Vengeance For Pain   作:てんぞー

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檻の底 - 5

 それから丸一日、治療に集中していると、ステンノが再び姿を現した。此方の神性に対する怒りと殺意を理解しているのか、此方を尊重して彼女は必要以上に顔を出すことはなかった。その為、彼女が顔を出すことはそれなりの驚きだった。とはいえ、もっとも驚いたのは彼女の美貌だった。細く、そしてしなやかに伸びる肢体、幼児体型とも取れるその体つきはしかし、彼女が持つ独特の空気と合わせ、庇護欲を引きずり出しながら食い散らかしたくなるように実に()()()女だった。正直、初手で目を潰されていて良かったと思う。覚悟して彼女を見なくては、その魔性とも表現できる美貌にたちまち魅入られ、溺れてしまいそうになる。

 

 ただ、そう、準備か覚悟があれば大丈夫だ。色香に対する耐性は自分にある。血迷う事はない。妖精も自分も直ぐ横に立っており、彼女の視界を通して、近づくステンノの姿を見れる。

 

「それで体の調子はどうかしら?」

 

「上々、と言ったところか。少なくとも100%の状態で体を動かす事はできる。島での逗留の許可、改めて感謝する」

 

「それは良かったわ。勇者を島に招き入れたところで何のもてなしもできなければ女神失格だったところですもの」

 

「俺が勇者?」

 

 えぇ、そうよ、とステンノは言う。

 

「本来ならば勇者の証明を行ってもらうところなんだけれどね、()()()()()()()()()の……えぇ、貴方は勇者よ。その意味は……そうね、秘密にしましょう。その方が色々と悩めて楽しいでしょう?」

 

 くすり、と笑う彼女の動作は一つ一つが艶やかであり、誘うような雰囲気を持っている。気を強く持たなければまぁ、それでいいか、と思ってしまう、そういう魔性が垣間見れる。とはいえ、深く突く話題でもない。勇者の基準なんて昔から決まっているのだから。

 

 ―――困難に直面し、絶望に直面し、それを乗り越えられるか否か。それに尽きる。

 

「それで、女神が俺にどんな用だ」

 

「あら、歓迎されていないわね? まぁ……いいわ。貴方の仲間らしき人物たちが半日もすれば此方に来ることを知らせたかったのよ」

 

 カルデアが此方へと来る、か。となるとまだ連合首都を発見できていないのだろう。此方へと向かっているというのであれば、合流して何とか情報を伝えたい。そうすれば最低限の、自分の仕事は完了する。カルデアの戦力にローマ兵士の物量が備われば、おそらくはあの連合首都を陥落させられるだろう。まぁ、それにしても一度は自分がカルデアへと戻りたい、というところが本音だが。本格的な精密検査は特異点の後で、だがその前にカルデアの医療を使って治療しておきたいというのが本音だ。

 

「それを俺に知らせたという事は―――」

 

「―――えぇ、ちょっとした試練を用意したいの。それを手伝ってくれないかしら」

 

「……」

 

 試練、それは神々の世界では極々普通のものである。というも、神々は人間に対して試練を与え、そうする事で褒賞を与えるのだ。形のない島に存在したゴルゴーン三姉妹も同様の試練と褒美を与えていたのだろうか? それはともあれ、この女神は試練をしたいと言っている。それも自分の手を借りて。その対象は無論、これから来るであろうカルデアのみんなだろう。だが先に言ってしまえば、

 

「俺が神性とその形、その行いを憎悪している事を理解して言っているんだな?」

 

「えぇ、勿論よ。そのうえで頼んでいるのよ……協力して、と」

 

 艶めかしい笑みを浮かべながらステンノが言葉を囁いてくる。正面から話し合っているはずなのに、なぜか耳元で囁かれているような、そんな気分だった。だがそれは此方の体には届かない。レジストしながらクリアな思考で理解する。彼女に対して手伝う必要が己にはない。だが同時に、自分には恩がある。

 

『勇者であると認められたからには逗留する権利は与えられたけど―――看護する手をまわして貰ったのは借りよね』

 

 然り、即ち借りである。神からの施しに対して人は常に等価で返さなければならない。神より恩寵を受け、受けるだけ、そしてその先に進んだ存在の未来は誰だって良く知っている。太陽神に愛されたカルナは敵に仕立て上げられ死亡した。ジャンヌ・ダルクはオルレアンを奪還したが、まるで嘘のように燃え死んだ。その他にも多く、神々に愛された結果、地獄のような末路を迎えた者は多い。神に対する貸し借りはつまり()でもある。

