「―――俺もな、別に孤独を愛しているという訳じゃないんだ」
「うんうん……」
「俺だって人並みに結婚願望とか、恋愛とか、そういうのを経験したいとか考えてたさ。ほらさ、誰にだって幸せになる権利ってあるじゃん? 一般的に結婚って幸せのイメージあるじゃん? だから俺もね、結婚して、幸せな家庭を持って、いつかは腰を落ち着けて静かな暮らしができないかって思っていた時もあるんだよ」
「うん、そうだね……」
「そりゃあ人を殺したりもしたし、安定した収入があった訳でもないけどさ……それでも色々とやって経験と技能幅だけだったらそんじょそこらの人間には負けないだけの自信もあったんだ……。まぁ、その気になれば結婚後の生活ぐらいは、ってそれなりの自信もあるさ。何せ色々とやってきたからな。まぁ、そりゃあ出来るってもんだ。だけど出会いがあればそれが別れに直結してな。もうすでにお手つきだったとか、死に別れとかばかりでどうしようも救いがなくてなー……はぁー……結婚したかった……」
「うん、頑張ったんだね? よしよし」
「うん……ほんと、なんで俺はあそこでリンを連れ出さなかったかなぁ。傲慢にも程あったよなぁ、ほんと……はぁ……」
気絶から復活したと思ったらアヴェンジャーが体育座りになって座り込みながらブーディカに慰められていた。どこからどう見ても致命傷な姿を見せている。なんというか、近所のアニキの見たくなかった姿を目撃したというか、リストラされて公園で時間を潰している父親の姿を目撃してしまった気分だった。えぇ、と呟きながら体育座りしているアヴェンジャーから視線を外し、
「アレ、なに?」
「ここ、長く居れば居るほど残念になって行く粒子みたいなものが蔓延しているんで……それと相性がいいのか悪いのか、なんかちょっとキマりすぎたんですね」
「わしと沖田は普段からぐだぐだしているからそこらへんあんま通じんが、アレ、なんか人生で一切ぐだぐだしたことありませんとかそういうタイプじゃろ? そりゃあキマるわ」
「あー……」
信長の言葉に短く言葉を吐きながら納得する。そう言えばカルデア内でもこう、アヴェンジャーがぐだぐだしているとことか見たことがないなぁ、とかあの人はいつ休んでいるんだろう、とか思ったことはある。だがその反動でこのカオス空間でこうなってしまうか。現状、攻略に参加してくれる最後の良心なので失いたくなかったのだが、なんて事を考えながら、エリザベートとネロへと視線を向けた。
「……あれ? サトミーがアウトでなんでこの二人は無事なんだ」
その疑問にエリザベートとネロが胸を張るが、
「二人とも最初から残念じゃろ」
「それもそうか」
「納得の理由でしたね先輩……」
文句を言ってくるエリザベートとネロを何とか抑え込みつつも、どうするべきかを考える。なぜか、不思議と自分はこのぐだぐだ空間に耐性があるらしく、そこまで困ってはいない。だが問題はここに長くいればいるほど、ドンドンキャラ崩壊とカオスが加速してゆくことで、初手ヘラクレスとかいうバグキャラを披露してくれたこの先の展開を考えるのが実に恐ろしいということだ。とりあえず、と近所のダメな兄貴になってしまったアヴェンジャーから視線を反らす。
「ネロ―――闘技場には誰を呼んだの?」
「うん? それは勿論花のローマ、その闘技大会であるぞ? 暇そうな英霊を座で呼びかけて大いに誘ったわ! 寧ろヘラクレスなぞ始まりでしかないぞ! その他にも影の国の女王、ケルトのスーパービッチクイーン、バビロニアの王等大量に招待したぞ! でだ、本来であればそんなビッグゲストと、最終的に余と共にスーパーローマ軍団と対戦する事ができたのだぞー!」
「はい、解散」
パンパン、と手を叩きながら城から出て行く為に背を向けて解散宣言をする。お疲れ様でしたー、と声を出しながら引き上げを開始する。
