Vengeance For Pain   作:てんぞー

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影に忍び - 1

「戦地というものだからもっと焼けているものかと思ったが―――」

 

 ローマの大地を馬で駆け抜けながら見る大地は驚くほど荒れ果てていなかった。

 

 間違いなく戦争をした痕跡は存在する。だがそれにしては()()()()()()()()()()様に感じられた。或いは現代やオルレアンで見たような燃やし、破壊しつくす戦いに慣れすぎているのかもしれない。だがやはりローマでの戦いはどこか、人と人だけであって、大地を燃やそうとする感じは見えない。それどころか土地に配慮しているような感じさえあるのは何故だろうか?

 

『んー……相手も皇帝を名乗っているのよね? だったら敵もローマ皇帝なんじゃないかしら? 土地の補正があって強化されるし、何より相手の動きを見るからに忠誠心を感じるわ。となるとカリスマ性の高い人物がいて、それで侵略戦争を仕掛けているって形じゃないかしら。まぁ、今までの情報を整理すると大体そんな感じかしらね? ローマ皇帝に関してはそこまで知らないから考えるのは任せたわ。これが正しいってわけじゃないし』

 

「フォーウ……」

 

『なんで諦めの溜息なんて吐いているのよこの駄猫! 直接干渉できないことがこんなにも口惜しいなんて……あぁ、でもこうやって相乗りできるのは幸せだからどうでもいいわね!』

 

「フォフォウフォーウ……」

 

 何だかんだで仲の良さそうな、というよりはエミヤ&クー・フーリンみたいなコンビ芸を披露している妖精と猫を無視し、地図を広げながら徐々に馬の速度を落とす。軽く現在位置を確認しながら北進し続ける。今はネロが抑えているローマの領土、フロレンティアの北へと抜けて数時間の距離を進んでいる。さすがにバイクと違って馬は食事も休憩も必要だから定期的に休みを入れながら走らせているが、フロレンティアの北のメディオラヌムは連合帝国の支配領域だったはずだ。

 

 まぁ、現代人からしてみれば()()()、という名前の方が解りやすいだろう。そう、メディオラヌムは将来的にイタリア、ミラノとその名を変える……のだったと思う。まぁ、ここら辺の雑学はどうでもいい。とりあえず北への旅は今のところ順調そのものである。だがこの先、さらに北へと向かうとなるとそろそろ相手に見られるということを認識、意識しなくてはならない。

 

「フォウフォウ」

 

『どうするんだ、だってね』

 

 この妖精が初めて役立った気がする、と思いつつもそうだな、と口に言葉を出す。

 

「見られずに移動するというのは不可能だろうし、ずっと気配遮断し続けるというのも不可能だ。一応カルデアからの監視を外しているから此方の存在も探りづらくしているが……まぁ、強引に探された場合、見つかるだろうな」

 

「フォ?」

 

 今のはたぶん、で? とでも言ったのだろうか。フォウの言葉、なのだろうか、それに苦笑しながら話を進める。

 

「魔術と技術で変装しながら徒歩だろうな。そこからはこいつとはお別れだろう」

 

 馬の首を軽く撫でて地図をしまいながら走り出す。ある程度相手の勢力圏に入ってからはローマへと戻るように逃がしながら隠形で隠れ進む必要があるだろう。見つかっても大丈夫な様に、ある程度は現地人に扮するように姿を変える必要がある―――こういう時は本職のアサシンがいてくれれば非常に楽なのに。そう愚痴りながらも、今度こそ、次こそはまともなアサシンが来てくれることを願い、さらに北へ、メディオラヌムへと向かって少しだけ速度を上げる。

 

 知識にはあったが、こうやって実際に触れ、実行する乗馬の時間はどこかしかし、楽しかった。少しだけ、この駿馬との別れが惜しかった。

 

 

 

 

 馬に乗って半日、そこから徒歩で数時間。

 

