Vengeance For Pain   作:てんぞー

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月の下でから騒ぎ - 5

 ―――それからフランス英霊組とは少し、盛り上がった。

 

 大量の団子をどこで手に入れたとか話したほか、焚火を利用してエミヤがその場で団子の白焼きを用意したり、一時間ほど、普通の特異点では絶対に経験できない、平和な交流と言えるものを過ごした。本来であれば、あるいは普通であればまず間違いなく時間に追われていたり、目的があったりで急いでいる事が多かった。だがこの月夜の中での緊急といえる案件はなかった。カルデアの食料を奪還しつつ、お団子を集めているだけだ。

 

 その食料に関しても、道中で大分取り戻している。この騒ぎ(イベント)のメインは団子の方だったらしい。そして食料が戻ってきた今、月見に向けてゆっくりと団子を追いかければいいだけなのだから、焦る必要はどこにもなかった。そんなわけで普通ではありえない、静かな交流というものが発生していた。それは自分にとっても少し、面白い経験だった。特にマリー・アントワネットとの会話は未知のものだった。

 

 アマデウスは彼女をこう表現する―――フランスが彼女に恋をしたのだ、と。

 

 それに偽りのない輝きを彼女は見せていた。輝き、微笑み、認め、それでもなお輝き続ける。彼女の人生はまず間違いなく悲劇と呼べるようなものだった。だがマリー・アントワネットはそれも良しとした。それはアヴェンジャーたるこの身では全く理解のできない概念だった。

 

 それは()()という考えだった。

 

 他人を、誰かを許すという考え―――間違いを犯しても、それを許す。その概念が己には理解できなかった。なぜ、彼女にはそれが可能だったのだろうか? なぜ彼女はそうやって裏切った国民を笑顔で愛せるのだろうか? なぜ、彼女は今でも笑顔でいられるのだろうか? 俺であればそこに怒りを覚えずにはいられない。俺にはその概念が心の底から理解不能だったのだ。或いはそれさえも、答えを得る事ができれば解るのかもしれない。

 

『答えなんてものが存在するならね』

 

 肩車される妖精はそんなことを言ってくる。果たして本当に答えがあるのか。或いは今の俺がそんな答えに至って本当に納得できるかどうか。それはまた別の話でもある。

 

『ま、答えを思い出そうとするなんてそもそもの間違いよ。答えはその時の考え、気分、そして知識によって変わってくるものなのだから。その時得た悟りが本当に今の悟りに通じるかどうかなんて、人格そのものが変わってしまえばまた解らない話だわ。つまるところ、思い出したところでアヴェンジャーたる貴方が人で聖人であった貴方の答えに納得するか、満足するか、それとも嫌悪するか、それはまた完全に別の話だわ。思い出すだけで満足できたらいいわね? ……まぁ、私は思い出してくれないと始まりもしないから、思い出してくれる事を願ってるけど』

 

 勝手な話だ。死人だからと言って無茶苦茶な事を言ってくれる。とはいえ、自分が思い出したいと思っているのもまた事実だ。恨み、怒り、憎悪―――そして許し。

 

 果たして、俺は俺の人生の果てで何を見たのだろうか? 何を感じたのだろうか? 何を得たのだろうか? ヒントは存在する。その道筋は理解している。だがその結末はどうしてか、まったく想像出来ず、まったく思い出せなかった。

 

 和気藹々とする一行とは裏腹に、やや心は悶々としつつあった。

 

 そんな中、団子を求めて森を出た。マリー達に次の団子の場所を教えてもらい、森を出て道なりに進んで行く。やはり、妙に高ぶったウェアウルフ達が襲撃してくるが、団子という燃料を補給してフルスロットルとなったアルトリアの前では塵同然に等しく、ロンゴミニアドが振るわれるたびに衝撃波が発生し、それに吹き飛ばされてウェアウルフ達が消し飛びながら星となって夜空を飾る。まぁ、元々魔性と英霊では天と地程の差がある。当たり前と言えば当たり前の光景なのだ。

 

 そう思いながら進んでゆくとやがて、海岸に出た。

 

「うぉぉぉ! 海だぁ―――!」

 

