Vengeance For Pain   作:てんぞー

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檻の底 - 7

 ―――カルデアに一時帰還したこともあってシャワーで汗を流した。

 

 まだローマにいる立香達には悪いが、貴重な時間だ。休める間に万全にコンディションを整えるのもまた、戦士自身の仕事である。その為、遠慮なくシャワーを使わせてもらった。そういうこともあって血の跡や汚れを漸く汗とともに洗い流すことができた。そうやって完全に戦闘と拷問の疲れを溶かしたところで、部屋に設置してある姿見で自分の姿を横に並ぶ妖精の目を通してみた。

 

 鏡に映る自分の姿は特異点探索前と比べれば多少の変更があった。その中でも際立つのが皮膚だろう。前までは本当に醜い怪物の様に皮膚が剥げてその下の肉が露出していた。痛みとかは感じないが、それでもまるでゾンビのような姿に、激しい嫌悪感を感じていた。まるで未完成であることを突き付けられているような、そんな嫌悪感だったのだと、今更ながら思う。だがその嫌悪感も皮膚が欠損部分を覆うことで大分和らいできた。だがその代わりに、より怪物的だと自分の姿を表現できる。

 

 肉体の色はかわらず漆黒―――褐色を通り越して文字通り黒、なのだ。前よりもは幾分か和らいできたような気もするも、それでもまだゾンビの方がまだ人間らしい色だと表現できる色をしている。やはり嫌悪感は拭えない。それにまるで獣の毛の様に乱雑に伸びる白い髪がさらに怪物らしさを助長している。そして最近失ったばかりの両目を含め、そのままで見ると完全に怪物にしか見えない。寧ろ敵として出現しそうな姿だ。

 

『丸っきり悪の組織の改造人間的な感じあるわよね』

 

「ほっとけ」

 

 若干気にしてるんだから……と思っていると、横から妖精が腹を突いてくる。その感触を確かめるようにしばらく触れているとうーん、と声を漏らした。

 

『ちょっとだけ痩せたわね。まぁ、捕まっていたことを考えれば仕方がないんだけど』

 

 まぁ、そればかりはどうしようもない、という話だろう。なるべく体のバランスを理想的な状態に維持してきたが、少し痩せた事を考えると高カロリー食を補給したほうがいいのかもしれない……そこで軽くため息を吐き、自分の姿を見た。目はどうにかして隠さないとダメだろう。だが体の方は―――剥き出しだった部分もほとんど減り、そういう肌色、ということでどうにか納得できそうなラインだろう。確かに、全身を隠す程ではない。

 

 まぁ、これはしょうがないだろう、と諦める。姿を一回晒し、立香らに見られてしまったのだ。それから隠すとなると違和感の塊だろう―――今までも違和感の塊だった自覚はあるのだが。それはそれとして、ロマニが私物だと言って用意した着替えを確認する。

 

 ベッドの上に広げてあるのはロマニが自分の、だといって用意した服装だ。だがそれにしてはどれも丁寧に魔術的な加工が施されており、概念礼装としての効果が付与されている、服装であるのと同時に礼装だった。事前にチェックサイズも自分のサイズだったり、明らかにこれ、ロマニのではなく、自分用に用意したものであるというのが解る。

 

 黒い肌に栄えるように袖のない赤の多機能コートを上着に、その下のトップスには長袖の無地のYシャツ、ボトムスの方も礼装や魔術道具を持ち込めることを意識したポケットの多いカーゴパンツとなっている。ベルトやらサイドバッグ、髪紐まで用意しているあたり、かなり本格的なセットだった。意図としては服装の明るさで肌の色をあまり目立たせない方向性だろうか。中々若者向けの恰好だ。こう、自分が着るには少し若すぎないか? と思わなくもない。

 

『そうかしら? 彼、結構いいセンスしていると思うわよ。記憶上は四十過ぎだから違和感があるかもしれないけど、肉体的にはいい所二十代前半よ。サーヴァントみたいに肉体的な全盛期ね、少なくとも今の若さなら全然いけるでしょ?』

 

 どう、だろうか? そこらへんの判断は自分ではできない。少なくともその恰好をして、自分でそれが似合っているかどうかは……あまり、自信がない。やはり、ここはローブを調達して全身を隠すのが一番なのではないのだろうか? そのほうが両者にとって一番楽で健全なのではないかと思うのだが。

 

『なにヘタレてるのよ。ほらほら、さっさと着替えちゃいましょ? 時間は無限に存在するけど人に与えられたそれは有限よ、愛と一緒でね。だったら効率的に運用しなくちゃ勿体ないわよ?』

