「イヤッホォォ―――!! 海! サイコォ―――!」
船首の向こう側に見える大海原へと向けてそうやって叫ぶ。それを聞いていた海賊達がハイホー、と叫び上機嫌に作業に精を出し、ドレイク船長が鼻歌を口ずさみながら操舵を握っていた。海賊島を出て始めた海の旅は実に順調だった。まさかその時代の聖杯を獲得して、ポセイドンを殴り倒す人類がいるとか思いもしなかったが―――まぁ、英雄とか英霊とか、トンデモが現れるのが聖杯戦争だし、オルレアンとローマを通してインフレにだいぶ慣れてきたという感じはあった。いや、謎のヒロインZのインフレが一人だけ激しいから多分それが原因だ。
本気だしたら人理崩壊するとかどうしろってんだ。
「マスター、ご機嫌ですね」
マシュの声に振り返りながら、はは、と笑う。
「そりゃあそうだよ。人理修復の旅でもなきゃ、こんないい船に乗れる事なんて一生ないさ。なんかもう、最近は胃痛が突き抜けて逆に貴重な経験として楽しめばいいんじゃね? って感じ始めてきた部分があるからね。とりあえず困惑するより波に乗って楽しもうかなぁって!」
「海なだけにですかマスター!」
「うん! 安直だね!」
笑いながらも潮風を全身で浴びるように両手を広げる―――なんだかんだで、このグランドオーダー探索というのにも慣れてきた、というか感覚がマヒしてきたなぁ、というのを自覚してきた。というか自覚せざるを得ない。なんか最近、ロマニがこうなんだぞ!! と言ってきても、なんか英霊なら固有結界で隔離しつつロンゴミニアド放てばいいし、神性はアヴェンジャーに任せれば大体何とかなる気配あるし、それ以外にもサンソンによる強制処刑、孔明先生による強制的な封じ込め、マシュでの大防御、そしてブーディカという圧倒的な癒しがそろって、カルデアでの生活や、グランドオーダー探索が物凄く楽になってきたのがある。
―――冬木の頃と比べると。
「……と、そうだった。先生が今回休みなんだよなぁ」
「アヴェンジャーさんですか? 確かDr.ロマンによるとちょっとした体調のトラブルとか」
「うん、なんか……不安になる」
なんというか、アヴェンジャーは―――儚いのだ。今にも消えそうな蝋燭の炎を見ているような、そんな不安を感じるのだ。なんか、積極的に話しかけてからかわないとそのまま消えてしまいそうな、そんな感じがした。そのクセに何時も何時も此方の心配して面倒を見ようとするのだから、困ったものだ。
「ま―――あっちは俺と違って大人だし、何とかなるでしょ。それよりも今は」
「はい」
進行方向へと視線を向けると、百メートルを余裕で超える巨大イカが出現するが、それを見た瞬間謎のヒロインZが水の上を走り始め、エミヤが調理器具を取り出し始めていた。お前らほんと食えるものなら何でも食おうとするな、と呆れつつ、グランドオーダーを続行する。
「おう、マジか。マジでシルクロード渡り切ったぞおい」
「はーっはっはっはっは! はーっはっはっはっは!」
「笑ってねぇでここからどうするんだよ馬鹿、おい馬鹿! これをどうするんだよお前!!」
その言葉に反応するようにくしゃみをしたのはラクダだった。シルクロードを渡り切るために購入したこれは唯一所持できる乗り物だった。だがそれもシルクロードを超え、これからインドに入るとなると邪魔になってくる。というかそもそも、こいつを購入するために所持金をすべて使い果たした挙句、保存食の類も完全に切らしてしまった。近くに村があったとして、そこで食料を購入する金もない。すべては馬鹿、否、スーパー馬鹿がシルクロードを昔ながらの方法で通るとか言ってしまったからだ。
そしてそれに乗せられた俺もまた、スーパー馬鹿だった。
