Vengeance For Pain   作:てんぞー

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月の下でから騒ぎ - 7

「いや、あのな、そんな悪い奴じゃないんだよ本当は。うん、まぁ、正確に言うと悪いんじゃなくて頭が悪いんだけどな。ちょっと頭が緩いだけなんだよ。うん、まぁ、神となるとそのベクトルもぶっ飛ぶんだけどな。という訳で……うん。言い訳させてやってください。いや、ホントお願いします。本当に悪い子じゃないんで」

 

お、そうか(≪復讐者:神は殺す≫)

 

「あ、これダメみたいですね」

 

 海岸近くで撃墜されたオリオン(仮)が目を回しながら大の字で砂浜の上に倒れているところ、彼女の代わりに対応したのはクマのマスコットの様な小人だった。バスターライフルを突き付けて脅迫していると、ものすごい勢いで言い訳と謝罪と、そして女神をかばい始めるので、これが面白い。みんなが合流してきたのでこれ幸いとクマに話させる。

 

「さあ……吐け」

 

「あの、凄い喋り辛いんですけど!」

 

「さあ……吐け」

 

「あ、これループするやつだ」

 

 ガシャリ、と音を立てながら構えていると、まぁまぁ、と複数の手で窘められる。解せぬ、せっかくのゴッドスレイチャンスだったのに、と思いつつ後ろへと下がり、クマに話す余裕を与える。代わりに前に出た立香がそれで、説明を求めてくる。それに対しクマが姿に見合わない男らしい声でおう、と答えてくる。

 

「まぁ、タネを割っちまうと()()()()()()()()って寸法だ」

 

「開幕からどでかい爆弾を投げ込んでくるなぁ……」

 

「おっとぉ、話はまだ終わらないぜ? 俺がオリオンでこいつはアルテミスだ。普段はゆるふわ恋愛脳な駄女神だけどなー。まぁ、将来的に俺かこいつが召喚()()()()()()()()()って縁があったわけだ。今回の顕現はそれを逆に辿って召喚される運命があるのにその縁はこの時出来た、って定義して出現したんだよ」

 

『なんだそれは……めちゃくちゃだし順序が逆だ! 縁が出来るからこそ召喚可能になるのがシステム・フェイトだ。なのに将来的に縁が出来るから縁が出来ていたことにする……なんて完全に無茶苦茶だ。時系列を無視している!』

 

「お、良く解ってるじゃねぇか軽薄そうな兄ちゃんの声よ。そうだ、そりゃあ滅茶苦茶だよな。順序が正しくねぇ。だけどな()()()()()()()()。お前、誰にモノを言ってんだ? 俺も、この恋愛脳も神だぜ? 神性BでもAでもねぇ、完全な神の形だ。そりゃあ神霊として顕現する上で弱体化しているし、本体とは別ともいえる形になっているぜ? だけどそれでもカミサマ、って奴だ。これぐらいできてそりゃ当然だろ」

 

『強力な神霊にのみ許されたバグ技って奴だよ、ロマニ。まぁ、それが今回このような形で出現したのは驚きだけど』

 

 ダ・ヴィンチはどこか、今回の出来事に関して納得してしまったらしい。さすが天才は違うな、と思いつつ神霊であることを自慢し始めたあたりから武装をガチャガチャし始める。

 

「アイツ怖いんですけど!!」

 

「安心したまえ、ただのゴッドスレイヤーだ。つい最近実績を上げたばかりでスコア数を伸ばすことに少し張り切っているだけだ」

 

「新入社員かなんかかよ! 上司だったらもうちょっとケアしてやれよ」

 

「カルデアでは自由な社風が特徴でして……ってそうじゃないや、オリオン、説明の続きを宜しく」

 

 立香に促されておう、とオリオンが言う。

 

「まぁ、そんな難しい話じゃねぇんだけどよ。つかほら、月ってのはこのゆるふわ脳の象徴だ。んで月見団子ってのは月に対する奉納品だろ? そこに僅かでも儀式や信仰としての形が成立してりゃあもう系図としちゃあ完成よ。システム・フェイトなんてもんを置いてるんだからそりゃあもう()()()と繋がり易いしな。だからそれを通して目覚めちまったんだよ、このバカは。それに引っ張られて俺も起きて、だけど顕現したばかりじゃ魔力不足でおなかぺこぺこ。そうなったら奉納品を頂くしかねぇだろ? って訳で縁を利用して逆にカルデアに乗り込んだんだよこのバカは……」

 

 改めて聞くが、本当に滅茶苦茶だ。完全にサーヴァントが行える範疇を超えている。こんな事が出来るのはまず間違いなく普通ではない。少なくとも現在、カルデアに召喚されている英霊でそんな無茶苦茶なことは―――いや、一人だけ似たような事をやっている。アルトリアだ。彼女もまた霊基の改造や召喚の利用等のバグ技を行っている。しかしそれはマーリンという一人の魔術師の手を利用したものだ、だったか?