 

 そう言われると背中を押され、着替えるようにせっつかれる。言葉が正しいのだから反論できない。ともあれ、新たな包帯を用意し、それで目のことは隠すとして、用意してくれたロマニに感謝しながら着替えるか、と決めた。

 

 

 

 

 新しい服装に袖を通し、その感触を確かめながらも持ち込みの装備を全てコートとボトムスに移し替えたところで一先ず、ある程度の休息を取れた。出来るなら睡眠をさらにとりたいところではあるが、これ以上休んでいるわけにはいかない。すでにレフ・ライノールが連合首都にいること、そして連合首都の位置を立香には伝えてある。俺がカルデアへと戻ってからはガリアの遠征隊と合流し、そのまま連合首都へと向かったのだろう。

 

 なにせ、通常の兵士が千人集まったところで()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 今前線にいるのがアルト―――謎のヒロインZ、ランスロット、クー・フーリンというだけでももう絶望的だ。俺が王であるなら戦う前に降伏するレベルだ。頼まれたってこの豪華なメンバーとは絶対に闘いたくない。正直な話、戦力のそろっているカルデア・パーティーと戦わなくてはいけないレフには同情する。

 

 そこまで考え、個人的な用事を終わらせたところで管制室の扉を開けて侵入した。そこにはロマニのほかに、管制室でオペレートを担当する数人のスタッフの姿があり、

 

「お、アヴェンジャーじゃないですか。イメチェンしました?」

 

「ちゃんと着替えてきたんだ。ボクのセンスで選んだんだけど、どうかな?」

 

「チーフにしてはえらくまともッスね。もっと、こう、オタク的なのを……」

 

「えー、こう見えてボク、結構センスいいほうだと思うんだけどなぁ。自分ならコスプレに挑戦してみようかなぁ、と思うけど流石に他人の分には、ねぇ? まぁ、そんな訳でようこそ、管制室へ」

 

「地獄の徹夜マラソンの現場へと歓迎しましょう。さあ、どうぞどうぞ」

 

 歓迎の雰囲気をだしながら迎える管制室の中、六人ほどしかいない管制室のスタッフは全員笑みを浮かべてつぶやきながらもその瞬間は絶対に操作を間違えることなく、常にローマにいる立香たちの状態を安定、万全の状態で活動できるようにモニタリングしている。言葉は軽いが、明らかに彼、彼女らがその道のプロフェッショナルであるのは見て取れることだった。本音で言えば邪魔をしたくないが、ローマの状況をレイシフトせずに一番早くつかめるのがここなのだからしょうがない。

 

「一人だけゆっくりさせて貰ってすまないな」

 

「いやいや、前線に出てるアヴェンジャーの方が負担はそこは大きいから、申し訳なく思う必要はありませんよ。というかそれを言ったら一緒に戦えないこっちが申し訳なくなってきますからね?」

 

「む、じゃあ解った」

 

 キリのない会話になるのは解った為、それ以上口にするのは止めて、ロマニの座っている椅子の横へと移動し、ロマニが拡げているモニターを覗き込む。その向こう側では戦闘を行う立香達の姿が見えた。モニターを横から覗き込みつつ、ほかに出現しているバイタルサイン等を確認し、今のところは問題がないことを確認し、ほっと息を吐く。

 

「どうやら連合首都へは順調に進軍できているようだな。状況はどんな感じだ?」

 

「うん、悪くないよ。君がいない間にガリアへと遠征して奪還していたことは聞いたよね? ローマへと援軍を要請しつつ合流、そのまま西の連合首都へと向かって進軍中だ。途中、諸葛孔明のサーヴァント、そしてアレキサンダー大王のサーヴァントと一度戦闘したけど、無事に犠牲者なしで突破しているよ。今、連合首都に到着したばっかりだ」

 

「そうか……」

 

 此度のグランド・オーダーは中々順調に進んでいるらしい。一足先に戻ってきてしまった自分としては、気になる事なだけに、こうやってちゃんと進軍している姿を眺めることができるのは喜ばしい事だった。首からぶら下がる妖精の視界を通して見る。連合首都の中へと入って行く立香達の姿を。

 

「進軍が早いな……」

 

「ネロがどうやら精鋭中の精鋭のみで電撃作戦を行っているからね。ここに至っては一般兵力じゃ英霊の動きのサポートさえできないって事実があるし」

 

