Vengeance For Pain   作:てんぞー

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それゆけ! 僕らのカルデア生活 - 3

「―――なるほど、シャルル=アンリ・サンソンか。中々良い英霊を召還したな」

 

 食堂、あんぱんを片手にエミヤと歓談しているとき、新しい英霊に関する事が話題に上がった。シャルル=アンリ・サンソン。彼はカテゴリ的には近代の史実英霊だ。即ち神話や伝承から発生したIF等の存在ではなく、現実に存在した人物である。神秘が薄い現代において近代になればなるほど英霊として認められることは実に難しく、()()()()()()()()()()()とされている現代で英霊として認められることは難行である。比較的近代である十八世紀生まれのサンソンが英霊として名を残したのは間違いなく人類史上2番目に人を処刑した事実ではなく、

 

 ギロチン、という機能的な処刑道具を生み出した功績からだろう。

 

 エプロンを装着しているエミヤは対面側に座っている。英霊である彼は食事をする必要はないが、生前のパーソナリティーとして料理等に手を出すことが趣味だったらしく、暇さえあれば食堂や厨房でその姿を見かけることができる。正直、現在のカルデアのスタッフを修復等の作業に回さなくてはならない分、こういう雑事を手伝ってくれる存在は非常にありがたい。その上で、プロフェッショナル並に熟練された技術で料理を出してくるので、カルデアの食堂はこの人類史の焼却の中では小さなオアシスとして機能している。

 

 今食べているあんぱんも、エミヤ印だったりする。G区間までは完全に開放できている現在、一部区間を改造して農業ができるようにしてある。2016年12月までは確定で生存できる事は確認している。その為、それまではこのカルデアで生活しなければいけないのだ。その為、野菜や小麦等の栽培できるものに関してはカルデア内で魔術と科学の融合技術で増やす方向性に進めている。

 

 少なくとも、戦いが激化して行く中で、休める時に休む為に必要な食事や娯楽の類はなるべく揃えておきたい―――特に立香の態度を見てからは更にそう判断した。

 

 その為、さりげなく面倒を見ていそうなエミヤにだけは立香の事をリークしてある。ロマニにも一応話すかどうかを考えもした―――しかし確かめてみればレイシフト中は常にマスターのバイタルチェックと存在確率の安定化の為に管制室からロマニは離れられないため、()()()()()()()()()()()のだ。その中で立香のカウンセリングまでの時間を取ろうとすればたぶん、立香が倒れる前にロマニが倒れる。

 

 ……明らかに手が足りていない。ゆっくりとだがカルデアは崩れ始めているのだ。

 

 エミヤの様に多芸の英霊が増えてくれれば、その分ロマニや立香への負担が減る。その為、英霊戦力の補充は実に望ましい話であり―――今、エミヤと話していることに繋がる。

 

「シャルル=アンリ・サンソンと言えば処刑人として有名ではあるが、それとは別に彼は医術をたいへん高いレベルで納めている」

 

「つまりはロマニの負担が減る、という訳か」

 

「あぁ、漸くな。医術の心得を持つ者は一人でも多く欲しいものだ」

 

 自分もインストールされた知識として医術を覚えてはいるが、メンタルカウンセリングとなると話はだいぶ変わってくる。サンソンから直接聞いた話では死刑前の者を安らかな心で送るために、そういう類のカウンセリング技術はある程度心得ているとも言っていた。基本的に英霊という存在は戦い詰めでもなければ疲れを知らない為、ロマニとは違って働かす事ができる。医療関係の負担はこれで少しだけだが軽くなっただろう。とはいえ、まだ焼け石に水だとでも言える状況だ。カルデアのスタッフは二十数人しか存在せず、まだ特異点は六つ残されている。

 

「それにサンソンと言えば法の体現者だ。法に従い、悪を処刑する彼の姿は悪という概念に対する天敵だと言ってもいいだろう。まず間違いなく断言するが人類史を燃やすような相手が善だとは言い難いだろう。となるとサンソンの対悪能力は輝く筈だ……あの未熟なマスターはどこか、運を持っているな」

 

「そもそもその運がなければ生き残る事さえ出来なかっただろうに」

 

「それもそうだな」

 

 苦笑するエミヤはどこか少しだけ、疲れたような様子でため息を吐いた。そんな風にリアクションをとる彼が珍しく、どうした、と声をかけた。それを受けたエミヤが苦笑しながらいや、な、と言葉を置いた。

 

「私も英霊として……いや、抑止の守護者として様々な戦いに身を置いてきた。聖杯戦争にだって参加するのはこれが初めてではない。一時は未熟な己を殺そうと思った事さえあった。私は正義の味方というアイコンを目指し、その果てに完全な正義という存在がこの世には存在しないという事実を知って大人になった。何とも苦い経験だった」

