―――あっ。
『うん? どうしたのよ?』
いや、と心の中で呟きながら小次郎の活躍によって息を吹き返したエリザベートと、そしてネロを見た。この二人が張り切りだすとはつまり、イベントが復活するということであり、このコンビで想像させることは一つだけだ。この二人がタッグを組むと、デスライブが復活する、という事なのだろう。エリザベートの拷問と、そしてネロの拷問。それが組み合わせることで拷問力が更に加速して強まる。つまりは地獄を超えた先に善意の地獄が待っている。つまりは地獄だ。そう、
『ほんとどうでもいいところでそれ無意識的に発動させるの止めなさいよ……』
何の事だか良く解らないが、妖精が呆れている。なんだかんだこいつは一番の難物だと最初は思っていたのに、まるでそんな様子を見せずに甲斐甲斐しく世話をしてくれているから、今でもいったい何なのかが、何が目的なのかがまるで掴めないが、そろそろ信頼を置いてもいい程度には時間を過ごしている為、まぁ、そういうものなのだろう、と置いておく。それはそれとして、小次郎が討伐されたので地獄の門が開き、本能チェイテローマ寺への道が開かれてしまった。音を立てながら開いた大門の向こう側にはフロアが広がっている。残されたサーヴァントはマシュ、自分、沖田、そしてブーディカの合計四騎、そしてやっと復活したイベントの開催者達だ。
この調子でこの先、やっていけるのかなぁ、という疑問を抱きながら炎上キャッスル・ザ・ローマへと入場した。その先で俺達を待ち受けていたのは一人のタキシードスーツ姿の男であった。まるで執事のように綺麗に背筋を伸ばした姿は堂に入ったものであり、どこか似たようなまねごとをしたことがあるのではないか? と思わせもなくもない―――着ている人物が違えば。目の前、タキシード姿で迎えてくるのは、
「―――ようこそお客様方、チェイテローマ城へと」
「ヘラクレェェェェェスゥッ!!」
「はい、ヘラクレスです」
「キェェェ、喋ったァァァァ!!」
鈍色の肌の巨漢は大英雄・ヘラクレスその人だった。しかも何が恐ろしいかというと霊基と姿は完全にバーサーカーなのに、割と普通に理性と知性を保ちながら喋っていた事であった。バーサーカーがバーサークせずにステータスがそのままとか、一体俺たちにどうしろってんだ、という絶望感が一瞬で心の中に湧き上がってきた。
「あの……ヘラクレスなのよね? なんでいるの?」
「あぁ、実はネロ帝に闘技場での戦闘オファーを受けたので参ったのですが、しかしどうやらバーサーカーの霊基の上からさらに狂化が付与された結果、まさかそれが中和して理性を取り戻すとは、まさに予想外でした」
ハッハッハ、と笑っているが笑いどころじゃない。笑える問題でもない。では、とか言うとヘラクレスがムン、と声を出してビルドアップし、着ていたタキシードを内側から破り捨て去った。それを全員で無言のままに眺めていると、ナイスなスマイルを浮かべながらさわやかにヘラクレスが言った。
「私も戦士として呼ばれた身―――今宵は一人のエンターテイナーとして、存分に盛り上げようではありませんか」
「タイムで」
「どうぞ」
立香が作ったTのタイムサインにヘラクレスがどうぞ、と言いながら石剣を取り出して素振りし始める―――その切っ先は当然のごとく、目視出来ない。完全に掠れた残像として姿を消している。ただそれだけではなく、当たり前のように様々な技術が詰め込まれており、一つ一つの動きに熟練の戦士、大英雄と呼べる存在の技量が込められているのが見えた。本来の宝具はバーサーカーというクラスである以上は保有していないのだろうが、それでも理性を取り戻す事によって技巧を取り戻したヘラクレスなんてこの世の悪夢だ。勝てる訳がない。こちらへと向けられる立香の視線に頭を横に振って即座に否定する。