 現代と伝承、神話の時代の人間では根本的な能力の違いがある。一般人でさえ、もはや軍人もかくや、と言える様な身体能力を発揮していた。その中でも英雄と呼ばれる様な戦闘に特化した英霊が四人、最前線で戦うのだ。正直、同じレベルの怪物でもない限り、サポートをする事さえ難しいだろう。今は英霊側が意識して立香の反応に耐えられるようにリズムを作っている。そうすることによって立香が魔術によるサポートを入れる隙間を作っている。

 

 とはいえ、それでもサポートを一般人というカテゴリーで成し遂げているあの少年は手放しで褒める以外の選択肢が見つからない。

 

 と、考えている内に状況が変わる。連合首都に誘うような声、そして開かれる道、

 

「連合首都に侵入……レフ・ライノールにロムルスか」

 

「神祖ロムルス、王政ローマの健国神話の初代王だね。ローマという文明、文化を生み出した張本人であり、この先に生まれてくる数々の皇帝が崇拝し、そして導としていた人物。無論、ネロもそうだ。彼女もロムルスという人物の前では萎縮せざるを得ない。なぜならロムルスという人物はローマの民、ローマの血筋の者にとってはそれこそ神に等しい存在なんだからね」

 

「そうか、()()か。俺がそこにいたらかつてないレベルで力を引き出せそうな気がしたんだが……」

 

「やめてくれよ……君はなるべくなら安静にさせたいところなんだから……マシュと違って超頑丈という訳ではないし、立香君とは違ってガンガン肉体的に損耗してるから、一番治療の回数と量が多いのは君なんだからねー。替えがきかないのは君もマシュも立香くんも一緒なんだからそーこーらーへーんー、自覚しようねー」

 

「申し訳ない」

 

「チーフ、アレ絶対申し訳なく思ってませんわ」

 

「奇遇だね、ボクもそうなんじゃないかなぁ、って思ってたんだ」

 

 だって、なぁ? なんて風に思いながら、モニターの向こう側で指示を出す立香の姿と、そして戦い慣れていないマシュが立香を守りながら立ち回る姿を見る。何とも頼りない背中姿だった。あんなにも小さい姿で、頼りない姿で特異点へと向かっていたのか。しかも今、自分はここにいて、人数的な問題でレイシフトすらできず、手伝うこともできない。

 

 ―――あぁ、なるほど……そうか、これが……いつもロマニ達が見ていた世界なんだな……。

 

 なんで英霊たちが立香やマシュに従い、人理修復に手を貸そうとするのか、それが何となくだが解った気がする。きっと立香が一流の魔術師や、一流の武人だったり、最初から完成されているようなマスターであれば、

 

 義務感でのみ参加できる英霊しか参加しなかっただろう。

 

 クー・フーリンも、謎のヒロインZも、エミヤも、ランスロットも、アンリ・サンソンも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。無論、目的は人理の修復だ。だがそれに対する義務感が英霊にはない。そもそも英霊となった時点で義務なんてものは存在しない。既に死者なのだから。だけどそれでも召喚された。義務感でも使命感でもなく、

 

 ()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という思いの下に。

 

「……とはいえ、見ているだけというのはどうも歯がゆいな」

 

「ははは、エミヤさんも同じことを言っていましたよ。あとしきりにお弁当とか食事のバランスとか、悪しきローマの食文化に染まらないで欲しいとか言ってましたね……」

 

「まぁ、エミヤは今はウチ一番のオカンとして君臨しちゃった感じあるよね。ボクもこの間夜中にこっそりつまみ食いしようとしたら見つかっちゃってね? こっそり夜食を作ってもらったよ! ははは!」

 

「チーフ……」

 

「オカン……エミヤオカン……」

 

「今度ダイエット食でも作ってもらおうかしら」

 

『あの、Dr.ロマン? 私たちこれからシリアスに突入したいので雑談するならちょっと通信を切ってからにしてくれませんか? ものすごく和気藹々としているのは伝わるのですが、エミヤさんが先ほどから顔を隠して逃げ出そうとしています』

 

 なんともまぁ、締まらないいつも通りのカルデアの空気が前線に伝染していたらしい。そんな空気の中、

 

 ローマの先を決める戦いが始まりそうだった。




 まぁ、やっぱりカルデアに残っている英霊ってのは「あぁ、俺も戦えたなら……」って思いながら戦いを眺めてるんだろうなぁ、ってことで。次回でいよいよクライマックスってことで。

 男のお着替えとはちょいと難しいのであった。

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