 

 そこまで喋ると頬杖をつく。

 

「何とも歯がゆいものだ。絶対の正義が存在しないと理解したその先で、私はこうやって正義の味方として自由に振る舞う事ができる場所を得ることができたのだから。そもそも人類史の焼却なんてイベント、いったい誰が予測できるというのだ。まったく、予想外の理不尽に関しては程々にしておいてほしい……」

 

 そう言うエミヤは悪態を吐いているつもりではあるが、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。皮肉屋で、小言を口にして、それで時折文句を垂れているが―――エミヤがここ、カルデアという場所で人類の最前線で戦う事はどうやら、本人としては満ち足りているらしい。クー・フーリンや謎のヒロインZを相手にしている時も本気で険悪な空気を流すような事はなく、言い争う事を楽しんでいるようにも見えていた。

 

 そこで思い出す―――元々エミヤは聖杯戦争でほかのサーヴァント達と敵対していたという事実を。

 

 ならばなるほど、確かに文字通り夢の様な環境なのだろう、ここは。強敵と手を組んで、更なる巨悪を相手にする。それはまさに、

 

『王道の冒険活劇みたいね。私、そういう王道のお話も好きよ』

 

 隣の椅子に座っている妖精が呟いてくる。だが確かに、そういう感じはした。エミヤを主人公にしたらいい感じの本になるのではないだろうか、とも。こういうタイプの物語、割と門司が好みにしていた記憶が自分にはある。

 

「まぁ、それも2017年までの話だ」

 

「それまでに何とか残りの特異点を攻略しなくてはな。不安になるマスターではあるが、やりがいのある環境である事は間違いがない」

 

 2017年、その時に世界が終わる。それまでに残り六つの特異点を攻略しなければ、人類史を取り戻す事すらできないのだ。どうにかして、未来を取り戻さなければならない。それがいま、人類に残された命題なのだから。そんな事を考えながらあんぱんの最後の欠片を口の中に入れて、飲み込んだ。昔は食べるものに味なんて存在しなかった。だが記憶を取り戻すたびにまるで生き返るように五感が蘇ってきた。こうやって、ちゃんと味覚を感じられることは幸福だったのだな、と今更なことを考えていると、

 

 ―――なにか、BGMが聞こえてきた。

 

「なんだこれ……」

 

 聞き覚えのないBGMだったが、エミヤが露骨に嫌そうな顔を浮かべていた。どうしたのか、とその表情を眺めていると、

 

「この暴れんぼうな感じの将軍っぽいBGMは……奴か!」

 

 即座に立ち上がったエミヤがフライパンとお玉を投影した。お前の武器はどうした、と思っていると、BGMが食堂へと向かって近づいてくる。BGMの主が来るのだろう、と半ばこんなカオスを行える唯一の存在を思い浮かべて食堂の入口へと視線を向ければ、その扉が勢いよくスライドして開け放たれた。

 

「―――私が来ました(≪騎乗EX≫)!」

 

「Arrr……」

 

 エミヤと共に、()()を目撃した瞬間、動きを停止した。登場したのは謎のヒロインZだった。どこからともなくありえないはずの風に吹かれて揺れるマフラーと帽子から突き出たアホ毛。そして成熟した肉体を隠すファッションセンスを感じないジャージとホットパンツの組み合わせ。いつも通りの彼女の姿だった―――彼女は。

 

 ただしその下で四つん這いになって馬の真似をさせられているランスロットさえいなければ。

 

「おぉぅ、もう……」

 

 エミヤがランスロットのあまりに無残な姿に両手で顔を隠して涙を流していた。円卓の騎士、ブリテン最強の騎士。そう呼ばれたランスロットはしかし完全に四つん這いで馬の真似事をさせられていた。いや、確かに謎のヒロインZの真名はアルトリア・ペンドラゴン、信じられない事に歴史に名を残すアーサー・ペンドラゴンその人だ。世の歴史家が実はアーサーはアルトリアで女だった、という事実を知ればまず間違いなく発狂して死ぬだろう事実だ。

 

 そしてサー・ランスロットはかつて円卓にて最強と呼ばれた湖の騎士だ。それこそその技量はアーサー王、つまりはアルトリアよりも上だといわれている程に。そして円卓の崩壊、アルトリアの死因を知れば、まぁ、ランスロットに対するアルトリアの態度というものもやや納得できるだろう。というかそれだけをする権利は十分あると思う。だがそれはそれとして、

 

「騎士が馬の真似事とは……」

 