「無理。絶対無理だからな。アレはエミヤと孔明の宝具があって何とかハメる事ができたからな? これは絶対に無理だから。そこに追い込むまでに俺が12回死ぬ」
「そういうレベルかぁー……あ、ヘラクレスさーん! 十二の試練はー?」
「はっはっは、心配なされるな―――ちゃんと稼働しておりますとも」
「お、おう。アリガトウゴザイマス……さ、カルデアへ帰ろうか」
「待て待て待てぇーい! 待つが良いマスターよ! さすがにここまで気合いを入れて帰るというのは残酷すぎではないか!? 余らだってやっと気合を入れなおしてここから快進撃を始めるパターンであろう! ともなればここでこそ一発、いいのをぶち込んで活躍すべきであろう」
どうぞどうぞ、というアクションがネロへとむけられ、ヘラクレスがシャイニングスマイルとともにバルクアップしていた。それを見たネロが一瞬で泣きそうな表情を浮かべるので、ブーディカがどうどう、とその背中を叩いて慰める。もしかしてネロって最も泣き顔が似合うサーヴァントなのではないか? と変にぐだぐだな事を考え付いてしまう。いや、なんかの干渉を感じる。とりあえず自己保存で保存してある自身の精神をリフレッシュし、影響力をクリアする。これで少しはまともに思考できるだろう。そして判断する。
無理、勝てない。
「カルデアからの追加の援軍は?」
『死んでも行くのはいやだって無事なみんなは逃げたねぇ……』
「薄情者共め……! うーん、沖田さんでなら一殺ぐらい入れそうだけど、たぶん沖田さんそれで死ぬだろうしなぁ。となると沖田さんかブーディカさん捨ててサトミー先生で確殺できるか? って話になるけどたぶん沖田さんじゃ遠距離攻撃手段が足りな過ぎて無理だろうしなぁ」
「サトミーはほんとやめろ」
「まぁ、私はノッブと違って色々と出来る訳じゃありませんからね。羽織無くしてますし。ノッブはいいですよねー、銃に神性メタあって」
「わし、比叡山焼き討ちしとるからな……あっ」
「あっ」
全員の視線が信長へと向けられた。そして視線が信長へと固定された。そして自分がこれからどうなるのかを悟った瞬間、一瞬で青い表情を浮かべた信長が逃亡しようとするが、それを沖田と共に縮地で双方から逃げ場をなくして囲い込む。何とか突破しようとサイドステップを決める姿に追いすがるように此方も何度もサイドステップを縮地で決め、逃亡しようとする信長を追い込む。
「待て! わしイベントの案内枠じゃぞ!! 死んだら誰が案内するんじゃ!」
「そこに城主が二人ほど」
「沖田ァァァァ!!」
まぁまぁ、と信長をいさめながら宝具詳細を全員で逃がさないように囲みつつ聞き出す。全員で囲んで信長からの話を聞き出したことで、軽くエルボーや腹パンが信長に叩き込まれ、半泣きになりそうな所半分引きずるような形で、ヘラクレスの前へと二人で出る。
「む、作戦会議は終わりましたかな」
「なんとか」
「ならば―――盛り上げましょうか!」
そう言った直後にヘラクレスが音速で得物を薙いだ。音を置き去りにした一撃は令呪による先行入力によって因果的書き換えが発生し、ブーディカの宝具による割り込みを成功させ、戦車が音を立てて砕け散る。だがその瞬間には一瞬の間が生まれる。初手で
「畜生ー。ぐだぐだして煎餅食いながら聖杯爆弾をダンクしたかっただけなんじゃけどな―――第六天魔王波旬!!」
