点をほっとけば良かった、と思えるぐらいに地獄だった。

 

 聖杯を回収したことで特異点は収束する。その影響で徐々にだが消えてゆくのだが、小さな特異点であろうと数日から数週間の時間を必要とし―――その間は毎日、ネロとエリザベートの奇跡のジャイアンリサイタルの毎日だった。それにやられて立香が一時入院した。エミヤとクー・フーリンは自殺率が跳ね上がっていた。だがその気持ちも解らなくもない。あの二人が揃うと音波兵器が核兵器クラスへと進化を果たしてしまうのだ。独裁者に核兵器を渡してはならない。そういう類いのタブーだった。自殺してエスケープが行えるエミヤやクー・フーリンが羨ましい中で、ハロウィンや闘技大会は続行、信長は本能寺とともに燃やされた。

 

 そしてその上でローマでの出来事を覚えていたらしいエリザベートがボイストレーニングのコーチについてしつこく食い下がってくるのでコーチとして付き合う時間が増え、ネロとエリザベートの一生向上しないかと思われる音楽レッスンに付き合うハメとなった。いっそ死んだほうが楽じゃないかと思える、

 

 ひたすら、ただひたすら、地獄だった。そんなイベントだった。すべてが終わったころにはカルデアには新顔として大戦犯織田信長とエリザベート・バートリーが追加され、ネロはかぼちゃパイを食べながら座に帰って行った。もう二度と来るな。来ないでくれとみんなの中で祈りながら、適応している女どもとノリの良い信長にキレそうになる。故に、

 

 ―――俺達男衆は団結した。

 

 俺達には、心のオアシスが必要であると……。

 

 レフ・ライノールによる爆破テロによってカルデアの機能の約8割が破壊された。特異点の合間における修復作業を進めた結果、全体の修理が進んでいるわけではないが、重要施設や一部セクターの解放等を行っており、第三特異点攻略後の現在、カルデアの破壊率は6割レベルまで落ちてきている。それでもまだ、大規模工房であるカルデアの破壊の爪痕は大きい。

 

 とはいえ、それは逆に利用できた。

 

 癒しを求めた男共で合意に至った―――あの女ども、正気じゃねぇ、と。一部発狂している男もいるが、それはそれとして、普段のカオスやギャグから逃げ出すための聖域が欲しいと、合意に至ったのだ。幸いな事にカルデアが爆破された影響で職員の多くは死亡、使われていない部屋も大量に存在する上に、工房であるために迷路のほか、隠し扉や隠し部屋なんてものも存在していたりする。それを虚ろの英知で良く知っていたため、修復されたばかりのセクター、それなりの広さを誇る隠し部屋を用意し、

 

 エミヤ、クー・フーリンとのトリオで製作に入った。必要となるマナプリズムやQPはちょくちょくレイシフトしたり、個人的にため込んでいた素材を変換して捻出する事にし、わいわいがやがやする為ではなく、癒しを求めて穏やかな時間を過ごすために少しダークでシックな雰囲気のバー風の部屋に内装を変えて行く。意外とこの作業が楽しく、後から参加してきたダビデを交えた四人で更に作業を進めて行く。各々の要望を捉えて作成されたその隠し部屋は、

 

 カルデアに一つしか存在しない、見事なバールームとなった。

 

 使用マナプリズム2万。消費QP3億。闘技大会の裏でアルバイトしていたり、幻想戦国状態で荒稼ぎした素材を泣く泣くダ・ヴィンチとの交渉に手放したりした結果、他の男性サーヴァントからのカンパもあって漸く完成されたカルデアのオアシスだった。

 

 

 

 

 完成されたバーは男の秘密基地のようなもので、電子的なロックによって侵入者を制限している様になっている。女連中でその仕組みを理解できるのはマシュ、ダ・ヴィンチ、そしてカルデアのスタッフだけとセーフな連中だけの為、科学的な隠蔽とロックが一番信用できたりする。魔術的だと魔力の揺らぎから直感的に答えを導いてしまう天才肌が数人いるのが問題なのだ。

 

 そういう訳でこの部屋の為だけに作成されたカードキーをリーダーに通せば部屋への扉が開き、何もない部屋に入ることができる。だがその部屋には隠し扉が設置されており、一見は何もないように思える扉を押してみれば、それが開いて向こう側に隠されているバールームへとつながるように設計されているのだ。そこには既にエミヤの姿があり、カウンター席で一人でボトルを開けている姿が見えた。室内にはジュークボックスから一昔前のジャズが流されており、落ち着いた雰囲気になっている。

 

『男の秘密基地って感じよね』

 