「いや、ちょっと待ちなさいよ!! 奪還! 奪還はどうしたのよ!」
「いや、そんなビッグゲストをこの時空の中で倒すの無理っす」
影の国の女王といえばスカサハで、あのクー・フーリンの師匠だ。そう、師匠である。クー・フーリンという時点でなんかもう既に無双入っているのにその師匠とかどうしろってんだ、という話である。そしてスーパーケルトビッチといえばもちろん、クイーン・メイヴである。此方はクー・フーリンから苦々しそうな表情でコミュりながら聞いたことがある。曰く、未來を見る力を借り受け、戦車で轢き殺し、そして多くの英霊を召喚しながら魅了をばら撒いて男をとことん行動不能にする事が出来るサーヴァントだとか。そして最後にバビロニアの王―――ギルガメッシュ。
これに関しては謎のヒロインZとエミヤが何度も何度も愚痴ったりいやな表情を浮かべているので良く知っているし、あまりにも有名すぎる英雄だ。この世の財を集めた英雄。英雄という存在のモデルとなった男。戦いたくない。というかこの並びで勝てるとは思えない。出勤拒否しているサーヴァントが存在しまくっている中で、残されたこのメンバーで攻略? しかも時間が経過すればする程残念になって行く中で?
どうあがいても無理である。どこをどう戦略を練っても無理である。絶対に無理である。
出勤拒否している連中が動き出すのであればまだ話は違った―――だが連中はどうやら意地でもカルデアから来るつもりはないらしい。そうなると戦力不足で絶対無理なのだ。現状、正気というか残念じゃないのはマシュとバブみを感じさせているブーディカ―――いや、アレは他人をダメにさせるか、ある意味でこの時空に飲まれているから駄目だな、そう判断し、
「うん……帰ろう! 自然消滅するまで待とうか!」
「まてぇぇぇ―――い!」
「お願い! 助けてよ! お願いだから助けてよ! 私達カルデアへは行けないんだから放置しないでよ……!」
「えぇぃ、引っ付くな! 引きずろうとするな! 俺を解放しろ! 解放してくれ! こんなところに一秒でも長くいられるか! 俺は帰るぞ!」
迷うことなく逃げ出そうとした体にエリザベートとネロがしがみついてくる。本当にやめてくれ、次は俺がアヴェンジャーの様になるかと思うと心の底から怖い―――あんな恥ずかしい姿を晒して生きていける根性が。というか一発目からフル解放ヘラクレスとか第三特異点はなんだったんだ? イアソンは何で狂化を聖杯で解除しなかったんだ? と思わなくもない状況に突入してしまった以上、空気や流れやそういう要素を全部ぶち壊してぶっこんでくる戦いがこの先も待っている気がしてならない。
「いやだぁ、残念になりたくない! なりたくなぁぃ……!」
「いや、もうマスターもだいぶ残念ですよ」
「特異点に足を踏み入れた時点で手遅れなんじゃよなぁ……」
信長にそう言われ、確かにそうなんだよなぁ、と言われ、軽く頭を抱える。これ、どうしたらいいんだろうか、と。頼れるはずのアイツは死んだ魚の目になって慰められているし、マシュでは火力が足りない。エリザベートとネロは戦力になるけどこの先、普通に進めたらなんか致命傷になる気がする。沖田と信長は元から残念―――この状況、完全に詰んでるよなぁ、と思い、どうするか、視線を下へと向けたところで手の甲の令呪が瞳に映った。
「……あっ」
令呪を見てから視線を天井のほうへと向ける。それから再び視線を体育座りのアヴェンジャーへと向け、それから再び令呪へと視線を向けた。幸いな事にまだ令呪は2画残っている。これはつまり、遠慮なくやれよ、という事なのだろうか。
「あの、先輩? どうしたんですか?」
マシュの言葉にいやさ、と答えた。
「俺、RPGとか遊ぶとき扉が開かないならぶっ壊せばいいじゃんって毎回思うんだよね」
