Vengeance For Pain   作:てんぞー

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大英雄 - 2

「―――待たせたな。これより俺も戦線に復帰する」

 

「先生! アヴェ先生!」

 

「先生じゃないし変に略すな」

 

 もうすでに何度とも経験して慣れたレイシフトの感覚を抜けると、島の砂浜にいるのを確認できた。巨大な船のほかにはかなり多くの英霊の姿が存在し、飛びついてきた立香を片手で抑えつつ、迷うことなく感じ取った神の気配に、両刃の大戦斧を繰り出し、片手で担ぎながらどこかで見たことのあるアルテミスと、これまたどこかで見たことのある女神に視線を向けた。

 

「―――で、どっちから挽肉すればいいんだ。駄肉の方か? それともエコサイズの方か?」

 

「出てきた瞬間にノーモーションで神性に喧嘩を売るスタイル、一段と磨きがかかってますね……」

 

「つーか兄ちゃんガチの咎人じゃねぇか……へへ、震えてきやがったぜ」

 

 お月見終わった直後でまたゆるふわ恋愛神とマスコットオリオンと会うことになるとは思いもしなかった。このまま、カルデアに来ないといいなぁ、なんてことを心の中で思いつつも、さっそく自己紹介をしてもらう。今回の特異点で協力してくれている英霊はダビデ、アタランテ、アルテミス&オリオン、エウリュアレ、そしてフランシス・ドレイクだった。神霊というジャンルを見るならまず間違いなく権能を行使できるエウリュアレとオリオンが抜き出ているが、それでもヘラクレスと戦うのは不可能だろう。それに主要メンツの攻撃は軒並み耐性をつけられている。

 

「―――つまり有効なのはまだ登場していなかった俺と、宝具を切り替えて無限に戦えるエミヤだけか」

 

「そうなるな。ヘラクレス討伐のキモは私と君のタッグにある」

 

 エミヤの言葉に同意するように頷き、で、と立香が口を開く。

 

「先生、どう? ヘラクレス倒せそう?」

 

 立香の言葉にそうだな、と腕を組みながら考える。記憶の大部分を取り戻した影響か、三つめのスキルをほぼ自由に使いこなせる感覚がある。これはサーヴァントとしての機能の一部だ。人が呼吸の仕方を自然と覚えるように、スキルや宝具の使い方はもはや本能的なものだ。使えるようになれば、普通に使えるのを理解できる。だから三つめのスキル、そして思い出された修行の経験による成長を加味し、断言する。

 

「―――エルメロイ2世とエミヤとのトリオでならほぼ確実に仕留められる」

 

「吠えるねぇ。私もあのデカブツとは一戦交えたけど、そう簡単に取れるタマにゃあ見えなかったよ?」

 

 そりゃあ前提そのものが狂っているのだ。フランシス・ドレイクは戦士ではない。海賊だ。船長だ。つまりは集団戦闘、それも海上を限定して戦う為の指揮官だ。そしてヘラクレスは単騎で全てを破壊する大英雄だ。それこそ山を持ち上げて投げる事の出来る怪物級の英雄だ。そもそもからしてジャンルが間違っている―――だけど、それでも一回殺害に成功しているというのは正直な話、恐ろしい。どうやって成し遂げたんだ。しかもこの船長は生身だぞ。そう思いながらも立香からはドレイクがこの時代における本来の聖杯の所有者であることを聞けば、納得する以外の言葉がなかった。

 

 聖杯の本質は万能の効果による過程消去だ。そりゃあ達成もできるか。

 

 そんなことを考えながら、立香のできるか、という言葉に断言する。

 

「出来る。足止めにエミヤとエルメロイ2世を借りるけど倒せると断言する」

 

「うん……じゃあ信じる。じゃあヘラクレス対策は三人に任せる。そうすると残りはヘクトール、イアソン、そしてメディアだけどこっちは正直、数の暴力で押し込めると思うんだ。ヘクトールが防衛線というジャンルでなら凄まじい防御力を発揮してるけど―――」

 

「宝具を連射すればいいのね? まっかせなさい!」

 

「まぁ、馬鹿正直に本体を狙わず、ガンガン船のほうを攻撃して海の藻屑にしてやりましょうか。ヘラクレスさえいなきゃ大体こっちのもんですよ。イアソンはクズだし、ヘクトールはオッサンだし、メディアはBBAから小娘にランクダウンしてますし。これは殺れますね」