 

 存在する限りは彼我の繋がりを示すのだ。

 

 ここで断ってもいい―――だがそれは関係を続けるという意味でもある。苦く感じるも、ここは素直にステンノの話を受け入れて試練に協力するのが一番なのだろう。そこまで思考したところで協力しよう、とステンノへと告げる。それを受けたステンノはそう、と答え、

 

「では貴方の役割は簡単―――報酬よ」

 

「なるほど、了解した」

 

 見た目だけの女神―――という訳ではなさそうだ、と彼女の意図を察して思う。俺が試練の報酬というのはつまり、俺がカルデアと関係があるのを知った上で連合首都の情報を取得できるかどうかを、調べるために一手打ってみる、という話なのだろう。

 

「お前は……」

 

「対策として召喚されたわ。えぇ、かなり強引だけれどね。それも英霊なんて霊基を得て。本来なら力なんてないのに、戦うことすらできない筈なのに、まさか()()()()()()()なんて。まぁ、それはそれとして、私は聖杯の抑止力によって召喚された存在よ」

 

 それは聞き覚えのない言葉だった。

 

「聖杯でサーヴァントを召喚すれば、それに対抗するように追加でサーヴァントが召喚されるわ。私は連合の魔神が召喚したサーヴァントの対抗策として召喚されただけよ。ほとんどのサーヴァントはおそらくそれに関しては理解していないし、無自覚だけれど―――」

 

「カミ、であればその自覚も伴う、と」

 

「えぇ、愛されるだけでも、私は神格を保有するものよ。それぐらい理解できて当然でしょう? ……まぁ、それも試練の報酬として貴方が終わった後で伝えなさい。本当に特異点を攻略できる勇者なのか、その素質があるのか。それを見定めるいい機会になるでしょう。私にも―――」

 

 そしてステンノは真っ直ぐ()()()()()

 

「―――貴女にも」

 

 その時の彼女(フェイ)の表情は見えなかった。しかし、そこにはどこか、笑みを浮かべているような気配を感じた。

 

 

 

 

 それから半日ほど、アイドルのサーヴァントとキチガイキャットのサーヴァントが肉体労働に従事する。と言ってもやる事はシンプル、形ある島に存在する洞窟は元々ステンノが召喚されたときに、試練の場として用意したものらしく、そこを軽く整備、後は魔物の類を用意するだけである。このローマ時代、何が原因かは解らないのか、それとも元々存在しているのかは解らないが、ワーウルフやゴブリン、ゴーストといった魔性の類は普通に存在する。

 

 サーヴァントの身体能力でそれを連れてきて、ステンノの魅了で操り、そして洞窟の番人をすることをお願いする。その中には合成魔獣キマイラの姿もあり、ステンノが試練の準備にどれだけ力を入れているのかが解る―――それでも本当は欲しかった妹には届かないと言っている辺り、かなり、というより心の底からいじりながらも愛していたのだろう、妹の存在を。

 

 そうやってキャットとアイドルが走りまわるのを半日ほど眺め、体調もある程度回復したことでスキルも滞りなく使えるようになってきたところで、形ある島の中に少しだけ進みこんで姿を隠す。無論、それはこれから到着するカルデアの仲間たちから見つからない為である。

 

 まるで、子供の悪戯をやっているような気分になっていたが―――女神との盟約だ。借りがある以上は果たさなくてはならない。心苦しいが、今は仲間を試さなくてはいけない。

 

『本当にそう思ってる? 思っちゃってる? うーん……だいぶ昔に近づいてきたわね。それでもまだまだ、一回も笑みを見せた事がないし、遠いか』

 

 笑い―――笑う。そう言えばカルデアに到着してから、()()()()()()()()()()()気がする。作り笑いの類はできても、本気で笑った覚えはない気がする。木々の間に身を隠し、圏境で姿を隠しながら両手の指で口の端を持ち上げてみる。それを妖精のほうへと向けた―――この少女、なぜか圏境の状態でもしっかりと見えているな、と軽い恐怖を感じながら見ていると、

 

『だめねー。心の底から、本気で笑えるようになったら貴方、って言えるかしら。その時には私の名前も思い出せるでしょうね。その時を私は楽しみにしているわ……心の底から』

 

