Vengeance For Pain   作:てんぞー

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オルレアンTA - 3

 ―――歩いている。

 

 ブーツの下から感じるのは間違いなくコンクリートの感触で、現代の街中で感じるようなヒーターやらクーラーの空気が混ざった生ぬるい風がフードの内側、頬を撫でる。まるで正面からドラゴンに息を吹きかけられているような気持ち悪さを感じつつも、足音が導くほうへと向かって足を進めていた。いったい誰が、そして何が俺を導こうとしているのかは解らない。だが、ただ進む以外の選択肢が自分には存在しないことは明白だった。それ故に、足を止めることなく前へと向かって進んで行く。

 

 やがて現代の街並みに、突如として半透明の影が出現し始める。命のない中途半端な人影、ゴーストですらないそれはただ足を止め、こちらに視線を向けるまでもなく、ただただそこに存在するエキストラのような存在だった。こちらに対してなんら興味を持たない影の横を抜けて足音のほうへと向かって進んで行く。

 

『―――なぁ、聞いたか?』

 

 足を止めた。聞いたことのない男の声だった。だがそれに即座に返す声があった。足を進める。

 

『え、何を?』

 

『■■さんの所だよ―――あそこの奥さん、亡くなったんだって』

 

 歩く。声は離れず、常にどこかを彷徨うかのように聞こえてくる。自分に向けられていない、自分への言葉だった。それを認識しながらも、前へと向かって途切れることも変わる事もない大通りを進んで行く。歩いているだけで酷い頭痛が頭を襲う。その痛みを無視して歩きながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。

 

『え、確かあそこって旦那さんが海外で軍人さんやってる所だよね?』

 

『あぁ、なんでも旦那さんが海外にいる間に病気で死んじまったらしいな。息子さんが必死に帰って来いつっても帰ってこなかったとか……』

 

『酷い話もあったもんだわ』

 

 それに続くように笑い声が聞こえた。酷いといいながらほとんど無関心の声だった。だがそうだ、そうだった。それは思い出せた。危篤だった母に会うために急いで日本に帰ってきたんだ。自分は日本人だった。父は軍人―――それも傭兵だった。何時も何時も家を空けており、めったに顔を出さない男だった。何をしているのか良く解らず、子供の頃は反発ばかりしていた……そんな少年時代を送っていた気がする。

 

 ……頭が痛い。目の奥が熱い。

 

 フードの下で目を抑え、歩き進む。瞬きをしている間に景色は変化する。現代のオフィス街とも言える風景は大きく変化し、砂塵の舞う荒野へと姿を変貌していた。その姿は見覚えのある風景だった―――あそこだ、トワイスが走り回っていた中東の景色だ、これは。それはすでに思い出していた事だった。それ故に声は己の記憶を見ているのだ、と、自覚できた。とはいえ、それはこの状況の答えにはならなかった。

 

 ―――歩く。

 

『―――はたして不幸とは一体何なのだろうね』

 

 トワイスの声がした。振り返りその姿を探す。だがその姿は見つからない。その代わりに、半透明な人影が横を抜けて、反対方向へと向かって歩いて行く。その姿を振り返りながら見送る。

 

『君は自分の受けた仕打ちに意味があると思うか? その代償を払ったからこそ得るべき報酬があるとは思った事がないか? 私は思う。だが人生は常にそうではない。君の言葉を使うなら()()()()()()()()()()()()、とでも言うべきなのだろう。故に私は答えを持たない。そこに答えを出せるのは神か―――或いは万能に手を出した人なのかもしれない』

 

 トワイスの声が消えた。歩き去る人影から視線を外し、荒野を進んで行く。

 

『―――人を救う神はいない』

 

 聞き覚えのある声―――臥藤門司の声だった。前方へと視線を向ければ、そこにはがっしりとした体形の影があった。どこか、笑みを浮かべているような、そんな気配さえ感じられた。軽く片手をあげて挨拶を向けてきた人影はそのまま、声を発しながら進む道の先へと向かって歩き、消えて行く。その姿を追いかけるように、こちらも足を進める。

 

『そう、神とは実に都合の良いものを人が押し付ける事で生み出している。故にその存在とは実に人の勝手である。神はこう言っておいでである、とは人の生んだ幻想に過ぎない。遡れば遡る程その存在はもっと荒々しく、自己中心的で、そして役割に閉じている。故に人を救う神はいない―――解るか■■よ? この絶望が解るか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるということの意味を!! おぉ、エデンよ! エデンよぉ! 汝が失われた時、人はその救いさえも同時に失ったのだ! あぁ、何とも無常な事だ……神に慈悲はない……あぁ、そうだ……しかし……』

 

「―――それが生きる、という事なんだろう、門司……」

 