 

「謎のヒロインZさんはなんか生前恨みでも抱いてたの……?」

 

 聞けば、なんでもヘラクレスとメディアは第五次聖杯戦争の参戦者だったらしく、エミヤもアルトリアも何度も苦い思いをさせられたとか。まぁ、ヘラクレスの保有する十二の試練は複数の殺害方法、或いは宝具そのものを無効化する攻撃手段がないと確実に詰みになるタイプの反則だ。つくづくバランスってものを設計者は考えていない。まぁ、だが、

 

 ()()()()()()()()()。なにせ、戦いとは基本的に相性による勝負なのだから。

 

「―――良し。じゃあ作戦はアルゴナイタイをこの島まで引き寄せて、ヘラクレスを挑発して釣り出す。森の中でエミヤ、エルメロイ2世、アヴェンジャー先生で分断、討伐と足止めをする。その間に残ったほかのメンツでイアソンを強襲する!」

 

「現在とれる作戦で一番現実的なラインですね」

 

「満点はくれてやれんが十分点数はつけられるな」

 

「辛口っすね……」

 

 カルデア側からの参戦サーヴァントはアルトリア、エミヤ、エルメロイ2世、ランスロット、自分、マシュの六騎だ。それに加えてはぐれサーヴァントのダビデ、アタランテ、アルテミス&オリオン、エウリュアレ、ドレイクの五騎。これで合計十一騎のサーヴァントが揃っている。このうち自分、エミヤ、エルメロイ2世が抜けてヘラクレスの対処をするに対しても、残ったサーヴァント達でも十分にヘクトールとメディアの相手はできるだろう。うん、と辺りを見渡して立香が頷いた。令呪を見せるポーズで、

 

「この戦い、我々の勝利だ!」

 

「先輩! 唐突なフラグ立てやめてください先輩!!」

 

「昔の聖杯戦争はシリアスばかりだったのに、最近はネタっぽさが強いですねぇ……」

 

 アルトリアの話を聞いて何かを思ったのか、ややうつむきながらランスロットはアルトリアの肩をたたき、

 

「Not Arthur……」

 

 アルトリアの発言を聞いてさりげなくディスり始めたランスロットがその一瞬で粛清されそうになるのを戦力が減るからとなんとか全員で必死にロンゴミニアドを抑え込みながら、どうあがいてもカルデアにいる間はこの空気からは抜け出せないんだな、と悟りをまた一つ開きながら作戦開始の準備に入る。

 

 

 

 

「―――ここで唐突にだが作戦開始時の緊張感を少し緩和する意味で僕の話をしようか! どうでもいいかもしれないけどやっぱり貧乳と巨乳の話をしよう! 貧乳派? 巨乳派? どちらも素晴らしく夢があるしそれぞれ良さがある! 感度とか! 形とか! いろいろと違いはある! オリオンくん! 君はどっちが好きかな?」

 

「どっちも好き―――あ、おい、待て、俺の体は捻じれるようにグアアアァァ―――」

 

「と、一人脱落者が入ったところで話を続けよう! ちなみに僕はどっちも愛せるけど基本的には巨乳派だ! 世の中には両方共甲乙つけがたいとか言っているクズがいるけどアレは乳比べ派閥のクズ・オブ・クズだ! 確かに違いを愛せるのは美徳かもしれないけどそれは逆に言うとどっちつかずでもある、つまり本当に好きなものこそはちゃんと自分で判断できるようにしようね、っという簡単な話だ! あとただ単純に両手で揉めるサイズっていいよね!」

 

「うん! 俺もそれは大好き!」

 

「さあ、いい感じに女性陣の殺気が突き刺さり始めたところで今だ! 横に石を四個捨てる! ヘー()ダレット()ギメル()ベート()はい、忠告終わり! アレフ()! ―――五つの石(ハメシュ・アヴァニム)!」

 

「敵よりもまずは横のこの男から殺すべきではないか?」

 

 そういいながらアタランテがダビデに続き宝具を放つ。アルテミスも宝具を放ち、アーチャーによる一斉射撃が見えてきたアルゴー船に向かって大量に降り注ぐ、もはや暴風と表現でもするべき大量の矢嵐の中で、何を臆する事もなく、鈍色の肌の巨人が右手に斧剣を握り、振るった。手首が僅かに捻じれ、そこから反動で加速するように放たれるのは大英雄ヘラクレスが残す奥義の一つ、射殺す百頭(ナインライブズ)だった。

