Vengeance For Pain   作:てんぞー

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ローマ・ザ・ローマ - 5

 夜風を頬に浴びる。

 

 ローマ、ネロの抱える宮殿のテラス、その柵の上に腰掛けながら夜のローマを眺めていた。自分の左隣には妖精の姿が存在し、頭を肩に乗せるように寄りかかっていた。その存在を無視しながらも、夜のローマの姿を眺めていた。ローマといえども、さすがに夜は眠っているらしく、ほとんどが闇に包まれている―――わけではなく、巡回の兵士の姿がそれなりに見える。転移による奇襲を伝えた結果、警備が増強されたのだろう。その対策に自分も簡易ながら転移対策の結界処置も施して少し疲れている。とはいえ、この体の回復力は恐ろしく高い。ケルト式の回復術も学び、最近ではさらに再生能力が高まっている。おかげで戦地での睡眠時間は今、大幅に削減できている。おかげで夜中はこうやって起きていられる。

 

「で、どうだロマニ」

 

『うーん、どう探っても北西としか解らないね。たぶん隠蔽用の結界が張られているね。ただ聖杯の出力そのものを隠すには弱すぎる……いや、聖杯の出力が高すぎただけだね。そのせいで一瞬だけ反応を感知出来たんだ。そちら側でアンテナ張ってなきゃこんなの感知できないね……』

 

「そう、迷惑をかけたな」

 

『いや、いいさ。今は立香君も眠ってるから割と安定してるんだ。とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けどね』

 

 医療セクションのトップであるロマニはそれと同時に、また様々な分野に関する知恵を持っている。カルデアが大きく破壊され、それぞれの分野のエキスパートが死亡している現在、多方面において多芸なロマニが生きているのは実に幸運な事だった。ただ、それとは別にその負担がロマニにもかかっている。今はカルデアに残ったエミヤや、ダ・ヴィンチが補佐に回ってサポートしているが、根本的な問題の解決にはなっていない。

 

 特異点ではなく、カルデアで死人が出そうだな、というのが素直な感想だった。

 

 カルデアのスタッフも基本、ロマニと似たり寄ったりの状況だ。

 

 まだ、睡眠時間を十全に確保できるだけこっちの方が楽なのかもしれない。

 

『どうなのかしらね? どちらにしろどちらも地獄よ。カルデアではロクに休めないし、此方に来たっていつ死ぬか解らない戦場を歩き回るハメになるわ。となるとどちらにしろ、強制的に損耗して行くだけの話じゃないかしら。結局のところ、遅かれ早かれ磨り潰されて行く話よ……英霊が来なきゃ、ね』

 

 ローマの街を眺める。それは文明であり、文化であり、そして歴史だった。人間はこの上に成長を重ね、そして未来を形作って行くのだ。そしてそれが自分たちが生きる人理というものを生み出す。カルデアは今、それを守る為に戦っている。それが今、カルデアに残されたすべてであり、使命なのだから。そう、それだけが俺に残された全てなのだ。今、少しずつ過去を思い出している。だがそのすべてはすでに焼却されている。もう、全員死んでいる過去なのだ。

 

 ―――いや、その前に既に門司もトワイスも死んで―――。

 

「む、見つけたぞ」

 

 声に振り返れば真紅の衣装に身を包んだネロ・クラウディウスの姿が見えた。急いで降りようとしたところよい、と窘められる。故に軽く頭を下げたところで、ネロが近づき、テラスから広がるローマの風景を横から眺め始める。

 

「そなたはここで何をしていたのだ?」

 

「警戒と……あと夜景を眺めていました、陛下。ローマという都市は不思議な魅力で満ちています。これほどまでにそれに魅了されるとは自分でも思っていませんでしたので、こうやって警戒ついでに街並みを眺めているんです。私達はおそらく絶対忘れることのできない旅をしています。どこで経験することもできない旅をしています。だからそれを深く刻む為にこうやって、忘れないように眺めているんです」

 

 そう、忘れられない旅だ。忘れたくない旅だ。辛いし、苦しいし、そして痛い。その上で特異点での出来事はすべて、消え去る。俺たちが成してきた事はすべて特異点の解決と共に消え去る。英霊となってもそれはよほど特殊な事情でもなければ、神でさえ覚えていることはできない。すべては忘れられる、忘れられない旅となるのだ。だからこそ、深く、深く胸に刻むのだ。マシュと立香、あの二人ががんばってきた、その事実を誰かが覚えてあげないといけないから。

 

「なるほど、そなたらも背負っているのだな、余の理外の外側で」

 

