Vengeance For Pain   作:てんぞー

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月の女神はお団子の夢を見るか?
月の下でから騒ぎ - 1


「―――ハイ、これで施術完了、っと。機能するかどうかは別として、入れるだけならそう難しくはないとも。それで、どうだい? 使い心地は?」

 

 手鏡を使い、自分の顔を見る。目を隠すように巻かれていた包帯はもうそこにはなく、目玉がなくなったことでへこんでいた瞼はそこに新たに加えられた義眼によって、ただ目を閉じているだけのように見える。それは眼球がなく、包帯を巻いているだけの状態と比べれば遥かな進歩に見えるだろう―――少なくとも、これで見た目は完全に若い戦闘魔術師のそれだ。服装自体にも概念礼装がインストールされている為、非常に有用だ―――これからの戦いは、これがデフォルトだろう。まぁ、悪くはない。少なくとも妖精の方は気に入っているのか、先ほどから何度も瞼の上から目の感触を確かめようとしている。

 

「悪くない。空っぽにしておくよりも何かを入れておいたほうが違和感がないな」

 

「ほら、私が言ったとおりだろ? 変に意地を張らずに素直になればいいのさ」

 

 そう言って半分笑いながら声を放ってくるのは赤毛のサーヴァント―――ブーディカだ。彼女はローマ特異点攻略後にいつもの特異点攻略ガチャを行った際に召喚された一人目のサーヴァントだった。ローマでの彼女と自分の絡みはほとんどない、と言ってもいい。だが同じ職場、戦場で肩を並べる以上はと挨拶をした途端、ダ・ヴィンチ工房へと連れ込まれてしまい、こうやって義眼をつけさせられている。別段、包帯だけのままでも自分は特に悪くはなかった。

 

 だがそれをブーディカは気に入らなかったらしい。

 

「そりゃあ自分はそれでいい、って慣れちまえばそう思うもんさ。だけどそれを見て気に病む奴だっているし、そうやって放置される事を良しとしない者だっている。特にこんな場所だと何か怪我をすればそれだけ心配して作業が手付かずになる相手がいるんだ。だったらさっさと出来る事を済ませたほうがいいだろ?」

 

『ぐうの音も出ない正論ね。言い訳はあるかしら?』

 

 自分の負けだ、と軽く手を広げて降参の意を見せる。それで納得したのか、満足げな表情をブーディカが見せていた。これはエミヤに並ぶオカン系サーヴァントがカルデアを揺るがすな、というのが個人的な感想だった。とはいえ、ロマニとは別方向でメンタルケアができそうな人材でもある。正直、今のカルデアで最も欲しかったタイプの人材かもしれない。そんな事を考えながら座っていた椅子から立ち上がり、改めてダ・ヴィンチに感謝する。

 

「いや、いいさ。その為に私やロマンがいるものだしね。君も、今まで以上に体に気を付けたまえよ。小うるさいのがそこそこ増えてきたからね」

 

「プライバシーの侵害だな」

 

 その言葉にダ・ヴィンチがクスリ、と笑い声を零し、ブーディカと共に工房を出た。そこで、此方へと向かって歩いてくる立香の姿を見つけた。反射的に気配を遮断して去ろうかと思ったところで、その寸前に首根っこをブーディカに捕まえられた。

 

「逃げない」

 

『うーん、エミヤとは違う方向でオカン力高いわね、この駄乳は。癪な話だけどちゃんと相手を見て、そして踏み込める範囲と、踏み込むべき範囲が見えているわね。精神的に圧迫されがちなこの環境で欲しい人材ね』

 

 とはいえ、こんな時にそんなお節介を発揮しなくてもいいのではないか、と思わなくもない。そうやってブーディカに引き止められている内に、やがて立香が到着してしまった。片手を上げて挨拶してくる立香に対し、片手で挨拶を返すと、その視線がさっそく、こちらの顔へと向けられた。

 

「あ……包帯取ったんだ」

 

「あぁ、ブーディカがあまりにも煩くてな」

 

「何が煩いから、よ。ちゃんとやっておくべきでしょうが、そこは」

 

 背中をガンガンとブーディカに叩かれる―――なぜだかは解らないが、この女の強引なペース、お節介はなんというか……苦手だ。まだ思い出せない誰かの姿を非常に強く思い出させる。それが中々言葉に出せず、そのせいであまり強く出れない。アイツはもっと、言葉を隠していたが、行動は隠していなかった。そういう違いはあった。だがお節介で強引な部分は良く似ている。……その名前が思い出せないのが少し、気持ち悪い。

 

 そう思っていると、立香が自分の目を指さす。

 

「先生って確か目を抉られたんだっけ。見えるの?」

 

「お前は良くもそう見えている地雷原をスキップしながら踏み込んでこれるな。ある意味尊敬するぞ。そして答えは肯定だ、別行動中に俺は一度、ミスで捕まり、レフ・ライノールに両目を抉られた。そのせいで視神経がダメになって義眼を入れようが自分の目で見ることが出来なくなった……まったく、不便でしょうがない。あと先生ではない」