 呟きは自然に口から洩れていた。それはきっと、どこか、思い出せない場所で彼に対して返した言葉なのだろう。それに応えるように、人影は足を止めて、笑みを浮かべたような気がして、そして風に浚われて消えた。

 

『然り、実に然りよ……神々は人を救わない。神は人の手によって理想の性格を得られているのみよ。故にそれ自体が罰なのだ……しかし、しかしながら仕方あるまい。意味などないし、同時に意味もあったのだ。そんな結論、全てが終わるときに出せればそれで良いのだ……人生なんてものは所詮そんなものだ……あぁ、間が悪い、で片付く程度にはな。驚きだ―――小生でも答えが出せたものだ』

 

 歩く。歩き続ける。きっと遠い日の幻影を見ている。頭が熱を持つかのように痛い。眩暈を感じて顔を抑える一瞬―――金髪の女の姿が見えた気がした。だが再び目を開けた瞬間には景色は一変していた。砂塵の荒野は跡形もなく消え去り、その代わりに家屋に囲まれた住宅街へと変貌していた。正面、道の終わりが見えていた。

 

 小さな公園がそこにはあった。

 

 公園へと向かって足を進める。近づけば近づく程頭がズキズキと痛みを覚える。何かを思い出そうとしてるのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが解らない。だが何か、自分が何かに触れようとしている事だけは解った。そしてこれは―――必要な事だった。この先の特異点で、立香たちが生き残るためには()()()()()()()()()()()()()()()と謎のヒロインZが発言していた。

 

 故に痛みを堪え、前へと進んだ。

 

 そんな公園の中には人影が見えた。小さく、見覚えのあるシルエットだった。ドレスは肩と胸元を軽く肌蹴るように来ており、いつの間にか夕日へと変わっていた光を受けて髪は不思議な色に輝いていた。それこそまさに、

 

 ―――妖精と呼ぶのに相応しい可憐さと神秘を兼ね備えた姿だった。

 

 近づけば近づくほど解る。彼女はどこかで見覚えがあるのだ、と。そう、どこかで見て、会って、そして話した筈だった。だがそこがまるで切り離されたかのように思い出せない。まだだ、まだ思い出せないことが多くある。きっとそれは大切な筈なのに、忘れてはならない事の筈なのに―――胸の内に湧き上がってくるこの感情を思い、それを説明するのに言葉が見つからず、

 

 公園へと辿り着いた。道の終わり、そこで彼女は

 

「―――■■■■■」

 

「―――オルレアンが見えてきたね」

 

 意識が覚醒する。視線の焦点を合わせれば、何時の間にか遠くにオルレアンの姿を眺める事ができる。山岳の岩場に姿を隠すように正面、その向こう側を覗き込むように体は隠しており、他の皆もそうやって姿を隠していた。立香も、マシュも、英霊達の姿もある―――どうやらここはフランスらしい。まるで夢を見ていたかのような感覚だった。いつの間にか戻ってきたクー・フーリンと謎のヒロインZを含め、この場には全員が揃っていた。

 

 様子から察するに、どうやら何事もなくオルレアンまでの道を進めたらしい。

 

 その、歩いていたという記憶が自分にはなく、若干の気持ち悪さを感じる。

 

「―――とりあえず軽く偵察内容を報告するぜ?」

 

 クー・フーリンが説明する。

 

「まずここを出たらオルレアンまでは荒野が続いてやがる。見晴らしが良くて隠れられる場所は一切ねぇ。それこそ気配遮断のスキルでもなければ隠れてオルレアンに接近するのは無理だろうよ。だからアサシンとアヴェンジャー以外でこの荒野をバレずにわたるのは不可能だと思ってくれ」

 

「そこに付け加えると荒野には大量のワイバーンが徘徊しています、どうやら匂いと目で侵入者を警戒しているようです。ぶっちゃけ、匂い消しをつかえればそれで誤魔化せるとは思うのですが、問題はドラゴンが一体オルレアンの直ぐ傍で警戒している事でしょうか。それこそ英霊級の神秘と魔力を感じさせる大物でした」

 

 クー・フーリンと謎のヒロインZが偵察内容を報告してきた。軽く頭を横に振って、先ほどまで思い出していた白昼夢の内容を今は横へと追いやる。そんなことよりも今は重要なことがあるのだ―――考えるのは全て、オルレアンを攻略した後で十分に間に合う。

 

「―――うん。正面から突破しようとしたらまず間違いなく犠牲がでるね、これ。ランサーが死んだ! って感じに」

 

「おい、マスター。なんでそこで俺を引っ張り出した」

 

「冷静な判断が出来るようで幸いだ。このままではランサーが犬死する展開だろうな」

 