「一番苦労して……いや、苦労するであろうと思うのは立香とマシュです。どうか二人を労ってください陛下。アレらは未熟で非才ながらも己の成せる事を模索する事に関しては一流です。その心はありていに言って()()()と思うのです」

 

「なるほど、そなたは真の芸術とはそれを描く心にある、と見ておるのか」

 

 その言葉にネロは頷き、返答した。

 

「まるで賢者か、隠者か、はたまた()()の言葉であろうな。人の心は醜いのが俗説である。されどその中に存在する僅かな者が持つ輝き。それを愛せるのであれば汝も十分人という存在で呼べるであろうな」

 

 ネロの言葉に首を傾げる。それはつまり、どういう事だろうか、そう思ったところでなに、とネロが声をかけてきた。

 

「立香らもそなたの事を気にしていた、という話であった。会話したときにぽろっと踏み込んでこない事に不満と心配を抱いておったぞ? まぁ、そなたの話を聞く限り、どうやらその心配も杞憂のようだ。一歩下がり、踏み込ませずに見守る姿ははたまた隠者か大樹の様であるが故、必要だから距離を置いていると余には思える。うむ、少々羨ましい関係であるな。とはいえ、言葉にせぬと心配させてばかりであるから少しは踏み込むか、踏み込ませるべきだと余は思うぞ」

 

「それは、考えておきます」

 

 とは言いつつも、立香やマシュを必要以上に自分に踏み込ませる必要はないと思っている。何せ、自分の存在そのものがカルデアの闇の集合みたいなものだ。カルデアはマシュを生み出し、そして自分を生み出した。それは―――明確な罪だ。カルデアの人理救済という理念に対する背信である。救うはずの人々を犠牲にして生み出した理念に()()()()()()()()()()のだから。だから自分の存在を立香やマシュに、深くは踏み込ませない。

 

 あぁ、なんだかんだで便利な人……その程度の認識で十分だ。必要以上に仲良くなり、こちらに情を抱く様になれば、無駄に悲しむし、それが原因で前に進めなくなると困る。冷静さ、非情さは現場指揮官にも必要な要素なのだ。それを―――立香は持てない。

 

 彼は良くも悪くも普通。だから彼から理想の指揮官の姿になるにはまだ数年以上の習熟が必要だ。だから、こちら側からどうにかしなくてはならない。

 

『かなり彼に入れ込んでるわねー。まぁ、別に私はいいけどね? ペットの猫のしつけをやっている感じだし。これが相手が女で心を預けるようなことがあれば殺してたけど』

 

 物騒なことを言う妖精だった。まぁ、それはさておき、テラスの柵の上から降り、ネロへと軽く頭を下げてお願いする。

 

「陛下、明日は駿馬を一頭お借りできたら、と願います」

 

「ほう、それは?」

 

「連合帝国の首都を探ってまいります。大よその位置は此方で把握しましたので、実際に行って偵察してこようかと。カルデアには遠距離の連絡手段があるので、此方で情報を集め次第更新できますので」

 

「余に断る理由はないな。では十分に遅い。そなたも明日があるというのであれば、早々に眠ると良い」

 

 お気遣い有難うございます、と告げるとネロが去った。その背中姿を見送ってから再び夜空を見上げた。浮かび上がる星々は現代の地球では見れない美しさ、輝きを放っている。現代では失われた輝きがまだこの時代には残っていた。それを見上げて眺め、そして息を吐く。自分はなぜ、こんなところへと来てしまったのだろうか。いったい何が自分をここまで運んでいてしまったのだろうか? まだ聖人として災難に立ち向かう力が残っているのだろうか? いや、アレはマリスビリーによって殺されている。となるとやはり、アレは自分をカルデアまで運んだのだろうか。

 

 どちらにしろ、

 

「ろくでもない人生だ……」

 

 

 

 

 翌日、立香たちカルデアメインパーティーは近くのエトナ火山へと召喚サークル設置の為に向かう事になった。ローマ近辺の霊脈はここが一番優秀らしく、そこに召喚サークルを設置する事でカルデアの方から物資のほうを送ったり、こちらから送り返す事が出来る。そうやってローマから軽く、不足している食料を送る予定を作りつつも、こちら側で今、不足している魔術用の媒体や物資を調達予定だった。

 

 それとは離れ、此方も行動を開始する。

 

「此方はローマ一の駿馬です、客人」

 

「ありがたい」

 