 海岸が、砂浜が見えたところで立香はそう叫ぶと、海岸のほうへと飛び出してゆく。先ほどまではあれ程放心していたというのに、もう忘れたかのように飛び出して夜の海の姿にはしゃぐ姿はまるで子供のようだった。

 

「マスター、ロンゴミニアドの光が照らす範囲から離れすぎるなよ」

 

「星を繋ぎ止める聖槍を懐中電灯替わりか……頭が痛くなるな……」

 

 それどころかそこの投影英霊は貴重な刀剣の類を使い捨ての爆弾に使うぞ、と心の中で呟きながら歩いて後を追って行く。妖精を肩車したまま、歩いて海へと近づいて行く。横をマシュが走って抜けてゆき、立香に追いつくと波打ち際を追いかけるように走り始めていた。あの二人はやっぱり、どこか子供らしい。そう思いながらも自分も波打ち際に近づいた。

 

 不思議とこちらにはウェアウルフはいないらしく、静かに海の、波の音が響いていた。どこか、遠い場所でこれと似たような景色を見ていた……どこだったろうか。覚えているはずだが、覚えていることが多すぎて、今度は思い出せない。その事実に溜息を吐きながら思い出すのもまた、思い出すので困ったものだと思う。

 

「何か思い出しでもしたかね?」

 

「ん? あぁ、エミヤか……。いや、きっとどこかで俺はこういう景色を見ていたんだろう。見ていたら懐かしさを覚えてな。海で世界は繋がっているんだ。これが遠い、遠い故郷へとつながっていると思うとまた妙な気持になってな……」

 

「あぁ、なるほどな……しかし故郷か……」

 

 そこで言葉を止めたにエミヤにエルメロイ2世が口を挟む。

 

「貴様の出身は確か冬木だったな……貴様が私の知るシロウ・エミヤと同一人物であるならばな」

 

 エルメロイ2世の言葉にエミヤが頷いた。

 

「その憶測で概ね間違いはない、ロード・エルメロイ2世よ。私は君の知る彼女とともに倫敦へと渡り、世話になったものだ。貴殿の講義にも参加させてもらったものだ。おかげで魔術師のまの字さえ理解できなかった小僧が魔術師―――いや、魔術使いとして世界に踏み出す事が出来た。こうなった今、再び直接会えるとは欠片も思いはしなかった」

 

「なるほど、その結末がソレか。すべてが終わって記憶が残っていたとき、彼女には私のほうからもう少し強く手綱を握るように伝えておこう」

 

「是非ともそれを頼もう。寧ろ手足を折って監禁するぐらいが丁度いい。それぐらいしないとあの馬鹿は止まらんからな」

 

 そう言って苦笑するエミヤはしかし、どこか穏やかな気配を持っていた。エミヤが魅せるその穏やかな様子が堪らなく羨ましく、二人の会話から視線を反らし、立香の方へと歩き進む。二人の進む先には焚火の炎が見え、先ほどのフランス組と同様に、また此方でも英霊が団子を食べているのだということが実に良く理解できた。立香とマシュも先に進まず待っているので、それに追いついたら歩いて共に、焚火のほうへと向かう。

 

 今度も、焚火を囲むのは三つの姿と一つの巨大な姿だった。一人目は和装の侍。二人目はあの巨大な亀竜を召還したサーヴァントとその亀竜。そして最後の一人は見たことのない法衣のような鎧姿の男だった。三人で焚火を囲みながら、月を肴に団子を食べているのが見えた。

 

「お、来たわ―――来ましたね」

 

「マルタ殿、開幕から仮面が剥がれそうで」

 

「そんなことはありません。仮面など被っておりません……こほん、久しぶりです。あの時は狂化故に敵対の道しか選べませんでしたが、こうやって、理性を保てた状態で会える幸運を喜びたいと思います」

 

「えぇ~、本当でござるかぁ~?」

 

「姐御もあんな敗北ウチの島じゃノーカンとか言ってへんかったやろか」

 