ぐだぐだな前半のセリフに反し、最後の宝具の呼びかけの瞬間は気合いの入ったものであり、その言葉とともにマントを除いた信長の衣類が消し飛び、両手足が燃え上がった。それと同時に背後から鈍い音が聞こえ、立香の倒れる音も聞こえた。今回の特異点は味方への被害が大きすぎると思いながらも、信長の宝具の効果によってあらゆる神秘、神性に属する存在が大幅にその力を削がれ始める。ブーディカの戦車は消え、ヘラクレスが驚きとともにその力を縮小させ、
問答無用で弓矢を構え、空へと十を超える矢を回転しながら投擲した。
「
落ちてきた矢を奥義として放った。現代人である自分にはそこまで神秘的要素はない為、使っている技が古代の超奥義であっても、信長による神秘デバフの影響力はかなり低かった。その為、上へと打ち上げた矢をマシンガンの如く連射して射出するのをヘラクレスが回避、防御、迎撃を同時に行おうとするが、強制弱体化と特攻により一気に劣勢に追い込まれる。ただまだまだ全力を出していないように見える。その証拠に宝具による連携乱打を繰り出せる筈だが、ヘラクレスは破壊を甘んじて体で受け止めて貫通させていた。
「―――見事な腕前! 次はお互い、相応しい舞台で本気で戦おう、戦士よ!」
「ほんと勘弁してくれ」
そのままヘラクレスが消え去るまで連射を止める事はせずに、連射の代償として神経がヒートアップして体内から熱を訴える。こんな時にダビデがいればなぁ、と思ったがそれは横の全裸マントによって射殺されているのだった。ヘラクレスもヘラクレスで、完全に遊んでいる―――というより
床に倒れている立香を見た。
「うわー! マスター! 死ぬなマスターよ!」
「キャー! ごめんなさいごめんなさい! でもやっぱり乙女の柔肌って簡単に見せていいものじゃないでしょ!? ちょっと強めにゴッ、ってやっちゃってごめんなさーい!」
「帰りたい……」
もう呟ける言葉はそれだけだった。完全に味方による裏切りが影響で気絶している立香の姿を見て、そんなことしか呟けなかった。
「そう言えば俺が昔、帰りたいって感じたのはこんな時だったな……」
「なんかこいつ語りだしたんじゃが」
無言で大戦斧を生み出してそれを信長のほうへと向かってぶんぶんと振るう。うっぉぉ、と女子らしからぬ声を漏らしながら奇怪な動きで信長が大戦斧の攻撃をにょろにょろと回避し、
「待て! 待たんか! 属性的にわしとお前は寧ろ類友じゃろ!? ユー、神様大嫌い! ミー、比叡山焼き討ち! ウィー・キャン・ビー・フレーンズ! イェーイ」
無言のまま
「俺の友に燃え上がる全裸の痴女がいてたまるか」
「ぐう正論。服着るかー」
なんというか、もう、酷いレベルでぐだぐだしてた。何がぐだぐだかというと状況も、進行も、展開もすべてがぐだぐだだった。ここに立っているとどんどん自分がより残念でグダグダな感じになってゆくような、そんな気さえしていた。
『気のせいじゃないわよ! この空間にいるだけでキャラ崩壊と残念力が加速していくのよー二つの聖杯の力によってね! ここまでアホみたいな聖杯の力の行使は私も見たことがないレベルだわ……』
「そっかー……そっかー……」
『うわ、なんかもう、完全に投げやりになってる……。ほ、ほら! 頑張って! 頑張って私の王子様! ここで負けちゃ駄目よ! 心が折れたら
もう、それは無理なんじゃないかなぁ、という展開も戦いも状況もぐっだぐだなのを見て、思った。
覚えているだろうか。ぐだぐだ本能寺を。
すべてのキャラクターが強制的に残念になってストーリーさえぐだぐだになって行く登場者にとっては悪夢だらけのイベントを。戦闘もその前後さえもグダグダになるぞ!! そしてノッブ一匹持ち帰りたい。
そう、真の敵は待ち構えるサーヴァントでも、幻想動物園でもない。
経験値時空だ……!