「……始める前に少しいいか?」
「……あぁ、それぐらいは待とう」
感謝しながら首元に潜り込んでいたフォウを下ろす。その頭を軽くなでてから背中を押せば、フォウが走り去って行く―――あの獣は賢い。勝手に逃げて、勝手に合流してくれるだろう。マシュはなんとなくだがフォウの言葉が理解できるようだし、
「
「いや、これぐらいは問題―――」
直後、見えないように手首からローブの中を伝い、足の裏から大地へと同化していたシェイプシフターが槍となってジークフリートの足元から出現した。反射的にジークフリートが回避し、僅かに集中がブレた瞬間に圏境と気配遮断を発動させる。真名が発覚しているのであれば、攻略は簡単である―――ジークフリートという英雄はファヴニールの血を全身に浴びた結果、無敵の肉体を得たと言われている。ただ一つ、菩薩樹の葉が張り付いたその背を除いて。
それがジークフリートの弱点だ。
故に回避動作と同時にワイヤーへと変形させながらジークフリートの捕縛、縮地による加速で大地を姿を消したまま滑りながら、背後へと回る。一撃で終わらせる為に掌底を作り、それを絶招として無呼吸でジークフリートの背中に叩き込む瞬間、それを遮るように大剣の刃が背中を庇った。鋼を殴り飛ばした感触に圏境と気配遮断が解除され、奇襲が完全に失敗したことを悟る。名による
薙ぎ払いが来る。
―――ぞっとしないな。
大剣に込められている神秘はそれこそまともにくらえば
上へ、建物の屋根の上へと逃げるように引いた―――だがジークフリートの首は締まらない。
ワイヤーが切れた。
「なる、ほど」
これがジークフリートが得た無敵の防御力ということなのか。伝承に偽りなし。まさかエーテルで編まれた存在に対して絶大な効力を発揮するエーテライトが一方的に押し負ける事態が発生するとは思いもしなかった。こうなると手段は限られてくる。
『ほんとずるいわね。無敵なんて』
「すまない……等と言うつもりはない。ただ、朽ちてくれ」
屋根の上にいる此方へと向かって一気に跳躍し、大剣が振るわれる。素早く横へとステップをとって回避すれば、返しの刃で斬撃が振るわれてくる。体を揺らし、迎撃ではなく回避に心血を注ぎこみながらその宝具である大剣に触れぬ様に、即死しないように気を使いながら動く。後ろ、右、左、また後ろ、そして路地裏へと向かって屋根を蹴って飛び込んでゆく。それを追うジークフリートの気配を背後に感じる。
足が速い。逃げ切れはしない。となれば、
『覚悟を決めるしかないわね』
「―――
頭の中でカチリ、と何かがハマる音がした。直後、脳を通して肉体のリミッターを解除する。人間が意識的に抑えている肉体を保護する為の限度を撤回し、限定的に怪力と同効果の筋力上昇効果を付与する。心臓の鼓動を加速させて肉体を活性化させつつ、思考速度を上げ、無理やり身体能力を引き上げる。虚ろの英知では概念的な能力は使用できない。ゆえに技術的に人体の構造を認識、理解し、その観点から肉体の限界を意識的に蹴り飛ばす。
「セカンド・ラウンドだ」
伏せる。頭上を薙ぎ払う剣を回避しながらそのまま体を滑らせ、ジークフリートの正面へと潜り込む。そのまま一気に肘を正面から胸へと向かって叩き込む。鋼を殴りつけたような感触と同時に、ひじが砕けるような感触を得る。だが、それと同時に、
「―――
僅かだがジークフリートの胸に傷が刻まれていた。僅かではある―――だが対英霊、英霊殺害概念はこの英霊の鎧に対してでも有効であることが証明された。それはつまり
『ふふ、殺しちゃいなさい、アヴェンジャー』
「