 

「ちなみにわかってると思うけど、俺、本来はこんな姿してないから! もっとモテるダンディな恰好してたからなギュェ」

 

「ダーリン? 姿がなんだって?」

 

「あ、いえ、ほんとなんでもありません」

 

 いつの間にか意識を復活させていたアルテミスが倒れた状態から片手でオリオンを掴んでいた。なんというか、それだけで力関係というものか、二人の関係と言えるものが見えてしまった。ヤンデレに捕まると人生、ほんとそこで終わりだな、というのを悟ってしまった。まぁ、恋愛とか結婚とか、そういうものからこの世でおそらくは今、一番縁遠い場所にいるのだから気にするだけ無駄だというべきなのだろうが。それはそれとして、オリオンに対して同情心が湧いてくるから困った。

 

「ぐぬぬぬ、私のお団子総取り計画が……あ、今からこの霊基で出来る本気の勝負とかしてみない? 勝ったら私たちが団子総取りって事で―――」

 

 アルテミスの発言の直後、石柱が空から一本落ちてきて、近くに突き刺さった。エルメロイ2世の孔明としての宝具、その一部を開放したのだ。それに合わせて静かにバスターライフルを再び構え直す。それを見ていた立香がうん、と頷いた。

 

「戦うなら最初に固有結界で逃げ場を封じたうえで陣地形成して動きを封じ込めたうえで対神宝具を連打するよ? というか俺じゃ止められないかも」

 

「殺る時は徹底的に、をモットーとしているブリテン人です」

 

「殲滅作業は得意、通りすがりの掃除人だ」

 

「神は殺す、神は殺す、神は殺す、神は殺す、神は殺す……」

 

「え、えーと……先輩は守ります!」

 

「素直に負けを認めような、お前」

 

「いーやーだ―――!」

 

 

 

 

 それから駄々を捏ねるアルテミスにオリオンが締め上げられつつ、残ったカエサルとアルテラを混ぜながら、月見を再びやり直す運びとなった。幸い、団子は回収できるどころか腐るほど余っていた。本来カルデアに保存されていた月見用の団子はエミヤが用意した分を含めて、カルデアのスタッフ全員分のそれしかなかった。だが現在、発見された団子はそれこそ数日分の食糧に匹敵するレベルに増えている。これもまた、神の奇跡や祝福に該当する行いらしい。そのおかげで、食べても食べても団子が減ることはなく、いったんエミヤが団子と一緒に食べるためのタレやあんこ、酒の用意などでカルデアへと戻ったりなんてして、

 

 プチ宴会とも言えるものを開催した。

 

 召喚されない限りは、特異点という領域でしかサーヴァントたちは存在できない。そしてそれですら泡沫の夢でしかない。だが、だからこそそこでしか出来ない出会いもまた存在する。オリオンとアルテミスのコンビもまたそういう類の存在だった。神性だ―――本物の神性である。そんな存在、通常の聖杯戦争では絶対に出現することはできず、このグランドオーダーでも普通は出現することはない。こんな、お祭り騒ぎの特異点だからこそ存在できるのだ。そしてこんな場所だからこそ結べる縁というものが存在する。

 

 立香の一つの役割―――或いは才能、それは縁を結ぶこと。

 

 彼は凡庸だ。指揮が飛びぬけて上手な訳ではない。誰よりも強い心を持っているわけではない。絶対に諦めない心を持っている訳でもなければ、特別な力を持っているわけではない。だが、ただ一言、彼は恥ずかしがらずに言えるのだ―――助けて、と。それが藤丸立香の持つ才能だと思っている。そして助けを求められた英雄で、助けに来ない者はいない。その一点に関してはまず間違いなく彼は才能を持っていると断言できた。そうでもなければ、こんな一流の英霊ばかりが集まる訳がないのだ。

 

 とはいえ、始まりがあれば終わりもある。

 

 女神アルテミスがオリオンの縁に割り込む形で現界したこの宴会は、アルテミスが満足するまで団子を食べ続け、酒を飲んで騒いで終了することとなった。本来の特異点捜索と比べれば遥かに平和に終わった特異点探索はあっさりしすぎる結末と言っても良かったが、それでまた、まだ見ぬ英霊と縁を結べたことを考えれば十分すぎる事だった。召喚には届かないも、聖晶石を入手する事もできて、成果としては十分すぎるものだった。