 

 刹那に九つの斬撃を生む絶技は暴風を生み出し、広範囲に散らばる矢嵐を殴り壊しながら乗船者を守り、それから漏れた分をメディアの結界、そしてヘクトールの指揮で完全に防いだ。闇雲に宝具を放つだけだったらこれは100%凌がれるな、と理解した瞬間、ヘラクレスが口を開いた。

 

「―――■■■■■■■(≪狂化:B≫)!!」

 

 空を揺るがすような咆哮がまるでヘラクレスの怒りを現していた。アルゴー船の上で金髪の男が何かを口にするのが見えた。おそらくはヘラクレスへの迎撃命令か、或いは何かだろうが、次の瞬間には欄干を蹴ってヘラクレスが跳躍していた。その視線はまっすぐアーチャーズの背後、森の入り口に立つエウリュアレへと向けられていた。十二の試練を通してあらゆる宝具に耐性を得たヘラクレスに恐れるものはない。そのまま、体で矢を受け止めるも、それを完全に無効化しながら海の上を跳躍してくる姿はもはや悪夢でしかない。

 

 それを眺めながら、立香が冷や汗をかいている。

 

「いやぁ、いつ見てもアレは怖い」

 

「大丈夫です。一撃までは余裕をもって防げますから。先輩へは指一本触れさせません」

 

 マスターではなく先輩、と発言しているあたりマシュもやや気が動転しているのかもしれない。こちらが迎撃の態勢で布陣しているのも見えているだろうに、それでもヘラクレスを前に出すのは―――やはり、聖杯という道具で勝利を確信しているだろうからか。ともあれ、その余裕を確実に殺しに移行。エミヤ、エルメロイ2世と視線を合わせた。それに続き、エミヤが口を開いた。

 

「―――I am―――」

 

ハイ、カットォ(マスター権限:令呪)!」

 

「以下略ッ! そぉい!」

 

「■■■!?」

 

 アーチャー達を飛び越えてエウリュアレを一直線に目指したヘラクレスのスピードは無限の剣製よりもはるかに速かった―――令呪で詠唱を省略さえしなければ。即座に展開されるエミヤの固有結界の中へと自分から飛び込んでくるようにヘラクレスが囚われる。それと同時に、作戦通り自分とエルメロイ2世もまた同時に固有結界の内側へと入り込んだ。決戦時には良く展開されるためにもはや見慣れた荒野と剣の丘の中に、静かにヘラクレスは佇みながら、闘志の宿った瞳を敵対者である此方側三人へと向けていた。

 

「さて、ここまでは作戦通りだな。全く、何度目の対峙だ、これで? さすがに嫌になるな」

 

「腐るなアーチャー。貴様だけが耐性に惑わされずに攻撃を常に通し続ける事ができるんだからな。それよりもアヴェンジャー、貴様の調子はどうだ」

 

「ん―――」

 

 呼吸を整え、チャクラを開門させる。簡単な話、(グル)の修行とは経験の塊だった。理論を説明せず、ひたすら経験のみを積み重ねて行く事、それが(グル)の与えた修行だった。そうすることによって経験だけでいえば十分なラインが届くように、と。だが無論知識が足りていない。ただそれは補われている―――改造され、人類の積み重ねてきた英知を再現し積み込むことで、長年かけて学ぶべき知識の部分は完結された。

 

 それらが結びつき、漸く形として成される。マントラの秘儀、チャクラの開眼、それが息をし始める。全身が活性化され、生命力と力で満たされ始める。筋力、耐久、敏捷、魔力が開眼されたチャクラに合わせて上昇するのが解る―――これならワンランク上ぐらいは能力を発揮できるだろう。シェイプシフターに魔力を通し、それを変形させる。今思えば、自分が大戦斧を良く作っていたのは(グル)の真似事を無意識的に行っていたのかもしれない。

 

 だから今度も大戦斧を作りつつ、完全な制御に成功したスキルを発動させる。

 

「ちょうど寝起きの運動が必要だったんだ」

 

 存分にその神性(いのち)を、

 

殺させてもらおうか(≪復讐者≫)

 

 えぇ、そうね―――存分に殺しなさい、心行くまで。

 

 くすくすと笑う妖精の声を引き連れつつ、一気にバーサーカー・ヘラクレスへと飛び込んだ。




 思い出せば思い出すほど同調率あがってゆくのだーれだ。

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