「え、いや、それはプログラムとか制作の都合もありますし……」
「あ、わしもそれは超思う。だから比叡山焼き討ちしたんじゃが。立て籠もるなら焼き討ちも是非もなしだよネ!」
お前とは違うから! と答えておきながら令呪を確認しつつ、言葉を続ける。
「思えば俺はちょっと、特異点探索というものを少し真面目にやりすぎてたのかもしれない」
『へぇ、立香くん。それはどういうことだい?』
出現してくるロマニのホログラフにうん、と答える。
「マスターとして俺に何ができるのか。どういう役割を持っているのか。いったいどうすればいいのかを最近、良く考えるんだ。基本的に誰と誰をぶつけるか考えて、軽く作戦を考える程度の事しか俺には出来てないけど、そういう考える能力って結局はエルメロイ2世とか、ドクターとかと比べれば圧倒的に低いでしょ?」
『うん、まぁ、教育や訓練を現在進行形で受け始めたばかりだからしょうがないって点もあるけどね』
まぁ、それもそうなのだが。結局今のところ自分ができているのは大まかな指示を出す事、そして英霊を召還するという事だけだ。いや、自分がいなければ特異点探索ということ自体が行えないのだから、それで言えば確かに貢献はしているのだろう―――だがそれだけでは心苦しい。俺以外のマスターが復活すればそれで俺はもう用済みじゃないか。俺なんて英霊と縁を結べている以外には今、ほとんど何もできていないじゃないか。だからちょっと、素直に考えるのをやめようと思った。もうちょっと、こう、考え方を変えてみる。
たとえば
「……令呪を1画もって命ずる、正気を取り戻せアヴェンジャー!」
令呪が消費され、死んだ魚の目を浮かべていたアヴェンジャーに正気が戻ったのと同時に、今までの自分の発言を思い出し、そのまま横へと倒れそうになるのを見届けた。そこからそのまま、令呪を連続で消費する。
「令呪を1画もって支援する、虚ろの英知による気配遮断能力を強化する」
令呪を1画消費し、アヴェンジャーの気配遮断能力を強化した。ここに謎のヒロインZがいれば彼女の気配遮断EXで―――いや、普通に考えて彼女ならあの気配遮断EXでもなんか、こう、ギャグ的な理由でバレそう。だからたぶんこれが最善手だ。それを判断するための自分の経験が少なすぎるので、そこまで上手く判断できないが、自分が主催者だった場合、一番の嫌がらせになるのはこれだ。復活したばかりのアヴェンジャーに敬礼する。
「じゃ、外壁から昇って聖杯回収お願いしまーす」
「イベントという前提を完全に殺しに来るその采配。わし、嫌いじゃない」
「えー」
「えーもクソもありません。このまま突っ込むとおそらくは数時間ほど地獄をさまようことになるぞ! 俺はそれは嫌だぞ!! サトミー犠牲にしてでも終わらせるぞ! あぁ、犠牲にしてでも!」
「先輩……」
「カルデアに戻ったら
怨嗟の声を残しながらアヴェンジャーが姿を完全に消失し、もはや本当にそこにいたのか? と疑わせるような鮮やかさとともに消えた。それから一瞬の後で。外からシュタッ、と地を蹴る音が聞こえたのが願った通り、城壁を上ってこの特異点を生み出した聖杯の回収へと向かったのだろう。
願わくば、何もなく回収できる事を。
それから数分後、聖杯の回収は見事行われ、ぐだぐだ粒子と幻想戦国時代は終わりを告げられ、チェイテ城とコロセウムと本能寺の合体は解除されなかった。ただ炎上状態は停止し、無節操な幻想生物の召喚等は行われなくなり、特異点の暴走状態は終わりを告げた。聖杯の暴走によって現界出来ていた一部のコロセウムゲストのサーヴァントが帰還した中で、
問題が解決した後こそが俺達の真の戦場であると知った―――。
これだけで20話ぐらい書けそうな気がする恐ろしさに気づいた。次回、黒歴史……。