魔術の爆炎が槍となってゼロ距離からジークフリートを包んだ。そのままマルチキャストを維持したまま、連続で氷、風、岩塊を連続で対英霊を付与したまま一気にジークフリートへと叩き付け、そのまま家屋に叩き付けて、その姿を貫通させる。回復魔術を使用しつつ、冬木の反省を生かして細胞活性薬を口の中へと放り込み、肉体が煙を上げながら高速で再生して行く。
「これで……終わる訳もないか」
つぶやき、前へと飛び込んだ瞬間、家屋の中からダメージを受けた様子を見せるジークフリートが飛び出してきた。素早く振るわれる大剣を必死に回避するが、素早く振るわれる斬撃を回避しきれない。素早くマシュの大盾を模倣して生み出すが、すさまじい衝撃とともにそれが弾かれる、腕が千切れそうな感触を得る。故に弾かれる衝撃のまま上半身を後ろに流し、上下反転、逆立ちした状態で加速、足に魔力と魔術を込め、
ハンマーのごとく振り下ろした。
『やっぱりこいつ、宝具での防御がメインね。近接範囲だと間違いなくすりつぶされるし、宝具頼りの防御だったら対英霊と魔術を組み合わせてゴリ押すのが一番なんじゃないかしら?』
「
振り下ろされた足が大地を砕き、スウェイの動きで回避したジークフリートが大地に突き刺した大剣を支えに、体を一回転させ、スイングする様に体を加速させて戻してくる。だが飛び込んでくる場所は足を振り下ろした直上―――砕けた大地から炎が噴出し、ジークフリートを飲み込んだ。だがそれを強引に突破し、
「元々持久戦の方が得意だッ!」
そのまま此方を蹴り飛ばしてきた。次に吹き飛ばされるのは此方の番であり、加速の乗った蹴りが胸骨を砕きながら家屋を三棟貫通させながら吹きとばした。体中に走る激痛を無視しながらマルチキャストを続行、同時に積層詠唱を開始。並列詠唱を行いながらマジックキャストを重ね、多重に攻勢魔術の発動準備に入る。宗教、形態に囚われずに攻撃魔術を使えるのはキャスターでは行えない、人造兵器である己だからこそ成せる裏技だ。
アーチャー―――エミヤの時は相手のほうが手数が上で押し負ける為に使えない戦闘手段だった。だがこのセイバー・ジークフリートは
そうでもなければ最初に真名を名乗ったりはしない。
『相手は竜属性持ちだし炎とかには強そうよね、アレってブレス吐くし』
純魔力をそのまま詠唱で強化して砲撃として放った。それを正面から大剣で切り払い、受けながら飛び込んでくる。素早く再生薬を口の中に放り込んで砕き、再生の苦痛を無視しながら飛び退いて、戦闘を続行する。閃光として連続で魔力弾を両手から放ち、それを横から飛び込んできたジークフリートに打ち込む。だがそれを無視し、持ち前の耐久力と宝具による減衰で耐えながら戦車のごとく突っ込んでくる。その動きに迷いや容赦はなく、剣術そのものがすさまじいレベルにある。武術の領域で戦ったら確実に負ける為、いまさら接近戦は挑めない。
銃や爆弾等の近代兵器が使えないのがここまで口惜しいとは。
そう思いながら一切動きを止めることなく、ジークフリートから逃れるようにフリーランで三次元軌道を描き、ひたすら魔力撃の嵐をジークフリートへと叩き付けて行く。一発一発が常人の上半身をもぎ取って行くほどの威力を秘めているそれを、宝具による軽減と素の凄まじい耐久力で耐えてくる。対英雄概念によるサーヴァント特攻効果がジークフリートに突き刺さっている筈なのに、まるでそれをものともしないのはまさに大英雄にふさわしいスペックだった。とはいえ、
「負けるつもりはない―――」
「―――
魔力弾を即座に二十生成し、マシンガンのごとく放ちながら壁を蹴り、体を飛ばす。それを超える速度でジークフリートが接近してくる。ソードブレイカー二本へとシェイプシフターを変形させ、ブレイカーにひっかけながら受け流すように斬撃を逸らす。筋力差が大きすぎる結果、こちらの体がその反動で押し出されるように飛ばされ、背後、外の屋根へとまで吹き飛ばされる。到底受けきれるものではない、セイバーとしての膂力に嫌気を感じつつも、距離が開いたのは僥倖だった。