 そうやって彼女が心臓の位置を叩いてきた―――最近、ヒントを出し始め、人間的感性を取り戻してきた影響か、彼女の動作に軽い恐怖を感じ始めるのはおそらく、生物として間違っていないのだろうと思ったところで、急接近する気配を感じた。それに導かれるように妖精の視界が海岸の方へと向けられ、

 

 我々は目撃してしまった。

 

『―――』

 

「―――」

 

 ―――船が飛んでる。

 

「―――フハハハハー! これぞローマ式スカイドリフト航法である―――! どうだ! すごいだろ! 余だからできるのだ(≪皇帝特権≫)ー! 余はすごいんだぞー!」

 

 スッゴイ聞き覚えのある声もする。そんなことを考えているうちに着水した船はまるで跳ねるようにワンバウンドし、空中でドリフトしながら形ある島へと向かっていた。時代を先取りしすぎてない? と思っている間にドリフト着水、そのまま形ある島の砂浜へと先ほどのドリフトっぷりが嘘の様に静かに接岸した。

 

『船って空を飛べるんだ……というかあの加速なに? あのジャンプなに? なんであんなにスピードでてるの? えぇぃ、ロンね! ロンぶっぱしたのね? あのアホ毛王が推進力代わりにぶっぱしたのを皇帝特権で乗りこなしたのね!? 誰よ馬鹿にニトロを渡したのは―――!』

 

 騎士王と暴君のタッグ、こんなもの特異点でもなきゃ一生見れない究極のタッグだろう。というかそんな組み合わせ、普通は見たくても見られるわけがない。謎のヒロインZに関しては相変わらずかっ飛ばしてるんだなぁ、としか言えず、大きな船から降りてくるカルデア一行を見たところでどこか、懐かしさと安心を感じた。どんどんと船を下りてくるカルデアの面子を前に、バレないように姿を潜める。

 

 その瞬間、フォウの姿がマシュとともにあるのを発見する。

 

 ―――良かった、合流できたんだな。

 

 無事な姿にちゃんと戻れた事実を確認すると、フォウがマシュの肩から飛び降りて走ってくる―――こちらへ。途中まで追いかけてきたマシュだが、フォウが猛スピードで走るため完全に置いてけぼりになり、フォウと入れ替わるように出てきたステンノに進路を邪魔される。その間にもフォウは此方へと走り、

 

 そして見事、圏境を突破して飛びついてくる。

 

「フォウフォーウ!」

 

「少し、自信をなくすなぁ……はは、無事だったか、お前は」

 

 飛びついてくるフォウを掴み上げると、そのまま短い舌で顔を舐めあげてくる。どうやらこの賢い獣にそこそこ心配させてしまっていたらしい。

 

「フォウ! キュ!」

 

「あぁ、大丈夫だ。カルデアへと戻れば目も治るさ……たぶんな」

 

「キュゥゥ……」

 

 心配そうな鳴き声に、こいつを不安にさせてしまったか、と少しだけ自分の無茶に後悔を抱く。しかし、自分のような半端な存在が役に立つにはそれぐらいやらないと……ダメなのだ。自分程度の存在、代わりは召喚を行えばすぐに用意ができるのだから、進んで危険に、死地へと飛び込まないと、後方に置いてそこでサポートするだけの存在になってしまう。流石にそれは―――色々と辛い。

 

「ままならないな、フォウ」

 

「フォーウ……」

 

 息を吐きながら視線をカルデアご一行へと向ければ、ステンノに洞窟の方を指さされているのが見える。いつまでもフォウを独占していたらマシュ達が探しに来るだろうから、軽くフォウの頭を撫でてからその姿を放つ。やや迷うような姿を見せるが、後で合流するから、とフォウに告げれば走ってマシュのほうへと向かって行くのが見えた。その姿を見送って、立香たちが洞窟へと向かって歩き出すのを見た。

 

「それじゃ、追いかけようか」

 

『うーん、いたずらかドッキリを仕掛けてる気分でちょっと楽しいわね』

 

 本当にブレない妖精だな、と心の中で呟きながらバレないように移動を始める。

 

 まぁ、彼らなら負けることはあり得ないだろう、と確信しながら。




 という訳で原作イベント消化中。ガリア遠征まで完了していたようで。それにしてもネロちゃまはかわいいなぁ……。

 徐々に人間味を取り戻すのと同時に存在そのものが浸食されてゆく感。実に興奮する。

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