Vengeance For Pain   作:てんぞー

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それゆけ! 僕らのカルデア生活 - 4

『―――ねぇねぇ、偶には私と二人きりでお話しない? それぐらいは私のことを気遣っても少しはいいんじゃないかしら? ね? ね?』

 

 カルデアの修復作業にでも出ようとしたところ、そう言って妖精が此方の足を止めてきた。その求めに応えるかどうかを数秒ほど悩んだ結果―――たまにはこんな風に血迷うのも悪くはない、と、それが人間性、或いは人間的な個性だと判断し、妖精の言葉に応じることにした。解った、と、半分諦め交じりに応答すると、それはもう嬉しそうな表情を彼女が浮かべた。

 

『こっち、こっちよ!』

 

 彼女はベッドの上をぽんぽん、と叩いてこちらに座るように示してくる。数秒ほど迷ってから素直にそれに従ってベッドに腰かけると、妖精はとぅ、と声を漏らしながら手を伸ばしてきた。そのまま彼女は素早く被っているフードを外し、そのまま顔の上半分を隠すように覆う仮面を剥がし、それをベッドの上へと投げ捨てた。

 

「あ……」

 

『無粋よ、無粋。女の子と話をするならそうやって顔を隠してちゃ駄目よ。人を見るときはしっかりと顔を見て、って言うでしょ? 女の子はそこらへん、ものすごい敏感なの。それに私が既にその素顔を知っているのだから、隠すだけ無駄でしょ?』

 

 それはそうなのだが―――マリスビリーによって失ったこの顔は、個人的に嫌悪感しかないのだ。それこそ顔を完全に潰してしまったほうがまあマシなのではないか、と思ってしまうぐらいには嫌悪感がある。こんな、醜い怪物の姿に対していったい誰が好感を抱けるというのだろうか? 少なくとも自分は嫌いだ―――いや、違う。

 

 憎い。そう、憎い。この顔が、体が、()()()()()()()()のだ。今自分がしつこく生き残っているのはマリスビリーがこの体をそういう風に作ったからだ。今、自分が悩んでいるのはマリスビリーが俺から全てを奪ったからだ。俺が今、こうやってカルデアにいるのも全てはあの男が原因だ。あの男の存在を歴史そのものから消し去りたいほどに憎んでいる。

 

 そして同時に、己の存在そのものを同格に憎んでいる。

 

 自殺すれば楽になれるのではないか、と思うぐらいには。

 

 ―――だけど使命感が、義務感が、それを許さない。

 

『駄目よ』

 

 ぽふん、と音が聞こえた。股の間を占領するように妖精が潜り込んで座っていた。若干体を摺り寄せるように背を預ける彼女の姿は小さい。おそらく十代前半程度だろう、見た目からして。彼女は―――いったい何者なんだろう。間違いなく彼女は自分の記憶の中の存在でありながら、同時にそれだけではない、という事実を今、理解している。彼女が本当に幻覚だとしたら、それはあまりにも都合がよすぎるのだ。だから、今は彼女が幻覚だとは思っていない。

 

 本当に妖精の様な存在なのかもしれない。

 

『死にたいなんて悲しい事を考えちゃ駄目よ。だってそれはあまりにも悲しすぎるわ。自分のことも世界のことも知らずに果てるなんて悲劇以外の何事でもないでしょう? 大丈夫よ、記憶はそのうち絶対に取り戻せるわ。問題はそれが間に合うかどうかってところだけど』

 

 その言葉を聞いて疑問に思う―――妖精(フェイ)はいつも俺の過去を知るかのように話している。

 

『勿論知っているわよ? ただそれを伝えるとなると出来ないわ。私が出来る事といえば特異点の不安定な時間軸を利用して、焼却された記憶をつなぎ合わせて復元する事ぐらいよ?』

 

「……焼却?」

 

『そうよ? 貴方は記憶を封印されている訳でも忘れている訳でもないわ。文字通り脳の中から焼却されているのよ。つまりは脳というハードからデータを完全にクリーニングされている状態よ。その痕跡さえ残さずにね。だから都合よくカルデアの事しか知らなかったのよ。貴方には過去となる記憶が完全に存在しない。生まれたてのホムンクルスと同じ状態なのだから。人間のリサイクルとは良く言ったものね、あのクズは』

 

 だが待て、それはおかしい。

 

「記憶が焼却されているのなら俺は思い出せない筈だ」

 

 現にそれが原因でダ・ヴィンチやロマニのカウンセリング等でも一向に記憶が蘇るような事はなかった。だが元となる記憶を蘇らせることができないレベルで消滅していたのであればそれも納得できる内容だ。いや、だからこそ自分が記憶を思い出しつつある状態がおかしいのだ。完全に消失されたのであれば思い出すことができない筈だ。

 

『だから言ったじゃない、()()()()()()()()()()()()()()って。特異点は時の海に浮かぶ孤島よ? 時間軸上に存在しているように見えてその本質は完全に焼却されて切り離されている状態よ。つまり存在していないのが正しい状態ね。なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。カルデアがやっているのはパソコンでいうゴミ箱から拾い上げて復元している事ね』

 

 妖精は理外の言葉を続ける。

 

『いい? 時間軸とは平面にのみ存在するものじゃないの。三次元的でもないの。四次元、五次元と方向性を変えてあらゆる角度、ベクトルで常に流れ続けているものなの。それが時間の流れなの。そして特異点とはその流れから切り離されて独立で存在する独自の時間軸なの。ゆえに観測が大変で、そして特定も安定も一苦労なの。だって1+1と5+7をイコールしなさい、って無理を言っているようなものなのだもの』