 お前で台無しだけどな、と心の中で呟くとローキックを叩き込まれる。それを堪えながらもカウンターの向こう側のシェルフへと向かう。自分のグラスとボトルを手に取り、エミヤの横の席へと移動する―――当たり前だがバーテンダーなんて者はいない。全てがここではセルフサービスだがその代わりに一切の遠慮はいらず、気を抜ける。

 

「今日はあっち(食堂)じゃなくてこっちか」

 

「まぁ、最近はブーディカが加入してくれた事で私が常に食堂を占拠している必要もなくなったからな。こうやってプライベートな時間も確保できるようになってきた、というわけだ。気づけばなんだかんだで世話を焼いたり何かを手伝っていたり、自分の性分であるのはわかっていたが働き過ぎていたやもしれんからな、こうやって自室以外でゆっくりできる場所が作れたのは渡りに船だったな」

 

「まぁ、今のカルデアは娯楽に乏しいからな。破壊される前は遊戯室とかあったんだがな」

 

「ほう?」

 

 隣の席に座り、魔術で氷の塊を生み出し、それをグラスの中に入れ、琥珀色の液体を流し込んで浮かべる。軽くそれを眺めた所で満足し、乾杯、と声をかけながらエミヤとグラスを軽くぶつけて口をつけた。喉を通り過ぎる強い酒精が体の芯まで酒を飲んでいる、という感覚を送り込んできてくれる。改造を受けて様々なことに対して耐性を得た体だが、本来の自分はそこまで酒に強くはなかった。おかげで現実逃避に酒を飲み続けることさえできない。だからこうやって、酒をたしなめるようになったのは一つの変化だった。

 

「ふむ、今度は遊戯室を作るのも悪くはないかもしれないな」

 

「その心は」

 

「我々だけがこっそり秘密基地で楽しんでいたら不満が出そうだ」

 

「まぁ、エリザベートやアルトリア辺りは食って掛かりそうだな」

 

「容易に想像できるだろ?」

 

 そう言うとエミヤは小さく笑った。自分も笑おうと試みて頬を吊り上げようとしたが―――駄目だった。依然、笑みを作ることだけが出来なかった。楽しく感じてもそれが笑みや笑い声というものに到達することはついぞなかった。だからこうやって誰かが笑っている姿を見るたびに思うのだ、当たり前に笑えるということはこんなにも難しく、そして価値のあるものだったんだな、と。

 

「そういえばアヴェンジャー、貴様の最近の様子はどうなんだ?」

 

「俺の最近の様子って、なんだそりゃ」

 

「いや……私が最初に見た時よりもえらく人間らしくなっただろう? 現代人で英霊となった先達としてはそこらへん、少々気になる部分もあるからね。で、どうだ。君の最近の調子と呼べるものは?」

 

「調子……調子、ねー……」

 

 そうだなぁ、と呟きにどう答えるか考えていると、部屋への入り口が開かれた。その向こう側から姿を見せたのはスーツの上から赤いコートを着ている長身の男の姿、エルメロイ2世だった。片手にはボトルとツマミと思える物の入ったパックを持ち込んできていた。どうやらこっちで静かに時間を過ごしに来たらしい。片手で挨拶し、迎え入れると対ヘラクレスで組んだ男三人組の完成だった。エルメロイ2世もグラスに自分の酒を注ぐと、ツマミの袋を開いて、一息入れてきた。

 

「何の話をしていたんだ?」

 

「いや、英霊後輩の近況でも聞こうと思っていたんだがな、其方の方も事情的にはかなり複雑か」

 

「気づけば疑似サーヴァントなんてものになっているからな。まぁ、この肉体が霊体である以上、つまりは私の本体である肉体は人理焼却に巻き込まれ焼却中という事だ。いったいどういう原理で疑似サーヴァント化が発生しているのかに関しては興味が尽きん……が、それはそれとして、納得のできんものがある」

 

「それは」

 

「貴様とマシュ・キリエライトだ。全く……カルデアが裏でこんなことをやっているのだと知っていればだれが国連にゴーサインを送るか。隅々まで掘り返して潰してやったぞ」

 

 マシュはホムンクルスに近い存在だ。サーヴァントを収める為のデミサーヴァントの器として作成されたのが彼女の存在だ。おそらくこの地上で生まれながらにして最も潔白で純白、清廉な乙女になるだろう。そしてそんな彼女だからこそ、ギャラハッドとしてのデミサーヴァントが務まったのだろう。今思えば、マシュがギャラハッドのデミサーヴァントとなった事はある意味、運命だったのかもしれない。

 