「おい、アーチャーテメェまでなんで俺を引っ張りだした」

 

「ランサーは自害するか犬死するまでがワンセットですからね」

 

「ここには俺の敵しかいねぇのか」

 

 相変わらず平常運転の英霊達はしかし、どこか慣れ親しんだようなノリを感じる―――そうだ、彼らは前々から面識があるように話していたし、この聖杯戦争だって過去の続きのようなものなのかもしれない。それはともかく、ワイバーンだけならいいとして、英霊級の巨大ドラゴンが出ていると謎のヒロインZは発言している。その状況で正面突破を図るのは自殺志願でしかない事は立香は把握していた。

 

「どうしますかマスター? アヴェンジャーさんとアサシンさんなら気付かれずにオルレアンに接近できそうですし……」

 

「ジャンヌ・オルタが倒されている今なら相手もルーラー権限によるサーヴァント探知は行えない筈です。そうなると気配遮断で完全に姿を消す事もできるとは思います」

 

 その言葉を受けて立香はいや、と言葉を置く。

 

「相手が聖杯を使ってきそうな状況で時間を与えるのって自殺行為だよね。うーん……令呪が後1画残っていればもうちょっと選択肢が増えるんだけどなぁ……ドクター、どうにかならない?」

 

 立香の言葉にロマニがホログラムから答える。

 

『うーん……ちょっと、難しいかなぁ? 立香君の令呪は本来のサーヴァントシステムとは違い、電力を魔力へと変換する事によって疑似的に生成しているんだ。だから本来の令呪程万能ではないけど、使いやすさを向上させてあるものなんだ。だけどそれでさえカルデアを維持するための電力からギリギリの分を絞りだして1日1個しか回復できないんだよね……』

 

 ロマニのその言葉を受けふむ、と小さく呟く。

 

「ロマニ、セクターEからGを閉鎖、そこに回していた電力を令呪の生成へと回してくれ。すでにそちらの保管庫の物資の類はセクターBに運び込んで空っぽにしてあるから一時的に閉鎖してもカルデアが窮屈になる事以外での問題はないはずだ」

 

『ちょっと待ってね……うん、これなら弱めの令呪が1画生成できるかな? 宝具即時発動ぐらいにしか使えなさそうだけど』

 

「よっし、これがあればもう少し何とかなる! というか攻略法が見えてきた」

 

 そう言い切る立香の言葉にほう、とエミヤが声を零した。その声にはどこか、期待するような色が感じられる。立香もどこか自信を持とうとしているのか、積極的に意見を出して、サーヴァント達にそれを修正してもらおうという動きが見える―――成長をしようとしているのだろう。

 

「エミヤさんの宝具は固有結界、これで相手を閉じ込めて隔離することができる。クー・フーリンさんの宝具は一撃必殺の呪いの槍、これで敵を確実に殺す事ができる。謎のヒロインZさんの宝具は超高火力の一撃、軍勢を一気に薙ぎ払う事ができる。アヴェンジャーさんは細かいサポートやアシストが得意だけど―――」

 

 そこで言葉を止め、

 

「―――ドクターから聞いているけど対星兵器って呼べる奥の手があるんでしょ?」

 

「ロマニ」

 

『流石に隠すような事でもないしね? そ、そんな睨まないでくれよー』

 

 なるべくなら対星兵器の方は披露したくはないのだが―――流石に、そうも言っていられない状況か、と大人しく諦め立香の言葉を肯定する。それを受けた立香は良し、と言葉を置く。

 

「なら話は簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。戦闘における理想は自分の優位をひたすら相手に押し付ける事だってクー・フーリンさんからは教わったし、エミヤさんからは相手にまともに付き合って戦うのが馬鹿だってのも学んで―――」

 

 立香が謎のヒロインZを見て、視線を受けた謎のヒロインZがサムズアップを向けた。

 

「―――敵をハメ殺すのが一番楽だって謎のヒロインZさんからは教わった!」

 

「アイツ、教育に悪すぎね?」

 

「き、きっとマスターさんの事を思ってのことですから……」

 

「いえ、私が楽をしたいだけです」

 

 キリッ、とした表情でジャンヌの精一杯のフォローを謎のヒロインZが蹴り飛ばしていた。こいつ、どうにかしないと駄目だなぁ、なんてことを思わせながら、立香が宣言する。

 

「カルデア最後のマスター、前線指揮官として作戦を提示します!」

 

 その名も、

 

「オルレアン・タイムアタック……!」

 

「アイツ本当に悪影響しか残してねぇから誰かどうにかしろよ」




 白昼夢。或いは記憶遡行。過去を今で追体験する夢。

 立香くん、どうやらエリート教育を受けているみたいですねぇ……外道の。

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