 

 その言葉に立香が少し俯く。その態度は理解出来る。

 

「なんだ……もしかして。自分のせいだと思っているのか? 俺を偵察に出さなければ、とか。ちゃんとしたアサシンを召喚できていれば、とか。やめろやめろ、そんな事考えるだけ無駄だし、お前の責任じゃない。俺が選択し、俺が得た結果だ。結局は俺の責任というだけの話だ。なに、目がなくなってもまだ見えるんだ。そう悲観する事もない」

 

「……先生って結構ツンデレ属性だよね」

 

「先生じゃない」

 

 そう答えると、お馴染みの回答を得られたのか、けらけらと笑う立香の姿が見えた。ただやはり、どこか、申し訳なさそうな感じがするのは事実だった。これは変に気負っているのかもしれない、と判断したところで次の特異点の事を踏まえ、もう少しだけ打ち解けることを考える。何より、背中から突き刺すブーディカの視線が痛かった。そうか、お前は立香の味方だよな、と妖精のくすくす声を聴きながら判断する。

 

「丁度いい。試したい事があるから鍛錬に付き合え」

 

「えっ」

 

「いいから来い」

 

 そのまま立香に近づき、腰をつかんで持ち上げると、そのまま肩に担いで歩く。借りるぞ、とブーディカへと伝えれば行ってらっしゃい、という声援をもらう。これで合法だな、と心の中で言い訳をしながらコフィンのあるレイシフトルームへと向かって歩くと、一歩後ろへと下がって出現した妖精がくすり、と再び笑いながら言葉を零した。

 

『ほんと、素直じゃないわねー』

 

 

 

 

 特異点が解消されても、完全に特異点が消え去る訳ではない。所謂影と呼べるような状態で、しかし騒動の消えた状態で世界は残る。見慣れた大地、見慣れた空、見慣れた場所。しかしそこは聖杯の騒動が終わった、残像の大地である。もはや歴史に対する影響は一切持たない、そのカオスな状態が正しいという状態の特異点となる。つまり、シミュレーター室よりも鍛錬を行うにはちょうどいい場所でもある。何よりここを通して物資の補給ができる為、カルデアの物資状況も多少はマシになる。

 

 そんな場所へと立香を連れ出してきた。

 

「ここは―――オルレアンですね」

 

「フォウフォフォーウ」

 

『いきなりレイシフトするとか言うから色々と驚いちゃったけど……まぁ、いいか。サポート状態は万全だよアヴェンジャー』

 

「すまないな、ロマニ」

 

 立香を拉致した手前、マシュとフォウまでがセットでついてきた。他の英霊たちは今回一切いない。管制室もロマニを除けば最低限のスタッフしかいない。この解消後の特異点での活動は比較的楽らしく、何時もほど苦しまずに済むため、ある程度の余裕がある。とはいえ、そうであっても電力の消費を考えるとポンポンと使えることでもない。だからなるべく一回で終わらせたいものだな、と口の中で呟きながら、さて、と声を出す。

 

「ローマでは色々とあってな、己の手札の足りなさを感じた」

 

「アヴェンジャーさんが、ですか?」

 

 マシュの言葉にあぁ、と頷いた。

 

「連合首都で一対一で大英雄と戦うハメになったのが―――その結果は手加減された上で相打ちだ。それが原因で俺は捕まって、そして牢獄で軽い拷問を受けてた訳でな。それ以来、もし俺が大技を使えれば……或いはシェイプシフターに頼らず使える対軍、対城クラスの大技が有れば、それだけでも状況は違っただろうな、という話だ。だからここはひとつ、無くしていた知識を思い出したついでに身に着けるよう習熟しようかとな」

 

 アヴェンジャーとしての霊基はぶっちゃけた話、器用貧乏という言葉が正しい。対英霊は英霊という存在に良く突き刺さる。だがそれは同時に自分の身を削る諸刃の刃でもある為、毎回使っていい手段でもない。対神性能はそもそも最上位サーヴァントが相手でもなければ発動する事もない。シェイプシフターの虐殺モードも結局は使えば武器を封印するハメになるデメリットがある。それを考えたら一つ、ここらで奥義の一つでも開眼しようかと思う。

 

「先生ー! そんな簡単に、手札って増やせるんですかー!」

 

「俺の場合、背景が特殊でな、可能だ。あと先生ではない」

 

「フォ~、フォウフォフォ~ウ?」

 

 今のは言葉わからなくてもフォウでさえ疑っているというのは解った。このリトルアニマル、慣れてくるとかなり表現豊かだというのが解る。いや、実際に人の言葉を理解するぐらい賢いのだが相槌ぐらいは打てるのだろうが。ともあれ、どこまで話したものか、と数瞬だけ思考し、触りの部分だけならいいか、と判断する。カルデアに来たばかりのころであれば絶対にこんな風に考えはしなかっただろうと思いつつ、

 

「俺はカルデアに来る前にはな、世界を旅していた」

 