「何を言っているんですか。円卓といえば我が部下。つまりは私の犬です。なら別にどう扱おうが私の勝手です。それはそれとして、全員真黒な鎧の男セイバーは生理的に嫌悪感しかないのでお前ちょっと馬のマネしてみろよ」

 

「Brrrrrr!!」

 

「うるせぇぇ!」

 

「!?」

 

 なんか、もう、職場を完全に間違えたのではないだろうか、この騎士は。見ていれば見ているほど、どこか段々と哀れになって行くのが見ていて無性に悲しかった。これが英雄、これが英霊。座にさえ記録され、人類に名を残した英雄の筈、なのだ。

 

ふーん……(≪■■接続■:■■ちゃんアイ≫)

 

 そんなランスロットの姿を妖精が数秒ほど眺め、

 

『でも彼、こういう風に雑に扱われていてかなり喜んでるわよ』

 

「えっ、こんなことされて喜んでるのかコイツ……?」

 

 妖精の衝撃の言葉に思わずランスロットをコイツ呼びしてしまった。そしてついでに言葉を零してしまったと気が付いた瞬間、完全に食堂内の動きが停止し、エミヤとともに一歩後ろへと下がった瞬間、謎のヒロインZも無言で騎乗EXを解除しながらランスロットから離れた。四つん這いで完全に動きを停止していたランスロットが焦ったような様子で右へ、左へ、そして謎のヒロインZへと視線を向けた。

 

「あ、私円卓とかと一切関係のない通りすがりのセイバー殺しなんで。この私が最強のセイバーだと証明するためにちょっと出かけてきますね。それでは……セイ! バーッ!」

 

 早口でそう言い切ると気配遮断を発動させ、一瞬で謎のヒロインZが姿を消した。それを見たランスロットが完全に動きを停止させ、そして此方とエミヤへと視線を向けた。

 

「……マシュ嬢には近づかないで貰いたい。理由は解るな?」

 

「Oh……」

 

『正確にはアルトリアに対する自責の念があるから雑に扱われる事で責められているという感じがしたり、ともに戦えるという喜び……という理由なんだけど、なんか面白いしこのままでいいか』

 

 妖精が相変わらずド畜生だった。だが最近はその畜生っぷりにも大分慣れてきた自分がいる気がする―――やはり、昔のことを思い出し始めているのが原因なのだろうか? ともあれ、ランスロットが誤解を解こうとしているが、いい感じにバーサークしていて言語を解せないため、ジェスチャーで伝えようとしている。カルデア内の限定で令呪で狂化がある程度緩和しているからこそ見れる光景だな、と眺めていると、

 

「えぇい、君も解らん男だな! 仕方があるまい、使いたくはなかったが最終手段を使わせてもらおう!」

 

「……!」

 

 エミヤがそう言った瞬間、ランスロットが一気に警戒態勢に入り、エミヤから跳躍して距離をとった。だがその瞬間、エミヤがメガホンを投影し、

 

「ランスロットという男はヒトヅマニアだぞ、浮気不貞なんでもこいで相手を選ばんぞ、気を付けろぉ―――!」

 

 そう叫んだ。その行動の意図を理解出来ないのか、ランスロットの動きが停止した瞬間、

 

 ―――その足元から黒い腕が伸び、ランスロットを拘束した。

 

 その姿は瞬時に食堂の空間を上書きして形成された処刑広場の中央、ギロチンにかけられており、ランスロットが本気で驚きながら狼狽している気配が伝わってくる。そんな混沌を極めた状況の中明らかにいい仕事をしたというエミヤの存在を無視し、ギロチンへと続く階段を上るシャルル=アンリ・サンソンの姿が見えた。

 

「危ないところだった……まさかカルデア内にアイドル(マリー)に手を出そうとする不埒者がいるだなんて。そう、古今東西、アイドルとは触れてはならない至高の輝き。彼女は僕たちに触れられるべきではないのにランスロット卿……貴方は悪だ」

 

『バーサーカーよりもバーサークしてないかしらアレ』

 

 妖精の冷静なツッコミが指摘されるも、自分以外の誰にも聞こえない。それ故に邪魔されることなくサンソンはギロチンにまで到達し、彼が口を開いた。

 

「言い残す事は特にないね! うん! 死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)

 

 最後まで言い残すことがあるのかないのか、それを聞くことすらなく処刑を執行したサンソンの姿を見て、頷いた。

 

「……心強い仲間が増えたと思い込んでおこう」

 

 そんな、休みの一時だった。




 バサスロ、デスカウント2。エミヤやランサーを置いて最多デスカウントを獲得する。このノリを維持したまま本気で戦ったりスイッチを切り替えられるからこそプロフェッショナルとも言う。

 ローマの前にもうちょいギャグるんやで。

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