Vengeance For Pain   作:てんぞー

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第三特異点 封鎖終局四海オケアノス
過去への船出 - 1


 第三特異点の特定が完了した。そのブリーフィングの為にベッドを抜け出し、管制室へと向かおうと立ち上がろうとして、

 

 ―――体がよろめいた。

 

 それはまるで体の動かし方を急に忘れてしまったかのような感覚だった。おかしい、こんな筈では。そう思いながらよろめく体を引きずり、何とか扉まで進み、開けたところで扉の溝に足を引っ掛けて、冷たい、金属質の床に転んでしまった。そこに偶然、近くを歩いていたブーディカが通りかかり、助けられてしまった。あれよあれよという間に部屋に戻され、そしてロマニが検査にやってきた。特に体に対して異常を感じないだけに、自分の中でも困惑があった。ゆえにおとなしくロマニに検査を受けて、最近何があったのかを話して行く。

 

 記憶を徐々に思い出してきた事。昔の技能を幾つか取り戻した事。感情を少しずつだが芽生えさせている事。自分という存在に対して最近は深く考えている事など、それをロマニへとひとしきり告げてから、ロマニの検査を結果を聞く。

 

「―――うん、混乱だね」

 

「混乱?」

 

 自分の部屋、ベッドに腰掛けながらそんな言葉をロマニから聞いた。今日は後ろから抱き着く形で妖精もロマニの話を聞いている。そうだね、とロマニは呟きながら言葉を続ける。

 

「簡単に言うなら本来果たすべき設計がハードとソフトウェアで合わなくなってきているから、その齟齬によってちゃんと体を動かせなくなった、というのが正しいかな。うーん……そうだね、もうちょい噛み砕いて話をするなら、君の体は最新鋭の科学と魔術の技術で人工的に構成されているものだというのは理解しているよね?」

 

 あぁ、と答えながら頷く。それを聞いてからロマニが話を続ける。

 

「無論、君の脳内の記憶もその為に一旦すべてクリーニングされた訳だ。そしてそこにOSとして搭載されたのが君のスキルとして活躍している虚ろの英知だ。それが君という存在の中身でもある、という事だ。それが君本来のマニュアルであり、OSのすべてである筈だったんだ―――だけど、今は違うよね?」

 

 そう、焼却され、消え去った筈の記憶を、そして知識が流入している。蘇生している。復活している。本来はあり得ない現象だと、妖精は説明している。そしてその説明を聞く限り、それは物凄く正しいと感じる。この記憶の復活は本来、そう簡単に発生するものではない筈だ。

 

「うん。そうだ。今の君はそれ以外の記憶がある。元となった君の記憶の話だ。そしてそれは……えーと、四十数年だっけ? そんな時間を蓄積し、元々の君という人物を動かすために育て上げられたシステムだと考えればいい。無論、それはアヴェンジャーという存在を動かす為のシステムではないんだ。丸っきり違うさ。元々の君は体質はどうあれ、肉体的には普通の人間だった。だけど今の君は金属を骨格としている人造英雄だ」

 

 ロマニの説明になるほど、と納得する。

 

「つまり肉体はそのままなのに二種類の記憶が存在するせいで、体の動かし方がこんがらがっちゃってるのか……」

 

「まぁ、簡単に言うとそうだね。記憶を思い出す弊害……嬉しい誤算ってやつだよ。おめでとう、アヴェンジャー。君はついに自分の体、と呼べるものを思い出せる段階まで記憶を修復してきているんだ」

 

 おめでとう、と言って伸ばしてくるロマニの手を取り、握手を交わした。

 

「君のその混乱は多分一時的なものだよ。人間の脳ってのは結構便利なもので、誤差の範囲であるならある程度はアジャストしてしまうから、しばらく休めばまた普通に動かせるようになるさ……で、一体何を思い出したのか、それを聞いてもいいかな?」

 

 告げるべきかどうかを考えたが―――やはりロマニにはなるべく、隠し事をしたくなかった。昔なら大丈夫だと否定していた事だろう、と思いつつ、口を開いて告げた。自分が憎悪の他に恐怖を感じるという点を。それを聞いたロマニは尚更いい事だ、と笑みを浮かべた。

 

「正直君には自己犠牲のケが大きかったからね、所詮は自分は消耗品で英霊が代替出来る、って。だけどボクやレオナルドの友人である君は一人しか存在しないからね、そうやって消えてもらうとなんだ……ただでさえ広くなって寂しいカルデアがもっと寂しくなってしまうからね。グランドオーダーが終わった後も付き合ってもらわなきゃ困るよ」

 