 和装の侍と亀竜がまるで煽るかのように言葉を放つと、音を立ててマルタ―――聖女マルタの額に青筋が浮かぶのが見えた。見た目通りの聖女ではないのだろうなぁ、というのは今の会話だけでなんとなくだが把握できてしまった。まぁ、アルトリアの時点で過去の英雄や偉人に対して幻想を抱くのは完全に諦めているが故に、どこかそうか、そういうキャラか、と納得してしまう気持ちのほうが強かった。

 

「おや、いつぞやの門番ではありませんか。確か佐々木小姑でしたっけ」

 

「惜しい。実に惜しい。だが小姑なのは拙者というより女狐の方であったが故、今度出会うことがあればこの小姑め、と言ってやるが良いだろう。うむ。それはそれとして、そちらの弓兵も久方ぶりである。何ともまぁ、懐かしい顔ぶれが揃うものである」

 

『アルトリア、エミヤ、佐々木小次郎は彼らの世界線での相対相手だったわね、確か。うーん、面白い繋がりね。この特異点では平行世界で発生した聖杯戦争の結果、その記憶が存在していたりしなかったり、その英霊が召喚されたり中身だけが違う英霊だったり、色々とミキサーで混ぜてごった煮の中身をぶちまけたみたいな感じになっているわね』

 

 一種の聖杯戦争同窓会とも言える状態だろうか。まぁ歴史規模での聖杯戦争なのだ、この特異点巡り、グランドオーダーは。そう考えると召喚されたサーヴァントに縁のある存在やサーヴァントが出現するのは納得できる事かもしれない。何せ、サーヴァントの召喚システムとはその不確かな縁や繋がりといったものを手繰って召喚しているのだから。

 

「私だけはこの中では初顔のようですね? サーヴァント・ライダー、ゲオルギウスです。よろしくお願いします、カルデアと皆様がた」

 

「あ、どうも、よろしくお願いします」

 

 ゲオルギウスと名乗った男が立香と握手を交わす。さあさ、どうぞと立香が言って示されたのはゲオルギウスの横だった。それはゲオルギウスが腰かけている倒木の上であり、どうやら交流でもしようという魂胆らしい。なぜだか解らないが、ほぼ反射的に、この男ならば信用できる、という確信が自分に合った。それで思い出す。

 

『そう、竜を屈服させた者ゲオルギウス―――()()ゲオルギウス。体質的にはどうかはわからないけど、その称号は貴方の背負うものと一緒よ』

 

「聖人、か……」

 

 その言葉には複雑な感情しか残らない。はたして、聖人とは何なのだろうか、としか自分には言えない。与えられた名、体質、期待、そしてどう見られるか。はたして、聖人とは何なのだろうか。自分は一体何を求められていたのだろうか。

 

「―――個人的に私はその言葉に対してあまり深く考えるべきではないと思うけどね」

 

 此方の呟きにマルタが反応していた。深く考えるべきではない? と首をかしげながら呟けばそうね、とマルタが言う。

 

「えぇ、まぁ、最終的な事を言ってしまうと私達が主の声を聴いたところでその意思を理解することはできないわ。だからこそ深く考えるだけ無駄よ。宗教、そして信仰とは盲目のままに信じる事ではなく、自分がそれをどう感じたかが一番重要なのだから。だから貴方はその肩書に惑わされる事なく、自分の意思で選び、そして感じたことに胸を張ればいいわ。この世のあらゆる問いに答えはないんだから」

 

 それは―――正論だった。そう、正しい。どこまでも正しく、そして真っ当な言葉だった。だけど俺がほしいのはそんな言葉ではなかった。それは今必要な言葉ではなく、

 

「もっと……昔にそれは……欲しかったなぁ……」

 

 あの頃、家を飛び出す前の子供のころに一番ほしい言葉だったかもしれない。誰かが俺にそれを教えてくれていればまた違う人生を歩めたのかもしれない。そう思うとどうしようもなく悔しく、そして虚しかった。結論や答えとは別に、

 

 今、ここにある自分の姿がその末路だと知るからだ。




 えぇ~本当でござるか~? とかいう伝説の名言を残してしまった罪深いイベントでもあった。

 聖人、カタチにはそれぞれ色々とある。

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