 円卓の騎士ギャラハッドは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。彼の英霊は因果的に聖杯を獲得するという行いに対して非常に強いのだ。その為、七つの特異点を回って七つの聖杯を回収するというこのグランドオーダーに対して、ギャラハッドはまさに最強の騎士を名乗るのに相応しい。ぶっちゃけた話、聖杯に限定する星の開拓者を存在レベルで保有していると言っていいのだ。

 

 アルトリアよりも有能だ。

 

『本人が聞いたらキレそうね……どうもそうね、円卓の盾にギャラハッド、ここまで御膳立てされた召喚場所と聖杯の獲得状況も珍しいわね。ある意味アルトリアの召喚も必然だったのかしら』

 

 円卓に集いし英霊―――まぁ、だからランスロット、アルトリア、ブーディカが召喚されるのも必然的だったのだろう。彼、彼女らは円卓の縁、ブリテンの英霊だ。おそらくはマシュの存在に引かれてきたのだろうとは思っている。

 

「で。貴様はどうなんだ?」

 

「俺か? 俺は言うまでもなくどうしようもない。ただ俺みたいに人造的に英霊を生み出したら、それが座に登録されるようなことは止めて欲しい、ってぐらいだな。科学と魔術で体を弄繰り回して人造的に生み出したもんが英雄と認められて記録されるとかゾっとしないな」

 

「違いないな」

 

 ほんと、ゾっとしない。自分のような存在がこの先、生まれなければいいのだろうが、そんな保証はどこにもない。一度、カルデアというこの場所で発生してしまったのだから、二度目も十分にあり得るのだ。そう思うと一気に憂鬱になってくる。酒を喉に通しながら、軽く息を吐き、愚痴る。

 

「ほんと、ロクでもない人生だったな……いいよな、幸運ステータスが存在する奴は」

 

「私も私で英霊としては幸運Eという底辺の組に入るし、不幸自慢では他人に負ける気はしないが、流石に幸運が存在しないというレベルとなってくると負けるなぁ……流石にそこまで来るともはや人生に自由意思がなく、不幸の連続だったとでもいうべきレベルなのだが」

 

 エルメロイ2世とエミヤの視線がこちらへとむけられ、それが集中する。

 

「幸薄そうな顔はしているな」

 

「おい」

 

「まぁ、幸運B+の私では君たちの苦労は解らんからな」

 

「それは幸運底辺同盟への宣戦布告かね?」

 

 呆れの溜息を吐き出すとエミヤとエルメロイ2世が小さな声で笑い始める。この二人は過去に穏やかな面識がある分、比較的に楽しくやれているらしい。そういう友人と会えたという事実は、自分にはかなり羨ましく感じられた。ふぅ、と息を吐きながら再びグラスに口をつけると、背後から肩に手が回された。

 

「何を黄昏れているんだ結婚願望マンよ」

 

「お前、それを言ったら戦争だからな。ほんと戦争だからな」

 

「ちなみにそいつに女のいない男の気持ちは解らないぞ。そいつは生徒になる前から女を無意識的にひっかけているからな」

 

「クソハーレム野郎か貴様。お前だけは絶対に殺してやるぞ。それは恋愛さえまともにできなかった俺への当てつけか」

 

「口説ける、そう思ったときに口出ししない貴様が悪い。そんなことよりもなんだ? アドバイスが欲しいのなら私に言いたまえ、口説き方の三つや四つぐらい、軽く伝授してやってもいいのだが?」

 

『こいつの死因って実は痴情の縺れから刺されて死んだことが原因じゃないの?』

 

 それが事実だったらこれから一生、それで弄った上でひたすらそれを伝説として世界中に広げてゆく予定なのだが。正義の味方、性技の味方となって刺されて死ぬ。この世から正義の味方という概念を消し去ることに一役買ってくれそうだ。そこまで考えて一体何を考えているんだ、と思った所で、

 

 通信端末が静かに震えた。ポケットの中に押し込んでいたそれを引き抜きつつ、送信されてきたメールの内容を確認し、それをポケットの中に叩き込みながら片づけを始める。

 

「どうした?」

 

「いや、本当ならも少しゆっくりしていたい所だが―――」

 

 その言葉で大体察しがついたらしく、エミヤとエルメロイ2世もやれやれ、と言いながら片づけを始める。

 

「……特異点の特定が終わった。第四特異点突入のブリーフィングだ」




 イベントを融合させるとあまりにも濃すぎて執筆的な終りが来ないことに気づいてしまったため、その詳細はきっと君たちの消費したリンゴの数が語ってくれるだろう……。まぁ、あまりに長くイベントでぐだぐだやってても、ストリに関係あるなら話は別なんだけど。

 という訳で次回から運命のロンドン。碩学が君たちを待っている。

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