 宮殿の馬屋から駿馬を借りる事に成功する。力強い黒馬は此方を見ると近寄り、軽く頭を下げて認めるような態度を取った。どうやら騎手として十分に認められたらしい。近づき、軽くその首を撫でてから手綱を受け取り、一息で馬の背に飛び乗ろうとして、一旦動きを止める。この時代の鞍はまだお粗末なものだし、鐙すら存在していないからかなり乗りづらかったという事を思い出し、シェイプシフターで鞍と鐙を作り、それを黒馬に乗せてから騎乗する。しっかりと固定された感触に満足感を感じ、手綱を握りなおす。

 

「不思議な馬具を使うのですね」

 

「これが未来のスタンダードだ―――覚えていられるなら覚えておけ」

 

『本来なら未来の技術は再現不可能だけど、原始的な鐙は遊牧民族で紀元前には使われているし、鞍も原型がこの時代には存在しているから使えたのかしらね?』

 

 どちらにしろ、優秀な馬具は体力の消耗を抑え込んでくれるから長旅には必須の道具だ。負担が減るのは人間ではなく馬も一緒だ。あらかじめ保存食の類も用意してある。これで長距離の移動と、潜入での時間稼ぎも問題ないな、と思った直後、こちらへと向かって弾丸のごとく飛んでくる姿を片手で掴んだ。見覚えのある、そして心地よい感触の小さな獣は、

 

「フー、フォウ」

 

『よぉ、来たぜ……ってなぁーにが来たぜよ、キャスパリーグ。そのまま帰れ。というか帰りなさい。こっち来るな。災厄の獣シッシッ! 早くニート庭園に帰りなさいよ貴方は!』

 

「フォウフォフォフォーウ! フォーウ!」

 

『きゃー! きゃー! きゃー!』

 

 黒馬の足元でフォウにしっしっ、と手を払っていた妖精に襲い掛かるようにフォウは鳴いてから飛び掛かり、それに悲鳴を上げながら妖精が逃げ惑う。それを追いかけるようにフォウが走り回り、黒馬の周りを一人と一匹が走り回り、数秒後には妖精が姿を消して、此方の前に、お姫様座りで騎乗してきた。それを見て足を止めたフォウがそのまま一声鳴きながら一っ跳びで黒馬の背に飛び乗り、そのまま此方の背中を登り、肩の上に乗った。

 

『なんでこっち来るのよー!』

 

「フォウーフォーウ!」

 

 正面にいる馬屋の管理人が首を傾げている。フォウの不審な行動の理由が見えないのだろう。苦笑しながら助かったと告げて、ゆっくりと黒馬を走らせ始める。宮殿へと通じる門を抜け、そのままローマ市内へと出る。まだ人通りは多い為、ゆっくりと歩かせながら、ローマの外を目指して進ませながら、肩の上に乗ったフォウへとフードの中から視線を向けた。

 

「お前は俺を苦手としていたと思っていたのだが……いいのか、マシュと一緒ではなくて」

 

「フォウフォフォウフォーウ」

 

 ここで動物会話のスキルでも取得していれば話は変わるのだろうが、あいにくと自分にそんな便利な技能は存在しない。あくまでも≪虚ろの英知≫はC~B相当で()()に限定されたスキルを再現するシステムだ。インターネットにアップロードされた動画を再生するように、脳というネットワークに保存された技術、動きをそのまま再現するシステムだ。だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。故に動物の言葉を理解する動物会話等のスキルは使えない。

 

「すまないな、お前の言葉がマシュの様に解らなくて……」

 

「フォーウ……」

 

『別にいいのよ、こんなのは理解しなくて。そんなのに関わるよりも、もっと私に構って欲しいんだけど!』

 

 肩に乗ったフォウを撫でようか片手を伸ばそうとして―――止めた。自分のような奴がこの地味にプライドが高い生き物に触れようとしても迷惑なだけだろう。そう諦め、馬の手綱を握りなおす。

 

「ロマニ、これから別行動を開始する。事前に言った通り、俺のことは存在証明だけで十分だ。藤丸やマシュの事を頼む」

 

『うん、解った。ただ無茶はしないでくれよ? 君を亡くすとカルデアがまた広くなっちゃうんだから』

 

「それは……寂しいな。最善は尽くそう」

 

 じゃあ行くぞ、と馬の腹を蹴り、勢いよくローマから飛び出して行く。いつまでもフォウに文句を言う妖精の言葉を完全に無視しながらまずは北進する。

 

 敵地へと深く切り込み、敵の拠点を、首都を暴く。




 ダヴィンチはそれを地獄だと表現した。だけどロマンは笑いながら自由だと言った。自分で考え、選択できるという状況そのものが彼にとって本当の自由だったんだ……。

 いやぁ、忘れられないメリーでしたねー……。正直色々と思い出し泣きしそう。フォウ君出すだけでも割とヤバイというか。

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