 暗くなったころにはメディオラヌムへと到着した。気配遮断で門番を完全にスルーして都市部潜入しながら目撃したのは普通に栄えている都市の姿だった。それはオルレアンとはまるで違い、普通に人々が生活し、そして生きている風景だった。そう、普通に暮らしているのとまったく変わりのない光景が繰り広げられていただけに、少しだけ驚きを覚えてしまった。黒幕が誰なのかはわからないが、その方針は侵略と統治である事がここで見てはっきりとした。

 

 破壊の痕跡もない―――ちゃんと統治されている。

 

『で、ここからどうするのかしら?』

 

 無論、拠点の割り出しに関しては昔から存在するわかりやすい方法をとる。

 

『それは?』

 

「……物資の流れだ」

 

 なんと言っても兵の維持、戦力の集中、戦争をするということは()()()()()()()()という行いである。そしてメディオラヌムの様子を見てれば、ちゃんとした統治がなされており、経済が発生しているというのが見て解る。そして生きた人間を兵士として使っている以上、どこかで需要と供給が発生している、ということになる。そしてこの時代、基本的に一番の富、需要、それらは中央へと集まるようにシステムができている。

 

 だからこそローマはあんなにも栄え、そして美しかった。属州から様々な物資、文化を流入して栄えているのだから当然だ―――だがそれが()()()()なのだ。つまり相手がローマの皇帝を名乗って敵対している以上、やり口は一緒だ。つまり属州から拠点へ首都へと向けて物資が運ばれ、集中するスタイルとなっている筈だ。

 

「だから商人を十ほど調べて、全体の流れがどっちへ向かうのかを調べる。そうすれば自然と相手の拠点は割れる。基本的にロマニはローマから北西、と言ってた。たぶんここからさらに西の方……カン、だがガリアじゃなくてマッシリアの方だと思う」

 

『あぁ、あそこは確かローマから見て北西だったわね、位置的に。じゃあ拠点がそこに?』

 

 もしくは前線拠点がそこだろう。ともあれ、それを調べる必要があるからここまで来ているのだ。歩き出そうとしたところで、足元を歩くフォウを見て、軽く跪き、その姿を持ち上げる。

 

「……俺と一緒で退屈じゃないか?」

 

「フォーウ」

 

 フォウの表情が何かを訴えている気がする―――いや、たぶん解る。味気のない保存食じゃ不満なのだろう、この小さな獣は。最近カルデアで使用されている保存食はエミヤが作ったもので、中々美味しいからおすすめできるのだが、それとは別にフォウ自身がまともな食事をほしがっているフシがある。自分一人だったらまず間違いなくそんな贅沢をしなかったのだが、まぁ、

 

「お前の為ならいいだろう」

 

「フォーフォーウ!」

 

『畜生のクセに……』

 

 コンビ芸を見届けながらも、夜のメディオラヌムを歩き始める。予測が正しければ西、マッシリアの方へと向かう必要が出てくる。夜間の旅は身を隠すにはちょうどいいが、それを相手が警戒しないわけがない。おそらくは夜闇に特化した存在を回すに決まっているだろうから、普通の人間が警備する昼間を狙って移動する事にしている。とりあえずは食事だ。そう判断し、認識されづらいように魔術を纏ったまま移動する。軽く匂いを求めて歩けば、すぐに食堂を見つける。初めて来た土地、えり好みする必要もないので、事前に用意しておいた交渉用の金貨の感触を懐の中で確かめつつも、適当な椅子に座る。

 

 メニューは―――ない。だが周りからはこれを、これを、という声は聞こえてくる。

 

 この時代でのローマ文化の食事は穀物がメインとなっており。貴族等の富裕層のみが安定して肉料理を口にすることができた。基本的にパンなどがメインとなり、麦粥などを食べていたとされているが、そのほかにもブドウをはじめとする果物を食し、そしてビールやエールの類は蛮族の飲物―――ケルト人であるクー・フーリン等の事を彼らは示していたのだが―――故にワインこそが至高であり、王道であるとされ、愛されていた。まぁ、それは現代にまで残るイタリア産のワインの人気を見ていれば良く解る事だ。

 