「傲慢な奴だ。俺に死ぬな、と言うのか」

 

「友達を名乗るのに傲慢はないだろう? まぁ、本当ならオケアノスに行って貰いたい所だけどこんなコンディションで送り出すなんて殺害命令もいいところだしね。たっぷり数日は様子を見るついでに休んでもらうからおとなしくしておいてね―――あ、所長代理命令だからね」

 

「命令なら仕方がないな、おとなしく従おう」

 

「うん、立香くんたちにはボクから説明しておくから、お大事にね」

 

「あぁ、解った……残念だが大人しくさせて貰うさ……」

 

 部屋から出て行くロマニの背中姿を見送ってから、そのまま横にベッドに倒れこむ。背中から感触が消え、ベッドの横に視界が出現する。それを確認してからベッドに仰向けに転がると、マウントを取るように妖精が腰の上に跨ってきた。そうやって上から見下ろされるのは新鮮だな、と思っていると、そのまま、抱き着くように体を倒してきた。

 

「おい」

 

『ふふ、少しぐらい、いいじゃない。それに今は誰も貴方を見ていないんだから。何よりいつも力を貸して上げてるんだから、少しぐらいは見返りがあってもいいんじゃないかしら?』

 

 そう言ってくる彼女は自分の腰に手を回すように、と言ってくる。なんとなく、あのゆるふわ恋愛脳に近いものをこの妖精も持っているなぁ、なんて事をその要求から感じながらも、そっと手を彼女の腰に回し、抱き寄せた。その表情は見えないが、まず間違いなく笑みを浮かべているのは気配から想像できた。

 

「で、お前が俺の魔力を供給している犯人(心臓)って訳か」

 

 なんとなく察していたが、今まであえて口にしなかった事を口にしてみる。その言葉を受けて妖精はそうよ、と惑わす事もなく答えた。

 

『お察しの通りよ。私自身は魔術回路は1本しか持たなかったから、出力は低かったのよねー。まぁ、こんな風に新しい体、それも魔術回路がたんまりとある所だと出来る範囲が全く違って楽しいわね。こんな自由な不自由、素敵だわ』

 

「自由な不自由、ね」

 

 薄々とは感じ取っているが、この心臓―――明らかに普通じゃない。まぁ、そもそもからしてマリスビリーも何か、ある特性を得るために特別な存在の心臓を移植させた、みたいな発言をした覚えがある。さすがにそれが何であったかまではそう都合よく覚えてはいないが……記録になら残っているのだろうか? 調べれば解るのかもしれない。そう考えると、なぜだかこのままベッドで転がっているのが非常に勿体なく感じてくる。

 

 そもそも、何故今まで調べるという事を考えすらしなかったのだろうか。自分の体の事、自分という存在のデータに関してだったらカルデアのデータベースに残っているはずだろう、と頭を殴られたような感覚を得た。そう、そうだろう。普通に自分のことがカルデアのデータベースに存在する筈なのだ。運搬、管理、利用する限りはタグをつける必要があるのだから、どれだけマリスビリーやそれに纏わる者共が外道だろうが、どこの誰であり、どういう経緯で入手したのかを記録している筈なのだ。

 

『まぁ、貴方の事がデータベースに存在しているのなら既に伝えているでしょうね』

 

「……まぁ、そうか」

 

 となると妖精の心臓がなんであるか―――そして彼女の名前ぐらいは発覚しそうか? 妖精を持ち上げてベッドから起き上がると、手元から感触が消え、背中に張り付くような重みを感じる。片手でベッドの淵を抑えつつ体をよろめかせながらノートパソコンを設置しているデスクまで移動し、ちょっとした苦労をしながら椅子に座り、ノートパソコンを起動する。カルデア内ネットワークにアクセス、そこから虚ろの英知を使ってカルデア内の過去のデータを探る。マリスビリー関連のアレコレであればダ・ヴィンチかロマニが管理しているのだろう。ハッキングなんて今の環境で警戒する必要はないし、たぶん管理もザルだろうと思い、そのまま探索を進めようとしたところで、

 

 軽い、眩暈を感じた。

 

「あ……こんな……タイミング……でか……」

 

 意識が混濁して行く、この感覚は記憶遡行のそれだった。ローマで脱出時に経験したそれ以来の、久しぶりの感覚だった。何もこんな時に記憶遡行―――と思ったりもしたが、実際は立香たちと一緒にいる時に発動せずによかったと思っている。少なくとも醜態を晒すことはないのだから。そう思いながらもやがて、まともに意識を保つことが難しくなってくる。

 

 その直前に、ブラックアウトするスクリーンに妖精の顔が映った。

 