「まぁ、待て」
「モンテクリストごっこするなら殴るぞ」
「しかして希望せよ!!」
無言のまま顔面を殴り飛ばした。砂漠から山岳地帯に変わるあたりで体を転がす音が鈍くなり、門司の口からごふっ、という音が聞こえた。いや、まぁ、やっぱり話に乗ってしまった俺も悪いのだ。一概に門司が悪いとは言えないのだ―――あぁ、どこまでもこの馬鹿が苦行馬鹿であると理解しながらも酒が入って了承してしまった俺もまた悪いのだ。
「で、どうすんだよ!」
「決まっているであろう!」
そう言って門司は大型ナイフを取り出し、それをラクダへと向けた。
「食うのだ! ラクダ肉は食えると小生聞いてるからなぁ!」
「宗教ォ!」
「ごった煮故セェェェフゥ! さぁ、今こそ我が
そして運命をラクダが逃げ出した。
そして二人でナイフを片手に、ラクダを追いかけた。
―――そこからラクダ肉を食いながらインドに下って行く。
門司とともに日本を出て旅を始めたのはお互いに、宗教という存在を知る必要があったからだった。俺は神という存在に怒りを抱いていた。こんな畜生は到底許せない。その存在を否定する方法が世界には存在するはずである、と。故に俺は宗教というもの、そのものを知る必要があった。だから日本を出て、なるべくお金のかからないアジア大陸経由でヨーロッパへと向かう予定だった。
なにせ、アジアとは文化の宝庫である。仏教、道教、民族信仰、土着信仰、精霊崇拝、祖霊信仰、ヒンドゥー、イスラム、数えだしたらキリがないといえるレベルで宗教や信仰、そして文化が存在している。基本的にキリスト教内部の宗派によって分裂しているヨーロッパ大陸とは違い、アジア大陸は多種多様の信仰と、それによって見せる様々な変化が存在する。故に学ぶのであれば、まずはアジア大陸から、という考えもあった。
門司も門司で宗教という宗教を網羅し、その果てに何かを見つけ出そうとしている事だけは理解した。故に二人でコンビ、同じ目的の同志だった。旅行経験も、海外経験も足りない俺たちが旅をして生き残るには助け合う必要があった。ゆえに互いに手を取り、日本を出て勉強しながら旅を始めたのだ。
ただやはり、紹介してもらった中国人のガイドの言うことは聞くべきだと納得した。
ラクダを殺して肉にして食っても、割とヤバかった。
しかも嵐まで来ていた。最後のラクダ肉を二人で食いながら空を眺めながらあ、これ死んだか……なんてことを冷静に考えるぐらいには空腹と疲れで頭がおかしくなっていたのは認める。あと慣れないラクダ肉を食い続けてた影響だったのも認める。
―――そんな時に、出会ったのが
嵐の中をまるで散歩気分のように鼻歌を口ずさみながら歩いていたのだ。もうこの時点でまず間違いなく普通ではないので関わりたくはない。だがもはや精神的にも肉体的にも限界だった時に、多くを選ぶ選択肢などなく、
「―――これは中々面白いものを見つけた。なるほど。これは確かに両者共に数奇な運命の中にある。このまま何もなかったとして見過ごすのもどこか面白くはない。これもまた運命というやつか……」
気づけば弟子入りさせられていた。
日本を出て韓国で一年。そこから中国へと渡って二年。
日本から都合、三年が経過した―――そこからしばらくの間は勝手に
「お前達の気概は現代においては悪くはない。そもそもが信仰と宗教を求めて旅立つ
「
「挽肉かなぁ」
「ノータイムで断言するの怖いっすわ」
それを指摘されては否定できる要素はなかった。
「まぁ、安心しなよ。僕だって人の壊し方なら人一倍理解している。そのギリギリをせめて行けば人類、何とか育っていくものだ。こう見えても育て上げることに関しては超がつくほどの一流だからね、僕は」