「世界、ですか」

 

「あぁ、アジアの果てからヨーロッパ、アフリカの末端と世界の隅々をとある目的の為にな。まぁ、それでインドにいた頃、修行マニアの友人と鉢合わせてな。しばらく寺院の世話になってヒンドゥーを学んだり、修行したりと時間を過ごしていたんだが、妙にバラモンだかクシャトリヤだかに拘る自称聖仙(リシ)がいてな。その聖仙から古代インドの奥義とやらを授かったわけだ」

 

 かなり懐かしい話だ。門司と二人でインドを旅しているときに捕まったのだ。自称聖仙と名乗る若い男だったのだが、本物なわけはあり得ないし、修行僧が悟りを開いたつもりで名乗ってるんじゃないか? と疑ったりもした。しかし今は魔術の世界を理解し、()()()()()()()()()()()()という事実を理解した事で、本物かもしれない、と思っていたりもする。まぁ、門司と共に数年かけて課せられただけの修業はこなして、その最後に奥義を授けられた。

 

 そんな経緯だったらそれは、もう、疑うだろう。

 

 とはいえ、本当かもしれない。その可能性が今は考慮できる。聖人という縁で結びついて、出会ったかもしれないのだから。つい最近、思い出したばかりの事である。

 

「今の今まで忘れていたし、試す事もなかったからな。自分の戦力増強を兼ねてここは一つ、人類最強のマスターの手を借りようかと思ってな」

 

「じ、人類最強のマスターって……」

 

「ん? 何を恥じらう必要がある。汚染された聖杯都市をお前は生き延びた、それも騎士王を倒してだ。そしてその次ではフランスを走り回り、邪竜を出し抜いて人理定礎を復元し、そして少し前に今度は神祖と呼ばれる明確な神話の住人と、アッティラ大王を倒したのだ。お前を人類最強のマスターと呼ばず、誰をそう呼べばいいんだ」

 

「やめてー! 先生! ほんとやめて! スッゴイ恥ずかしいから!」

 

「恥かしがる必要はないぞ、人類最強のマスター」

 

「ぎゃー! というか普段の言われている分を言い返しているな……!」

 

 焦っている立香の様子にフォウがじゃれ付き、顔面に張り付いたフォウによってバランスを崩して倒れる。その姿をマシュが助け起こしに近寄って行く。年相応の仕草や表情を見て、改めてこの二人の少年と少女が背負ってる使命の重さを自覚する。それを誰かが背負うことができたらいいだろうが―――。

 

『無理ね。カルデアでマスターとしての適性を保有しているのは彼、藤丸立香だけよ。彼は人類最強のマスターとなる()()があるのよ。それが人類最後のマスターとして与えられた絶対の使命よ』

 

 そうなのだろう。だから少しでもその重荷を軽くする為に、自分もできることをしなくてはならない。

 

『その為に慣れない自分語りなんてしちゃうのね。嫉妬で妬けちゃうわ、私。だって私、そこまで心配してもらった事がないもの』

 

 ぬかせ、と息の下で呟きながら武器を取り出す。ローマ以来、シェイプシフターで銃への変形が時代に関係なく行えるようになった結果、手数は幅広く増えた。だが所詮は幅広くなっただけで、習熟度が上がったわけではない。大技が必要だ。それも連射できるのであればさらに良いだろうと思う。そう思いながら。音響弾を生成し、それを少し離れた位置に発射し、爆裂させた。

 

 キーン、と響く音が一帯に響く。それを聞きつけたウェアウルフやワイバーン、ゴブリン等の魔性が我先に、と群がってくる。どれもこれも雑魚ではあるが、広い範囲に広がった挑発するような音は多くの敵対者を引き寄せる。まぁ、こんなもんだろう。

 

「さて、別行動ばかりで俺の動きはあまり見て貰ってなかったな? 俺に指示を出せるようになる様、ついでに実戦で鍛え上げようか。なに、的確にマシュを動かして盾で庇わせればノーダメージだ。後は俺が奥義を思い出せれば殲滅できるだろう―――たぶん」

 

「先輩、この人無茶苦茶です! すっごい無茶苦茶です! 無駄に期待値が高くてこれは出来るよな、って凄まじい信頼感の中に無茶の塊を感じます!」

 

「文字通り先生であったか……! しかも結構体育会系……!」

 

「キュゥゥ……」

 

 あわあわと動き出した二人と一匹を見てさあ、と口を開く。

 

「これぐらい軽くこなそうか。そうでもなければ人理修復なんて夢のまた夢だからな」




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/845e23ea-a914-4ab9-9e0d-8457128f8ffe/509410685c4a010a51225c7bf98edd60

 イ ン ド。説明不要。話題の授けた人、インドファンの皆なら解るよね。うん。

 という訳でコミュ回。召喚一人目はブーディカさん。今回もガチャでの新規枠は二人なんで、現在のカルデアにはもう一人追加されているという訳で。それはそれとして、お前起きてるか寝てるか解らねぇな。

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