『おやすみなさい。良い夢を』

 

 投げキッスと共に見送る姿を見て、意識を完全に落とした。

 

 

 

 

「―――うーん、こうやってお前の話を聞けば聞くほど、増々ゴータマの奴に似ていると思えるなぁ」

 

 太陽が強く、強く照り付ける日差しの中、上半身裸の状態で、プレート状の自然の岩の上に座禅を組んで座っていた。同じような岩の上にはすさまじく鍛えられた肉体を持つ、短く刈り上げた修行僧風の男―――門司の姿がある。門司も自分も、大量の汗を流しながらもはや拷問とも呼べる乾いた熱気の中で、上半身を太陽の熱で、下半身をその熱の蓄積された岩の上で責められていた。なんでこんな事になってしまったんだ。やっぱり門司の奴とは絶対別行動したほうがいいだろうこれ、とか思いながらも、焼かれる感覚を奥歯で噛み締めながら、勝手に師を名乗り、苦行を課してくる男に答えた。

 

「ゴータマ、ってあのゴータマ・シッダールタですか」

 

「仏陀―――即ち覚者であるな! 小生としても会えるものなら一度は会ってみたい御仁である!」

 

「門司……お前、死ぬのか……?」

 

 此方の会話に師と名乗る青年は短く笑い声を零すといやぁ、と言葉を置く。

 

「相変わらず見ているだけで面白いね、君たちは。それで先の問いに関してであれば肯定だよ。そう、あの悟りを開きし者だよ。と言っても別に彼のように君が清らかだとか、そういう話をしている訳じゃない。彼の生は常に試練と苦行と隣合わせであり、自ら選んでそれに身を投じながら答えを求め続けるものだった。自ら答えを求めて苦行を選んで行く道はまさしく彼らしいよ」

 

 それは褒められているのか、マゾだと言っているのだろうか? まぁ、苦行を自ら選ぶ人間なんてマゾだと認めるしかないのだが。とはいえ、ゴータマ・シッダールタの悟りへの道、答への探求に関しては実に同意できる事だった。願わくば自分も、どこかで納得できるだけの答えを見つけたいものだ。

 

「グル! グルよ! 小生は! 小生はそこらへんどんな感じで! こう、偉人とか神様とかと似てはありませんか! もしくは、こう、開眼しそうとか!」

 

「あぁ、うん。僕としてもそこは非常に驚きなんだけど、悟りを開きそうなのは間違いなく君なんだよねぇ……。いやぁ、偶には異国の者も相手にしてみるもんだ。面白い拾い物もあったもんだ」

 

 呆れた視線を横の門司へと向けるが、そんな視線を受け、門司はサムズアップとドヤ顔を向けてくる。それに反応した(グル)が小石を指で弾いて門司の額に直撃させた。見た目は小さな石で、そこまで威力が乗ってなさそうなものなのに、指で弾かれた衝撃は凄まじく、筋肉の塊といってもいい姿をしているあの門司の上半身をそのまま倒し、焼けた石版の上に背中を叩き付けた。

 

 そのまま、言葉にならない悲鳴が門司の口から吐き出され、師がやれやれ、と息を吐いた。

 

「少し調子に乗りすぎだ」

 

「ぬぉぉぉぉおおお―――」

 

 まだ悲鳴を漏らしている門司から視線を外し、目を閉じて瞑想を続ける事にする。あの浅い褐色肌の青年は、どこからどう見ても同年代にしか見えないような若さをしているのに、まるで遥かな大人のように喋り、接し、そして知性を見せてくる不思議な人物だった。あれよあれよと言う間に捕まって弟子の真似事なんてさせられているが、内容が割と本格的であり、馬鹿にはできなかった。

 

 ―――19XX年。

 

 大学への進学を諦め、勉強を捨て去った俺達は教室では教えられないことを学ぶ為に日本を出た。船に乗って日本から韓国へと渡り、そこから陸路で中国、上海をめざし、かつて人々が交易するために通ったというシルクロードを半死半生という状態で乗り切り、絹を売りさばき、生活を手にするためにどれだけの地獄を味わったのか、歴史の重みを実際に体と足で味わった。

 

 まだ旅は始めたばかり、世界に見るものが多く、門司と別れて旅をする前の話、

 

 シルクロードを通ってインドへと入った俺たちを捕まえたのは一人のインド人だった―――。




 そのままオケアノスに入ると思ったか……? 開幕記憶遡行、という訳で序盤はオケアノスを走り回らずに記憶の海を泳ぐぞ。

 という訳で若モンジと若171。そしてグル。ゴータマを知っているような喋り方、いったい何者なんだ……。

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