―――気づけば言葉を失い、涙を流していた。視界は妖精のものではなく、自分のものだった。目を触れてみれば瞼は閉じたままで、しかしちゃんと、そこに視界はあった。それは不思議な現象だった。或いはそれが思い出された
ずっと、ずっと忘れていた。
人間として足りていない喪失感を満たされるのと同時に、新たな喪失感を感じてしまった。
思い出した―――思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した……思い出した。
思い出してしまった。
「リン……トワイス……門司……親父……母さん……」
ベッドの上、丸まりながら頭を抱えて俯いた。既にグランドオーダーが開始されてから数か月が経過している。そんな今になって家族を、愛しい人たちを失ったという実感が急に胸を襲い掛かっていた。この喪失感だ。これが失うという感情だった。ただ、そこで停止する訳にはいかなかった。記憶を思い出す中で
―――パラシュラーマ師は。
「……今の姿を見せたら斧でかち割られそうだ」
やりかねない。本気でやりかねない。お、お前戦士にジョブチェンジしたなら殺すぞ?みたいなノリで殺しに来る可能性はある。何せ、溺愛していた弟子―――カルナがクシャトリヤだって発覚した瞬間、愛弟子にしか伝えない奥義を一番大事な場面で忘れさせるという呪いをかけた実績があるからだ。弟子だから安全という保障は一切存在しないのだ。
「ふぅ……無様な姿はここまでだ」
『え、待って……待って!』
顔を上げてベッドから降りようとしたところで、目の前に妖精が割り込んできた。
『待って、そこは色々とイベントがある処でしょ? 涙を流す貴方を私が慰めるとか、新たに決意を固めるとか……もっと、こう、ヒロイン関連のイベントが!!』
くだらない事を言う妖精の頭を掴んで投げ捨てた。激突音がない当たり、消えて回避したな、と確信しながら時間を確認した。やはり相当深く夢に溺れていたらしく、かなりの時間―――というか日単位で時間が消費されていた。まだカルデアが存在していることを見るからに、グランドオーダーは継続中らしい。となると自分が放置されているということは順調に探索が進んでいる、ということだろう。その確認が終わったところで寝汗でびっしょりであるということに気づき、
服を脱いでシャワーを浴びることにする。久しく自分の視線から物事を見るのは久しぶりなだけに、懐かしさを覚える。
『ちょっと! 無視しないでよ 無ー視ーはーだめー!』
シャワーボックスに潜り込もうとする頭を掴んで、外へと放り投げながら答える。
「簡単な話だ―――トワイスが死んだのも、リンが死んだのも、俺が絶望したのも全ては俺たちがどこか
そう、この世は優しくない。簡単に救われる事なんてない。
「―――今の俺は失敗できない。だから今を優先するだけだ」
それだけの話だ。俺は今、ここにいる。つまりは乗り越えたのだ、喪失の悲しみを。ならそれをもう一度やるだけ―――難しいことじゃない。だからさっさとシャワーを終わらせ、適当に栄養補給し、本来の任務に戻る。それが今自分が成すべき事だろうと思う。だからさっさと身支度を終えようと思ったところで、此方をじぃーと見つめる妖精の姿を見つけた。どうした、と口を開こうとしたところで、
『やだ……濡れそう』
脳裏でNO TOUCHING! と叫ぶ金髪姿が一瞬だけ思い浮かぶ辺り、不必要な人間性まで取り戻したのではないかこれ? と思わなくもあった。
「待たせたな」
「っ! アヴェンジャー、起きたのか!」
身支度を終えて管制室に入ると、ロマニが驚いたような表情を浮かべた―――いや、実際は数日間昏睡したままなのだから、驚くのも当然というものだろう。片手をあげながら軽く挨拶すると、スタッフの一人が口に咥えていた煙草を落としながら呆然とした視線を向けてきた。
「アヴェンジャー……が、軽い挨拶をしてきた……?」
「少しばかり深く過去を思い出せたからそれらしく振舞おうかと思ったが、今まで通りのほうが嬉しそうだな」
一斉に揃って管制室内のスタッフが頭を横に振ってきた。連中のなかでの自分の評価がだいぶ気になってきた。
『そりゃあもうロボットのAIに人間性を教えてるような気分だったんでしょう。それが唐突に自己進化でアップデートしたんだから驚くわよ』
確かに、それなら解らなくもない。そう思っていると廊下のほうから走ってくる音が聞こえ、スライディングとともに管制室の入り口にカメラを片手に持った、スタッフの姿が出現した。
「―――話は聞かせてもらった。成長記録を取らせてもらおうか」
「誰かこいつを職務に戻してやれ。グランドオーダー中だぞ」
「アヴェンジャーくんウィース。ウェーイ、島崎くん研究室に帰るぜオーケイ? ウェーイ」
「記録……ネタ……黒歴史……同僚の黒歴史をここに……」
ウェーイウェーイうるさいスタッフがカメラマンをセグウェイで引きずって消えて行く。本当にカルデアには妙にアクが強いのばかり残ってしまったな、とその姿が完全に消えるのを眺めてから腕を組み、で、と言葉を置く。
「できたら現在の状況を説明して欲しい。俺も出来るならグランドオーダーに復帰したい」
「体の方は大丈夫なのかい?」
「かつてないほどに快調だ。色々と思い出した結果、出来ることも増えたしな。心配させてすまなかった……どうしたロマニ。妙な顔をして。ほら、さっさと仕事をしろ。お前がメインオペレーターだろうが」