奥の手を求めて袖の中に仕込んだナイフを引き抜く。追いかけてくるように正面からジークフリートが飛び込んでくる。無色透明のシェイプシフターが刃となって空間に停滞するが、それを正面から肉体で砕きながら飛び込んでくるジークフリートは、その本来の優しさを忘れさせるほどに恐ろしく映る。だがそれを無視し、振り下ろされる大剣、シェイプシフターを握っていない片手で最高硬度で纏う。
それを盾にした。
腕がちぎれそうな感触に、屋根という足場が意味をなさずに崩壊する。だがそれと引き換えに得た接近の瞬間、攻撃を
「―――
ジークフリートの体に容易く、突き刺さった。崩壊する家屋の中、ジークフリートと共に落ちて行く。スロー再生のように伸びて行く意識の中で、ジークフリートが纏う、神秘の鎧が、罅割れるのを感じた。それをジークフリートは驚きながらも、どこか、嬉しそうに感じていたのがその表情に見える。防御の宝具、
それが本気で戦っているが、決して全開ではない事を証明していた。
「お前が―――」
血鎧がひび割れる衝撃で動きの止まったジークフリートの大剣を握る右腕をこちらの左腕で抱え、右足で肘関節を抑え、右手でジークフリートの首を掴み、
「―――
回転しながら大地にたたきつけるのと同時に、ゼロ距離から喉に魔術を放つ。それがジークフリートの纏う宝具のトドメとなり、概念的に砕け散った。対英霊が100%通る状態となった中、ジークフリートの体を蹴り飛ばしながらシェイプシフターを手元に戻しつつ、それを巨大な鉄槌へ―――
逃げる様子を見せないジークフリートに大質量の鉄槌が振り落とされて行く中、影消えて行く男の微笑みが見えた。
―――手間をかけさせてすまない―――。
「おおぉぉぉ―――!」
振り落した。完全に英霊を潰し、そのままその下の大地を3メートルほど抉って埋め込み、てこの原理の如く体を上へと射出し、ギガアトラスの反対側へと宙返りを決めながら着地した。巨大な鉄槌の下からはサーヴァントの消滅を示す光が漏れており、それが勝利を知らせた。即座にシェイプシフターを元の形状に戻し格納しながら、逃亡の為に走り出そうとする。これだけ騒いだのだから、今にでも敵の援軍が来てもおかしくない―――そう思った直後、
全身が焼けるような激痛が走る。まだ耐えられる範囲だったが、直後、喉を血液が逆流してきた。涙腺から血が流れ始め、鼻血が止まらない。手袋の下で爪が剥がれ落ちるのを感じ取り、靴の中でも指先が壊死するのを理解した。一瞬だけ視界がブラックアウトする。
『あーらら、少し戦いが長引きすぎたのねー』
妖精のそんなのんびりとした声を無視して、逃亡するために走ろうとし、正面、連合兵士が立ちはだかるのが見えた。武器を出そうとして腕を出そうとして、ローブの内側からどろり、と赤い液体が足元に広がった。口の中に再生薬を放り込んで、それを噛み砕く。液体を無理やり頭をあげて飲み込みながら踏み込もうとしたところで足が滑り、
―――そのまま、暗転する。
すまない、宝具を使わなくてすまない。だけどすまないと思うからこそ宝具を使わずにすまない。つまりすまないんだ……。
セプテムで相対した敵サーヴァントは大体手を抜く、本来の運用ではない、どこか裏切ってるって感じがあって全体的に本気ではなかった、ってイメージが多かったのはやっぱ未熟なマスターに合わせていたからか、或いはレフというマスターに対して思うことがあったからか。
まあ、アイツ令呪ねぇしな! 言うこと聞くわけねぇよな!!