 そのほかにも乳製品が良く好まれていた、という知識もある。ともあれ、この食堂ではクルミやピスタチオの入った麦粥が人気らしい為、それを頼むことにする。なんでも前に聞いた話ではフォウに食べられないものはないらしいし、普通に自分が食べるものを分け与えればいいだろう。そう思いながら店員に軽く頼んでから席に着き、適当に時間を潰す事にする。軽く椅子に沈み込みながら周りで繰り広げられる会話に耳を傾ける。

 

「少し前にどうやら南の方で―――」

 

「連合に栄光あれ―――」

 

「北の石切り場が今は―――」

 

 これか? と思いながら会話を集中して盗み聞きする。

 

「―――なんでも今は西の方で石材の需要が高騰してるらしい。商人どもは大急ぎで走り回ってるってとこよ!」

 

 西―――西か、と呟き石材の需要と高騰理由を考える。やはりゴーレムに石材が使われ、軍団規模でそれが運用されるとなると大量の需要が生まれるだろう。西のほうへ石材が運ばれているのは実に気になる内容だ―――ゴーレムの生産工場か工房でも見つけて潰せば、ローマ側も行動がだいぶ楽になるだろう。この流れが拠点につながるのであればむしろ大歓迎だ。適当な食堂で情報が入手できて先行きは良い。とはいえ、裏付けを取りたいからこの先、同じような情報を求めてまた歩き回るのだろうが。

 

 まぁ、情報なんてものはたくさん集め、その中から有用そうなものをピックアップ、さらにそこから精査して意味を持ち始めるのだ。まずは起点となる情報を得たのだから、そこからどんどんと材料を広げて特定させて行けばいい。食べ終わったらやはり、商人にあたって回るのが一番よさそうだ。連中は、特に戦時だと昼も夜も関係なく走りまわって金を稼ぐからだ。

 

「麦粥一人前」

 

 運ばれてきた麦粥を見て、床に座って待っていたフォウが膝の上へと飛び上がってくる。それを見て、皿をもう一つ頼み、運んできてもらう。麦粥の一部をそのまま皿の上へと移し、床に置くと、嬉しそうにフォウ、と鳴きながら麦粥に噛り付く小さい獣の姿が見えた。その姿を見るたびに本当にマシュのところにいなくて良かったのかと思ってしまうが、既にローマから離れてしまっており、いまさらマシュと立香に預ける事もできない。この小さな獣が巻き込まれないように、自分が気を付ければいいだけの話だと思っておく。

 

『本当に心配性なんだから……そんな淫獣、心配するだけ無駄だし、気にするだけ無駄よ、無駄。どうせ本当に危なくなったら自分一人でどうにかするわよ。いや、この場合は一匹ね』

 

 なぜこの妖精はここまでもこの猫を毛嫌いするのだろうか、それが自分には良く解らなかった。見た目も、そしてその中身もかなり愛らしいではないか。少なくとも自分のような欠陥人間であっても癒しを覚える程度にはフォウは愛玩動物として完璧な性能を持っていると思う。

 

『そんなのこの駄猫の本性を知らないから言えるのよ! いい? こいつはね―――あ、こら、やめなさい。きゃー! くるなー! こっちにこないでー! 破滅させられるー! 破滅させられちゃーう!』

 

「フォフォウフォーウ! フォーウ!」

 

 麦粥を放置して妖精をフォウが追いかけ始める。テーブルの周りをぐるぐるぐると走り回りながら追いかける姿を、フォウだけの姿を店員が眺め、両手を腰に当てながら溜息を吐いた。

 

「お客さん、ペットの持ち込みはいいけど、暴れるようなら出て行ってもらうぞ?」

 

「……申し訳ない」

 

 走り回るフォウの首根っこをつかんで持ち上げる。どうやら思っていたよりも少し、騒がしい道中になりそうだった。




 イン・トゥ・ローマ。なんだかんだでまだ余韻が抜けないので文字数少な目である。それはそれとして、たぶん全部終わった後、妖精ちゃんがそのままだったらフォウくんつっついて、なによー、いやがれよー、と言いながらも喜んでる姿を見て、寂しそうにため息はきそうね。

 何をしても精神へのダイレクトアタックになりそうな今日この頃。

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