 

 それでね、と小動物の様な仕草で妖精が体を摺り寄せながら言葉を続ける。

 

『特異点という状況は特殊なの。本来は存在できないからね? でも逆に言えば存在できない事を存在する事で証明しているという状態なの。ここが抑止力が存在しづらい理由ね? 既に存在していないのであれば抑止力が介入する余地がないのよ……あ、そうそう。その事を考えるとあのアーチャー、凄いわね』

 

「エミヤの事か」

 

 うん、と妖精が答える。

 

『彼、抑止守護者としてのバックアップを召還した時に得ているわ。たぶん彼、狙ってここに来たわよ。今はまだ隠しているけど、そのうち本当にどうしようもなくなったら抑止力としての能力を使い始めるかもしれないわね』

 

 話が逸れたわね、と妖精は一言をそこで置いてから背中を此方へと向けたまま、見上げてくる。

 

『つまり私がやっていることは存在しない事を否定する特異点の存在を利用する事によって、同時に存在するということを証明しているのよ。うーんとね、そうね……』

 

 いや、ここまで説明されれば理解できる。

 

「存在しない筈の特異点が存在する事イコール存在しない筈の記憶が存在する、という状態に結び付けているのか」

 

『そうそう。燃えて消え去ったのなら事実を入れ替えること以外に存在の証明が出来ないからね。こう見えてもずっと貴方の記憶を取り戻す為にずっと、献身的に奉仕しているのだから、褒めてもいいのよ?』

 

 もし、彼女の言っていることが本当なら、確かに彼女に感謝してもしきれないのだろう。ただ、それにしては―――あまりにも、彼女の存在が不透明すぎる。感謝できるなら感謝したい。ただ妖精のその正体が不透明である以上、手放しでその存在に感謝する事ができない。常にどこかで彼女の存在を警戒してしまっている。

 

『別に貴方になら私の全てを曝け出してもいいのよ?』

 

 寄りかかる妖精はフードを下したことで零れた、まるで獣の様に生え伸びる白髪に手を伸ばし。それに触れて、軽く指先で遊びながら呟く。

 

『だけど他人からこう、だと言われても納得できないだろうし、思い出す訳でもないでしょう? 貴方の記憶は消失されているから他人から教えられてもそれに納得する事なんてないし、それで満足することも実感を覚える事もないわ。貴方はその記憶を取り戻す事で漸く思い出した、という実感を得られるわ』

 

「そして、その記憶の中にはお前もいる、と」

 

『重要な部分にね? 私としても早く思い出してくれればそれだけ嬉しい話なのよ。私にとって貴方との出会いが全ての始まりなんだから。だから特異点に関しては積極的に関わるといいわ。それだけ早く記憶が戻ってくるから』

 

 特異点に関しては元々、己の存在意義を全うする為に参加する所存ではあった―――しかしこうなると益々特異点の攻略から外れる理由がなくなった。とはいえ、自分の記憶を復元するために特異点に赴くのはどこか、動機が不純な為に少しだけ、抵抗感を覚えなくもない。

 

『別にいいじゃない、それぐらいは。そもそもサーヴァントモドキにされたのも、連れてこられたのも全部貴方の意思じゃないんだから、少しぐらい我欲を優先しても誰も責める事は出来ないわよ。それに大丈夫。何があっても私だけは絶対に味方だからね? あぁ、もぉ、もどかしいわ。これで私が万全だったら何とかしてあげられたのに! でもこの不自由さは不自由さで、束縛されてるようで妙な心地よさもあるのよね』

 

「お前は……もう少しその発言をどうにかしろ」

 

 えー、とぶーたれると少女の姿を無視し、思案に耽る。おそらく、少女が何者であるか、なんて考えるのは無駄だろうし、どれだけ頭を捻ったところで答えなんてものはきっと、出ないのだろう。少なくともこの少女が―――妖精が言っている事がすべて事実だと仮定すると、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実がある。それこそ幻覚だとか妖精だとかそういう言葉では済まされないレベルだ。それこそ神の領域にでも片足、突っ込んでいるのではないかと言える横暴さだ。

 

『ま、悩むだけ悩めばいいんじゃないかしら。それは人間にのみ許された特権なんだから。私は段々と昔を取り戻す貴方の姿に愛しさを思わずにはいられないわ』

 

 邪気も悪意もない―――だが、彼女の言葉には確かな狂気が存在していた。そう、彼女の目を見れば解る。純粋で、無垢で、どこまでも透き通っている。だがどこまでも見渡せない。見通せない視線の中に、確かな狂気を感じずにはいられなかった。彼女は、妖精は、冷静に、純粋なままに()()()に狂っている。それだけは確かだった。

 

 それを見通すだけの目が自分にはないのが悔やまれる。

 

『そんなものは必要ないわよ』

 

 そう言って彼女は振り向き、体重を此方にかけて押し倒してきた。そのまま正面から抱き着くように口元を耳へと寄せ、まだ十代の小娘とは思えないほどの艶のある声で囁いてくる。

 

『ねぇ、私の■様』

 

「……」

 

 どうしようもないノイズと共に彼女が囁こうとした言葉が遮られた。ただ、己の中で、まだ眠っている何かがあるのだと、それを確信させるように彼女の声は耳をくすぐり、心を犯した。




 この後めちゃくちゃ添い寝した。

 妖精ちゃん様コミュのような冒涜的な何か。きっとその声は脳髄を溶かして神経をしびれさせて、そしてそのうえで心に響くように伝わったら魂さえ犯すのだろう。

 次回からローマ準備。

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