 

 意外だったのはアルテラがさっくりと殺された事を許してくれた事か―――彼女としてもあの顕現は非常に不本意だったらしく寧ろあっさり始末してくれた方が逆に助かった、とか。

 

 そんなこともあり、馬鹿騒ぎは終わった。フランスでは出会わなかったマリー、アマデウスと縁を結び、そして新たに聖人と東洋の侍とも縁を結んだ。聖晶石で英霊を召喚する時、きっと彼らはカルデアの呼びかけに―――いや、立香の呼びかけに答えてくれるだろうというどこかしらの確信があった。突破した特異点は冬木、オルレアン、そしてローマの三つ。冬木の聖杯はローマに持ち込まれたことを考えれば、クリアしたのはローマとオルレアンだけだ。

 

 七つの特異点の内、まだ二つだ。

 

「ふぅ―――」

 

 息を吐きながら転がり込むように自室、ベッドに倒れこんだ。宴会やお祭り騒ぎ、酒を飲んだ影響で少しだけ火照った体にベッドシーツと枕の冷たいとも取れる感触は心地よく、ベッドの中に倒れこみながら静かに顔を枕に埋めた。ふぅ、と再び息を吐きながら酒で少しだけ、調子を狂わせている鼓動を聞いた。これが響くのを聞いて、自分はまだ生きている。ここに存在しているのだと、確かに自覚した。あぁ、だけどそれを自覚すればするほど、逆に恐怖を感じる。

 

 そう、恐怖だ。聖人との対話はそれを俺に思い出せた。根本的に消えることのないもの、すべての人類が持ち得る最も原始的な負の感情の一つ―――恐怖。俺は恐れている。恐れることを思い出し、そして知ってしまった。恐怖とはなんであるかを、いったい何を俺が恐れているのかを。段々と欠けていた歯車が体の中に揃って行くのを感じる。それで人間性というシステムが回りだすのを理解する。

 

 だがそれは同時に、人間性をそぎ落としたからこそ可能だったという機能を停止させて行く。

 

 改造行為を体内を入れ替えてゆく作業だというのなら、思い出して行く事は心を入れ替えて行く作業だった。自分の意思等とは関係なく思い出せば思い出すほど、自分という存在が変質して行き、まったく訳の解らないものへと変わって行く。初期の己であれば恐怖する事はなかったし、こんなことで悩むこともなかっただろう。それもそういうものだ、と納得していたかもしれない。だがそれを今の自分は出来ない。

 

 経験と過去を虚ろの英知とリンクさせる事で、経験して来た事、旅を通じて身に着けた知恵等の技術は高いランクで能力を発揮できるようになったのは事実だ。そういう意味では強くなっている。使える武器だって増えているのだから。

 

 だけどそれと引き換えに―――心は弱くなっていた。

 

 悩み、惑い、怒りのままに答えを闇雲に求めたあの頃の己と、機械的に行動に疑問を持たない人形である己が、変に融和してしまっている。そのせいか、自分の存在そのものが酷く不安定のように感じた。

 

「答えを……答えを知りたい……」

 

 胸が苦しい。不安が心を満たしている。こうなってから感じたことのない感情に、心が振り回されており、それが吐き気を誘っている。だが弱音を吐く事はできない。近いうちに第三の特異点への道が開けるのだから。自分はそこで戦わなくてはならない。だからまだ、倒れる訳にいかない。弱音を吐くわけにはいかない。まだだ、まだ戦わなくちゃいけない。

 

 そう、呟いたところでふと、暖かな感触を感じた。

 

『―――大丈夫』

 

 目を開けば、妖精が両手で頭を抱き込むように抱きしめる姿が、彼女の目を通して見えた。そのまま彼女は顔を髪に埋めて、囁くように呟く。

 

『大丈夫、大丈夫よ。全部上手く行くわ。大丈夫―――大丈夫。私を信じて―――』

 

 優しく、そして想いを感じる、体の芯にまで響く様な声に眠気を誘われる。それを感じて段々と落ちて行く意識の中、ベッドの上、彼女に頭を丸まって抱きかかえられた様な姿勢のまま、目を閉じ、

 

 そのまま、夢の世界へと落ちて行った。




 予想外にイベントの癖に長くなったなぁ、というかお前オルレアンよりも長くない? 長くない……? って感じで。

 あヴぇんじゃー は きょうふ を おもいだした。

 人間性を取り戻す≠良い事ばかりとは限らないと見せつつ次回からオケアノス。

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