「うんうん、そうだねそうだねー」
『あの男、今までの貴方がそんなに話しかけてくるタイプじゃないから、自分から積極的に話しかけてくるのを喜んでるわね。ほんと、バカみたいに優しい人々ばかりね。そりゃあキャスパリーグも楽しそうに走り回るわけだわ。私もどっか毒気を抜かれちゃうわ』
あぁ、そういえば前までは自分の声に違和感がある上に、嫌悪感が強かったからそれであまり喋らなかったのだが―――まぁ、今となっては
さて、とロマニの声が聞こえる。
「第三特異点は海とそこに数多く存在する島々が舞台となってね、1573年が舞台さ。ドレイク船長に手を貸してもらい、立香くんたちは大海原を進みながら何度も聖杯の持ち主であった海賊・黒髭、エドワード・ティーチと衝突した訳だ」
「なるほど」
「そして決戦を挑んだボクらは知った、なんとティーチの部下であった英雄ヘクトールは裏切りものでスパイであったと! 彼は女神エウリュアレと聖杯を奪って逃亡―――世界最古の海賊船、アルゴナイタイと合流した! ボクらは現地のサーヴァントの犠牲もあり、何とかエウリュアレだけは取り返すことに成功した」
「それで?」
「うん。アルゴナイタイには率いるリーダーとしてイアソンが、その補佐に若き頃の魔女・メディア、そして大英雄ヘラクレスが存在していた―――しかも十二の試練を超越したヘラクレスはその数だけの命を持っている。謎のヒロインZで二回、クー・フーリンで一回、サンソンで一回、ランスロットで二回、ドレイク船長が一回殺害することに成功したんだ。そしてそこでエミヤが一気に四回削った!」
「ほうほう」
「そうしたら聖杯でストック数回復された」
『まぁ、聖杯があるならそれぐらいやるわよね』
納得のリセットだった。
「しかもヘラクレスは一度受けたことのある殺害要因に関しては完全耐性を得るらしく、ちょっとみんな武器が肌にさえ入らなくてヤバイカナー? ドウシヨウカナー? ツンデネー? って感じの状態でね! ぶっちゃけると特異点の探索、超終盤入ってるけど攻略を間違えて半分詰んでるかな……!」
「言葉も見つからないとはまさにこの事だな―――おい、なんだその表情は」
一々リアクションをするな、と告げながら考える。アルゴナイタイ、そしてそれに乗船する物語を。メディア、ヘラクレス、そしてヘクトールは有名な英雄だし、イアソンもかなりの有名人だ。ヘクトールはトロイアでも有名な防衛線の達人であり、メディアは典型的なキャスターのイメージが似合うタイプの魔術師、ただし神話クラス。そして最後にヘラクレス―――そう、ヘラクレス。その存在を表現するのであれば
死亡した場合即座に蘇生し、それに対する耐性を得る。
ロマニがホロウィンドウにマテリアルを表示させるが、それを確認する度に頭が痛くなってくる。ステータス、スキル、霊基の格。すべてにおいて超一流の大英雄だ。普通の聖杯戦争であれば召喚された時点で確定で勝利したとも言えるレベルのサーヴァントだ。
ただそれを11回も殺すことに成功したカルデア戦力のバグっぷりも、舐められない。
「まぁ、神性
「あ、何も変わってない。なんだろこの妙な安心感」
I am I、我は我である。そう簡単に変わってたまるものか、と口の中で言葉を転がしつつも、記憶とは人生の根幹だ。何を思い出すか、何を経験するかによってはどうなるのかは解りはしないから断言することは出来ない。とはいえ、それでも色褪せず残り続けるこの神への憎悪はまず間違いなく、答えを得るその瞬間まで消えることはないのだろうと確信している。
「困った時があったら便利に使うための俺だろう? 遠慮なく頼れ。相手が神仏に属する相手なら俺が遠慮なく鏖殺する。というか任せろ。させろ。ついでにランサーも葬る」
「特異点探索が終わった後でよろしくね! それじゃあ―――グランドオーダー、頼んでもいいかな?」
任せろ―――そう言葉を置いて管制室の窓からコフィンの設置してあるレイシフトルームへと飛び込んだ。現在第三特異点にいるサーヴァントと入れ替わる必要があるが、レイシフトが開始すれば勝手に入れ替わるため、別に先に戻ってくるのを待つ必要はない。コフィンの中へと歩んで進み、自分の姿をその中に休ませる。
『むぅ、もうちょっとドラマチックな展開を期待してたからつまらないわねー』
「つまらなくて結構」
生きている以上、死を乗り越えて、その思いを背負って生きているのだ。自分の無謀さや傲慢、それが原因で間違いなくリンは死んだのだ―――あの時、事前に逃げる時間だけだったらいくらでもあったはずなのに。今でもあの悲しみは、喪失感は残っているし、最後の感触は今でも思い出せる。たぶん好きだったのかもしれない。だけど今ではどうしようもない話だ。
生きている以上は前進し、
『前進しーの?』
―――カミを殺すのみである。それがいま、己が理解し、行えることの全てである。
即ち、ヘラクレス討伐、
「やってやりますか」
ヘラクレスが負けそうだから聖杯を迷うことなく使うイアソン氏の本気っぷり。まぁでも、一回ある程度殺させて耐性をある程度取得したら聖杯復活させたらそら絶望よ。という訳でもう予測できると思うけど、ガチャ丸くんの足じゃ3歩走った瞬間にヘラくんつかまってミンチになる未来しか見えないので作戦は却下ですねぇ……。
まだ笑えないけど、少しずつ昔の形へ。