「嘘つけ! 何度死にかけたと思ってんだ!」
『わぁ、お帰り』
頭を抱えながらノートパソコンに電源を入れる。確かめてみればどうやら、丸一日程記憶の中を彷徨っていたらしい。はぁ、と息を吐きながらもしかし、まだ頭の中がだいぶくらくらとするのを感じ取る。今までと比べると遥かに記憶を彷徨うという感覚が強い。今までは一歩、外へと踏み出した状態から記憶を俯瞰していたような感覚だった。だが今回は完全な追体験だった。思い出すように実際にその記憶を経験し直していた。おかげで色々と思い出せるのはいいが、再び記憶の中に沈みそうなのが問題だった。
少なくともこの追体験の間はどうあがいてもグランドオーダーには参加できないだろう。非常に悔しい話ではあるが、足手まといにしかならないだろう。なるべく早く追体験を終わらせて合流したいところだと思い、腹が減っているのを感じた。丸一日寝ていればそうもなるか。感覚的に比較的近い間隔でまた記憶の海に溺れるな、と確信したところで、餓死しないように室内の備え付けの冷蔵庫から栄養食を取り出し、バー状のそれを口の中に放り込んで素早くお腹を満たす。
『ねぇねぇ、貴方の師匠ってどんな人物だったの?』
「現代の中で神代を続けてる人」
『えぇ……』
口の中に水を流し込みながらいつ倒れてもいいように準備しておく。特異点に向かわなきゃ大規模な記憶遡行は発生しないと思っていたのに、そうでもなかったらしい。ふぅ、と息を吐きながら色々と準備を終わらせつつそうだな、と言葉を呟く。
「まぁ、今からすれば不思議に思いつつ納得できる人だったよ。その身そのものがヨーガ、そしてマントラを通して宇宙と一体化しているお方だからね。人間一人―――いや、門司を合わせて二人か。その程度だったら運命を覗き見れたんだろうな。だからこそ教えてくれたんだろう。というかそれ以外に関わろうとする理由が見つからない」
ただ、まぁ、
やはり、あの人は
―――まぁ、だったら最初から助けてくれよ、と思わなくもない。
そこまで考えたところで眩暈を感じ、ふらっとよろめきながらベッドに倒れこんだ。また、記憶遡行が始まる。今までと比べて記憶遡行によるダイブが強かったり激しかったりするのは、やはり前よりも己を思い出して、明確に重要な部分に自分が触れているという事実があるからだろうか?
『さあ? それは貴方にしか出せない答えよ。しっかり夢に溺れなさい。そこでのみ答えは出るんだから』
こうやって夢の中で自分の人生を追いかけると、中国にいた頃に聞いた邯鄲の枕を思い出す。盧生もまた、夢を通して五十年の人生を追いかけていた青年だった。彼と比べると自分は実際は四十過ぎと、死んでも青年と呼べるような年齢ではないが、やっている事は近いものがあるように感じられた。
所詮は戯言だ。人の栄枯盛衰も一瞬の夢―――この身も心も、いつかは朽ちて行くもの。しかし、
「今度も……笑える夢だといいな……」
『えぇ、最低限笑みを浮かべる事を思い出すことを祈っているわ。憎悪に染まる表情もいいけど、やはり貴方の笑顔を早く私は見たいわ』
記憶の中へと溺れて行く。
深海の底へと落ちてゆくような感触の中で、倒れこんだ此方の姿に体を、そして顔を寄せる妖精の姿が見え、
―――記憶の波が押し寄せた。
オケアノス前半は記憶の海を進める事がメイン。
メタな話をすると序章~4章は割と真面目に手を入れられる部分が少ないから、別行動や独自の方向性で違うことを同時進行させているほうがま創作性がある。
メインシナリオをそっくりそのままがいいならスマホにかじりつけ、という結論になるからな。
という訳でぐだはオケアノスの海を、171号は記憶の海を。